天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

75 / 231
シルバーの置き土産

 ジム戦の予約を取ってきて欲しい。そう言われたサキは、それでも彼女が予約を自分に丸投げする意図をちゃんと察していた。

 

 フジシロに言われた事を加味すれば、アキラの予約は必要ないだろう。しかし仲間外れにしてしまうかと考えた挙げ句、サキは三人分の予約を入れた。アキラに関しては部屋から出てこない様だったが、サクラがこうさせた理由がサキの想定通りならば、アキラのその問題はすぐに解決するだろう。一応体調等を加味し、サキ、サクラ、アキラの順で予約をした。明日の昼から三連枠で取れたので、何故かサキはアキラの事も『うまくいってんだろ』と勝手に想像した。

 

 予約を取り終えてはポケモンセンターに戻る。ロビーで備え付けの雑誌を漁り、そこで不意にある女性誌が目に留まり、それを取り上げた。別にサキは女性のファッションだの、流行だのに興味はない。『メイ』が表紙だったから取り上げたのだ。

 

 ラックの横にあるベンチに腰掛けて、雑誌を開いた。『メイ』の写真集が六ページに渡って続く。来る夏に向けてのファッションの紹介だったが、腹立たしい事に全部の写真が極っていると言わざるを得なかった。普段はぐうたらの癖にと、心の中で悪態を吐きながら、『メイ』のインタビューを見る。

 

『暫くご休業なされていたとか?』

『ジョウトで新しい才能に唾吐けてきました』

『それはトレーナーとしてですか?』

『ええ、勿論。また暫くしたら様子見に行きたいなと思っています』

『それではメイさんを撮るならば今の内ってことですかね』

『そうなりますね』

 

 笑いが記号化して書かれて、彼女の言葉を締め括っていた。サキはその記事に唾でも吐きかけてやろうかと思いつつ、苦笑を堪えながら雑誌をラックへ戻す。

 

 メイも恐らくは知っていた。父親は間違いなく。サキ自身にそれを隠したのは、二人がサキを『隠すのが下手』とでも思っていたからだろうとは思う。

 

 昨日、サクラはこれについて仕方ないと呟いていた。彼女を知らない者とっては普遍的な対応をしたのだろうと、サキにも予測がつく。勿論納得は出来ないまでも、理解はしたし、これをもって皆を責めるのは悪手以外の何物でもないだろう。彼女を良く知るアキラがそこに合わせたのは……。

 

 サクラが今、アキラと共にポケモンセンターを離れて何をしているかは予測がつく。昨日ベッドの中で、同じ布団を被った彼女は恨めしげに『サキは知ってたの?』と、睨んできた。知らなかったと素直に答えれば、サクラは『そっか』とだけ溢して目を閉じてしまった。ここから察するに、親しい筈のアキラが、サクラにこれらを隠した事を、サクラは不快に思っている。恐らくはかなり怒っていた。

 

 今頃はおそらく、喧嘩になっているか、サクラがアキラを還付なきまでに罵っているか……。どちらにせよサクラはそう言う所においては要領が良い。以前サキ自身が彼女に激怒した際、サクラは予想外にも大人な対応をした。その後すぐにまたバカを晒したが、それは忘れておこう。つまるところあまりサキはそこにおいて心配しちゃいなかった。

 

 因みに同じベッド、同じ布団で寝たのはサクラが一人になりたくないとごねただけで、サキは何にもしなかった。むしろ直前にらしくもなく大泣きを晒してしまって、恥ずかしさのあまりドキドキする事さえなかった。

 

 ふう、と息を吐く。二人が出ていってからは一時間が経っているらしいが、多分まだかかるだろう。サキはPSSを取り上げ、父の項目を選択すると、発信を押した。

 

『……なんだ』

 

 二回のコールの後、父シルバーは低い声で不躾に応答してくる。サキは「忙しい所にごめん」とだけ頭打って、小さく深呼吸すると、口火をきった。

 

「ヒビキさんが敵対してるって……。マジなのか?」

 

 興奮を抑え、成る丈抑揚なくそう告げた。シルバーは『少し待て』と言って、電話の向こうで幾つか指示を飛ばしてから、席を外すと告げていた。

 

『……すまん。サクラには伝わったのか?』

 

 移動しているのか、彼の声は僅かに上下する印象があるものだった。サキは電話越しながらも頷き、「うん」と返す。

 

『サクラとLは無事か?』

「……攻められた訳じゃないよ。ウバメの森で未来予知を受けたんだ」

 

 僅かに声を抑え、事の顛末を話す。

 

 セレビィが現れ、コガネジムリーダーの妹を加えた三人に向かって未来予知をした。その中でコトネと邂逅し、サクラは真実を知った。と、アキラが話してしまった事は伏せながら、そう告げた。

 

『セレビィの中にコトネが……? 馬鹿な』

「でも事実だ。んでもって、アキラの見解が正しければ、ルギアが最短で奪われた場合は三ヶ月後にアサギがワカバの二の舞になる」

『……Lが奪われる日は?』

「そこまでの回答はまだわかんねえからなんとも。とりあえず途中経過……。で、やっぱヒビキさんが敵なんだな?」

 

 最終確認として、サキは電話越しにシルバーを問い詰める。抑揚を殺しきれず、責めるような口調になるが、シルバーは訳もない様子だった。

 

『ホウオウを連れていた。顔も確認した。間違い無い』

「……サクに伝えなかった事に他意は無いよな? 親父が敵対してたら俺ら笑えねえんだけど」

 

 自嘲気味にそう言って、まあそんな事は無いだろうと思いつつ回答を待った。

 

『……はあ。俺が敵対していたらサクラからLを奪って終わりだろ……』

「はは、だよな。まあ一応確認だよ」

 

 そう言って、サキは先程開いた女性誌に目をやる。

 

「……メイは? あいつは敵じゃねえよな」

『腹の内までは知れん。しかし協定がサクラのLを監視し、現状維持と回答をした以上、信用には値する』

「……解った。ありがとう」

 

 サキはそこであまり長話するのも可笑しいと思い、「それじゃ」と言って終話しようとした。しかし、シルバーが『あ、サキ』と溢して、再度PSSを耳に当てる。

 

「……なんだよ。なんかあんのか?」

『いや、老婆心なのだが』

 

 うん? と、珍しく回りくどい前置きをした父に、電話越しながらサキは首を傾げた。

 

『……お前サクラに惚れたな?』

「……は?」

 

 苦笑しているのか、薄く笑いながらシルバーはそう告げ、サキの反応に満足したのか『そうかそうか』と言って終話してしまう。

 

――ツー、ツー、ツー。

 

 PSSは終話したと合図音を出し、そして沈黙した。それをポケットに直し、サキは拳を握る。

 

 僅かに頬を赤らめつつ、やり場の無い悔しさをひとつ地団駄してから鼻息を漏らし、実の父を呪う。

 

――惚れてますけどなにか?

 

 そう返せば良かっただろうか。否定して嘘を吐くのは子供っぽいし、と、サキは心の中でごちる。そこで更にハッとした。

 

 あれ? 俺そういやサクラに惚れてんだな。

 

 そんな感覚。

 

 ポケモンセンターのロビーでベンチに座り、彼は未だ戻らない少女二人を自動ドアの方に想像し、ひとつ頷く。その顔付きは赤くも、朗らかだった。

 

 父の置き土産は腹立たしいが、言われてじっくり考えればサキはサクラに惚れているのをいつの間にか是としていた。危険な旅路においては命取りかもしれないと、自戒するが、それでもサキは自分の心持ちにひとつ納得する。

 

 サクラの為なら命懸けでも構わない。言葉にすれば安っぽいが、サキは自分の心持ちを反芻しては、この旅の意義をひとつ見つけた気がした。

 

 クソ親父はムカつくけどな。

 

 と、心の中で悪態ひとつ。

 

 その時ポケモンセンターの扉が開いた。現れた影二つに、サキは声をかける。

 

「よお、お姫様のご機嫌は治ったか?」

 

 サクラは薄く微笑み、アキラは何も言わず頭を下げた。彼女の背を撫でるサクラの様子から、サキは僅かに苦笑を浮かべる。

 

「とりあえず化粧直せよ。アキラは風呂。ジム戦明日で三人分とったから、バトルフィールド集合な」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。