天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

64 / 231
非公式なジム戦

 翌日の夕刻、二人はアキナをアカネ宅へ呼び出した。ジムリーダーから足を伸ばしてもらう行為は不躾だとは思うが、前提が『非公式』なバトルの為、どのみちコガネジムでは行えないバトルだった。故にアキナ自身から、「準備が出来たらいつでも呼べ」とアカネを通じて言われていた為、二人はその言葉に甘えさせてもらったのだ。

 

 その日、ジムの業務が終わったアキナは宣言通り二人の待つバトルフィールドへやって来た。

 

「よぉ。ちったぁ考えたか? クソガキ共」

 

 一歩、二歩、と淀みない歩調でトレーナーゾーンへ向かって来る彼女は、挑発的な言葉と共に不敵な笑みを浮かべていた。恐ろしきはその一挙手一投足が堂々としており、高い身長も相まって、その姿は高き壁の如く見える。

 

 それでも二人は淀み無く返事し、彼女がトレーナーゾーンへ入るのを待った。そしてその足が止まれば、サクラが一歩踏み出した。

 

 白きドレスのようなフリルが鮮やかなワンピースを纏い、縁が広い同色のハットを被るその姿はアキラのよう。彼女がサクラへ貸し出したものだが、どうしてアキナに一対三だと威圧するように見せた。

 

 彼女はしかし、アキラがそうそうしないだろうお辞儀を最初に見せる。

 

「ありがとうございました」

「あぁ?」

 

 サクラのお辞儀に、アキナは目を細めた。挑発をして礼を貰うのも可笑しな話であれば、まだアキナはここに来ただけだ。

 

 訝しむ彼女へ、サクラは面を上げて口を開く。

 

「アキナさんに言われて無ければ、止められて無ければ、この先私は必ず酷い目にあってたと思います」

 

 なるほど。少女の礼は先日の事だったらしい。

 

 どうやら本懐は通じたようだなとアキナはひとつ理解し、しかしそれを労いはせずに不敵な笑みを更に歪めて見せた。

 

「理解したら解けたのか? まだ何も終わってねえ。礼は早すぎるぜクソガキ」

「はい。それでも先に言っておきたかったんです」

 

 更なる挑発を挟むが、サクラは堪えない。彼女が言い終わるなり、横へサキが並ぶ。彼もめかし込んでいるつもりか、先日は括っていた髪をほどき、黒と赤が基調の服をきていた。

 

「ルールは前と一緒や。一対二の、アキナが『刺客』として偶発した際の想定で行う」

 

 三人が相対した様を見て、いつもの白いチャイナ服に身を包んだアカネが間に進んでくる。唯一観戦に徹するアキラはベンチで腰掛けていた。

 

 アカネは左右両者を一瞥し、確認を取る。

 

「お前らが俺のポケモンを戦闘不能に追い込むか俺に攻撃を当てたらバッジを渡す。お前らが今回負けたら、次勝つまでコガネで足止めだ」

 

 アキナがアカネの言葉を補足する。その言葉に二人が頷いたのを確認し、アカネがバトルフィールドから外へ下がった。

 

「偶発時の想定やからアキナからポケモンを出して試合開始や」

 

 その言葉に二人が頷くと、アキナはひとつ笑って見せた。

 

「お前ら相当やりあったんだろ? ピクシーを想定して色んな作戦たてたんだろうなぁ……。んでここで俺がピクシー出したらお前らの作戦勝ちってか?」

 

 ハハッと乾いた笑い声を出し、彼女はベルトからハイパーボールを取り上げる。

 

「嫌がらせだクソガキ共。お前らの予定調和なんざやらせてやんねえよ」

 

 そして投てき。ボールが閃光を放ち、現れたのは四つ足歩行の二本角が目立つ『ケンタロス』。先日の防御技が目立ったピクシーとは正反対に、実に攻撃型のポケモンだった。

 

 しかし、現れたポケモンが前回と違えど二人は目を合わせると、頷いた。

 

「パターンCだ」

「うん。了解!」

 

 先日のアキナの挑発的な態度を鑑みて、この状況は二人にとって想定内だった。

 

 サクラは手前から二つ目のモンスターボールを取り上げ、投げる。サキは一番手前のモンスターボールと二つ目を取り上げ、一番手前のものだけを投げた。

 

「ルーちゃん!」

「シャノン!」

 

 そして、偶発。

 

「ケンタロス、速攻で叩き潰せ!」

 

――パァーン。

 

 ケンタロスがアキナの指示によって地を駆った瞬間、シャノンがひとつ柏手を打つ。『猫騙し』に僅かに二の足を踏むケンタロスへ、ルーシーが『宿り木の種』を撒き散らす。

 

「ケンタロス、怯むな。かませ!」

 

 命令無く二匹が動作するのは予想済みだった。そう言わんばかりに、アキナは変わらぬ態度でケンタロスをけしかけた。

 

「ンモォオ!」

 

 前足を高々にあげ、降ろすと同時に大地を強く駆るケンタロス。しかしその動きを想定しているかのように、ルーシーは『痺れ粉』を目一杯に振り撒いた。

 

そこでサキが取り出していたモンスターボールを差し出す。

 

「シャノン、使え!」

「ニャア!!」

 

 差し出されたのはオノンドの入ったモンスターボール。シャノンが声を上げると、オノンドのモンスターボールが激しく共鳴し――。

 

「フシャァアア!」

 

 シャノンはニューラが持つ筈の無い、青い炎をその口から漏らし、一気に吐き出した。

 

 その挙動に、それまで高圧的な態度を保ってきたアキナが初めて目を見開き、ケンタロスへ警告する。

 

「ケンタロス、備えろ。爆発するぞ!」

 

 瞬間、ルーシーの『痺れ粉』へ、シャノンが『猫の手』でオノンドから借りた『竜の怒り』が引火する。

 

「――ッ!?」

 

 突っ込んで来ていたケンタロスの足元で連鎖的な引火が起こり、そして一度火を放った粉塵が更に引火、更に引火したエネルギーがバチバチと音を鳴らし、とめどなく連鎖――そして爆発。

 

 吹き飛ばされたケンタロスはアキナの足元まで吹き飛び、そこで横たえたが、即座にその身を起こす。その足元を見て、アキナは檄を飛ばした。

 

「足元気ぃ付けろ! 宿り木が撒かれてるぞ」

 

 ケンタロスはその言葉を受け、大きく大地を蹴る。絡み付こうとしていた宿り木の種を大地ごと砕き、その反動でケンタロスの身体は宙へ――。

 

「ニャッ!」

 

 その動作を想定して(待って)いた。

 

 宙で相対するニューラとケンタロス。高く上がっていたシャノンは、既に右手を大きく振りかぶっていた。

 

「やれ、シャノン!」

 

 炸裂する冷凍パンチ。

 

 大地へ叩き落とす。

 

「ルー!」

 

 そこでルーシーが待ち構えていた。

 

 零距離からの痺れ粉。片足を崩して大地に付いたケンタロスは、その体勢で動けなくなる。

 

「ルーシー、拘束!」

「シャノン、足を崩せ」

 

 シャノンがけたぐりの要領で足を払い、ケンタロスの身体を崩し、動けないその身体へルーシーが『宿り木の種』で拘束。地面に張り付けにした。何重にも重ね、更にシャノンが『凍える風』を吐き、ケンタロスの身体から反撃する為の熱を奪う。

 

 勝負はそこで、アカネが止めた。

 

「ケンタロス戦闘続行不能やな」

 

 その言葉に二匹は即座に反応し、その場から即座に離れて二人の元へ帰る。それは『刺客』を想定し、『逃亡』に転じた姿。

 

「……アキナ、どないや」

 

 粉塵爆発の煙がようやく晴れた。

 

「…………」

 

 そこで二人はアキナの顔を見て、固唾を呑んだ。

 

「ああ、文句はねえよ。ここまで卑怯貫いて想定されてたならしゃあねえ」

 

 その表情は怒りか、悔しさか、眉間にしわを寄せた険しい顔付きだった。文句は無いと口で言うものの、その顔付きはどう見ても……。

 

 と、そこでベンチを立ったアキラが、二人の視界を遮った。

 

「後はわたくしの話ですわ」

 

 そしてアキラはアキナへ振り返り、頭を垂れる。

 

「姉様。お許し下さいな。わたくしは二人と旅に出たい。今こうして、姉様に屈しなかった二人を支えたいのです」

 

 そう言ってから、彼女は二人へ向き直り、またも頭を下げる。

 

「わたくしをどうか一緒に連れて行って欲しいですの」

 

 言われ、硬直。そして即座に理解。

 

 サクラはそこで、アキナがどうしてこんなにも辛辣だったか、そして目の敵にするが如く二人を追い詰めたかに思い至った。隣を望めば、サキも同じく理解したのかサクラへ目を丸くして向き直って来ている。

 

 アキラがサクラ達の旅に同行したいと言っていたが為、必要以上に旅のハードルを高くしたのだろう。しかしそれは二人にとって彼女らを責められる話ではなく、妹を思う姉の心は理解出来ないまでも納得が出来た。

 

「ダメですか?」

「え、えぇっと……」

「危険な旅だ。俺達はいいけど……」

 

 サクラもサキも、同じくアカネとアキナを見た。

 

 アカネは微笑み、頷く。しかしアキナはケンタロスを戻すと踵を返した。

 

「姉様!」

 

 その様子に気付いたアキラが、彼女の背を呼び止める。その声に足を止め、アキナは僅かに口ごもるように咳払いをひとつ挟んだ。

 

「……姉様ゆーな。姉ちゃんにしろ。したら後で二人連れてジムに来い。バッジと……お前にも暫定バッジ渡してやる」

 

 言うだけを言って、アキナは歩を進めた。

 

 その背に、アキラはらしくもなく深々と一礼する。

 

「ありがとう……。()()()

 

 呼び方悪化してんじゃん!! とは、誰も突っ込まなかった。突っ込めなかった。

 

 日が落ちて、パチパチと音をたてて照明が灯る。

 

 

 訪れた夕闇はしかし、先日とは違って二人に歓喜の瞬間を与えてみせた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。