天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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昼食

 一行はサクラとアキラが戻ると、しかし昼食より先にレオン達を迎えにポケモンセンターへ向かった。カンザキはプログラミングの初期設定だけを済ませてから、昼食休憩をとるとの事だったので、どうせならそれに合わせようと結論着いた。

 

 ポケモンセンターへ向かう道中、アキラはサクラと会話しつつ、サキはメイとその姿を後ろから見守った。二人の会話は昔話の派生が多く、聞けば「メジロはどうしてるの」だの、「ミサ先生ご結婚なさったのよ」だの、完全に二人の世界だった。

 

「さっちゃんは混ざらなくていいの?」

 

 と、呆けた様子で二人の背中を眺めていたサキは、嫌らしくニヤニヤ顔をするメイにそう言われる。羨ましくでも見えたのだろうか……いや、その前に。

 

「なんだその変な渾名」

 

 サキは心底嫌そうに舌を出して顔を歪める。おぞけが走るとはこの事だろう。

 

「ん? サキ君って言いづらいじゃん?」

「どうせなら俺じゃなくサクラをそう呼べよ」

「えー」

 

 唇を尖らせながらそう言う。都会を歩くにあたって、彼女はキャスケット帽に髪を隠し、茶色いサングラスをかけているのだが、その容姿でさえ、どこか幼く見えるその仕草。

 

「じゃあサッチー」

「センスの欠片も感じねえ。却下」

「なぬ。本職相手に生意気な」

 

 どこかふざけが先立ったように笑いながら、拳骨を振り上げるメイ。顔を歪めてから、殴られては敵わないとサキはサクラとアキラを追い越して行った。

 

 彼が今度こそポケモンセンターを通り過ぎて行った事はここだけの……いや、もう無理か。

 

 

 

 

 さて、一同は再びコガネタワーへ戻ってきた。全快したレオン達に異常はなく、予定通りの時間に戻ってこれたようだ。エントランスでカンザキが片手を挙げてサクラ達を迎えてくれた。

 

「ここの二階に少し広目のスペースを貸し出してくれるレストランがあってね。ポケモンも出してやれるからそこへ行こう」

 

 一同はカンザキの案内でエレベーターへ乗り込み、二階で降りる。

 

 カロス地方から出店してきたと言われる店舗は、とてもお洒落なカフェテリアにも見えた。ゴシック調の壁紙に、僅かに中世風を思わせる木製のテーブルと椅子。五人、それぞれがポケモンを持っていると言うと、追加料金がかかりますがとかなり広目の部屋を勧められた。カンザキが「そこで」と決め、案内される。

 

 エレベーターを降りてから様々なトレーナー、ポケモン達とすれ違い――どうやらオープン席が普通の提供らしい――、やがて木製の扉の前に辿り着く。店員が扉を開き、会釈と共に中へ促された。

 

 一人一人椅子を店員が引いて座るよう促してくれ、サクラもなされるがままに座る。木製の椅子だったが、敷かれたクッションが柔らかく、座り心地は良かった。

 

「……いや、えっと」

 

 店員が出ていくと、サクラは言葉を漏らす。一同が首を傾げて彼女を見た。

 

「……皆普段からこんな食事なの?」

 

 サクラは心底不安そうに問う。

 

 旅の道中はともかく、メイとの初対面は高級料理店だし、『レストラン』として案内されたここもどう考えたって頭に高級の二文字が付くだろう。何も断らずこんな場所をさも当たり前なように案内し、メイは勿論、アキラでさえ当然のような顔付きで案内された。

 

 ちなみにサクラの疑問にサキは含まれていない。むしろサキは野生児でも違和感がない。

 

「ここって高い……ですよね?」

 

 白く汚れひとつないクロスがかかった円卓。店員がかけてくれたナプキン。揃えて置かれたフォーク等々を見下ろし、サクラは呟く。

 

「まあ、会計は僕がもつから心配しないで」

「い、いや、そう言う事じゃなくて……」

 

 今更ながら、別世界の住人達だとサクラは乾いた笑いを溢しながら回りを見る。カンザキは全国的に有名な研究所の所長。メイは全国区のアイドルであり、規模も大きいらしい組織の会長。アキラはジムリーダー家系の娘であり、お金持ちなのは都会のそれが示す。まあ、ついでに、サキもポケモン協会の会長の息子だ。

 

「サクラ。何を考えているか察するに及びませんが、一応補足するならば貴女も『レジェンドホルダー』の娘ですのよ?」

「……そう言えばそうでした」

 

 尤も、指摘を受けて自覚する程になんにも優遇されちゃいない肩書きではあるが。それどころか実害はあったので、堪ったもんじゃない。

 

「食生活の心配しているなら、私は旅してるからさっちゃんと変わりないよ? 接待の時だけかな」

 

 さっちゃん……? いや、みなまで言わずともサクラの事なのだと視線で理解する。何故かサキが肩をびくりとさせていた。

 

「言っても僕も普段は軽食ばかりだよ。皆さんのポケモンを見てみたいから来ただけで、ここはあんまり慣れた店じゃないさ」

 

 さて、とカンザキがメニューを開く。

 

「面倒なのでわたくしはコース料理に一票」

「俺肉はいらねえ。サラダ食いてえ」

「私もお肉は本業的に避けたいかな」

「わ、私は皆に任せるよ」

 

 四者四様の言い分。

 

 カンザキが意見を一括して注文のコールを入れた。……呼び鈴等ではない。コールである。内線のような感覚である。もう明らかに普通のレストランじゃなかった。

 

「まあそれじゃ」

 

 と、サキがかけられたナプキンを卓上に上げ、ベルトから外して三つのモンスターボールを投げる。次いで現れるニューラ、キバゴ、ワニノコの面々。

 

「じゃ、私もたまには出してあげようかな」

 

 メイがサキに倣って椅子に座ったまま、ハイパーボールを二つ投げた。ゴチルゼルが現れ、その後ろにもう一匹の彼女の相棒が現れる。

 

 緑を基調とした、ミロカロスとよく似た形状の体躯。襟が気品を漂わせ、鋭くも穏やかな双眸がゆっくりと開かれる。

 

「わ、ジャローダだ」

「……にしてはかなり巨大ですわね」

 

 現れたメイの『ジャローダ』は歴戦の強者と言う印象が存分に発揮されていた。通常種の三割増しはあろうかと言う大きさの体躯で、悠然とした動作でメイへ頭を垂れる。その頭を撫でながら、彼女はにっこりと笑った。

 

「一番最初の相棒よ。この子一匹で他のレジェンドホルダーのポケモンを全部倒した事もあるのよ?」

「……マジかよ」

「それは凄いですわね」

 

 レジェンドホルダーを直に見てきたサキとアキラはそう感嘆する。サクラは今一ピンと来ないが、雰囲気的にはシルバーのマニューラを思わせる底知れない強さが垣間見えた気がした。

 

「ではわたくしも失礼して」

 

 と、アキラが手持ちのバッグから二つモンスターボールを投げた。

 

 ピンクと白のホワホワとしたポケモン。高い声で鳴き声を上げて、アキラの足下へ一目散にかけていく『プクリン』。もう一匹は巨大な黒い鋼の顎をポニーテールのように持ち、黄色い小柄な体躯にぱっちりとした瞳と小ぶりな口を持ったポケモン。

 

「あ、ウィルちゃん。久しぶり!」

「チー」

 

 サクラがアキラの『クチート』に手を挙げて挨拶する。アキラとサクラは隣に座っていた為、距離が近い彼女の元へクチートは駆けてきた。名前は今サクラが言った『ウィル』と命名されている。

 

「へえ、クチートにプクリンか」

「コガネジムがノーマルとフェアリーの複合ジムになったので、プクリンは姉から勧められましたの。ウィル……クチートは幼い頃からの友人ですわ」

 

 感嘆するサキへ、アキラが補足する。

 

 カロスにて新種のフェアリータイプが発見されて以降、そのタイプバランスは全国区に広がった。元はノーマルタイプだったピッピが、純正のフェアリータイプへ変化し、世間を騒がせた事は記憶に新しい。その弊害宜しく、ノーマルタイプを主軸にしていたコガネジムでは何匹かのポケモンがフェアリータイプを複合し、やむを得ずフェアリータイプも扱う事になった。

 

 タイプ複合ジムとは色々物議を醸したものだが、これを世に通したのがアキラの母、『アカネ』である。

 

 ちなみに彼女が幼少から馴染みだと言うクチートは、サクラのチラチーノとドレディアと共に彼女の手に渡った一匹。イッシュ地方ながらもクチートがそこにいた理由は、二人には解らなかった。

 

「あれ? ウィルちゃんなんか首飾りつけてるけど」

 

 ふとサクラが見やれば、ウィルは紫色の透き通った宝石をチョーカーのような形で首に提げていた。抱き上げて見ようとするが、クチートは如何せん重たいポケモンなので、サクラは椅子から降りて目線を合わせる。

 

「気にしないで下さいまし。その子専用のアクセサリーですわ」

 

 と、アキラの注釈。

 

 紫色の中で白い炎が揺れているように見える、不思議な宝石だった。

 

「それより、サクラもはやく出しておしまいなさい。元より、はやくレオンをモフモフさせなさい」

「……モフるのはいいけどレオン怒るよ?」

 

 アキラに言われ、ウィルから目を離してはモンスターボールを二つ投げる。ロロはプログラミングの為に研究所に預けてきているので、出せるのはレオンとルーシーだけだった。

 

「ああ、レオン久しぶりですの! ルーシーも久しぶり! レオンさあモフモフさせなさい!」

「チッ――チィ!?」

 

 悶絶。悲鳴。諦め。

 

 諦めたのはレオンだった。物凄い形相で迫ってくるアキラに、一瞬ばかりは反撃の体勢をとった彼だが、しかし相手がアキラだと認識すると『うんざり』した顔付きで、全てを諦めるかのようになされるがままだった。

 

 ああ、これは後で不機嫌確定だろう。

 と、サクラは微妙な顔付きでレオンの勇姿を見送った。

 

「さて、僕は本来ポケモンを持たないんだけど――」

 

 と、二人のやり取りを脇目に、カンザキが立ち上がる。その手には言葉に反して、モンスターボールが握られていた。

 

「サクラ。ちょっとこっち来てくれるかい?」

「あ、はい」

 

 テーブルを回り、対面していたカンザキのもとへ向かう。彼は立ち上がり、モンスターボールを大事そうに撫でながら、呟くように溢した。

 

「生前、ウツギ博士が研究所を出る僕に預けてくれたポケモンだ」

 

 その目は懐かしそうに。しかし、少し寂しそうに映る。

 

「でも僕が持っていてもあまり出してあげられない。だから君に――」

 

 カンザキはモンスターボールを緩やかな動作で床に降ろし、開いた。

 

「君に貰って欲しい。ウツギ博士の、博士が君にあげたかっただろうポケモンの代わりも含め……どうか」

 

 現れたのはイーブイだった。見た目には若く無いことは解るが、かといって戦闘経験があるような様子ではない。ただ、そのイーブイもその時を待っていたかのように、サクラへ頭を垂れ、ゆっくりと面をあげた。

 

「どうだろう、君はLを除けば三匹。しかも内二匹はそこそこ鍛えたトレーナーだ。生活に負荷はかかるかもしれないが、この子も旅をしたがっている」

 

 カンザキはそう言って、空のモンスターボールを差し出した。サクラはひとつ頷き、ボールを受け取る。

 

 腰を降ろし、茶色と白色が鮮やかなイーブイを一撫で。

 

「私と冒険する?」

「……ブイ!」

 

 イーブイは当然だと言わんばかりに、一声鳴いた。そしてカンザキへ振り返り、「今まで有り難う」と言わんばかりに頭を垂れる。

 

「ああ、いっといで」

 

 カンザキはイーブイを一撫でし、サクラへ目をやった。

 

「宜しくね」

「大事にします」

 

 

 このイーブイがリンディーと命名されたのは、それから二日後の話。


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