ヒワダジム
サキのジム戦には、彼のスポンサーが応援と言う名目の『品質確認』に駆け付けた。この時サクラ達はサキのスポンサーが、『バトルフロンティア』の実行委員会だと言う事を知った。バトルフロンティアはアサギシティの外れにあるポケモンバトルにだけ特化した施設であり、レジェンドホルダーでも苦戦する程の手練れが居ると言う。
『ミヤベ』と名乗った恰幅の良い男は、アロハシャツの前をあけて収まりきらない腹の脂肪をポンポンと撫でながら、サクラ達に『普段のサキ』がどんな風にトレーニングしているかを問う。答え方に迷ったサクラを片手で制して、アキラが普段からバトルに精通したトレーニングをしていますわと返すと、彼は満足したかのようにアフロ頭を揺らして頷いた。
「バトルフロンティアは生粋のバトルマニアが多いからね。アイドル性だけではやっていけないんだ」
そう語るミヤベは、それでもバトルフロンティアの実行委員会の一人。コガネシティでは非公式故に、アキナから観戦を断られたらしいが、ヒワダジムの予約に彼が現れたと聞きつけ、颯爽と登場した。サキの本性は既に知っているらしく、サキ自身が彼の登場に「うわ。なんでいるんだよ」と実に嫌そうな顔をしたのはここだけの話だ。
ヒワダジムはキキョウシティのそれと違い、観戦席が溢れかえる程の観戦者はいない。田舎だからかは解らないが、それでもミヤベ曰くはサキの『おっかけ』が聞き付けて何人かいると指差して教えてくれる。
無論そのファン達はサキの普段の旅を四六時中見てる訳ではなく、バトルフロンティアのスポンサー契約のひとつにある『ジム戦での広報活動』がその理由だった。ジムの予約を入れればその情報は即座にバトルフロンティアの事務局に流れ、更にバトルフロンティア広報部が登録者のPSSに向けて一斉通知する。と言う事だと、ミヤベは教えてくれた。
サクラは遠い目をする。アキラは苦笑を禁じ得ない。サキのスポンサー契約が常軌のそれを遥か高く越えたのは知っていたが、これではまさしく『アイドル』じゃないかと。普段のサキを知っていれば、二人からは向かいの応援席で段幕を持つ人達へ、内心「ごめんなさい」とでも言ってやりたくなった。
さて、そのサキがバトルフィールドに登場する。キキョウジムの時と同じように、髪をほどいて黒と赤の服に身を包み、堂々とした出で立ちだった。
キキョウジムとは違い、洒落たアナウンスはなかったし、ジムトレーナーも居たのだが、彼は向かい立つ彼ら二人を苦戦する事もなく突破し、ジムリーダーツクシと相対する。
「強いねえ、キミ。すんごく強い。才能溢れる若者! って感じがすごくビリビリと伝わってきて、僕のポケモンも早く戦いたいって言ってるよ」
現れたツクシは三五歳を越えるとは思えない程、若々しい姿だった。所々で『若い』だの、『好青年』だのと呼ばれる彼は、スラッと伸びた体躯を緑色の礼装で包み、腰まで伸びた紫の髪を普段のサキのように高い位置で括っていた。その姿は年齢よりも15歳は若く見え、サクラは「格好いい」と溢し、アキラは「相変わらず若々しいですわね」と溢す。
サクラ達をはじめとしたサキの観戦者を除けば、おそらくはツクシのファンの人ばかりなのだろう。埋まりきっていない観戦席が、なにやらピンク色の溜め息に包まれた。
「キミコガネのバッジ持ってるんだよね? いつもより少しだけ本気出して良いかな?」
「上等。俺も全力でやらせてもらう」
本気とは言っても使うポケモンは変わらない。戦術的な面での話だろう。むしろ負けてもコガネシティのバッジがある為、バッジはあげるよとツクシは笑いながら言っており、サクラ達は観戦席で肩透かしでも食らうかの気持ちだった。
ツクシはバタフリーを繰り出す。大きな複眼が特徴的な白い羽の蝶のようなポケモン。紫の体躯を揺らしながら、鮮やかに一鳴きして、サキのポケモンを待った。
サキはそこで後続の『ハッサム』を意識する。ニューラを繰り出せばバタフリーとの相性は良好だが、ハッサムとは鋼と氷に虫と悪、と尽く相性が悪い。そこで――。
「いくぜアリゲイツ」
猛々しく鳴き、二足歩行のワニ型ポケモンが現れる。水色の体躯に白い斑点が目立ち、赤い鶏冠が特徴的な姿。進化前のワニノコよりも水砲器官が発達し、爆発的な放射能力と、元から強かった顎の力が更に強靭に育っている。
審判が旗を下ろし、開幕。
「アリゲイツ、パターンDだ。粉系の技は絶対もらうな!」
「しびれ粉を拡散して!」
アリゲイツはサキの言葉を受け、即座に水鉄砲を放つ。バタフリーは構わずしびれ粉を目前に撒き、そして風起こしでその粉をアリゲイツの元へ吹き飛ばす。
警戒の指示が無ければアリゲイツはその一手で身体を動かせなくなっていただろう。寸での所で彼は踵を返し、大きく跳躍しては距離をとる。
「泡で辺りを覆って構えろ」
「念力で攻めようかバタフリー」
粉を警戒したサキの指示で、アリゲイツは辺りに泡を吐き出す。粉が飛んできても泡の水分が粉を重くし、その身に届かないようにする作戦だった。しかしそこはツクシが指示した念力で身体を宙に浮かされ、アリゲイツは地に叩きつけられる。
追撃はなかった。アリゲイツはまだ余裕だと言わんばかりに立ち上がる。そこで仕切り直して、今一度サキは檄を飛ばした。
「遠距離は捨てろ。粉が来たら泡で守りつつパターンD続行だ」
即座に地を駆るアリゲイツ。
「良い警戒心だよ。バタフリー、風起こしで成る丈距離を維持しよう!」
着かず離れず、アリゲイツが接近すれば風起こしで迎撃し、稀に粉を散らしてはアリゲイツの行動を抑制する。離れた所からアリゲイツが水鉄砲で牽制するが、バタフリーはきちんとかわして距離を広げようとした。
その一進一退の攻防に見ている者は言葉を飲めば、バタフリーの痺れ粉やアリゲイツの水鉄砲に合わせて身を強張らせる。
「……難しいですわね」
「うーん。あのバタフリー速いね」
アキラとサクラも二匹の攻防に言葉を呑むばかりだ。
「サキの狙いは持久戦かなぁ」
サキのポケモンは総じて体力がある。戦闘面での耐久力ではなく、持久力的な意味でだ。それをよく知るサクラには、サキはバタフリーの体力が尽きてアリゲイツの動きに対応しきれなくなるのを待っているように見えた。
「ジムポケモン相手に持久戦は少し野暮ですけども……。まあでもサキがこの展開にイラついていない様子を見ると、あながち間違ってないようにも思いますわね」
アキラが指差してサクラの視線をサキへ誘導する。サクラはひとつ頷いた。サキはしっかり指示を出してはいるものの、その挙動に焦りやイラつきを覚えていない。
二人の横でミヤベが舌を巻いた。
「お嬢ちゃん達、見かけによらず中々によく見てるね」
「まあ一緒に旅してますし」
「あの子が狡猾なのは見たらわかる事ですわ」
どうやらミヤベも持久戦と踏んで見ているようだ。腕を腹に乗せるように組み、椅子に腰掛け直す。と、そこで戦況が動いた。
「あ、当たった!」
「これは勝ちましたわね」
バタフリーがついに、アリゲイツの水鉄砲を羽に受けた。そのまま体勢を崩し、必死に羽ばたいては体勢を立て直そうとする。その隙を見逃す事はない。
「氷の牙で決めろ!」
サキの指示でアリゲイツが一気に距離を詰め、大顎をもってバタフリーの胴を冷気で纏った牙で制す。勿論それは血が出る程容赦ない咬み方ではなかったが、バタフリーはそのまま頭を振ったアリゲイツによって場外へ投げ出される。
「バタフリー戦闘不能! アリゲイツの勝利!」
ツクシはうんうんと頷いて、バタフリーをモンスターボールに戻し、溢れる歓声の中でにっこりと笑った。
「バタフリーは空を飛んでいるから常に体力を使う。対してアリゲイツは水を撃つのもそんなに体力を使わないからね。良い対処だったよ」
労いに会釈して返す。
「じゃあ次はハッサム、キミだよ」
そう言ってツクシはモンスターボールを投げる。現れたのは赤い人形の体躯を背の羽根で羽ばたいて持ち上げる鋼鉄のポケモン。見た目どおり鋼タイプを複合した虫ポケモンで、虫ポケモンの中でも非常に強靭な耐久力と、岩をも軽々と砕く攻撃力をもった強力なポケモンだ。
勝ち抜けルールなのでサキのアリゲイツはそのままに、仕切り直しては審判が旗を振るった。
「アリゲイツ、速さじゃ敵わねえ。近付いて来たところをぶちかませ」
「ダブルアタックで着かず離れずに動こうか」
そして二匹の邂逅。しかしアリゲイツの水鉄砲が三度目に至った時、ついに受けきれなくなったアリゲイツは大地へ寝た。彼を労い、戻してやると、サキはひとつ笑った。
「つええなぁ。あんたのポケモンで改めてやりたいって思うぐらいすんげえ楽しい」
「それはどうも。僕もキミのポケモンが進化を終えて二回り程洗練されたらもう一度相対したいと思うよ」
にやりと笑い、サキはオノンドを繰り出した。
ダブルアタックとダブルチョップが真っ向から撃ち合われ、そして――。
ヒワダジムは場を埋めていないにも関わらず、大歓声と言うに相応しい絶賛をサキへ送るのだった。