天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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ヨシノシティへ

 ワカバタウンとヨシノシティを繋ぐ道、『29番道路』。

 ジョウト地方では最も穏やかなポケモンの生息地とされ、昼はオタチが、夜はホーホーが目立つ。昨今のテレビ番組でよく取り上げられる『外来種』は、ここにおいては少ない。極々稀に見かけるぐらいで、分布情報にも載せられない程だ。

 

 それこそサクラも定期的に調査しているもので、それはちょっとした自慢だったりする。

 まあ勿論、それはあくまでも定期調査なだけで、一から調べたのは過去の偉人だったりするのだが……要するに、それがフィールドワークの生業だった。

 

 つまるところ、サクラはこの道で野生を相手にしなくても良い道が大体分かる。

 急な外来種が飛び出して来れば話は別だが、彼女の経験上では、今の時期、基本的にこちらから刺激しなければ、襲われる事は殆んど無いと言える。春はオタチもホーホーも繁殖期ではないので、臆病な彼等から逃げていくだろう。

 

 時期的なものではあるが、ワカバタウンからの空気に感化されてか、そうでないのか、比較的穏やかな道中だった。

 

 (もっと)も、それはポケモンに限った話だが――。

 

「あ、サクラだ! バトルしよーぜ。バトル!」

 

 ワカバタウンを出て、歩くこと三〇分。

 短パンにキャップ帽といった、如何にもな姿をした幼い少年に、そう声を掛けられた。

 

 サクラはその辺りではウツギ研究所の手伝いをしているトレーナーとして、そこそこに名うてだ。力試しであったり、考察であったり、そう言った目的もあって、駆け出しのトレーナーから良く声をかけられる。

 この日も例に漏れず。といったところだった。

 

「あ、ケンタ君。コラッタの調子どう?」

「バトルして見てみてよ! 行っくよー!」

 

 サクラの是非なんて、まるで聞いていない。

 少年は無邪気にボールを投げてきた。

 

 綺麗な放物線を描いたボールは、宙でぴたりと静止。そして開く。すると強い光と共に、中から真っ白のシルエットが飛び出してきた。それはすぐに実体化して、中に収められていたポケモンが顕になる。

 尾と前歯の長いポケモン、コラッタだった。

 

 もう既に少年は身構えており、どう見てもやる気満々のご様子。

 話題を逸らして濁すよりも、バトルをしてしまう方が手っ取り早そうなのは、見るも明らかだった。

 

 幾らトレーナー同士が目を合わせたら、バトルをするのが矜持(きょうじ)とはいえ、あまりに強引。しかし少年は悪びれる様子も無く、サクラを急かして来た。

 思わずサクラは苦笑しながら、仕方無いなぁとぼやく。

 

「今日はちょっと遠出だから、バトル終わったらすぐに行くね?」

「はーい」

 

 已む無くフォローだけは済ませ、サクラは旅用に着てきた白いワンピースの腰元を止めるベルトに手を掛けた。一番手前のボールを取り上げ、ボタンを一回ノックして、ロックを解除。

 優しく前方へ投げて、ポケモンを繰り出す。

 

「レオン、宜しく!」

「チィーノ!」

 

 シルエットが纏まると、そこには白と灰色の体毛を持ったチラチーノの姿。

 気高く鳴き声を上げる姿は、小柄ながらも、穏やかなこの道路には不釣合いな程の雰囲気を持っていた。

 

 戻ってきたモンスターボールを手に、反対の手で前方を指差す。

 

「レオン、(はた)いて」

 

 対する少年も、チラチーノが動きだすより早くに指示を飛ばす。

 

「コラッタ、体当たりで迎え撃て!」

 

 チラチーノが鋭く鳴いて、首元に巻いた尾を解き、駆け出す。コラッタはチラチーノを正面に捉えて、四肢で思いきり大地を駆った。

 

 衝撃は一瞬。

 

 コラッタはまだまだ戦闘経験が浅く、チラチーノの尾を跳ね返すには及ばなかった。大地を二度跳ねて、ノックダウン。たった一合交わしただけで、見るも明らかに勝負はついた。

 

 まるでそれを「どうだ」と言うかのように、チラチーノは悠々とした姿で首に尾を巻き直し、小さな鳴き声をあげる。

 

「あー……やっぱ強いなぁ」

「えへへ。でもコラッタも大分体当たりが様になってきてるよー」

 

 何度かバトルをした事がある二人はそう言って笑い合う。少年がコラッタをボールへ、サクラもレオンをボールへ戻すと、再戦の約束をして別れた。

 

 持っているポケモンからして当然だと言えるが、サクラはワカバタウン近辺ではかなり強いトレーナーに当たる。フィールドワークを繰り返し、ウツギ博士からの教えを兼ねて育てられた二匹は、近隣のトレーナーへ手解きを求められるほどの実力を持っていた。

 

 レオンにしろ、ルーシーにしろ、進化まで終えているので、その強さといえばかなりのもの。尤も、その強さに暴走を許さないようにと、サクラ自身もきちんと知識を積んでいる。的確な指示が出来、尚且つ世話を怠らない。それが出来て一人前を名乗れるというものだ。

 

 特に気を付けるべきはレオンとルーシーが強すぎること。

 例えば道端のオタチにルーシーが持てる技のうちでも強力な『マジカルリーフ』や、『メガドレイン』を使えば、おそらくそのオタチには生涯消えない傷を残したり、最悪死なせてしまったりするだろう。そう言った事を一番気を付けるべきなのだと、サクラは思っている。

 

 そういう意味合いでも、サクラは立派に一端のポケモントレーナーだった。

 

 それからも何度か顔見知りのトレーナーや、野生のポケモンとバトルを繰り返し、やはりレオンとルーシーは目を見張る活躍ぶりだった。

 一人と二匹の行程は実にゆっくりと進む。

 日が空の頂点に達する頃には一度休憩を挟み、陽気に誘われるまま食事中にうたた寝をしたルーシーへ、レオンが柏手(かしわで)を打つ事もあった。

 

 団らんとした雰囲気でヨシノシティへ向かう。

 その行程は夕方になって、漸く終わりを迎えた。

 

「ふう、やっと着いたよー」

 

 瞼を閉じて、両手を組んで空へ伸ばす。小さくあえぎながら息を吐き出して、胸一杯にワカバタウンよりは少し湿気た空気を吸い込む。

 ふうと息を吐けば、思わず緩む表情。慣れた道程ではあれ、幾分の疲れを感じているらしい。

 

 ワカバタウンと比べて、ヨシノシティは少しばかり都会の香りがする。

 リーグ認定のジムは無く、都会の代名詞たるビル群こそ無いが、ワカバタウンと違ってドが付く程の田舎というわけではない。人々が行き交う様は、実に活気が溢れている。がやがやと声が飛び交っているのも、ワカバの地では早々見られないものだ。

 

 この町のシンボルといえば、大きな湖の他、最近出来た旅のいろはを教えてくれる施設が有名だ。

 この近隣の野生のポケモンが低レベルであることや、ジョウト地方の英雄『ゴールド』と『クリスタル』はワカバタウンから始まり、『シルバー』はヨシノシティで初めてのバトルを経験したと公言している。それらから、ワカバタウンやヨシノシティから旅を始めるトレーナーは多い。その施設は、験担ぎに便乗しているのだ。

 

 かくいうサクラも、その『旅の手引き』を行う施設には度々訪れている。まあ、その理由はウツギ博士の代理として……だが。つまり、トレーナーとしてではなく『研究所の職員』というような立場だ。それでも『ゴールド』と『クリスタル』の娘という紹介が入るので、とても持て(はや)された。サクラ自身は照れくさいのと、両親についての質問が後を絶たない為に、あまり好いている場所ではないが、そのおかげもあって、ヨシノシティで彼女の顔を知らない人間は少なかった。

 

「あら、サクラさん。いらっしゃい」

 

 ポケモンセンターに入って早々、ジョーイから慣れ親しんだ声を貰うのも、そう言った事が深く関わるだろう。

 サクラはぺこりとお辞儀をして、微笑みながら返した。

 

「こんばんは、ジョーイさん。お部屋、空きありますか?」

「ええ、大丈夫よ。今日は静かに過ごせると思うわ」

 

 そう言って微笑むジョーイ。

 サクラはホッと胸を撫で下ろした。

 

 ポケモンセンターには、トレーナーやブリーダー等、ポケモンを連れている人間が宿泊出来る施設が常備されている。旅のトレーナーとは珍しいものではない。が、その路銀は大抵乏しい。故に、ポケモン協会が強く推奨している宿泊施設という扱いさえもあった。基本的に無償な上、食事はポケモンの個体に見合ったもので提供される。ポケモンセンターの生業たるコンディションチェックも勿論行ってくれる。至れり尽くせりとは、この事だろう。

 

 特にコンディションチェックにおいては、研究所の設備なんて霞んでしまう程に精密な検査を短時間でしてくる。どんなトレーナーも一ヶ月に一回は必ずポケモンセンターへ行けと言う教えさえある程だ。

 当然、トレーナーの手引きにも載っている。

 

 ポケモンセンターの宿泊施設を予約し、部屋の鍵を受け取って、レオンとルーシーを預ける。一度部屋に荷物を置いた後、再度受付へ向かってコンディションチェックの済んだ二匹を受け取った。

 

 特に異常は無し。

 コンディション良好だ。

 

 今晩はヨシノシティで過ごし、明日の昼頃、目的地に着くことになりそうだ。

 予定では今日のうちに行ってしまおうかと思っていたサクラだが、少しばかりトレーナーに捕まり過ぎた。世間体は大事なので、丁寧に対処していたが、もう少し急ぐべきだったかもしれない。

 夜の『30番道路』なんて歩けたものではないのだし……。

 サクラはそう反省した。

 

 一度鍵をジョーイに預けて、二匹をボールから出して、外出する。

 茜色の陽射しは、アサギシティの方角からだった。

 

「今日はお疲れ様。ありがとね。ふたりとも」

「チィー」

「ルールー」

 

 にっこり笑顔で微笑むルーシーは、サクラの腰に顔を擦り付けて、しがみついてくる。対するレオンは、サクラの頭の上まで登って来て、寝そべっていた。彼らなりの愛情表現であるが、ルーシーは優しく甘えて来るのに対して、レオンはサクラの肩や頭に乗っかることが好きなようだ。

 

「もー、レオン重いよう」

「チィーノ、チィチィーノ」

 

 無理に剥がそうとすると、猛抗議だ。

 その様子にルーシーまで『わたしもわたしもー』というように手を伸ばすのだから、なんとまあ人の気知らずなものである。些か首が心配になってくる。

 大して胸は成長していないのに、サクラが時折肩凝りに悩むのは……きっとレオンの所為(せい)だ。

 

「あ、サクラさんじゃないの」

 

 暇潰しがてら、二匹とじゃれながら湖まで歩いていると、偶々通りがかったらしい買い物袋を提げた女性に声をかけられた。

 

「こんばんはー」

「またフィールドワーク? 大変ねえ」

 

 恰幅の良い女性は、そう言って口元を覆って上品に笑う。

 サクラは微笑みながら、首を横に……振れない。予期したらしいレオンが抗議の声を上げたので、苦笑の末、改めて言葉で否定した。

 

「いえ、今日は御使いです」

「あら、どちらまで?」

「暗闇の洞穴の辺りまで」

「それはまあ……気を付けてね?」

 

 そう言って女性がずいと歩み寄って来る。

 不意に驚いて身構えそうになるサクラだが、彼女が口元に添えた手を残している様子を見て、耳打ちされるのを察した。

 予想通り、女性は小声で繋ぐ。

 

「最近、あの辺りに怪しい親子が住んでるみたいだから」

 

 赤髪の、目付きの悪い、やたらと格好つけた、そんでもってどこかのお偉いさんだとか。等と、女性は漏らした。

 しまいには「まあサクラさんのポケモンは強いから心配ないか」と、悪戯(いたずら)に不安を(あお)るだけ煽って、投げ捨てた。

 

 思わずサクラは苦笑する。

 女性と片手を振って別れつつ、これから自分はその『怪しい親子』とやらの所へ向かうのだろうと納得した。

 

 幾つか聞き慣れない情報はあったが、ウツギ博士と連絡を取っていたシルバーが子持ちであっても何ら不思議な話ではない。『住んでる』と言うところの方が余程違和感があったのだから。


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