的確かつ、手短に言おう。
サクラの正体が件のジョーイにバレた。
部屋を尋ねてきたジョーイは、サクラのすぐ後を着いてきていたらしい。出てくるのを待とうと部屋の前で待機しており、そこでサキがシルバーに電話する声を盗み聞いてしまった。
サクラと良く似た容姿のサクと言う少女。チラチーノとドレディアと言う手持ちが被っており、ミロカロスと相対した時に『濡れて』化粧の崩れた顔。決まり手は『コガネシティの研究所』と言う単語。サクラがウツギ博士の助手まがいの事をやっていたのは言うまでもなく知っていた。
ジョーイはしかし、問いただそうとしてやって来た訳ではないと言う。「化粧が崩れて一目にサクラと解る顔になっている」と、苦言を呈しに来たのだと言う。因みに彼女以外のジョーイは気付いていないらしいが、元から疑っていた彼女には一発で解る顔だったらしい。
言われてサクラは鏡を拝み、ミロカロスに打たれた時に被った水と、走ってポケモンセンターに来た時の汗で崩れた化粧を見て、「うわぁ」と、心底『お化け』みたいな顔付きの自分を卑下した。
因みにサキは敢えて突っ込んでいなかった。それで直ぐ様化粧を直すようなら、それはそれで怪しいと思っていたからだ。むしろサキとサクラの怒声合戦に、ノックアンドペナルティを間髪入れず行われていた理由が偶然ではない事に得心いった様子だった。
何を呑気なと、サキへ苦言を呈すサクラだが、ジョーイは事情を分かってくれたらしい。
「あの事件で生き残ったサクラは重要な証人だから、標的にされかねない為に身分を偽った」
とは、サキの誤魔化し。実に巧い。むしろ嘘のつき方が巧すぎて、サクラはジト目をしながら睨む程だった。その目は普段から日常的に嘘ついて無いよね? とでも言いたげだったが。
そんなサキのファインプレーに、敢えなく誤魔化されたジョーイは、それでもおそらく『話せない事がある』のは分かってくれたのだろう。特に追求は無かった。しかし、ジョーイは指を立てて言う。
「変装がなってません」
まずはここに行きなさいと、ジョーイはチラシを手渡してきた。むしろ、それを届けに来るのも目的だったと言う。
『ヘアサロン・キキョウ』と、そのチラシにはあった。割りとリーズナブルな値段で散髪、染髪をしてくれるのだと彼女は付け足す。
なるほどと、サキは漏らす。服装と化粧だけよりも、加えて髪色を弄ってしまえば、より一層身分が割れづらくなる。ヨシノシティには散髪屋しかなかった上、サクラの髪の毛が短い事もあり、少し予想外だったとサキは零す。
サクラもとりわけ髪色に拘りは無かったので、ジョーイの勧めるまま、ヘアサロンへ向かう事にした。
「ミロカロスの事、頑張ってね」
「ありがとうございます。嘘ばかり並べて、ごめんなさい」
「良いのよ。命が一番大事だもの」
ポケモンセンターを出て、二人は夕暮れも近いキキョウシティのネオン街へ急いだ。
※
「どうかな?」
現れた少女の姿に、サキは目を眩ませた。
サクラの事をバカだバカだと言ってきた彼だが、目眩を覚える程呆れたのは今回が初めてだった。
金色の髪に、くるりと内巻きの短い襟足。前髪はサービスで貰ったと言うピンで七三分けをしていた。可愛く無いわけではない。むしろ化粧をした彼女は大人びているので、似合ってさえいる。しかしサキはちゃんと突っ込んだ。
「髪色金にしたらまた一月もしたら染め直さなきゃダメだろ……」
「……あ」
「バカか……いや、バカだ。お前」
人間、特に成長期の少女は髪の毛が伸びるのは早い。金色の髪は確かに綺麗だが、目立つ上に、伸びてくると生え際の色も丸わかりだ。
そこに至ってサクラはやらかしたと気付く。確かに美人だ。綺麗だ。可愛い。それはサキも認めた。だが、悪目立ちをしないと宣言して、やる事なす事が目立ち過ぎている。
「お前隠れる気ねえだろぉ……」
泣きそうな声でサキは言った。
「ま、まあでも印象はガラッと変わらないかな?」
気に入っているらしい当人は、変わった印象を武器にアピールする。まあ人間の印象とは一目に抱いた物は中々変わりづらいので、これまでとは真逆な姿はつまるところ『アリ』ではある。
サキは僅かに頭を押さえて溜め息をつくものの、妥協だと許可した。
「わーい」
呑気に喜びの言葉を呟く少女に、最早サキは言葉さえ無くしそうだった。本当に気苦労が絶えないと、胃が痛む思いだ。
因みにポケモンセンターに戻った彼女は、件のジョーイから絶賛されて更に調子に乗る。サキは勿論、溜め息を吐くばかりだった。
少年の胃が心配である。
翌日。
サクラは次の日にジム戦を控えていた。ミロカロスも薬が切れて目を覚ましたので、レオンとルーシーとの顔合わせとウォームアップをする事にした。多くのポケモンセンターには裏庭のような形でバトルフィールドが用意されている。キキョウシティのポケモンセンターにも、最もベーシックな硬い土のフィールドが設けられていた。
因みにこの日もルギアは食事を不要だと言う。必要とあらば36番道路の広場に出ようかと思っていたサクラだが、不要ならばとポケモンセンターのバトルフィールドに貸与願いを出した。
特に待ち時間無く、入室。サキがウォームアップに付き合ってやると申し出、共に入った。
中には別なトレーナー達もいる。バトルフィールドの隅で固まって、それぞれの訓練をする姿が三組あった。
使われていないバトルフィールドがまるまるひとつあり、二人はそこの両端に立つ。
バトルフィールドとは言え、ポケモンセンターのそれでバトルを繰り広げるのは中々どうして目立つものだ。便宜上どうせならとバトルフィールドが用意されているが、普通は治療から明けの調整に使われるのがほとんど。サキとサクラが並び立つと、三組のトレーナーが声をあげた。
「バトルするのか?」
「あ、はい。お邪魔しないよう気を付けますね」
世俗に疎いサキに代わり、サクラが頭を下げる。サキも続いた。
「観戦させてもらうよ。ひとつ良いバトルを頼む」
三組のうち、恰幅の良い男がそう言って笑った。
「私も観戦しますね」
「俺もー」
と、残りの二組の男女も、そう言って恰幅の良い男の隣に陣取る。彼らが出しているポケモンはナゾノクサやイワーク、オタチといった、この辺りやコガネ辺りで捕まるポケモン達だ。余り派手にやり過ぎず、かつ見損なわれない程度に暴れようかと、サクラは意気込む。
「2on2。勝ち抜きね!」
「オーケー」
サクラとサキ。初対面の時以来だが、あの時以上には互いを知り、研鑽している。
沸き上がる感情は、ただひたすらに打ち負かす為の対抗心。相手がサキだからこそ、負けたくないと、ウォームアップなんて侮りは捨て払う。
勿論、翌日にダメージを残さない程度に――。
「レオン!」
「キバゴ!」
二人は二匹の名を呼びながら、ボールを投げ合った。