ダメだダメだ! もっと小回りを活かした機敏さと大技小技の使い分けをして、派手さを演出するんだよ! シャノンちゃんひとりで勝利するんだ。絶対に他のポケモンを絶対に使ってはいけない。サクちゃんを越える実力じゃなきゃあスポンサーは着いてくれないよ!?
男の野太い声で激しい叱責が飛ぶ。フジシロのイワークがその声に呼応するかのように、サキのニューラを尾で弾き飛ばした。
「シャノン!」
庇って抱き締めるように彼女を受け止めるサキ。しかし叱責に負けじと声を張り上げ、「もう一本!」とシャノンを走らせる。
その様子をサクラは壁際に座り込んで観戦していた。バトルに慣れさせたいのと、成る丈体力をつけさせてあげたい為に、ロロを繰り出して横に佇ませている。ジム戦で気合いの空振りよろしく、繰り出して貰えなかったと僅かに拗ねたルーシーは、ロロの頭に乗っかってサクラと同じくバトルを観戦していた。レオンはまだコンディションチェック中だ。
「ロロ、どう?」
「ロー……」
少し目をやる。しかし派手に吹き飛ばされるニューラと、派手に吹き飛ばすイワークの応酬にどう見ても怯えている様子だった。本当なら目を逸らしたいだろうが、頭にルーシーが乗っかっている為に視線を逸らせない様子。
悪性とは言えポケルスの症状はポケモンの身体に影響が少ない。身体を蝕んでいるのは事実だが、普段は普通のポケモンと同じように過ごせる。もっとも、流石にバトルをすると身体が昂り、彼女の体調に影響がある。普段は普通のポケモンと同じように過ごさせ、バトルだけは禁物とジョーイからの助言だった。
「ロー」
彼女が穏やかな声を挙げ、サクラに目線を向ける。にっこり微笑み返すと、ゆっくりと頷いた。ルーシーが倣ってこちらをちらりと拝み、「ルー」と一鳴きする。
――私も暴れたい。
何故か、そう言っているように見えた。
「グォアアアー……」
ズシーンと、大きな音と振動。目線をイワークにやると、彼は巨大な頭部を地につけて倒れ伏していた。
「んー……。もうイワークが限界かなぁ」
と、フジシロが言う。目前ではニューラが僅かに肩を上下に動かしつつ、息を吐いていた。
戦闘は一区切りを経たようだが、まだフジシロは納得していないようだ。サクラを呼ぶと、「代わってくれるかい」と聞いてきた。その返事はサクラではなく、ルーシーが勝手に両手を挙げて大きな鳴き声を返す。
――やっぱ戦いたかったんだこの子……。
最近好戦的なルーシーに少し違和感がある。そんなサクラの心境を知ってか知らずか、彼女はやる気十分、むしろさっさとやらせろと言わんばかり。
「成る丈深追いはせずに、小技には小技、大技には大技で返して欲しい」
「解りました」
こくりと頷き、バトルフィールドへ。ロロはフジシロの隣で観戦だ。
「サク、頼むぜ?」
と、サキが笑う。その笑顔は少年らしく、そして一端のトレーナーらしく、やる気十分。
「ルー!」
ルーシーもやる気十分と言わんばかりにまた両手を挙げて……。
あれ? やる気十分じゃないのは私だけ?
と、サクラは首を傾げた。
その後もサキの特訓は続いた。途中で治療が完了したレオンも加わり、フジシロのイワークが復帰し、中々どうしてシャノンとサキは根をあげなかった。むしろシャノンの体力に恐ろしささえ感じるサクラだった。
「っしゃあ! 行くぞシャノン!」
「ニャッ!!」
二日後。特に目立ったトラブルはなく、この二日で神経がオーバーヒートよろしく『熱血』となったふたりが、キキョウジムの前にいた。その暑苦しい……もとい、近寄りがたい雰囲気に三歩下がってサクラ、フジシロ。
――ねえフジシロさん。私やりすぎだと思うんだけど……。
この二日間、本当にサキは『ランナーズハイ』よろしく、サクラの理解が及ば無いほどの気合いの入れようだった。付き合ったルーシーとレオンも今に暴れ出しそうな程、燃え上がって、彼らの背後には一様に『大文字』がエフェクトとして現れそうだとさえ思えた。因みに、フジシロは変わらずの笑顔である。
「サク!」
暑苦しく呼びつけられ、うんざりした面持ちでサクラは彼へ向き直ると、彼は拳を出していた。
「ん、頑張って」
コツンと言うつもりで出した拳は、しかし、『ゴチン!』と言う音をたてる。
サクラが笑顔を浮かべ、「イテーナコノヤロウ」と言葉を漏らすが、サキは聞いていなかった。
しかしまあ、サクラには彼の昂りが解らなくもない。今までシルバーと共に修行してきた彼は、敗北ばかりを味わってきた筈だ。サクラと出会ってからもサクラに負け越している。そんな彼が『勝つ為』に、勝つ事を前提に置いた特訓をしたのだ。
きっとその昂りは、初めてバトルをする時のような心持ち。普通はそこに緊張感が差し引かれるが、バトル自体には慣れたものだから、昂りばかりが表立っているのだろう。
ジムへ入場する。時間はサクラと同じ枠だが、サクラがキキョウジムを突破した事から、観戦者は増えているだろうとフジシロの予想。
その予想は違いなく、応援席に入ったサクラはその熱狂ぶりに身を震わせた。椅子が階段式に並ぶ応援席で、しかし皆立ち上がって声を挙げている。
『レディース・アンド・ジェントルマン』
事前にサキの身の上はフジシロによってジムへ伝えられていた。その好カードっぷりも相まって、サクラが訪れた時には満席どころか立ち見さえいた。
『本日は希に見る好カードのお届けだ!』
サクラの時には無かった口上が付け加えられ、改めて会場が熱狂する。
「サクちゃん。こっちこっち」
と、サクラはフジシロに連れられて、応援席をぶったぎって、箱のような隔離された応援席へ行く。その中は外の熱狂とは違い、静かなものだった。
「企業用のシートだよ。今回は僕の名前で特別に用意してもらったんだ」
と、フジシロ。彼の声に二人を振り向くスーツ姿の男達。その内数人が立ち上がり、サクラへ向かって「先日の」と言葉を漏らす。
「はじめまして。先日はお声をかけそびれてしまいましたが、わたくしイッシュ地方のポケウッドからやって参りました」
一人立ち上がり、サクラに対して恭しく名刺を渡す。思わず受け取りそうになるが、フジシロがその手を止めた。
「悪いが彼女はテレビには出れない身だ。スポンサーの話ならば、これからの好カードに期待してくれないか」
「……そうですか。失礼しました」
成る程。今のがスポンサーの交渉の口火らしい。サクラは思わず息を呑んだ。
ポケウッドとはイッシュ地方で有名な映画会社だ。テレビで名を聞く企業名に驚くばかりだったが、フジシロが断ってくれなければ不味いことになったに違いない。ポケウッドはトレーナーとアイドルを兼業するトレーナーが多く、そう言う交渉かもしれなかったのだから。
ホッと息を吐くサクラ。フジシロに礼を言う。
『世界を統べるポケモントレーナーの頂点。ポケモンマスターに輝き、そしてその名を協会の会長として今も尚轟かせるシルバー』
口上が繰り広げられる中、企業シートに座る二〇人足らずの者達が息を呑んだ。
『そしてその息子は同じ赤髪を継ぎ、偉大なる父の背中を追う』
そして――。
『白銀山が育てたその少年。シロガネ サキ』
轟と唸るが如く、会場が大歓声に揺れた。