天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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ファンを引き連れ少年は困惑する

 サキが勝利した為、後続のサクラは少し待たされる事になった。キキョウシティのジムとは少しばかり勝手が異なり、あちらではサクラ達が勝利した後はそのまま流れ作業よろしく次のトレーナーが挑戦したものだが、ヒワダジムでは丁寧にもツクシはサキへ戦闘面での称賛と助言をし、その後モンスターボールを入れ換えてからジムの奥へ戻って行った。

 

 サクラは外へ向かうサキと擦れ違い、その最中手を合わせてハイタッチを交わす。

 

「お疲れ様」

「おう、すぐ戻って観戦すっから頑張れよ」

 

 サキはその後、外へ出る。おそらく外で様々な人から声をかけられる事だろう。ツクシが戦術を変える事もあって、彼は事前に作戦を立てる事はなかったが、それでも即席の戦略とは思えぬ緻密な立ち回りを見せた。ツクシからは「アリゲイツに遠距離用の技をもっと訓練してもいいと思う」と言われたが、逆に「持てる技の中で最高の戦術をよく組み立てたと思う。バトルリストに挙がるニューラを出して来なかったのはキミがポケモンを大事に思う証だね」と、ハッサムを意識した事を称えた。

 

 サクラがジムトレーナー二人を相手に、リンディーで安定的な勝利を治めた頃、サキはアキラの元へ帰ってきた。

 

「ミヤベさんが絶賛してましてよ」

「そっか。契約金上げるって言ってたわ」

「まあ、中々によく立ち回ったと思いますわね」

「そりゃどーも」

 

 サキはアキラの労いを受け、ゆっくり腰を下ろす。遠巻きに彼のファンらしき女性達が居り、少年はファン達にサインを書いては渡すと言う事を続けながらの姿だった。その姿にアキラは含み笑いを隠せず、「あの子に見せてやりたいですの」と言う。当のサクラを見ながら彼は、「俺だって予想外だ」と漏らしつつ、丁寧に対応し続けた。

 

 ファン達は彼が「旅の仲間が次とその次バトルだから」と連れて来られた訳だが、どうして彼の仲間たる二人の少女に敵意は無いようだった。むしろその内で段幕を掲げていたとアキラが記憶する女性は、「サクさんはサキ君の御姉様的な人で、アキラさんはコガネのアカネ様のご息女よ」と、後ろに並ぶ数名の者へ説明していた。

 

 アキラがどういう事かとサキに聞けば、サキは「フロンティア広報部の人」と耳打ちして返した。

 

 要するにサクラのようなものだ。人名ではなく、名称で。旅の道中に知れた事だがキキョウジムでサキの名前は広く知れ渡った。その姿を後々偶像化しようと考えているのか、フロンティアからは彼のファンと言う名目で、ファンが彼の旅に迷惑をかけないようお目付け役を寄越してくれたのだと言う。

 

 一般的にはあり得ない待遇の良さだが、それもシルバーの息子と言う肩書きがあれば不思議な話ではないだろう。フジシロがその辺りを巧く交渉してくれたので、余計に待遇の良さは際立つものだ。

 

「あ、はじまりましてよ」

「ごめん。ちょっと見させて。すぐに終わるだろうから」

 

 と、アキラがサクラの試合が始まった事をサキに伝え、サキはファンのサインを書く手を止める。慣れないので時間がかかるのだ。待ってと言われた少女は、それでも「はい!」と元気よく返事してサキを見ていた。……まあ彼女らにサクラの試合も見ろよと、サキは言うつもりはない。無駄なのは見ればわかる。

 

 さて、そんな形で見守られるサクラだが、どうしてサキの言うように手早い試合運びだった。

 

 昨日まで色々思い悩んでいたせいか、サキの試合が持久戦だったからか、彼女の采配は珍しく最短の速攻戦だった。

 

「電光石火で距離を詰める。狙うは胴体じゃなくて羽根だよ!」

 

 指示を受けてリンディーは大地を駆る。ツクシが指示を出した痺れ粉に対して、その体躯はあまりに速く、バタフリーの下までを一息に駆けた。

 

「念力で対処するんだ」

「リンちゃん、ぐっと堪えて逃がさないまま噛みつくで羽根を止めて!」

 

 言われたままにリンディーは体躯に力を込め、念力によって浮かされ、地面へ叩きつけられた瞬間には素早く駆け出した。バタフリーが距離を離そうとするが、念力では堪えられてあまり離せなかった距離を、やはり一息に詰められる。

 

「――っ!」

 

 バタフリーが羽根に飛びかかられ、噛み付かれてはもがく。しかし羽虫を捉えた鳥の如く、リンディーは地に打ち付けたバタフリーを四肢によって制した。

 

「頭突きでとどめ!」

 

 そこでリンディーは頭を振って、サクラの指示通り頭突きをバタフリーの胴へかます。

 

「バタフリー戦闘不能! イーブイの勝利」

 

 あまりにテンポ良く、あっさりとした決着に、サキの時よりは減ったように見える観客は唖然とした。逆に持久戦は不利で、サクラの手持ちにはかわしながら遠距離攻撃を出来るポケモンが少なかった為に、このような試合運びを彼女から仕掛けたのだが、サキの一戦と違う圧倒的な試合運びに間を置いてから歓声があがる。

 

「うわ、すっご!」

「え? サキ様より強いの!?」

 

 と、サキのファン達も見ていたらしい者は舌を巻いた。サキより強いとは彼にとって心外ながらも、彼は薄く笑って返した。

 

「そういや俺、サクに勝った事ねえよ。ここにいるアキラにも」

 

 ええ!? と、彼のファン達は目を丸くする。サキの強さとはそれでいて群を抜けており、先程の持久戦でもバタフリーに何度か攻撃を浴びたアリゲイツはそれでもハッサムの攻撃に暫く耐えていたり、中々に相対レベルが上回っていると言う立ち回りを見せていた。

 

 そこにいるフロンティアの広報部の女性はサクラを感心した目で見つめ、他の少女達は歓喜と共にサクラをも応援した。

 

「ちょっと……」

 

 アキラはサキを小声で呼びつける。

 

「サクにまで感心いかせてどうするつもりですの」

 

 その表情は訝しむようで、しかしサキは首を横に振って返した。

 

「下手に嫉妬されるよりこうしといた方がいいだろ。闇討ちとかされたら件の奴等と見分けつかねえし」

「……面倒なものね」

 

 スポンサーの必要性は語るまでもない。それは解っているのか、アキラはそれ以上の追求をしなかった。しかしながらサキにとっても面倒と言う言葉は頷ける。弊害とは言え、彼がサクラに抱く心が知れたら……ゾッとしない。

 

 と、そこでサクラのリンディーが、ハッサムの電光石火についに堕ちる。ハッサムとリンディーの電光石火勝負は中々に良く粘ったのだが、如何せん鋼タイプを複合するハッサムは硬く、リンディーは地に伏せってきゅうと鳴いた。

 

「リンちゃんお疲れ様。ロロ、行こう!」

 

 そう言って彼女はボールを投げる。ミロカロスが首をもたげ、ハッサムと相対した。

 

「中々に育てられてる。まだまだ伸び代があるけど、先程の子と言い、キミと言い、本当将来が楽しみだよ」

 

 ツクシはそう言って微笑み、サクラは嬉しそうに笑って返す。

 

「その子も、内気なようだけど中々頑張った様子が見てとれるよ」

 

 長くポケモンを見てきたツクシは、一目にロロの性格を見抜いた。ロロ自身は大分と戦闘に慣れ、気弱ながら臆する様子は減った。それでもやはり不安なのか出てきてはサクラを必ず一度振り返る。おそらくはその姿で察したのだろう。

 

「この子はそれでも強いです。ね、ロロ」

「ロー!」

 

 長く強者のポケモンを拝んだ。今更ジム用のハッサムに怯える道理はない。そう言わんばかりにロロは艶やかな声でその身を鼓舞した。

 

 戦闘開始の声で旗が振られる。

 

「ロロ、接近してくるから巻き付くで動き封じよう!」

「ハッサム蜻蛉返りで捕まらないようにして」

 

 一撃を当て、ロロの尾より速くハッサムは身を翻し離脱する。しかしロロは大したダメージを受けた様子もなく、サクラの指示にあった「動きを封じよう」と言う言葉に倣って水鉄砲をハッサムの足元へ射つ。ハッサムは宙へ跳んでかわした。

 

「切り替えてロロ! 来ないなら水の波動で広範囲に攻めよう」

「かわそうハッサム。相手も堅いから落ち着いて対処するんだ。食らえば不利になるよ!」

 

 ロロは体躯に力を込め、大気中の水分を集束する。そして前方へ水鉄砲に似た砲撃をすると、集束した大気が波紋のように揺れた。

 

 ハッサムは直接的に射たれた水をかわし、視覚出来る程に揺れる大気を下へ上へとかわす。

 

「ロロ。強くなりましたわねぇ」

「……そりゃあお前が地獄見せたからだろ」

 

 観戦するアキラが感心すれば、サキが『地獄の三日間』を彼女に訴える。意も介した様子はなく、アキラはくすりと笑う。

 

「あの程度で地獄? 貴方まだわたくしの強さ解ってませんわね」

 

 連鎖的に水の波動を射ち、かわす隙を狙って水鉄砲で掃射するロロを見ながら、アキラは溜め息混じりにそう言った。サキが彼女へ悪態をつけば、彼女は事も無げに「わたくしの番を楽しみになさい。凄い試合をして差し上げますわ」と、不敵に微笑んだ。

 

 苦し紛れに右腕を使ったバレットパンチで突っ込むハッサム。その腕をロロの尾が捕らえ、サキは勝利を確信しつつ、アキラを横目に見据えた。

 

 微笑む彼女はそう、二人に僅かながらの本気も見せた事がない。サクラはその強さを知っているのだろうか……。彼女が不敵に微笑む姿の理由を知ったのは、アキラの位置に勝利をおさめたサクラが帰ってきてからだった。


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