天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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小さな旅行

 ヨシノシティの先にあるポケモンじいさんが住んでいた民家。それはヨシノシティのはずれにあるという訳ではなく、ヨシノシティとキキョウシティの丁度中間ぐらいの所に建っている。

 

 ワカバタウンからヨシノシティまでは基本的に一本道なのだが、その行程は『空を飛ぶ』を使えるポケモンや、乗り物でもない限りは、六時間程歩く事になる。そしてヨシノシティからポケモンじいさんの住んでいた民家までは、その半分もかからないとされるが、サクラは『空を飛ぶ』を使えるポケモンを持っていないし、更には自転車さえもない。

 つまりその御使いとやらは、日帰りという訳にはいかないと言うことだった。

 

 サクラは今年で一四歳の子供だ。

 そんな子供に、ましてや女の子に、そんな案件を頼む博士は非人道的ではないのかとさえ思えるだろう。しかし、ワカバタウン近郊の生態系は比較的穏やかであり、彼女の手持ちポケモンである二匹は、この辺りのポケモンに遅れをとるような強さではない。

 レオンもルーシーも、コガネのジムリーダーが扱うジムポケモン程には鍛えられていると、とある人物が彼女自身に教えていた。ウツギ研究所にある練度を数値に表す機械によっても、それは証明されていたりする。

 

 つまるところ、強いポケモンがいるので安心。という訳だ。

 それでも都市部では、人的被害等という恐ろしいものがあるが、そこは流石田舎町。そういった危険性には(うと)い。キキョウシティまで出ない限りは、特に問題は無いだろう。

 

 とはいえ、旅支度は怠らない。

 それがポケモントレーナーとして必要な心得だ。

 

 着替えや食料は勿論、薬や防犯グッズまで備えてこそのトレーナーです。

 ポケモンに頼りっぱなしになるのは、トレーナーとして宜しくありません。

 ちゃんと協力し合いましょう!

 

 トレーナーの心得とされる冊子にも、そう書いてある。

 そしてサクラは、それに従順だ。

 

 一先ず支度しなくちゃ。

 お薬と防犯グッズも用意しないとね!

 

 と、なった。

 

「じゃあシルバー君に宜しくね」

「はぁーい!」

 

 朝の九時を少し過ぎた頃、サクラはとんぼ返り宜しく一度帰宅した。

 

 鍵を空けて自宅へ入り、リュックサックの中をひっくり返すような形で一度空にする。

 

 リュックサックの中にはフィールドワークの際に使用するメモ帳やペン、トレーナーとしての心得やマップ等、それは様々に入っていた。特には書類がリュックサックの中を圧迫しており、それを出してしまうだけで、着替え等を入れるスペースは確保出来た。

 

 行程は二日に満たない。しかし途中で思わぬ災害に合った時の為に少し多めに用意をしていくのは、トレーナーの心得の教えだ。故に三日分の着替えを詰め込み、ポケモンフードも三日分を詰め込んだ。サクラ自身の食事は道中のヨシノシティで追加購入しようと思い、携帯食料を三食分詰め込む。これでリュックサックは一杯になってしまった。

 

 最後にペンやメモ帳等の必需品を何とか詰め込み、防犯グッズをバッグのサイドポケットに仕舞って、完了。

 

 一度二階へ上がって、白のワンピースに着替えて、自らの容姿のチェック。

 着替えた所為で栗色の髪が明後日の方向に向いていないか、誰と会っても表情筋がちゃんと動くか等を確かめて、良しと頷くと一階へ戻る。

 

 最後に指差しをしながら、全ての支度が整った事を確認。

 問題は無さそうだ。

 

 今一度頷いて、サクラは二匹の大事な家族を、外に出した。

 

「チィ」

「ルー」

 

 レオンは毛並みを整えて飄々(ひょうひょう)としたご様子。ルーシーは笑顔を浮かべながらサクラの腰元へ飛び付いて来た。

 ルーシーを撫でてやりながら、サクラは腰を降ろして二匹と目線を合わせる。

 

「今からちょっとした旅行に行くの。だからその道中、宜しくね」

「チィーノ!」

「ルー!」

 

 二匹は二つ返事で了解してくれる。

 その様子を見てサクラはありがとうと、にっこり笑いかけてから二匹をボールに戻す。

 モンスターボールはワンピースの上から巻かれたベルトに、確かに付けられた。

 

 リュックサックを背負い、今一度、電気、ガス、水道がきちんとオフになっているか確かめた後、フォトスタンドの前に向かった。

 

 フォトスタンドの前には鈴が置いてある。

 透き通った水色の握り拳サイズの鈴だった。

 

 それを一瞥した後、フォトスタンドに向かって口を開いた。

 

「『御守り』持っていくね。三日かからず帰って来ます」

 

 そう言ってから頭を深く垂れ、フォトスタンドの前の鈴を持ち上げる。

 

 御守りとは、正にその鈴の事だった。

 両親が旅立つ際に、サクラに持たせてくれたとウツギ博士が教えてくれたもので、揺らしても音は鳴らず、中で何かが(うごめ)く様子も無い。今まで一度として音が鳴った例のない不思議な鈴だった。

 

 ウツギ博士に聞いても特別な鈴だから大事にするよう言われるばかりで、その鈴がなんたるかは一切教えられていなかった。ただ、とても大事なものだということだけは、深く教えられており、こうして長く家を空ける際には『御守り』として持ち出す事にしている。

 

 

 さて、とサクラは意気込む。

 

 扉を開いて外へ出ると、太陽は山の峰を離れ、空高くへ昇っていた。

 

 後ろ手にはシロガネ山が陽光を浴びてキラキラと輝く――。

 

 

「行ってきます!」

 

 

 サクラの樹が風に揺れ。

 

 春風が少女の背を押す。

 

 空と太陽はその日も変わらず。

 

 白銀の山は雄大にそびえる。

 

 

 その日、少女の旅は始まった。

 

 それが長く長く、涙を零す始まりだと。

 

 それが長く長く、大事なものを探す始まりだと。

 

 

 少女は知らず、その日も笑顔だった。


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