アキラは姉のやり方が間違っていたとは思わない。ちゃんと加減はされていたし、ピクシーが小さくなると瞑想を使っている間は、二人の出方をきちんと待ってやっていた。仮にピクシーの大文字がサクラに直撃してたとしても、おそらくサクラは軽い火傷さえも負わずに済んでいるだろうとさえ思う。
二人に直接トレーナーへの攻撃をさせようと言う教えは、それすらも妥協案なのだ。相手のポケモンを、仮に二人のポケモンが何とか倒したとて、敵が一人とは限らない。一対二ならばともかく、多数対二ならば、相手に援護が来た時点で、それは二人にとって『詰み』なのだから。
端的に言ってしまえば、二人にとっての最善は『逃亡』だ。逃げ切ってしまえばそれでいいのだ。挑まれる勝負はバトルではない。相手がサクラの命を何とも思っちゃいない事は、サクラの家が焼き払われた事実が表している。即ち、敵からすればサクラの命、サキの命を奪ってしまう事が何よりも手っ取り早いわけだ。
だから姉がサクラ達にそれを気付かせた事は、感謝してこそあれ、恨むのは筋違いだと解っている。解ってはいるが、アキラは納得出来なかった。
その数時間前に姉と交わした会話が無ければ、おそらくもっと円満に彼女はそれを二人に教えていただろう。姉の本質が面倒見良く、優しい事はアキラにとっては常識よりも確かだ。こんな風になじるだけなじって去ったりはしない。
だからこそ、アキラは姉に苛立ちを覚えた。その姉の思惑通り立ち止まった二人に、更に怒りが増す。
――ぜってえ姉様の思惑通りなんかにしてやるものですか。
二人のまだ貧弱さが残るポケモンをひたすらプクリンでいじめぬき、遠い山の峰から日が射すまで、スパルタ式の訓練をした。
トレーナーを攻撃してしまうのが最も手っ取り早い? それはそうでしょう。でもこの二人はトレーナーなのです。だからわたくしは姉様に『間違ってる』と物申してやりますわ。
最善策等知ったことか。確かに『二人だけ』ならば一匹に手こずるのは不味いが、そこに『アキラ』が加われば話は別だ。
だってアキラは――。
「ちょ……ちょいタンマ」
「アキラ……。お願い、きゅうけ……」
「温い。そんな根性で姉様を倒せるものですか。プクリン、ハイパーボイスでもろとも吹っ飛ばして差し上げなさい」
「ぎゃあ!」
「ひゃぁあ!」
アキラは強い。
それにこの二人が……サクラだけじゃなく、サキも、大好きだと言える。
その二人の為ならば一晩二晩とて、戦い続けてみせよう。
「わたくしに出張らせたのですから、泣き言は捨てて下さいまし。良しとするまでボコボコにするのがわたくしのスタンスですの」
そう、この二人の為なら、いつだって笑顔でいられるよう、何度も泣かせてあげましょう。
※
アキラのスパルタ式の訓練は三日間に及んだ。サクラもサキも三日目を迎えた頃にはパッチールのような動きをしていたが、はてさてその成果とは如何に。
ちなみにアカネはそんな三人の様子をひたすら笑いながら見ていた。三日三晩、寝ずに続けられたそのシゴキを飄々とした様子で付き合っていたのだから、アキラはアカネの娘なのだと二人はなんとなく理解した。
アキラは二人に何も教えちゃくれない。ひたすらにポケモンを出させ、トレーナーもろともボコボコにして、メディカルマシンとバトルフィールドを往復させまくった限りである。ロロは途中からサクラを盾にすれば、アリゲイツはプクリン恐怖症宜しく出された瞬間に卒倒した。
悪化している? いや、そんな訳はない。
それでもロロはサクラの身体を庇うし、アリゲイツは卒倒しても隙を見て飛びかかっては卒倒していた。二人の手持ちで特段気弱な二匹がそんな頑張りを見せれば、レオンは「オラもう一発来いや!」とでも言いたげに良いサンドバッグになり、ルーシーは眠り粉をひたすら撒き散らしてはハイパーボイスに吹き飛ばされ、新入りのリンディーでさえ根性を見せてひたすらに特攻。シャノンはフジシロとの特訓を思い出したように高速アタッカーの名に相応しく突っ込んでは吹き飛ばされ、キバゴから進化したオノンドはしかし、雌が相手だったのでやはり吹き飛ばされるばかりだった。
「うおおお!」
「わあああ!」
朝日に向かって叫ぶサクラとサキ。
先日のトレーナーズハイ宜しく、今ではサクラまでもなんだか残念な感じに燃えたぎっていた。
ゴチーン。
御約束の拳合わせさえ、アキラは見ていて「うわぁ……」とかなりのドン引き具合である。アカネはいつも通り笑っていた。いや、ドン引きしているアキラこそが戦犯なのは解っていても突っ込んではいけない。
「いくぞおおお、サクううう」
「わあああ!」
パッチールのようにふらふらとした足取りで、しかし二人は快活に叫ぶ。
「いや、とりあえず寝ぇや二人とも?」
笑いながらアカネがそう言って突っ込む。ちなみに笑っているのは表情ばかりで、アカネも実は結構眠いのだろう。表情筋が固まったかのように動かない。
「お風呂入りたいですわ」
そう言ってアキラは欠伸ひとつ。彼女が犯人である。
「うおおお!」
「わあああ!」
心無し、サクラは「わあああ!」しか言っていない事は誰も突っ込んではいけないと思っていた。サキは中々にタフだが、サクラはそんなにタフじゃない。おそらく彼女の意識はもう無いのだから。
メイの訓練で出来上がったベース。それは定石と妙手を合わせた采配だったり、ポケモンの基礎能力の育成だったり、鍛えるべくは二人の絶対的な能力値に重きを置いていた。不可視なものではあるが、それは確かに身に付いて、二人に冷静な分析能力と、ポケモン達の相対レベルを与えた。
アキラが今回やった事はしかし、二人にとっては『ボコボコにされた』と言うものだが、それは二人にとって芽生え始めていた『慢心』を消し去り、そしてゴチャゴチャと難しい事を考えては落ち込む頭をクリアにリセットした。
つまりどういう事か? それは朝日から夕日へ変わった頃に成果として表れた。
「とりあえずルーの眠り粉だな。あのピクシー、蝶の舞で集中したルーの花びらの舞をもろともしてなかった」
「そうだね。とりあえず掠め手から攻めて、状態異常から戦闘不能を狙おう」
二人はアカネ家のリビングにて、ノートを一枚開いてはそこにペンを走らせていた。
「小さくなると瞑想のコンボはどうするよ?」
「オノンドに挑発させるってのはどうだろ?」
「それアリだな。挑発されたら攻撃に回ってくるけど……」
「ピクシーはフェアリータイプだし、吹雪、大文字、雷とか色んなタイプの技使えるもんね……」
一晩、もとい一昼爆睡を経た二人は、入浴、遅すぎる昼食を済ませ、こうしてブレーンストーミングを開始した。
アキラによってボコボコにされた事を経て、力押しではどうしようもの無い敵がいる事や、力押しだけがポケモンバトルではない事を思い出した。ならばどうするか? その際の対応はメイとフジシロから叩き込まれていた。
状況を冷静に分析し、解析する。フジシロがサキにキキョウジムでさせたように、『命令無く動く』等の妙手で、翻弄させては封殺する為の作戦を立てる。それは既知の戦力にしか使えない手法だが、『パターンA』や『パターンB』として定着させてしまえば咄嗟に使える武器になる。
「何せ相手はつええ。もらっちまったら堕ちる……」
「レオンのアンコールはどうだろ?」
「確かに使えるだろうが何分相手のが手慣れてる。不意を付けてもそれじゃ突破は難しいな」
「じゃあレオンのアンコールからうたうのコンボは?」
「……なるほど。レオンも状態異常技覚えるんだな。ピクシーの小さくなるにアンコールから挑発かまして、加えてうたうでとどめ……。いけるか?」
「アキナさんが前回みたく様子見してくれたら。かなぁ……」
二人のクリアになった脳裏に戦術が様々に展開される。それは力押しではなく、妙手による『封殺』。むしろ高レベルなポケモンを相手に、力押しで『倒す』と言う事は、アキナが言う通りリスキー過ぎるのだ。
即座に『封殺』するコンボを叩き込み、相手を『戦闘不能』ではなく、『戦闘続行不能』にしてしまうのが正解だろう。勿論それの極致が『トレーナーへの攻撃』になるのだろうが、二人は頑なにそれを拒んだ。
ポケモンに親しい人を殺された二人にとって、それは絶対に譲れない感性。だからこそ、二人はこうして策略を練るのだ。自分の意思を訴えるだけなら子供のお遊びだが、『認めさせる』のが、大人の生業だろう。
二人のブレーンストーミングは途中アキラも混ぜて、深夜にまで及んだ。