天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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努力の成果

 サキがバトルフィールドに入ってから一〇分程。二番目に扉を開けたのはサクラだった。僅かに疲れを見せるその顔に、もう少し先でジム戦の予約を押さえるべきだったかとサキは聞く。しかし彼女は首を横に振って、サキが凭れる壁の横に腰を降ろした。

 

 元からあまり利用者がいないらしいヒワダのポケモンセンターだ。バトルフィールドは都合良く無人だった。二人は場に似合わず、ポケモンすら出さないまま言葉を交わす。

 

 アキラと喧嘩したのかと聞き、ボロクソに貶したと返される。言葉とは裏腹に、何か吹っ切れたような薄い笑みを浮かべ、サクラはぽつりと溢す。

 

「アキラ泣かせたの初めてだよ」

 

 サキはそっかと相槌を打って、まだ話を続けようとする彼女の言葉を待った。

 

「いつも気丈で、強くて、アキナさんに泣かされてる所は何度か見たけど……。私が泣かせたのは初めてなんだ」

 

 仲が良くて、いつも手を引かれていたからこそ、サクラはアキラの言う事に反感を持つ事はあまりなかった。あったとしても、言葉にしてしまえば覆され、必ず論破された。

 

 なんでこんな時に限って、いつもみたく「だから貴女は駄犬ですのよ」と、罵り返してくれないのか。サクラはそう溢して、ほんと私もアキラもバカだよと、締め括る。

 

 サキは黙って聞いて、彼女の独白が終わった頃を見計らって腰を降ろした。サクラの横で、目線の高さを合わせて、彼女がするように意味もなく向かいの遠い壁を臨む。

 

「まあ、そんなもんだろ……」

「サキもこう言う時ばっか適当だよね」

「……バーカ。こう言う時はごちゃごちゃ考えても泥沼にはまるだけだっつの」

 

 視線を交わさず、同じ場所を見て、そう言葉を交わす。サキは少し悩んだが、サクラはおそらく知りたがるし、今なら落ち着いて聞けるだろうと判断して口火を切った。

 

「さっきPSSで親父に確認した」

「……うん。間違い無かった?」

「ホウオウ連れてるってさ」

 

 こくりと頷いて、そう補足する。

 

 サクラはそっかと溢して、サキへ向き直ると、首だけで会釈した。

 

「気を使わせてごめんね。ありがとう」

「……お前こそ気ぃ使うなっての」

 

 手を回して、彼女の頭を軽く撫でる。サクラは恥ずかしそうに唇を尖らせたが、抵抗するでもなくサキの手に為されるがままだった。

 

 そこに特別な価値観は無く、サキはサクラの心情を汲むばかり。サキ自身はなんだかんだ父親に甘えて育ったから、物心ついた時には傍に居なかった父親と相対しろと言われるサクラの気持ちを理解しきれないだろう。下手に言葉をかけたら傷つけるような気がして、彼女の頭を撫でるに至った。

 

 役得だとは思っていない。その表情は真面目だ。彼の胸がドキドキと音をたてるのは生理現象だ、仕方ない。

 

 ガチャリ。と、音を立てて、物静かにアキラはバトルフィールドへやってきた。急ぎ手を収めたサキと、即座に前を向いて姿勢を正す二人を見て、目を細める。

 

「随分とまあ、イチャついて……」

 

 少し枯れた声で、彼女は抑揚無くそう言う。言われた通り風呂に入ってきたのか、肩にタオルをかけて寝間着姿宜しくのスウェット姿。髪を別のタオルで纏めた姿は大人びているのだが、普段の姿からなら寝間着はネグリジェでも使ってそうなのに、服装ばかりは年相応とも思える動物柄が施されていた。だが、野暮な発言を臆面も無くするあたりはやはり尊大。

 

 かと思えば彼女は、慌ただしく否定する二人に弱々しくもくすりと笑って歩み寄ると、サキに向かって深々と一礼をした。

 

「迷惑を掛けました。本当に申し訳ない限りですの」

「ああもう、良いって。お前謝りすぎ」

 

 まあ言葉はともかく態度を見る限りは平常運転に戻ったようで。サキはそう思いつつも煙たがるように彼女を手で制して、柏手を挟みながら立ち上がる。

 

「それより明日ジム戦押さえた。俺、サク、アキラの順に三人分」

「ああ、やはり聞き間違えではないのですね。……でも何故わたくしまで」

「なんとなくだよなんとなく」

 

 サキに倣ってサクラも立ち上がると、サキが二人を交互に見てから、「大丈夫か?」と問い掛ける。サクラは先程確認した通り、今一度深く頷いた。

 

「まあ、気持ちを切り替えると言う点ではありですわね」

 

 アキラもスウェットのような服の首もとをパタパタと仰ぎながら了解する。どうやら彼女はろくに寝ていなかったのだろう、少し目をしょぼしょぼと瞬かせながら、上気する熱を追い払うような素振りを続けた。

 

「まあウォームアップだ。どうする? バトルするか?」

 

 サキはそう告げて、二人に聞く。普段ならば何も言わずともバトルになるが、やつれた二人の姿を心配しての発言だった。案の定、二人共に「うーん」と溢す。

 

「んじゃコンディションだけ整えて観戦にいくか」

 

 サキの決定に、二人はそれが良いと頷いて返した。不躾に言えば、コガネジムをあんな形で越えた二人にとって、更にその二人より強いアキラにとって、ヒワダのジムで学ぶ事と言えばジムリーダー『ツクシ』の戦術ぐらいなものだ。

 

 戦闘能力で言えば、キキョウでフジシロに「バッジ二つか三つ」と言われた時より、遥かに強くなっているし、問題はないだろう。本調子ではないサクラとアキラは普段通りとはいかないだろうが、それでも『ツクシ』の戦術をきちんと学習すれば問題はない。

 

 尤も、予定通り観戦に行った三人は、アキラも含めて、『ツクシ』の戦術の広さに舌を巻いた。挑戦者毎に戦術を変え、絶妙な采配でつかず離れずの戦闘を繰り広げる様は、まさしくフジシロが絶賛する理由を教えてくれた。

 

 勝てるのは間違い無い。それは夕方に至るまで一人の突破を許さなかった彼の戦いぶりを見ても、三人の実力がそう思わせた。しかし得るものは確かに大きいだろうと、三人は揃って納得する。

 

 ジョウト地方で二番目に歴が長いジムリーダー。幼い頃から天才として呼ばれ高く、その才能は今でも衰えがない。ジム用の『バタフリー』と『ハッサム』を使っているので、相対的なレベル差からサクラ達のポケモンには及ばないだろうと思う。しかしどうして、彼が自分のポケモンを繰り出せば、おそらくサクラ達は絶対に勝てないと思えた。

 

 それがフジシロの言う、『価値のある』ジム戦、その事なのだろうとサクラとサキは納得した。

 

 夕方にジムが閉まり、三人は外へ出る。ずっと観戦していたサキとサクラは凝り固まった身体を伸ばし、最中で寝落ちてしまったアキラは欠伸をしながらだった。

 

「まあ、問題ありませんわね」

 

 やはり枯れた声でそう呟くアキラに、二人は頷いて返す。ごり押しをするつもりではないが、ツクシが持ち出す戦術に一手一手丁寧に対処をすれば問題はない。むしろアカネのミルタンクや、メイのジャローダ、アキナのピクシーに比べたら怖いものなんてあまりなかった。

 

 戦術は確かに大切だ。サクラとサキがそうしたように、それひとつで高レベルのポケモンも倒せる事はある。ただ、あくまでも『ジム戦』に限って言えば、これはポケモンのステータスと、トレーナーの戦術が一定量あるかどうかを問う『試験』のようなもので、ヒワダジムは序列二つ目の施設だけあって求めるものはそんなに敷居が高いわけではなかった。

 

 昨今の『物騒な世の中』とされる環境に煽られ、ジムリーダーが求める敷居は昔のそれよりは高くなった。それは確かで、順当な旅をすればこの二つ目のジムとは中々の難易度ではある。先のアゲハがここを突破したのも、相応の苦労はあったのだろう。ただ、サクラ達においてはなんと言うかまあ、メイにしろアカネにしろ、別次元の強さを拝みすぎた弊害だった。

 

 三人はポケモンセンターに戻ると、サクラの部屋でサキがシルバーに確認をとった事を主に話し、ジム戦の事はあまり話さずに終えた。

 

 無論、問題がなかったからだ。得るものを得て、きちんと越えていこうと、三人は唯一その言葉だけを交わした。


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