ルギアの独白が終わる。
しかし口を開ける者はいなかった。彼が口をつぐんで、サクラは涙し、サキは彼女の頭を撫でて慰め、フジシロとメイは思案するように目を伏せていた。
このルギアが純真無垢すぎる事。彼にとっての全てが、そのままサクラの意思である事。それはメイとフジシロにとってあまりに危なっかしい爆弾だった。
ルギアはサクラの事を「まだ力を振るうには及ばない」としているが、きっと彼女の身を護る為なら、何事をも成して見せるだろう。命を賭して彼女を護るとはいかにも素晴らしい事だが、逆説的に言えば、サクラが望めば世界を滅ぼす事に尽力すると言う事だ。
幸いにして、ルギアの話に涙する程サクラは心が豊かだ。そう簡単に災厄を起こしたりはしないだろう。しかし彼女もまた、メイ達からすれば純真無垢そのものだ。仮に彼女の心を完全に壊すような出来事があれば、彼女の中のモラルを何色に塗り替える事も出来るだろう。
サクラはまだ年端いかない女の子だ。
一四歳と言う多感な時期の少女の心等、専門の知識を持った人物が仕掛ければ、きっと積木の如く崩せるだろう。例えば……この場に居るフジシロだって、ゴーストポケモンを扱う以上、得意ではないがその道の専門知識を持った人物だ。
加えてワカバタウン崩壊の時、既にサクラの心は擦りきれる程にやつれているのは、言わずと解る事だ。でなければたとえ小芝居を挟んだとして、フジシロやメイに警戒のひとつも見せていない事の説明がつかない。もしかしたら彼女がはなっから無防備なだけかもしれないが、彼女にとって断たれた絆の分を本能的に補填しようとしていると考える方が妥当だろう。
――ここにもしゴールドが現れたら……。
メイは頭を振った。
「フジシロ。貴方は予定通りジムに戻っていいわ。私がなんとかする」
「……わかりました」
メイは同じく懸念するだろうフジシロに小声でそう告げる。彼が仕方ないと肩を竦める姿を一瞥し、サキとサクラへ向き直った。
突如発せられた事務的な言葉に、サクラは涙ながらに疑念の混じった瞳でメイを臨んでいた。サキは彼女の頭を撫でながら、メイを見つめ返してきている。
「サクラちゃん、ひとつ提案なんだけれど……」
ルギアはまるでメイには興味が無いように、サクラを心配そうに見つめている。そのサクラはメイの言葉にびくりと体を震わせた。サキはメイの言わんとする事を察しているのか、双眸を鋭くしてメイを睨んでいた。
――まあまあ、サキ君。悪いようにはしないよ。
一人警戒している彼の存在こそ、この先サクラを導くにあたって重要な人物だろう。彼の頭の切れはもしかすると稀有な武器かもしれない。
メイは不安に揺れるサクラと、警戒するサキへ微笑んで見せた。
「コガネでロロちゃんの治療待ってる間。私と特訓しようか?」
本来ならばさっさと帰らねば色々煩い輩がいる。しかしメイにとって何より、この少女を導く事が最優先だった。
「あとサキ君。君もね」
「……あぁ」
素っ気なく、それでいて警戒を解くように、サキはひとつ頷いた。
何を察してかは解らない。ただおそらくはサクラからすれば、「ルギアを引き渡してくれ」と言われるかとでも思っていたのだろう。彼女は両手を腹の前で組んで、深く頭を垂れた。
主人のその姿を受けてか、彼女の手持ちポケモン達もメイに向かって頭を下げる。ルギアだけは値踏みするように、彼女を見つめていた。
その日の夜、フジシロと別れた一行は、自然公園で一泊する事にした。そこからは37番道路の街道を下っていくだけなのだが、コガネに着くにあたって予定を纏めようと言うこと、サクラから懸念要素があるとの事だった。
一同は自然公園のキャンプベースにて焚き火を囲う。自然公園とはレジャー施設溢れる巨大な公園だ。アスレチックがあれば、日によって色々な大会が行われる会場でもある。夜はキャンプ用に開放される土地がある為、そこを間借りしている状態だ。
「ところでサクちゃん。コガネに知り合いでもいるの?」
ゴチルゼルを出していない為か、メイは少し呼び方を変えてそう問う。フジシロと別れた後に彼女がハッとして、二人に打ち明けた「ヤバいかも……」と言う漠然的な発言への、明確な問い。
サクラは少し驚きつつも、頷く。
「学生の頃、キキョウに住んでた時期があって、その時の友達がコガネにいるはずなんです」
ただの友達ならば、キキョウやヨシノシティにも多くいるだろう。改まって言う理由はなんだと、サキが続きを促した。
「すんごく仲が良かったってのもあるけど……その子コガネのジムリーダーの妹なんだよね」
「……マジかよ」
「……うわぁお」
二者二様に驚く。
「ちなみにちょっと血の気多い子だから、私ぶっ飛ばされちゃうかも……」
「そ、それはサクが悪いんじゃねえって」
「でも
サキにフォローされ、しかし逆に今一度制する。ぶっ飛ばされるとは穏やかではないが、確かにサクラが悪い訳ではないものの、ショックから暫くはそんな余裕もなく、そろそろ連絡しないとと思えば今度は罰が悪くなったと彼女は説明する。
「でも多分、言ったらキキョウでもヨシノでも飛んでくるぐらいに、友達想いな子なんだよ?」
「だからこそぶっ飛ばされるのね」
「いやもうぶっ飛ばされて解決ならそれでいいんじゃね?」
「あう……」
沈黙。サキの提案で沈黙。
サクラはがっくりと肩を落とす。ジムリーダーの妹たる彼女に会わずしてコガネを抜けれるとは思わないし、逆に会わずして抜けると後が怖い。
「んじゃもう……いっそ電話しちゃおうかな」
サクラはぽつりと零す。
しかし彼女のPSSコードはトレーナーカードを改めた際に、同じく改められている。今の時間は深夜に近い為、知らぬ番号からかけるのはまずいんじゃないかとはサキの弁。サクラはもう一度がっくりと肩を落とした。
「巧い言い訳考えといてやるよ」
「いや、言い訳聞くより先にぶっ飛ばされるからね」
「……どんまい」
溜め息ひとつ。サクラの幸せがひとつ逃げていった。
「んじゃあ、着いたらとりあえず『ウツギ第二研究所』に行って、その後でサクちゃんがぶっ飛ばされて、それでからはまた考えなきゃね」
ロロちゃんの治療にどれだけ時間がかかるかは解らないし、とメイは纏める。
重苦しい雰囲気のあと、頷くサクラだった。