天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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金の卵

 サキが入場すると、会場のヒートアップは最高潮に達した。

 

 いつもは括っている赤髪は解かれ、腰まである長さのそれを翻しながら歩く。凛々しく、正面を向いて踏み出す足は黒に赤のワンポイントが入ったスラックス。そのポケットに手を突っ込み、同じく黒と赤のカーディガンの胸を張ってあくまでも堂々とした不躾な振舞い。たてた襟は彼の挑戦的な表情を顎だけ隠すよう。

 

 その姿はまさしく、現役時代のシルバーとよく似ていて――。

 

「お、おい。子供だって聞いたが、マジでそっくりじゃねえか……」

「赤髪にあの顔付き……ガセじゃなかったか」

「期待出来そうね」

 

 企業用の観戦シートは、異様な雰囲気に包まれた。サクラにも分かる。

 彼らは決してバトル観戦を楽しみに来たのではなく、サキを()()()しに来たのだ。

 

 それが解っていたらサキだって取り繕う。普段はお喋りで、今も心持ちは最大級に昂っているはずなのに、彼は彼の父の如く寡黙なように見せ、そしてらしくない言葉を呟くのだ。

 

『……最強以外に興味はねえ。とっととやらせろ』

 

 ジムリーダーツバサの宣誓へ、挑発的な言葉を返す。それは明らかに不躾で、この場にシルバーが居たらきっと彼は怒鳴り付けられるだろう。『その道は間違っている』と、彼が言った道を公言しているのだから。

 

 それはあくまでも見せ掛け。あくまでも『シナリオ』として、フジシロと彼が作り上げた『シルバーの息子』と言う立場を利用する為の姿。飯事に似た、真似事。

 

 正直なところ、サクラはあまり乗り気ではなかった。ただ、サキはそれを『必要な事』だとサクラに言う。

 

 お金はこの先必ず必要になる。そしてありのままのサキがスポンサーを獲得出来るなんて事は、夢物語。今はあくまでも非常時で、並み以上の実力だけでスポンサーが獲得出来ないのはサクラが立証してしまっている。

 

 それが真実かはどうでもいいんだ。あくまでもエンターテイナーとして割り切れ、それをバトルに持ち込む力と、カリスマ性があるか。スポンサーは君たちのラベルにしか興味は無い。だから君たちはそのラベルを貼るだけの圧倒的魅力を『造り出せば』いい。それがフジシロの弁。

 

 サクラはサキがニューラを繰り出し、ジムリーダーのホーホーと対峙する様を、ガラス越しにただ見詰めていた。横に立つフジシロは彼について企業の者から聞かれ、適当な答えをしていた。

 

「おい、始まるぞ」

 

 誰かが言った声。そして降り下ろされる旗。

 

 そして品定めをする者達は、少年を『金の卵』のように思うのだった。

 

 

 

 

 勝負は一瞬。

 サキはそれを解っていたので、最もロスが生まれる『指示』が必要無いように、ニューラにはじめからシナリオを組ませていた。後続のピジョンはそれが通用しないだろうとは思っており、しかし対して初手のホーホーには通用するだろうと思っていた。

 

 開始の合図が響く。

 ジムリーダーが大きな声で指示を出すのを、サキは目を瞑って、不遜にも顔を逸らして見せた。

 

――パァーン。

 

 サキの指示無く、ニューラが柏手を打って、ホーホーの動きを止める。

 そして呆気にとられるホーホーに向かい、俊足を活かした攻撃が一発。

 

 そして宙に浮いたその身体へ、ニューラは再度追撃。

 一撃目で地面へ、二撃目で再度宙へ、三撃目で更に高く。

 

「――っ!?」

 

 ホーホーの鳴き声が僅かにあがり、観客が息を呑んだ。

 一瞬の出来事に歓声がやみ、ただひとつ、ニューラがホーホーより高い位置で拳を構える姿を黙視するばかり。ジムリーダーさえ、目を見開いたまま、動けなかった。

 

 サキは薄く目を開いて、静かな声で告げた。

 

「ぶちかませ」

「ニャッ!」

 

 猫らしい声を上げ、ニューラは引いた右手に冷気を纏わせてホーホーを撃つ――。

 

 激しい激突音。上がる土煙。

 

 観客が息を呑む中、落ちて来たニューラの腕が払われて土煙が晴れる。現れた姿は、地に伏して動かないホーホーと、その脇に立って悠然と勝利の声を待つニューラの姿。

 

 猫だましからの電光石火。

 袋叩きによる追撃。

 そして決まり手は洗練された冷凍パンチによる撃墜。

 

 その間、わずか五秒。

 

「ほ、ホーホー。せ、戦闘不能! ニューラの勝ち!!」

 

 怯えたような震え声で挙げられる旗に、一拍を置いて観客が轟と湧いた。

 その声は先程までの歓声がほとんど聞こえなかった企業用の観戦シートにまで響く。

 

 凄まじい速さで繰り広げられた一方的な展開。

 技の命令どころか、指示さえしなかったサキ。

 

 その姿に、ペンを落として震える者さえ居た。

 

「な、なんて事だ……」

「シルバー以上の逸材……か?」

 

 呆然と呟く彼らを視線だけで見て、サクラは複雑な気持ちになる。

 目の前のニューラが本当にシャノンなのか、髪を鋤いてさらに挑発する少年は本当にサキなのか……。

 

 最近のサクラはサキの印象を改めるばかりだった。天才的に明晰な頭脳、自分よりも遥かに先を見据えた大人な対応、そして極めつけの現状。その姿はどうして、ワカバタウンが崩壊した時、ルギアについて、旅立つ意義について語ったシルバーの姿と被って……そう、違和感が凄まじかった。もっと端的に言えば、嫌だった。

 

 そんな心情を察してかどうかは判らない。ポンと頭に手を置かれ、何事かと見やると、フジシロがサクラへ微笑みかけていた。

 

「あれは彼なりの戦いだよ。口にしないけど、君の為に必死なのは見ててわかる」

 

 うん。判ってる。

 と、返そうとして、しかしその言葉を口に出すより早く、サキのシャノンがピジョンを倒していた。

 

 ワッとあがる歓声と、急ぎ席を立つ企業の者。

 傍目に見て、しかしそこでサクラはサキに目もくれず、彼女を見詰める女性が居た事に気付く。

 

 その女性はスーツを纏い、黒のショートボブの髪を揺らす凛とした印象をした人だった。目が合うと紫の紅が塗られた口元をほころばせ、アイシャドウが濃い瞳と共に優しく微笑み掛けてきた。その動作は『また後で』と言っているようだった。


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