天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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第八話
四人


 六泊七日と言う長いようにも思える時間を過ごしたキキョウシティだが、逆に言って、たった一週間と言う時間でサクラとサキは大きな変化を得ていた。それは風に靡くサクラの髪が金糸の如く瞬く事や、キキョウシティのゲートを『顔パス』で出られるようになった事、サキが稀にすれ違う人に声を掛けられたり、サインを求められる事。そして何より、彼らの旅に二人のトレーナーと一匹のポケモンが加わった事が挙げられた。

 

 36番道路に出るゲートを、件のジョーイに手を振りながら出た。

 

 目指すはフジシロの提案通り、コガネシティだ。

 

 新たにフジシロとメイが加わった行軍だが、フジシロは36番道路の途中でエンジュへと向かうので別れる予定があり、メイもコガネシティまでの同行と言う予定。二人共本業たるジムリーダーとトップアイドルがあるので、その為ではあるが、メイは「別に大掛かりな撮影予定は暫く無いんだけどね」と言う。彼女に限っては『Nの協定』の会長たる身が忙しいのだ。

 

 さて、殊、Nの協定への参入については、サクラは「よろしくお願いします」と、参入の意思を伝えてある。メイの語った話はサクラの心を強く打ち、シルバーの賛同もあるならば信用に足る話だった。利益云々については、サクラはサキを頼ったが、彼は渋々ながらも「悪い条件じゃない」と言った。何より決め手となったのは、『手持ちポケモンのケア』と言う待遇。

 

 そう、サクラはロロの事を失念出来ない。彼女は放っておけばあと三ヶ月の命であり、「なんとかする」と決めた事だった。

 

 故に、悪性のポケルスにかかったミロカロスを助けるのに協力してほしいと言う条件をお願いした。もとよりある程度の好条件であり、加えてサクラの身の安全を最優先に考えてくれていたメイとフジシロ。端から気を遣ってくれている彼女らに条件とは、かなり失礼な事はサクラでも解る。それを圧して、それでもミロカロスの命は助けたい。サクラとしても申し訳無い気持ちでいっぱいだったが、そんな彼女の言葉にメイはいとも簡単に頷いてみせた。

 

 もっとも、助けられるかは解らない。規約通り全力でフォローするだけだ。と、メイは言ったが、先にコガネシティの研究所に、シルバーを通じて協力を要請しているのだと言うと、メイは「んじゃコガネまで一緒にいくよ」と、そう言ってこの状況に至る。

 

 サクラが決定するまでと言った折り、多忙な身で大丈夫なのかと心配する気持ち半分。こんな不躾なお願いの為に尽力してくれる彼女に対する感謝半分。サクラはメイの事をたった一日にして強く尊敬するようになった。

 

 ちなみにサキはメイが着いて行くと言った瞬間にとてつもなく嫌そうな顔をし、にこにこ笑顔の彼女にヘッドロックを極められていた。「死ぬかと思った」「ムカつくけど良い匂いがした」「あと柔らかかった」と、フジシロに聞かれてこっそり報告した彼は、聞き耳を立てていたメイにトドメの鉄拳制裁を受けたのは言うまでもなく。

 

 言われた事はムカつくし、納得も出来ねえ。でも理解はしたし、言われた事は事実だ。俺が間違ってるだけだから、俺が成長すりゃいい。とは、サクラだけに零された彼の弁。

 

 つまるところ、フジシロは勿論、メイも二人の仲間としてその行軍に居た。レイリーン? 誰だろうその人は。

 

「さて」

 

 一行がキキョウシティを出て三時間。街を少し離れたが、辺りは整備された街道が続く。傾斜も緩やかな見晴らしの良い通りだ。丁度日が天頂に登った頃を見計らってか、メイは柏手を打った。

 

「この辺でお昼にしないかな?」

「なんでてめえが決めんだよ……」

 

 サキがじろりと睨む。その行軍でおそらくは彼が料理するから……と言う訳ではなく、未だ色々と割りきれていない彼の幼いやっかみだった。

 

「サキはあれだ、女々しいな。うん、女々しい」

「んだと!?」

 

 と、今度はフジシロの突っ込みに突っかかるサキ。勿論本気で怒っているようでは無いが、これはどう見てもサキがおかしい。事実『神様の悪戯』がその次の瞬間彼を襲うのだから。

 

――グー……。

 

「サキ……」

「サキ君……」

「サキ……」

 

 一同の哀れむような視線が彼を襲い、力無く彼は無言で地面に崩れ落ちた。その肩を背後から近付いたメイがポンポンと叩く。

 

「強がりはよしなさいよ少年」

 

 その表情はどう見ても勝ち誇った笑みを称えており、その顔を振り返ってしまったサキ少年は両手両足を大地に着いてガックリと頭を垂れた。

 

……なんだろうか。最近は凄く切れ者だったのに、頭が良いサキは幻想だったのだろうか。サクラはそう思いながら苦笑した。

 

「まあ、そろそろキキョウも離れてるし、Lについて聞かせて欲しいところだね。うん、聞かせて欲しいところだ」

 

 念押しするように繰り返し、フジシロは巨体を活かして担いでいた大荷物をドシンと言う効果音と共に地面へ降ろす。

 

「そうですね……。この辺り広々としてるしルギアも起きてますし」

 

 バッグから淡く光る海鳴りの鈴を取りだし、サクラも同意する。

 

「さて、あとはサキ少年だけであるぞよ?」

 

 と、悪戯っぽくメイが悪どい笑みと共に言う。サキは「あーもう!」と、大声を出してから立ち上がった。そしてサクラの横にあぐらをかいて座り込む。

 

「飯が先か、話が先かどっちだよ!?」

 

 がなるように、しかし諦めたサキはそう言って意見を仰ぐ。一同の料理長は彼だからだ。

 

「んじゃご飯に一票!」

「私もご飯だな。腹が減ってはなんとやらだ」

「私も二人に同意です」

 

 んじゃ飯な。と叫んだ彼は調理器具を出し始める。

 

「あ、ちょっと待って」

 

 と、メイがサキを制止して、ごそごそとボストンバッグの中身を漁った。

 

 イッシュでは昼食の際に何か出したっけ。サクラがそう思いながら首を傾げる先で、しかしメイはHの烙印がされたハイパーボールを取り出した。

 

「ゴチルゼル。お願いね」

 

 彼女がそう言ってボールを四人から離れた所へ投げると、閃光と共に黒いドレスのようなものを纏った人型のポケモン『ゴチルゼル』が出てくる。ボールから出てくる時に聞いた「お願い」と言う言葉だけで理解したのか――ゴチルゼルはエスパーポケモン特有のトレーナーの心を理解する心得があると、後にサクラは教えてもらうが――、出てきては間髪いれずに特殊な空間を構築する。

 

 トリックルームとサイコキネシス、そしてフィールド系の技を応用し、街道から『空間』を僅かにずらし、サクラ達が佇む周囲を人目につかなくしたのだと、メイが説明する。しかしその説明よりも先ず、サクラとサキは声を出して感嘆した。

 

 一面に広がるは『花畑』のような光景。丁度キキョウシティの植物園のそれに近いような雰囲気だった。無論それらはゴチルゼルがサイコキネシスにより光を歪曲させて生み出した幻想なのだが、どうせなら綺麗な風景を見て食べたいじゃない? とメイは言う。

 

 ゴチルゼルにとっては造作もない演出なのか、彼女――雌だと思われる――は花畑を生み出すと、メイの横に鎮座してサクラ達へ深々と一礼した。鳴き声すらなく礼儀正しい挨拶を受け、サクラとサキは慌てて挨拶を返す。同時にありがとうとお礼を述べてから、二人もモンスターボールを展開する事にした。

 

 居並ぶドレディア、チラチーノ、ミロカロス、はサクラを囲み、ニューラ、キバゴ、ワニノコはサキを囲む。

 

「おー、フジシロが言う通り、かなり良く育てられてるね」

 

 うんうんと頷くメイは、全員に対面して一礼。よろしくねと告げると、ポケモン達もそれぞれ鳴き声を挙げて返した。

 

 メイはしかし、サクラの腰を指差して続ける。

 

「ルギアも出して大丈夫だよ。ゴチルゼルの空間は他の人には見えないから」

「あ、わかりました。ありがとうございます」

 

 そう返し、慌ててベルトからMの刻印が施されたマスターボールを取り出すサクラ。思えば彼は食事を要らないと言う為、ワカバタウンから逃げ延びたその日以来の対面だった。

 

「ルギア、出てきて」

 

 彼女は呟くようにそう言い、マスターボールを宙に投げた。


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