ジョウト地方最大の都市『コガネシティ』。
一同は翌朝自然公園を出ると、一息に37番道路を下った。サクラとサキはヨシノの時と同じ手順でゲートを抜け、メイだけはカードを見せるなり顔パスよろしく通過する。流石は大都会と言うべきか、ゲートの窓口が複数あったので大して並ばずに通過出来た。出口で合流し、そして出る。
するとそこには夢のような都が――とはいかない。ゲートを抜けてからは次いでビル群を抜けなければ都市の中心へは辿り着けないのだった。
「とりあえずポケセンね。その後研究所」
本業たる女優の仕事上、何度もコガネを訪れていると言うメイが先導し、三人はゲートから三〇分程歩いた。とんでもない広さの街並みにサキは圧倒され続け、危うく彼一人だけポケモンセンターに気付かず通り過ぎようとしたのはここだけの話だ。
ポケモンセンターに着くと、サクラはレオンとルーシーを預けた。道中はポケモンに襲われる事がない街道だったので、怪我はしておらず、単なるコンディションチェックだ。当然ながらさほど時間はかからない予定だが、研究所へ向かう時間を有効に活用しようと言うわけだ。
ついでに今の内に宿舎をとっておこうかとも思ったが、そこでメイに「あてがある」と言われて否められる。サクラは小首を傾げたが、言及は無かった。サキは何かを疑るように目を細めたが、そんな視線もメイは知らん風だった。
その後ポケモンセンターを出た三人はやはりメイを先頭に、昼にはまだ早いコガネシティを歩く。一応サクラも何度か来ている為に土地勘はあるが、メイの方が随分詳しいようだった。
「あそこがミアレガレット置いてる店で、あっちがフエン煎餅取り扱ってる。んでもってそこの通り挟んだ向こう側にはイッシュの元ジムリーダーがやってるお店の分店があって、その通りには確か三ツ星レストランがあるよ」
尤も、彼女のマッピングは随分と偏ったアクセントが付いているようであるが。
そんな感じの体重が増えてしまいそうな昼食前には辛いナビゲーションを聞きつつ、昔はラジオ塔としてコガネシティのシンボルだったタワーに辿り着く。今では建て直され、特徴的だった黒い塗装こそ引き継がれたが、中身は『テレビ局』や『ポケモン研究所』等が入った『コガネタワー』と言うシンボルになっていた。
回転するガラス戸を通り、中へ入る。まだ昼前と言う事もあり、エントランスはあまり人気がなかった。綺麗に清掃された床は鏡のように映り、そこらに置いてある一人がけのソファはいかにも高級そうな皮貼り。三階までは吹き抜けになっているからか、とても広々とした印象。
入り口から見て随分と奥にあるエレベーターへ乗り、『ポケモン研究所』がある四階をメイが押した。ゆっくりと閉まるとび――閉まらなかった。
ガンッと言う音と共に、閉まろうとした扉が止まり、外からボタンを押されたのか扉が開いていく。突然の駆け込みに一同がハッとして、開く扉を呆然と見詰める。
その最中、サクラの表情が無になった。
サッと入ってくる小さな影。ハッとして身を引くメイとサキを尻目に、侵入者はサクラの腕を掴んでエレベーターから連れ出した。無表情のままサクラは呆然と連れていかれる。
「ちょ、おい!」
先に我に戻ったサキが、メイの横から開くボタンを押して閉まりかける扉を開く。そこでハッとしたメイと共に外へ出て――。
「サクラ? 歯を食いしばって下さいまし」
――バチーン!!
と、とても良い音が広々とした空間に響き渡った。エレベーターを出て呆気にとられた二人。その背後でチーンと音を立ててしまる扉がなんと空気の読めない事か。
「多くの嘘をついている事。連絡を寄越さなかった事。わたくしを頼らなかった事。本当に嘆かわしいばかりですわ」
ルギアを彷彿させるような、尊大な言葉遣いだった。
「でも」
その少女は見目麗しく、鮮やかな桃色の髪を靡かせ、サクラが好んで着るような白いワンピースに身を包んでいた。大きな瞳ながらもキリッとした印象を抱かせ、顔のパーツこそ小さいのに、どうして存在感は巨大にも感じる。彼女はサクラより小さな身の丈をふわりと駆け抜けさせ、頬を打たれて俯くサクラをゆっくりと抱き締めた。
「無事でなにより……心配しましたのよ。本当に、心配していましたのよ」
「……ごめんね」
巨大な存在感と、小さな身体。サクラを抱擁する身体こそ随分と小さく見えるのに、彼女を抱きしめるその身体は揺ぎ無く見え、傍目にも包容力を感じさせる。
やっと表情を取り戻したサクラは、その顔に申し訳なさと感謝が混じった、グシャグシャな表情をしていた。それでもその顔付きは嬉しそうに、瞳を潤ませながら笑う。
「久しぶり。アキラ」
「ええ。久しぶりですね。サクラ」
その少女の名は『アキラ』。サクラが懸念していた『ぶっ飛ばされる』と言っていた少女だった。尊大な言葉遣いと柔らかな抱擁に、どうしてもそうは見えないサキとメイは、しかし次の瞬間に理解する。
「てぇーい!」
柔らかな声。軽やかに宙を舞うサクラ。
地面へドシンと落とされ、少女は目をパチリ。向かい合った桃色の髪の彼女は、緋色の瞳を愉快そうに揺らしてニヤリと笑う。
「サクラ、相変わらず隙だらけですわね」
「……え? 今感動の再会だったよね? なんで私投げられたの? え? ええ?」
「失礼。隙だらけでしたので」
「ちょっと、アキラ!?」
「まあ嘘吐いて心配させた分だとお思いなさい」
「それさっき清算したよね!?」
途端に二人は喧しく喚き出す。
成る程、ぶっ飛ばされると言うより、ぶん投げられた訳だが、見ていた二人は理解した。その少女がサクラの言う友人で、コガネシティジムリーダーの妹なのだろう。
「まあでも」
アキラは寝転がったまま喚くサクラに手を差しのべ、くすりと笑った。
「思ったより落ち込んでないようで安心しましたわ」
手を取り、立ち上がったサクラは薄く笑う。
「……理解が追い付いてないだけだよ」
「あら、相変わらずの駄犬っぷりですわね?」
「アキラこそ相変わらず丁寧な毒舌でどうも」
見つめ合い、そこで言葉を止めると、今度こそと言わんばかりにアキラがサクラを抱き締めた。
「ウツギ博士の事、心中お察ししますわ」
「うん。ごめんね。心配かけて」
「良いのよ。こんな時は自分を大事にしなさい」
「……うん」
こみ上げてくるものを隠すように、サクラは彼女を離した。
離されてから、ゆっくりとアキラはおいてけぼりにされている二人へ向き直り、小さく会釈する。
「初めまして。アキラと申しますわ。サクラの友人ですの。今回はサクラを助けて頂いたそうで……この子の友としてお礼を述べさせて頂く次第ですわ」
そう言って今度は深々に一礼する。対するメイとサキはたじろぎながらも、自己紹介を返す。その末でひとつサキが疑問を口にした。
「どうしてこいつがここにいるって?」
「張ってましたのよ。朝から」
「ふーん……」
じろり、サキはメイを睨む。
メイが目線を逸らして――つまるところ肯定するわけで……。
事は昨日、自然公園で二人が寝入った頃を見計らってから、メイはシルバーを介して『コガネシティポケモンジム』に、サクラが向かう旨を告げた。本来とは違い、ヒワダタウンを跳ばしての行程になる為、ジムリーダーに一報が必要だったとの事だ。
これを隠したのは、ほら、ねえ? と、そこで言葉を濁してチラチラとサクラを見やり、メイは豊満な胸の前で両手の人差し指をツンツン……。サキは納得した。サクラはアキラにメイの視線の意を問われて、盛大に誤魔化した。
ともあれその連絡を受けたジムリーダーは、以前『ミロカロスの手当て』の件を仲介しており、サクラがコガネシティに長期滞在となる可能性を察した。そこで自宅を宿舎として提供しようと申し出てくれ、それがやむを得ずアキラの耳にも入ったと言う流れらしい。宿舎についてはメイに来た報告にあったので、それでサクラがポケモンセンターの宿泊施設を取ろうとするのを否めたわけだった。
アキラはそこで初めてサクラが存命だと言う事実を教えられ、その彼女がコガネにやって来ると言うものだから、これはどうしてぶっ飛ばしてやらなきゃ気がすまないとなったらしい。しかし彼女が間違いなく来るだろうコガネタワーで待ち構え、待ってみたはいいものの、実際サクラは化粧に加え髪色も髪形も変わっており、ついでに服装も彼女の好みとは真逆であったので、気付くのに遅れたと言う。
「ま、相も変わらずの貧乳っぷりだったので一目見たらわかりましたけどね」
「なっ! アキラなんか全く無いまな板のくせに!」
「わたくし、見ての通り身長がないのでまな板で良いのよ?」
「……ぐぬぬぬぬ」
本人がそう述べる通り、アキラの身長は一行で最も身長が小さいサキよりも全然小さい。サクラと比べれば頭ひとつ半は小さいだろうか。サクラの発育――主に身長――が良いだけではなく、アキラはサクラと同い年と語る割に全然小さいだろう。ちなみにサクラとアキラの胸の大きさに大差はない。残念ながら体格的にアキラの方が割合的には大きい。
別に無いわけじゃねえじゃん。と、サキはサクラの肩を優しく叩いた。
サクラは目を伏せた。
友よ。と、アキラもサクラの肩へ優しく手を伸ばした。
サクラは全力で払った。
あっても重いだけよ。と、メイがサクラの肩へ手を伸ば――。
「メイさんはやめてください。本当に私泣きますから」
断固拒否した。女のプライドがそうさせた。いや、貧しいと言われた少女の胸が、揺れるメイの胸を全力で拒んだ。
それより研究所! 早く行こうよと、半ばやけくそになったサクラはエレベーターの呼び出しボタンを押した。