再会
長く滞在したコガネシティも、旅立つその日がやって来た。ジム戦の予約がある為、アキナは見送りには来なかったが、旅立つ前の日に三人で彼女の元を訪ねた際、バッジと共に辛辣な態度をとった謝罪と、「迷ったらとりあえずぶっ壊せ」なんて役に立つかはわからない微妙なアドバイスをくれた。要するに照れ隠し、恥ずかし紛れの誤魔化しだとアキラがフォローして、二人は共に笑った。
バッジケースには一つ目と三つ目の枠が埋まり、これからは不要とは言えるものの、フジシロの勧めに従って、ヒワダジムで二つ目のバッジを取りに行く。これに関してはアキナも「普通コガネとったら次はエンジュやし、もし監視されてんならその選択はそうゆう意味でも正しい」と、三人の背中を押してくれた。
そしてその時がやって来た。35番道路とを繋ぐゲートの前にて立ち止まり、三人は見送りに来てくれたカンザキとアカネを振り返る。
サクラは金髪を白のキャスケット帽に入れ、白いブラウスとジーンズと言う出で立ち。サキは長い赤髪を一筋に纏め、赤のラインが入った黒いジャージ姿。二人が定番化しつつある旅の装いならば、アキラは普段のお嬢様的な格好ではなく、アカネから渡された丈の短い白いチャイナドレス風のワンピースを纏っていた。何でも門出だからと無理矢理着させられたのだとか。
「ではお母様、行って参ります」
「ん。行くんやったらちゃんとやる事やって来るんやで?」
「勿論ですわ」
二人の親子の会話を見据え、サクラは倣ってカンザキに向き直る。
「助手さん。本当にロロの事、ありがとうございました。リンちゃんと……勿論レオン達も含めて、大事にします」
「ああ、サクラ。またいつか来てくれる日を待っているよ」
二組が会話を始めれば、サキは手持ち無沙汰に肩を竦めて微笑んだ。
彼が口を開いたのは、一同が二人に向かって礼を述べるタイミングに到ってから。温情溢れる迎え方をしてもらい、そして何も返せないのにこうして笑顔で見送って貰う。最近は特にやれ『スポンサー』だの『協定』だの、利益云々の話が多かったサクラとサキは、二人に対して返し切れない恩を感じた。
その恩を返す事はとても難しく、とても簡単だろう。
無事に旅を終え、コガネに戻ってくればいい。
そして元気な顔で挨拶をすればいいのだ。
「じゃあ、行って参ります」
「お世話になりました」
「またいつか」
「しっかりやっといでな」
「応援しているよ」
手を振りながら、三人はゲートをくぐった。
二人の姿が見えなくなるまで、何度も振り返って手を振り続けた。
※
35番道路は他と比べて、きちんと舗装された街道だ。
ヒワダタウンへはこの街道を道なりに進み、ウバメの森を抜ける事になる。街道自体は三時間程歩けば抜けられるが、ウバメの森は迷いやすい。それを想定した結果、三人は出立を早朝にしたのだが……どうして、トレーナーが多くいた。
仮免許を持つポケモンスクールの生徒だったり、駆け出しのトレーナーだったり、その装いこそは様々だったが、サクラ達の姿を見ると一様に勝負を仕掛けてきた。
主に指命されたのは――。
「あ、お前キキョウジムで見たぞ。シルバーの息子だな!」
「……はあ。またかよ」
サキだった。
何やらキキョウジムでの派手な一件がたたり、彼はちょっとした有名人になっていた。スポンサーからの依頼は少なく、パーフェクトホルダーになるまでは広報活動も義務では無いのだが、キキョウジムでのバトルが『ジョウト放送局』の名の元、テレビ放映されていたのだから仕方ない。
コガネシティではあまり外出しなかったし、外出しても『おのぼりさん』な雰囲気がマッチングしなかったのか、声をかけられる事は少なかった。だがコガネの外に出て、件の『刺客』の有無に警戒する素振りを見せれば、その雰囲気はキキョウジムでの姿とだぶり、この状況である。
勝負を仕掛けられるだけなら良かった。
が、時折サキを「そんな冴えない女連れてないで」等と誘惑する輩が現れるのだけは、心外だった。サクラもアキラも、そこらの化粧化けしている輩よりはよっぽど美人だ。少なくとも、サキはそう思う。
因みにそんな輩は、アキラが特徴的な喋り口調で割って入れば、「こ、こいつコガネの鬼親子のとこの!」等と言って逃げてしまうというオチがある。
アキラは兎も角、アカネが名うてであれば、アキナは鬼と称される程にヤバい噂が絶えないそうだ。サクラとサキは『絶対アキラ絡みでなんかしたんだろうな』と、シスターコンプレックス宜しく妹想いの姉を想像するが……当のアキラは「失礼な輩ですわね」と、さぞ憤慨のご様子。
そんな三人の道中だったが、ある時少し驚く出来事が起こった。
「あ、そこなるはサクさんとサキくんじゃないですか!」
へ? と、声の主を一瞥すれば、何処か見覚えのある女性が街道の先からサクラ達へ大きく手を振っていた。背中の半ばまであるかないかの黒髪を風に靡かせ、化粧をしたサクラと年の頃は同じように思える容姿。そして、つまるところサクラよりも年上に見えるその姿からは、少しばかり幼さが垣間見える無邪気な笑顔。
はて……。
と、サクラは考える。
馬鹿と揶揄されがちだが、一応記憶力はそこそこ良い。
すぐに思い出した。
キキョウシティのポケモンセンターでフジシロと出会った際に居た女性だ。
と、すれば彼女と別れた際の言葉が脳内に蘇り――。
『コガネについたら連絡を……』
思い出したら、途端に汗がダラダラと流れてきた。
忘れていた。ものの見事に忘れていた。
しかし、そんなサクラの様子を知ってか知らずか、サキは飄々とした様子で彼女に声を返していた。
「ああ、アゲハじゃん。ヒワダ突破したの?」
「ええ。二人を見てから何だか燃え上がって……こう、ぐわーって感じの特訓をしたら、キキョウに続きヒワダも突破出来ましたよん!」
サキは忘れず、サクラが居ない時に連絡をしていたようだ。
アゲハと言う名前らしい彼女は、快活に笑ってサキへ返すと、サクラの方へ向き直ってにっこり笑った。
「サキくんから事情は聞いてますよ。ミロカロスの件で全然手が離せなかったとか……」
「あ、うん。折角コード貰ったのに、連絡出来なくてごめんなさい……」
心の中でごめんなさいを何重にも重ねて、トゲがたたないように話を合わせる。
出来すぎなサキに感謝する心と、バレたらヤバいと何やら警鐘が鳴って、冷や汗がとまらない。
そんなサクラの横でアキラが手を口元に当てつつ、「アゲハ……アゲハ……どこかで」と零していたが、サクラは気付かない。
「んで、漸く帰宅か?」
「ええ、まあ……。コード渡しておいておきながら遅くなりましたが、時期が合えば家にご招待しようかと――」
「ああ! 思い出した」
と、そこでアキラが大きな声を出して、アゲハを指差す。
アゲハも漸くアキラの存在に気付いたのか、認めるなりハッとした様子で指を差し返していた。
「貴女、貧弱娘じゃないですの!」
「へ? って、あ、あ、ああ!! アキラ様じゃないですか!」
へ? と、声を漏らして二人は指を差し合う二人を呆然と見詰めた。
アキラが指を差すその姿は正しく「なんでここにいるんだ」と言うかのよう。対してアゲハは「凄いお方と会ってしまった」と言わんばかりに興奮し始めたような姿だった。
すぐにアゲハが迫り寄って、アキラの小さな手を両手でがっしりと掴む。
興奮しているのを隠しもしない様子で、その手をぶんぶんと振っていた。
「わああ! お久しぶりです。アキナ様は元気ですか!?」
「ええ。変わりなくってよ。それより……貴女、ヒワダまで突破出来たの? てっきりキキョウが突破出来なくて、諦めて帰ってくるもんだろうとばっかり……」
「そこなる二人のおかげですよ!」
そう言ってアゲハはアキラの視線をサクラとサキへ促す。
そしてまさか知り合いだったとはと感極まるアゲハをさておき、アキラは呆然とする二人へ、笑いながら注釈をしてくれた。
「この子、コガネジムの常連なのよ。暫定バッジが欲しいって挑み続けて――」
「三年です!」
「そう、三年。でも全く姉様に勝てなくて、仕方なく少し前にキキョウからジムを巡る事を親に了承もらったとかで……」
「いやぁ、親の許可とるのは骨がおれました。何せ旅の条件がコガネジム踏破だったので、もうなんと言うか……。あはははは!」
なるほど。人に歴史ありとはこの事かと、二人は納得した。おそらく化粧をしていないサクラより三歳は年上に見える彼女だが、中々幸せな苦労をしているようである。
「これからコガネに?」
「いえ、まだアキナ様に勝てるとは思ってませんから、もう少しここらで修行しながらですね」
あ、じゃあ……と、サクラがおずおずと手を上げた。
サキがバトルをしていれば、アキラもジムリーダーの妹だからと度々声をかけられていて、サクラばかりが何もしていなかった。そろそろうずうずして、暴れたくって仕方がないと、モンスターボールの中で、皆がそう言っている気がしたのだ。
「私とバトルしませんか?」
「おお、いいですね! やりたいですっ」
二つ返事で、場は整った。