天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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悪女が現れた

 時刻は夜。キキョウシティポケモンセンターにて。

 

 あの後ジムから出たサクラは、真っ直ぐにポケモンセンターへ戻って来ていた。フジシロはサクラの時の三倍は居るだろう人間に囲まれたサキのもとへ向かった。彼が慣れないだろうスポンサーの交渉を手伝ってくると言っていた。おそらくはサキの身元保証人と言う立場もあり、サクラをただの『観戦客』だったと思わせたいが為の別行動だろう。身元保証人たるフジシロが、先のジム戦突破を果たした少女とも関係があれば、サキへの目線の一部がサクラに向けられる。

 

 尤も、ならば端から一般観戦客のシートで観戦していれば良い話なのだが、その理由は今、彼女に訪れていた。

 

「シロガネサクさん。よね?」

「はい、そうです」

 

 ポケモンセンターで二人の帰りを待っていたサクラは、一人の女性に来訪を受けていた。その女性は「フジシロさんの紹介」と言っており、ジムで最後に目を合わせた者。黒髪で妖艶な印象を抱かせるような人物だった。

 

 そんな見た目とは裏腹に、女性は明るい口調で喋る。

 その姿は天真爛漫のようにも見え、僅かに幼さを抱かせた。

 

「初めまして。私はレイリーン。レイとかイリーとかって適当に呼んで頂戴」

 

 そう言って名刺を差し出される。受け取り、確認をすると『ポケウッド・パーフェクトマネージャー』と書いてあった。

 

「昼間は急いたうちの者が声をかけてしまったみたいだけど、別な部署だから安心して頂戴」

 

 レイリーンはそう言って会釈をしてくる。

 倣って返すと、「良ければ夕食でもいかが?」と誘われた。丁度腹も減っていて、サキを待つのも疲れて来ていたサクラは「分かりました」と返した。

 ジョーイに「少し出てきます」と言伝てを頼み、レイリーンに連れられてネオン街へ行く。その間サクラはレイから少しばかり説明をされた。

 

 レイリーンは元よりサクラへ目を着けていたらしい。しかしサクラのジム戦突破後、今回のように『許可』を貰ってから行動した為、彼女は既にポケモンジムの前から姿を消してしまっていた。おそらくは旅のトレーナーたるサクラはポケモンセンターに居るだろうとふんで駆け付ける。しかしジョーイに聞いて訪れたバトルフィールドを覗けば、まさにサキの特訓中で、話を聞けばこれから彼がジム戦の様子。途中イワークの治療に出てきたフジシロに事情を話すと、彼はジム戦に彼女を連れていくと教えてくれたと言う。

 

 あくまでも企業の目は慎重だ。それならばジム戦での観戦の姿と、『話題の少年』を見てからでも遅くないと踏む。そして『話題の少年』のバトルが済んで、しかしごった返す人波でサクラを見失い、そしてやっとフジシロに会って『ポケモンセンターに居ると思う』と言われ、今に至る。

 

「えっと、それってつまり……?」

「運命よ」

 

 レイリーンは微笑みながらそう言う。ここにしましょうと案内された『高級レストラン』に、サクラは僅かに身をおののかせて、彼女の後ろを着いていった。お代は持つと言われてホッとしたのは、ここだけの話だ。

 

 中へ入るとレイリーンは静かなところと言って、個室を頼む。案内された部屋は畳と漆塗りの机が特徴的な和室だった。

 

「さて、それじゃあ先ず、私から説明するわね」

 

 コース料理を注文し、レイリーンは茶を啜りながらそう言う。サクラは頷いて返した。

 

「名刺にあるとおり、私はポケウッドのパーフェクトマネージャー。この役職が何を意味するかは、字の意のままね」

 

 マネージャー。つまるところアイドルや役者のスケジュールを管理する人間だ。頭にパーフェクトと着いているのは、マイスターの証だと、彼女はフォローする。しかし、それならば断らなければならない。サクラは身を潜めさせなければならないので、テレビに出る仕事は出来ない。そう告げようとすると、彼女は手を出して、「まあまあ話は最後まで聞きなさいな」と言う。頷き返して、非礼を詫びた。

 

「イッシュリーグ制覇者の『メイ』って解るかしら? お団子頭が特徴的な女性なんだけど」

「め、メイって……あの?」

 

 サクラは言われて身を強張らせた。

 

 レイリーンが今言った『メイ』は、彼女が前提に置いたとおりイッシュ地方のポケモンリーグ制覇者。つまりレジェンドホルダーであり、今はポケウッド所属にして、世界最高峰の女優を務める女性だ。ポケモントレーナーの一般常識のうちに入る程、名うてのトレーナーでもある。

 

 そんな彼女の名前が、さも関係ありますと告げられてサクラは驚いた。その様子にレイは満足げに微笑んで、続けるわねと告げる。

 

「彼女の仕事はレジェンドホルダーと女優。そして非公式にもうひとつあるのだけど、知ってるかしら?」

 

 レイリーンはお茶を両手で持ったまま、机の上に置いてそう言う。サクラは素直に首を横に振った。

 

「イッシュリーグ制覇後、彼女は三年後……つまり今から七年程前に、ある団体を立ち上げたわ」

 

 左手をお茶から離し、彼女は右の胸ポケットからカードを一枚出す。それは名刺だったが、先程サクラが渡された名刺ではない。

 

 『Nの協定』とかかれたその名刺には、レイリーンの名の横に、『会長補佐』とあった。

 

「彼女はNと言う人物から意志を継ぎ、ポケモンを守る団体を作った。虐待されたポケモンの保護や、捨てられたポケモンの引き取り手を探す」

 

 そこでサクラの脳裏に一匹のポケモンが浮かんだ。虐待と言うに等しい思いをし、捨てられたポケモンのロロ。しかし、彼女の思わくは、レイリーンが「それと」と零した後に否定される。

 

「――伝説級ポケモンの保護、監視など」

 

 その時、レイリーンの目付きは険しくなった。その仕草が、サクラに確信を抱かせた。

 

――この人、ルギアの事知ってるっ!?

 

 少女の直感はレイリーン自身の口で肯定された。

 

「やっぱり、貴女ね?」

「――っ!!」

 

 サクラは思わず身を引き、ベルトの一番後ろに控える彼を庇うように右手を構えた。しかし、レイリーンは左手を差し出すと、争うつもりはないわと告げる。

 

「交渉は二種類あるの」

「こ、交渉……ですか?」

 

 あくまでも冷静に、レイリーンはサクラを見据えてくる。

 サクラはこの場からさっさと逃げてしまいたくなるが、彼女の視線にすくんでしまったかのように、身体が動かない。

 

「ひとつはルギアを手渡し――」

「嫌です」

 

 それでもキッパリと、即座に断言した。

 

 ルギアは両親が残したポケモンだ。それに彼はサクラを一〇年以上も待ち続けてきた。そんな彼の心を踏みにじるように、ハイそうですかと渡せる訳がない。

 

 レイリーンはお茶を一口呑み、「そう」と零す。

 

「なら本題ね」

「……なんですか」

 

 サクラが喉を鳴らす姿を、楽しそうに見詰めながら、彼女は小首を傾げた。

 

「ルギアの守護、監視、保護を最優先すると誓いを立て、私達の組織について欲しい」

 

 サクラはキッと目を鋭くさせ、バクバクと高鳴る心臓の音を聞き流すように、毅然とした態度を取り繕う。

 

「……貴女が悪人じゃないって証拠が見当たりません。それに……」

 

 サクラはレイリーンが卓上に置いた名刺を目線で指し、口を開く。

 

「Nって、昔あったプラズマ団っていう非合法組織の頭目ですよね」

 

 脳裏にあった古い記憶を引っ張りだして、サクラは問い詰める。

 怪しい部分が多すぎた。例えフジシロの紹介だとしても……。

 

 しかし彼女は、くすりと笑った。

 

「貴女、それ墓穴よ?」

「……へ?」

 

 と、思わず零す。

 

「あのね。Nがプラズマ団の頭目って言うのは何処から知ったのかしら? ウツギ博士から聞いたのではなくって?」

 

 言われてハッとしたサクラの腰が、後ろへ崩れた。

 

「プラズマ団の情報なんて、ジョウトに住む貴女が普通知り得ない情報よねえ? ウツギ博士じゃなければ、『留学』していた時に知ったのかしら?」

 

 ドクンドクンと、脳の中で血管が収縮する音が聞こえた。

 

――何で、何で知ってるの……?

 

 ヤバいヤバいと脳裏に警鐘が鳴り、視線が目の前の女性に合わせられなくなる。何で知ってるの? 何で解ったの? 何で、何で……と脳内で反芻。そしてそれに合わせて心臓の鼓動が早鐘を打った。と、同時に彼女が末恐ろしい怪物のようにも見えてくる。

 

「私こう見えても頭が切れるの。ワカバの調査に来て、保管されている筈の『海鳴りの鈴』と『ルギア』の喪失。そして『シルバー』の関与。……一番関連性の高い貴女の足取りを追えば、ワカバタウンに居るはずが無いもの」

 

 ポケモンセンターの宿泊記録。そして『暗闇の洞窟』へ向かったと証言する女性。覚えは無いかと言われて、サクラはついに身体を震わせて恐怖心を顕にした。しかし追い詰めるように、尚もレイリーンの饒舌は続く。

 

「姿形は知らなかったけど、ゴールドとクリスタルに娘が居るのは周知の事実。全ての中心に居る筈の貴女が、その死を偽装していても、何ら可笑しな話ではないわよね? あの場、真っ先に駆けつけたシルバーなら、それぐらいの事は平然とやりそうでもあるわ?」

 

 そう言って、彼女は微笑んだ。

 

「貴女の名前はサクラ。ゴールドとクリスタルの子供……。違うかしら?」

 

 その時扉がノックされ、食事が持ち込まれる。

 逃げ出せば良かったかもしれないが、名刺を然り気無く仕舞うレイリーンの動作が、サクラの行動を引き留めるようだった。

 有り体に言えば、怖くて動けなかった。

 

「……何が、目的なんですか?」

 

 並べられた海鮮料理を前に、店員が下がって扉を閉めた頃、サクラは腹の底から搾り出すような声でそう呟いた。自分でも分かる程震えたその声色に、レイリーンもふうと息をついて応える。

 

「少し怖がらせ過ぎたわね」

 

 そう言って、料理に手をつけるレイリーン。

 

「私は貴女を守る為に派遣されてきたのよ」

 

 そしてこれまで恐怖の塊だった彼女があっさりそう言うものだから、サクラは盛大に不意をつかれ、「は?」と言って呆気にとられる他はなかった。

 

「バカねえ。全部後付けよ後付け。シルバーに確認とって来てるわよ。当然よね」

 

 早口にそう言う彼女は、正しく悪女のようだった。


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