天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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ナイチチの怒り

 街道を少し逸れて、二人は距離をとって向かい合う。サキとアキラが観戦に徹すれば、通りがかったトレーナーが「お、バトルしてる」と言ってサキ達に観戦していいか聞いているようだった。

 

「アゲハさんは何匹持ってます?」

「四匹だよ! これでも結構育てたつもりなんだ」

 

 えっへんと胸を張って語るアゲハ。年相応に膨らんだ彼女の胸が揺れる。と、その胸を改めて注視して――サクラの笑顔に亀裂が入った。

 

 いや、デカイ。

 今気がついたがデカイ。

 

 そして本人は自覚があるのか無いのか、めっちゃ揺れている。

 

 そんな風な感想を持つサクラの気も知らず、アゲハは持っているポケモンの内一匹はさっき進化したのだと嬉しそうに語る。キャッキャと喜びを身体で表す動作に胸が揺れ……揺れ……サクラの自己主張が少ないお胸様が、彼女のそれを敵だと認識した。

 

――なに? あの脂肪……。

 

 ピキピキとサクラのこめかみに青筋が浮かび、彼女はそれを隠すように笑顔を浮かべた。

 

「……じゃあ、フルバトルでどうですか?」

 

 何処か影がさした笑顔でサクラはそう提案する。

 サキとアキラが何やら察したように、呆れたような顔をしていた。

 

「マジですか!? フルバトルとかワクワクしてきた! しかも相手はサクさん。燃えてきたー」

 

 路上バトルでは基本的に手持ちポケモンの半数ぐらいだったり、一匹二匹のバトルが多い。フルメンバーでバトルして、戦えるポケモンが居なくなったら、後の行程に支障が出る。そういう場合を考えてのローカルルールなのだが、コガネシティも近いからか、アゲハは気にした様子はなかった。

 

 サクラはどうか? 否、燃えてきたーと言いながら足踏みをする彼女の胸が揺れて揺れて、彼女のナイチチを知らず知らずに挑発するのだから……つまるところ、勝つ気満々なのだ。驕り等ではなく、勝たなくてはAと銘打たれた胸が報われない。

 

 呆れた様子ながら、アキラは苦笑を隠しもせずに前に出てきた。

 

「審判やりますわ」

「お願いしますっ」

「宜しく……ふふ」

 

 サクラが良い感じに表情を強張らせ、暗い笑みを浮かべていた。対する貧弱娘は自らが地雷になっていて、サクラの禁忌を踏み抜いてるだなんて露も知らず、全く気付いていない。

 

 二人はアキラの合図で同時にモンスターボールを投げた。

 

「ユンゲラー、お願いっ」

「ロロ……ヤろうか」

 

 モンスターボールを投げる動作でも、いや、むしろ喋る度にアゲハの胸が揺れたのを、サクラはきっと見逃していないだろう。どんどんと殺気染みていく彼女の表情に、アキラは呆れを通り越して知らぬ存ざぬを決め込む事にした。

 

 こういう時は無視するが吉だ。

 

 以前、アカネ宅で不意にメイがサクラのお胸様を冗談半分で茶化した事がある。そしてその後何があったかはアキラも知らぬ所なのだが、その日からメイはサクラのお胸様を茶化す事だけはしなくなった。巨乳キラーと言わんばかりの彼女の殺気立った目付きに、ポケモンだとか立場だとかは関係が無く。スイッチが入った彼女に胸を晒せば、『削られそう』と言って逃げていたのだから末恐ろしい。

 

 いや、真に恐ろしいのはそんなサクラに相対してもあっけらかんとしているアゲハだろうか。アキラは「ま、別にいいか……」だなんて思いながら、手旗を振った。

 

「はい、始め!」

 

 アキラの言葉に、すかさずといった様子でアゲハが声を上げる。

 

「ユンゲラー。念力で攻撃!」

 

 ふわりと僅かに宙に浮くロロの体。二足歩行の狐のようなユンゲラーが得意とするエスパー系統の技だ。ロロは不安定な体躯をよじらせつつ、「始め」と言われても指示を貰えない事を『あれ?』と言った様子で、ちらりと後ろを見た。

 

――っ!?

 

 ロロはきっとその時思っただろう。

 

『何がなんでも勝たなきゃいけない』

 

 無表情に闇を落としたかのようなサクラの形相。まるでキノコでも自主栽培しているのではないかと思わせるどんよりした雰囲気。

 

 端的に言って、怖かった。

 

「ロー!!」

 

 暫く研究所にいて離れていたロロだが、そんな表情のサクラを見た事が何度かある。絶対的強者の雰囲気を纏い、ロロの先輩たるレオンや、ルーシーに稽古をつけていたらしい胸の大きな茶髪の女性。その女性がサクラに潮らしくなった時が何度かあり、その全ての時に共通するのが、モンスターボールの中からでも、サクラの雰囲気が怖かった事。そしてロロと同じく絶対的強者に思えた女性さえもがガクガクブルブル……。

 

 もう死に物狂いでロロは頑張った。無理矢理念力をほどいて一気に接近し、ユンゲラーの細い肢体に巻き付いては顔に向かって何度も水鉄砲をひたすら連射した。

 

 怖かった。兎に角怖かった。

 

 アキラの合図でロロが戻れば、代わりに繰り出されたレオンがサクラの形相にやはり気付く。相対したイシツブテを凄まじい速さで目覚ましビンタで叩きまくり、必死に勝利を掴みとる。

 

 リンディーはガーディと対面した。バトルに不慣れな彼は、ロロとレオンが泣きながら帰って来た事から、もしかしたら相当劣性なのかと焦っていた。

 相対するガーディはどれ程の手練れか……。あれ? なんかおかしい。相手のトレーナーが命令しているのにガーディはその相貌を恐怖に染めて、ガクガクブルブルと震えだし、対して自分には命令が来ない。どういう事だと振り返り――。

 

 リンディーはとりあえずガーディに飛びかかって彼を押さえつけると、言葉が通じるかは解らなかったが、必死に『とりあえずヤられたフリをしろ。殺されるぞ!』と説得した。ガーディは小刻みに震えながら横たえて、泡まで吐く迫真の演技だった。演技だと、思いたい。

 

 そしてルーシーが出てきた。

 相対したのはクサイハナ。ルーシーはとりあえず出てきてから一通り状況を確認する。相手のトレーナーが必死にクサイハナへ命令しているのに、クサイハナは白目を剥いて、ガクガクブルブルと身体を震わせていた。

 あら? と、思って、後ろを振り返った。

 

 ああ、またか……。

 ルーシーは振り返るなり、雌らしく彼女のコンプレックスを理解した。溜め息混じりに葉を下ろし、弱々しいマジカルリーフを『クサイハナの為に』放ってやる。クサイハナはド派手に悲鳴をあげて撃沈した。

 

 バトルが終わると、誰もが言葉を失った。

 アキラも、サキも、含めて『誰もが』だ。

 

 事情を知らぬ者が見れば、命令も無く、掛け声も無く、フルバトルを完封と言う形でサクラが制した。加えてクサイハナとガーディの凄まじいやられっぷりに、「あんまりだ」とさえ零す者も居た。序でにサクラは暗い無表情のままなのだから、その姿は恐ろしい形相にも見えて――。

 

 コガネシティに『金髪の悪魔』の噂が流れたのは、もう少し未来の話である。

 

「い、いやぁ、つ、つつ強いなぁ。なはは……」

 

 それじゃ、ごめんなさい、失礼しますね。と、早口でまくし立てて、コガネシティへ駆けていくアゲハの後ろ姿を、サキとアキラは『どうかトラウマにならないように』と、祈って見送るばかりだった。多分、彼女の目に大粒の涙が浮かんでいたのは悔しいからじゃない、きっと相当怖かったのだろう。

 

 アキラもサキも、サクラがここまで黒く染まった姿を初めて見た。「新発見だ」等と騒げる状態でなければ、「まあまあ元気だせよ」なんて肩を叩けば殺されるかもしれないとさえ思わせる形相だったが。

 

 因みに、そのサクラの表情は、アゲハが去っても暫くは戻らなかった。無表情で暗雲を背負い、辺り一面睨み倒すような彼女の雰囲気に、一行はそれまでと違い、勝負を仕掛けられる事が無くなった。

 

 ナイチチの怒りは恐ろしいのだと語る悪魔のような彼女に、再会の時弄ったアキラは、自分が巨乳じゃない事に生まれて初めて感謝した。サキはひたすら、自分が男に産まれて良かったと思った。

 

 少年少女と悪魔の旅はウバメの森にさしかかった所で、「あれ? いつの間にかウバメの森だね」とサクラが零して、終わりを告げた。

 

 無意識と言うのが何よりも恐ろしいと、二人はそう語る。


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