天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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ライバル

 交わされた閃光。現れた二匹の影。

 

 普段は友として、しかし今は越えるべき相手として、チラチーノとキバゴが相対する。

 

「チラチーノだぜ、すげえ」

「キバゴとか初めて見ました」

 

 観戦の男女はそう言葉を漏らした。年はサクラより上だろうが、トレーナーとしての研鑽はサクラの方が長く積んでいるだろう。唯一驚かない恰幅の良い男は、モヒカン頭を掻きながら「合図をだそう」と一歩踏み出た。サクラはひとつ礼を言ってお願いする。

 

「チラチーノ、キバゴ。戦闘……」

 

――開始!

 

「レオン、牽制!」

「キバゴ、遠距離を維持!」

 

 互いに技の指示はしない。

 

 レオンは身を翻し、スピードスターをキバゴに向かって放つ。対するキバゴは青い炎を口から漏らし、顔を振りかぶった。

 

「竜の怒りが来るよ! 押し負けるからかわして」

「ぶっぱなせ!」

 

 不可避の閃光たるスピードスターの着弾を目前にして、キバゴは竜の怒りを解き放つ。口から放たれた青き炎はスピードスターをもろともせずにレオンの身へ襲い掛かった。しかしレオンはスピードタイプのポケモンだ。その炎を目前にしても狼狽える事はなく、右に反転すると即座に回避。

 

「キバゴ、挑発かましてやれ」

 

 その回避にキバゴは舌を出す。

 

――何だよこの程度の攻撃を避けなきゃダメなのか?

 

 まるで攻撃をしてみろと言わんばかりに自らの首を掻いてみせた。

 

 レオンの相貌が鋭くなる。挑発に乗って、距離を詰めた。

 

「挑発上等。レオン、かましてやんなさい!」

「ダブルチョップで迎え撃ってやれ」

 

 尾を翻し、レオンはキバゴに襲いかかる。右から尾の一蹴を放ち、キバゴの手に止められ、返ってくる反対の手の反撃に、もう一本の尾を打ち付ける。かち合った尾と手はその威力を表すかのようにバチンと音を立て――弾いた。

 

 競り勝ったのはレオン。

 

「スイープビンタ! 残りもいっちゃえ!」

 

 僅かに振りかぶり、弾いた反動を利用してまだ空いている二本の尾でキバゴの胴を撃つ。衝撃の強さはキバゴが踏ん張った足ながら、大きく三歩分後退した姿が存分に語った。

 

「ハッ! 笑わせんな!」

 

 しかしキバゴは崩れない。目に『闘争心』を強く燃やし、大きく咆哮――。

 

「まずい、レオン竜の舞よ。止めて!」

 

 レオンは一声鳴いて尾を掲げて距離を詰める。挑発を受けているので攻撃を入れて削りきるしかなかった。

 

「グァア!」

 

 その瞳に赤く宿る炎。それが竜の舞を終えた証。しかしレオンはその時には目前に迫り――。

 

「ドラゴンクロー!」

「叩き付ける!」

 

 尾と爪の邂逅。

 

 やはり先ほどと似た衝撃音が響く。しかし今度は両者共にその体躯へと尾と手を潜らせており、互いの攻撃は確かに直撃していた。

 

 一瞬の静寂。

 

「チィーノ……」

 

 打ち負けたのはチラチーノだった。鳴き声と共にこてりとその小さな体躯は地に伏せた。

 

「チラチーノ、戦闘不能!」

 

 仕切り役の男がそう言って、サキ側の手を挙げた。その姿はサキのキバゴの勝利を表す。

 

「うー……。レオンごめんねぇ」

 

 モンスターボールに戻してやりながら、サクラは頭を掻く。やはりキバゴの攻撃力は進化していないとはいえ、侮りがたい。けど――。

 

「すげえなあのキバゴ……」

「ええ。でもチラチーノの速さは尋常じゃなかったわ」

 

 観戦者の言う通り、レオンの素早さは研きがかっていた。それをそのまま、ボールの中で丸まるレオンに労ってやる。

 

 そして二匹目。

 

「ルーちゃん、行こう」

 

 おそらくサキの二匹目はニューラが待ち構えていて、しかしサクラの手持ちは他に『出してはいけないポケモン』と『戦えないポケモン』だった。

 

「ルー!」

 

 出てきて早々、珍しくルーシーは両の手を高くする。元気一杯、やるぞーと言わんばかりだった。

 

「うお、ドレディア。珍しいな」

「あ、見てキバゴが……」

 

 観戦者が指差す。

 

「キュー」

 

 珍しい声色を出しながら、キバゴはもじもじと指を弄っていた。

 

「……あー、すまん。こいつ雌の相手無理だったわ」

 

 サキはそう言って頬を掻く。ああ、とサクラと観戦者は頷いた。

 

 ポケモンには特性と言うものがあり、一部のキバゴは『闘争心』と呼ばれる特性がある。これがまた扱い難いもので、同性が相手だとヤル気上昇、異性が相手だと今のように照れて本領を発揮出来なくなってしまうと言うのだ。

 

 仕方ないとして、サキはキバゴを戻した。労いをかけては、別のモンスターボールを掴む。

 

「勝ち抜きつったけど、結局だな」

「まあ仕方ないんじゃない?」

 

 観戦者のそんな声を尻目に、サキはボールを投げた。現れたのは言うまでもない。

 

「頼むぜシャノン」

 

 物静かに佇む、ニューラだった。

 

 仕切り直した二匹の相対に、男が手を挙げて――。

 

「ニューラ、ドレディア、戦闘開始!」

 

 振り下ろした。

 

「シャノン、氷の(つぶて)!」

「ルーちゃん、蝶の舞でかわせるだけかわして」

 

 シャノンは腕を振るい、礫を放つ。ルーシーは静かに目を瞑り、たゆたうようにその体を揺らした。

 

 氷の礫がルーシーの葉を、体を、掠めていく。しかしどうして、直撃はしない。

 

「シャノン。二度は舞わせるな」

「ニャッ」

 

 呼応してシャノンは姿を消す。即座にルーシーの背後に回り、揺れ動く彼女の背に打撃を加える。

 

「ルッ!?」

「ルーちゃん落ち着いて。もう一度蝶の舞!」

 

 しかしどうして、シャノンの動きは的確だった。ルーシーの背後に回っては打撃、隙を見ては足を払いにかかり、彼女の集中を途切れさせていく。

 

 どう見てもじり貧。二度は蝶の舞を完遂出来そうになかった。

 

 仕方ないとサクラは頭を振って、

 

「……ルーちゃん、『舞って』」

 

 似た言葉で指示を出した。

 

 その言葉に、ルーシーは動きを止める。次いで飛んでくるシャノンの『騙し討ち』に、しかし今度は体躯を強く回転させ、葉の裏側から数多の葉を打ち出して反撃。その葉はルーシーを中心に、旋風の如く轟と唸る。

 

 その様子を見たサキは思わず叫んだ。

 

「ちょ、花びらの舞使えんのかよ!!」

 

 吹き飛ばされるシャノンの姿。ルーシーの相対レベル的にはまだ使えないだろうと思っていた技を撃たれ、サキは唖然としたあとにむうと顔をしかめる。

 

 花びらで旋風を起こすその動作は、不完全ながらも『花びらの舞』そのもの。因みに完全な『花びらの舞』ならば近付く者を一瞬の内に切り刻み、そして暴風によって寄せ付けないと、サキは知っていた。

 

「……ごめん、ルーちゃん実はハイブリットなの」

 

 事も無げにサクラは悪戯っ子の如く舌を出す。ハイブリットとは技を『遺伝』として覚えたポケモンの総称。

 

 いや、むしろそのきらいはあったとサキは舌打ちを挟む。ルーシーもレオンもだが、使える技は幅広く、且つそのセンスもある。花びらの舞が不完全なのは、まだ制御しきる相対レベルに達していない証だろう。

 

「卵貰って育てたのかよお前……」

「まあ短期留学してた時に色々あって……」

 

 と、またも初耳の発言。

 

 勿論、ニューラは立てなかった。蝶の舞で集中したドレディアから草タイプ最強クラスの技を貰って立てる訳がない。

 

 なるほど、そのレオンもルーシーもあとは戦闘経験積ませればってところかと、サキは納得する。

 

「負けた。奥の手用意するとか狡猾だなお前も……」

「いや、話そうとは思ってたんだけどね。その機会なかったから」

 

 と、少女は頬を掻きながら笑う。確かに身の上話はサキがするばかりで、サクラからあまり聞いた事はなかった。イッシュ地方のポケモンを持っていたり、研究所の手伝いをしていたとは言え、シルバーに鍛えられたサキを負かしたり、言われてみれば底知れない少女だった。バカだけど。

 

 肩を竦めながらシャノンを戻し、サクラも倣ってルーシーを労ってからポケモンを戻す。

 

「ありがと!」

「おう、明明後日にはまた頼むぜ?」

「勿論!」

 

 と、そう言葉をかわす。

 

「いやぁ、良いバトルだった。二人共にかなりの手練れと見受けるよ」

 

 審判をかって出てくれた恰幅の良い男がそう言って笑った。その後ろで観戦していた二人も拍手をしてくれる。

 

「私はフジシロ。エンジュに住むしがないオッサンなんだが」

 

 と、そう言って男はモヒカンを揺らしながら、二人へ小さな紙を差し出す。

 

「エンジュのジムリーダー代理を勤めている」

 

 今は連勤明けの休暇だ。と、言って、また笑った。

 

「えっ」

「はぁ?」

「うそっ」

「すげえ」

 

 四者四様の面持ちで男を二度見する。

 

 差し出された名刺には、『エンジュジムリーダー』とあり、『代理』なんてどこにも書いていなかった。




※注釈
ハイブリットは造語です。そんなポケモン用語はありません。

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