天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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ウイングバッジ

 戦闘が始まれば即座に応援席が沸きだった。

 それはポケモン達、ジムリーダー、挑戦者を鼓舞する、雄叫びの如く。

 

「レオン! 真っ向勝負!」

「ホーホー。ペースを掴め!」

 

 サクラは歓声に負けじと大きく叫んだ。

 対するジムリーダーは拳を胸の前に構え、怒気を孕むかのような声を上げる。

 

 二匹は即座に動き始めた。

 

 距離を詰める為に四つ足で疾走するレオンに、ホーホーは小さな翼をはためかせて宙へ上がる。その上がりしなを狙って大地を蹴ったレオンの尾が、しかし掠りもせずに空を割く。ホーホーは横へ回避していた。

 

――速いっ!?

 

 サクラの想像、昨日観戦した時よりもホーホーは俊敏だった。それはサクラのポケモンに合わせたジムポケモンならではの力量。

 

 即座に思考。サクラは檄を飛ばした。

 

「レオン。有利性は捨てて遠距離をキープ!」

「逃がすな! 詰めろ!」

 

 対するツバサの檄。

 

 本来スピードタイプのチラチーノにホーホーの速度は遠く及ばない。しかし、長くジムポケモンを勤めたポケモンならば、『どんなポケモンに対する動き』も訓練されている。

 

 サクラの檄にスピードスターを放ちつつ距離を空けようとするレオンだったが、対するホーホーは風起こしでそれを相殺。且つ、その風起こしから回り込むようにしてレオンの退路を塞ぎにかかった。

 

「レオン、近寄ってくるよ! 接近戦にシフトして」

 

 レオンは風起こしで前方を塞がれ、迫る風をかわした所から動かなかった。寄り来るホーホーを待ち――。

 

「スイープビンタ!」

「泥かけ!」

 

 尾と泥の交錯。観客がその瞬間に強く歓声をあげた。

 

 昨日、サクラはホーホーの攻撃技が『風起こし』と『泥かけ』と言う事を見ていた。だから接近戦になれば、溜めのいらない泥かけが来るのを予想している。

 

 チラチーノの尾が『泥かけ』をもろともせず弾き、そして返す尾でホーホーの胴を強く打ち付けた。

 

「よし!」

 

 サクラは拳を握る。

 

 チラチーノの尾を受けたホーホーは宙へ舞い、その後を追って二撃、三撃、四撃とスイープビンタが全力で炸裂する。

 

 最後の一撃で地面へ叩き落とされたホーホーだが、その影はまだ動く。

 

「レオン! 目覚ましビンタ!」

「チィ!」

 

 短く鳴いて、落下の勢いを乗せたレオンの尾がだめ押しと言わんばかりに決まった。ジムリーダーはその姿を頷きながら見守る。

 

「ホーホー戦闘不能! チラチーノの勝利」

 

 溢れんばかりの歓声が湧いた。

 

 チラチーノの尾が『化粧油』によりコーティングされている事を利用し、泥かけを完全に無効化した事が勝利の要因だった。

 

「チラチーノの習性を利用した見事な采配だ。うむ、泥かけを尾で弾いてからの流れるような連打も悪くない」

 

 ジムリーダーはホーホーをモンスターボールに戻しつつサクラの采配を労った。一礼して返す。

 

「だがその手法はこいつまで取っておいても良かったかもしれないな」

 

 そう言って繰り出されるは、赤い鶏冠が生え、両翼が体躯を上回るまでに成長したポッポの進化系『ピジョン』。金切り声に似た鳴き声を挙げて、そのポケモンは宙を羽ばたいていた。

 

 その姿に、しかし大丈夫だとサクラは自分へ言い聞かせる。

 

 脳内に描くは勝利への確実なパターンの構成。

 

――大丈夫。もう布石は打ててる。

 

 サクラは先ほどホーホーを撃墜した場所を見詰め、小さく頷いた。

 

「二戦目――初め!」

 

 再度降り下ろされた旗。

 

「ピジョン、電光石火で翻弄しろ」

「迎え撃って!」

 

 宙からの急降下。落下の勢いに任せて風を切り、ピジョンはその体躯でレオンへ襲いかかった。対するレオンは尾を構え、『叩き落としてやる』と言いたげな体勢をとる。

 

「今だ!」

 

 ツバサの声にピジョンは即座に反応し、体躯を捻る。レオンの降り下ろす尾をかわす算段だった。

 

――しかし。

 

「ナイスだよ。レオン!」

 

 尾は降り下ろされず、かわした残心を残すピジョンへ振り返って、『石を投げた』。その動作に誰もが「え?」と言いそうになるが――。

 

「ロックブラスト!!」

 

 れっきとした攻撃だった。

 ひとつ、ふたつ、みっつ……と、数えきれない石の礫がピジョンへ投げつけられる。

 

「なっ!?」

 

 ここでジムリーダーは驚いた。レオンの足元はそう、先程ホーホーを打ち付けた際に岩盤が僅かに盛り上がっており、それを尾で砕いては手で持ち、投げると言う動作をチラチーノは高速で行って見せた。

 

「――っ!!」

 

 ピジョンはその羽に大量の石を受け、バランスを崩す。しかしどうにも抜け出そうとしても、レオンの『ロックブラスト』の狙いはついて回る。

 

「ピジョン、羽休めだ!」

「今だよレオン! アンコール!」

 

 やむにやまれず羽休めを指示し、地へ降りたピジョン。そこにレオンは大きな声を挙げて喝采する。

 

――すごーい、羽休め使えるんだ! いいな!

 

 と、言いたげな絶賛に、ピジョンは一瞬呆気にとられ――。

 

「決めるよレオン。スイープビンタ!!」

「チィ!」

 

 距離を詰めたレオンの尾の連撃をまともに食らった。

 

 一撃目で宙へ、二撃目で地面へ、三撃目で横殴りにされ、四撃目で場外の壁へ激突。

 

「チィノ!!」

 

 勝利を確信するチラチーノの猛々しくも愛らしい鳴き声。ごくりと生唾を呑み込む思いで見守る観客。

 

 サクラはしかし、笑っていた。

 

「ピジョン、戦闘不能! チラチーノの勝利。よってこの勝負、ヨシノシティ、シロガネ サクの勝利!!」

 

 歓声が絶叫に、会場がジムリーダーの敗北に大きく湧いた。凄まじい歓声が飛び交い、挑戦者の勝利を大きく讃える。

 

「……見事だ」

 

 その中、ジムリーダーは少しうつむき加減で、サクラの采配を褒め称えた。

 

「素晴らしい采配だった。まるでそうさせられるように、フィールドを、チラチーノの特長を使った采配だった。そして僕のポケモンの技を誘発する流れと、決まり手のコンビネーション」

 

 面を上げ、彼はサクラの元へ歩みより、そして差し出すは羽の形をした輝く――。

 

「受け取れ。リーグ公認、ウイングバッジだ」

 

 ウイングバッジ。

 

 受け取って、サクラは天へ掲げて。その勝利を喜んだ。

 

 キキョウシティポケモンジムは、金髪の少女に惜しみ無い拍手と割れんばかりの声援を送った。


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