天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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第七話
ファン第一号


 サクラがウイングバッジを獲得した後、ジムを出るとちょっとした人だかりが待ち構えていた。その内何人かはインタビュアーとカメラマンのコンビであり、サクラはその全てにお辞儀して丁寧にインタビューを断ると言う形で答えた。世俗に割りと耳を立ててきた少女だったが、ここで初めて先のワカバタウンの一件からこちら、ウイングバッジを獲得した最初のトレーナーになったことを知る。

 

 特筆すべきはそれだけで、別にジムリーダーの突破の難度自体は変わった訳ではない。人だかりを抜けた少女は、サキによって「こう言う時は成る丈明るいニュースが欲しいからな」と言われた。

 

 大きなニュースにならなければいいが……。そう呟くサキだが、今回は仕方無いとして、怒ったような様子はない。むしろきちんとキャスターへ棘が立たない断り方をしたサクラを珍しく労ってくれた。

 

 因みにサキは彼女へジム戦勝利に対しておめでとうとは言わず、お疲れとだけ零した。どうやら彼の中でサクラのジム戦突破は当然だったらしい。

 

 さて、二人がポケモンセンターに帰ると、件のジョーイが待っていたかのように駆け寄って来た。

 

「その顔を見るに、ジム戦は問題なかったかな?」

「はい。ちゃんと勝ってきました!」

 

 サクラは満面の笑みで返し、今回の立役者たるレオンを彼女に預けた。と、そこでジョーイは思い出したかのように二人へ言う。

 

「フジシロさんが、バトルフィールドで待ってるって言っていたわ」

 

 サクラとサキは目を合わせ、チラチーノを預けたままに男が待つバトルフィールドへ向かった。扉を開くと、他のトレーナーは居らず、モヒカン姿の巨体が少し顔つきが様になったイワークと共に居た。フジシロは二人に気が付くと片手を挙げて微笑む。

 

「やあ、ジムは問題無かったようだね。帰りしなに騒がしい様を見て、サクちゃんだとすぐに判ったよ」

「ありがとうございます。無事に勝てました」

 

 まあ君の実力なら突破は間違いなかったと、そう続ける。彼はイワークをボールに戻し、二人へ向き直った。

 

「どうかね、スポンサーの話は挙がったかい?」

「へ?」

 

 サクラは思わず聞き返す。その姿を見て、そう言う話が無かったとフジシロは悟り、拳を口元に当てて俯く。

 

「時期が悪かったか……。ふむ」

「スポンサーってなんだ?」

 

 と、一人ごちる彼へサキ。フジシロは嫌な顔もせずに世俗に疎い彼へ簡単な説明をした。

 

 ポケモンバトルとは()()()()()()本来、誰でも出来る事ではない。サクラはウツギ博士が、サクとサキはシルバーがそれぞれの手引きをし、トレーナーカードを用意してくれたわけだが、これは運が良かったのだ。

 

 普通はトレーナーズスクールや協会の審査を受け、合格に至ってから『トレーナーカード』が付与され、バトルをする『権利』を与えられる。

 つまり乗り物の免許のようなものだよ。

 と、フジシロ。

 

 優れたるトレーナーのバトルはそれだけで『エンターテイメント』だ。事実キキョウジムには観戦者が多くいたが、彼らの内の大半は実を言うと『バトルの見物』に来ているのだと言う。優れたエンターテイメントには賞与が渡され、多くのファンが着く。サクラがジムから出た時にキャスター以外のトレーナーからも喝采と労いを受けたのが、その片鱗だ。

 

 さて、では旅をして鍛える事が必要なトレーナー。ファンが着いて多くの人間に支持される未来があるかもしれない立場。そこに『利益運用』が絡まない手はないだろう。

 

「優れたトレーナーはその旅に対するサポートが与えられて然るべきだ。逆に金銭的理由からその旅を続けられなくなってしまうなんて事は、ファンからすればもっとも避けたい結末だろう」

「なるほど。つまり俺達の旅を金銭的にサポートする代わりに、その知名度を利用して『広告』してくれって事か……」

「うん。そうだよ。もっともそれだけで利益関係が成立するわけじゃあないけど、ざっくり言うとそうなる」

 

 そのスポンサーたる企業はどこでその『広告』を発掘するか? その答えがポケモンジムだ。ポケモンジムでの応援席には企業用のシートさえあり、そしてジムを突破したトレーナーの内、優れた『パフォーマンス』が出来る『エンターテイナー』には声をかけるわけだ。

 

 挑戦者が多く、突破率の低いキキョウジムにおいて、その『発掘』は実に適した環境と言えよう。「ちょっとトレーナーなってくる」で突破出来るジムでない事は、言わずもがなであるのだから。

 

 では何故サクラは声をかけられなかったか? 答えは単純だ。

 

 ワカバタウンの壊滅に対し、復興支援の投資をする方が企業として良いタイミングだからだ。

 

「サクちゃんの実力を加味するならば、平時だと五社はスポンサーに名乗り出たと思う」

 

 とフジシロは言う。

 

 さてどうしたものか。彼はひとつ唸る。

 

「あの……」

 

 そんな彼へ、今度はサクラがおずおずと手を挙げて質問をした。

 

「スポンサーってそれ程大事なんですか?」

 

 その質問に対し、彼はサクラの正面で真面目な顔つき、神妙な雰囲気を出して頷く。

 

「死活問題と言っても過言じゃあない。うん、過言じゃないね。……君達はまだ旅を初めてすぐだろう?」

 

 サクラは頷き返す。

 

「今はお金にまだ余裕があるだろう。しかしそのお金は減っていく一方だ。バトルに勝ってチップを渡される事はあれ、旅の路銀としては乏しいだろう?」

 

 良く良く考えてみると、実にその通りだった。

 チップを渡された試しさえ、二人にはまだ無い。

 

「お金と言う物を必要としないのは夢の話だ。なんだかんだ必要になる」

「じゃあどうしたらいい? 貰えなかった機会をグジグジ言うより、どうすれば良いか教えて欲しい」

 

 サキはそう言ってフジシロに相対する。楽観視するサクラと違い、彼はその点においてはかなり真面目に聞いていた。フジシロはやはり表情を崩さず、口元に拳を当てて考える。

 

「実は俺達……いや、特にはサクは、あまり目立つ振舞いは出来ない」

 

 そう言ってサキはサクラへ横目に合図してくる。

 話すぞ? と、断ってから、彼は辺りに人気が無いのを確認して、再度唇を開いた。

 

「こいつはワカバの生き残りだ。重要な証人として、俺の父、シルバーはこいつの身の安全を考え、目立たないよう旅立たせた。勿論ある程度は仕方無いとはいえ、表立った広告には使えない」

 

 その言葉にフジシロは僅かに目を見開く。

 

「成る程。合点がいった。どおりで……」

「だから俺がその役目を負う。ポケモン協会会長が親父だって事は、武器になるか?」

「シルバーってやはり、あのシルバーさんかい……」

 

 フジシロは大層に頷き、成る程成る程……と、零す。

 そしてうんうんと二度頷いてから、微笑むようにして続けた。

 

「間違いなく。……ただ、過度な期待を背負う事になるが、良いのかい?」

 

 心配そうに、フジシロは一二歳の少年を見やった。

 しかし彼は不敵にハッと笑う。

 

「親父には悪いが、利用出来るならするまでだ」

 

 その粋や良し。

 そう言わんばかりにフジシロはにやりと笑った。

 そして左手をサキの肩へ置いて、深く頷く。

 

「じゃあ、私が君の名を保証する男になろう。ジムリーダーの保証があれば、この時期でもスポンサーはつくだろうからね」

「ありがとう。助かる」

 

 全ては決定した。フジシロが支援するサキがスポンサーを獲得し、その機会を得る。勿論旅する先でサクラにもその機会は与えられるだろうが、それは追々考えていくとし、一先ずはサキにスポンサーが付くよう尽力をする事になった。

 

 その為には『魅せるバトル』も必要だなと、フジシロはそう言う。

 その訓練をこれからしようじゃないかと、サキへ笑いかけた。

 

 そこに至ってサクラは素朴な疑問を抱く。

 小首を傾げて、それを口にした。

 

「あの……フジシロさんはどうしてそこまで私達に?」

 

 男はうん? と首を傾げた。

 

「決まってるじゃないか」

 

――僕が君たちのファンだからだよ。

 

 男はいかにも愉快そうに笑って見せた。


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