黒いボブカットを揺らし、女性は夜道でタバコを燻らせる。スーツ姿に冷静沈着そうに見える面持ちをし、如何にも働く女性と言わんばかりの彼女だが、しかしどうしてタバコは良く似合う。緩やかにたゆたう紫煙は、彼女の表情を物静かにも、達観しているようにも見せた。
女性、レイリーンに与えられた任務は果たした。悪女としてサクラに身に迫る危険を思い知らせ、それが現実に現れる可能性を彼女自身に自覚させる事がその任務だった。
全ては彼女は泥を被ったに過ぎない。冷静、かつ狡猾に、『シナリオ』を演じたに過ぎない。サクラがメイを信じやすいよう、彼女の安穏とした価値観を打ち砕く必要性は、それこそレイリーンがサクラを調べた時に提議した答えだ。
全てはNの為。
レイリーンはメイのシナリオに全力を尽くし、泥を被るだけだ。
「しかしまあ……」
レイリーンは紫煙を夜風に乗せ、一人ごちる。
「これでゴールドも動き難くなった」
してやったと、それこそ『悪女』がするような笑みを浮かべ、レイリーンは空を臨む。
敵はホウオウを従えたマスタークラスのトレーナーだ。同じく『キュレム』と『ゼクロム』を従えるメイが居る以上、その気になれば争ってもなんとか勝てる筈だ。しかしそれを良しとはしない。
Nとの誓い。Nが望むであろう答えの為に、メイもまた尽くすばかりだからだ。
――無論、私も。
レイリーンはタバコを捨て、その火種をヒールで潰す。そして今一度取り上げて、ポケットから携帯灰皿を出してその中へ放り込んだ。
胸ポケットへしまい、代わりに端末を出すと、PSSの要領で連絡を繋いだ。
「任務は完了したよ。メイは無事サクラと接触した」
『そうか、すまないな手を煩わせて』
「良いよ。それがメイ自身の意向でもある。それに先のフジシロの件ではお前に感謝しているしね」
――なあ、シルバー。
レイリーンはそう呟き、しかし返答を聞かないままに通話を切った。
「次はライコウ、エンテイの所在か……骨が折れそうだ」
そう呟き、レイリーンはPSSを仕舞う。その足でキキョウシティから出るゲートへ向かった。
それにしてもあの子……サクラ。
可哀想にね。
実の父親が最大の敵だなんて……。
レイリーンは顔パスよろしくゲートを通過すると、一匹のポケモンをボールから出した。
――まあ、これで『レイリーン』としての仕事は終わりだ。
「あとはよろしく頼むよ。メイ」
彼女が出したポケモンの名はレシラム。白き英雄。
髪を覆う『カツラ』を取り、押さえ込んでいた茶髪を風に靡かせると、レイリーン……いや、『トウコ』はレシラムの背に乗って空へかけていった。
全てはNと交わした誓いの為。
その為なら道化だって演じよう。
幼い彼女を守るのはきっと……。
Nだってそうしようと思うさ、なあレシラム。