天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

34 / 231
第六話
報告


 はぁ。何度目か解らない少年の溜め息。自室のベッドに腰掛け、腕を組み、膝を組み。如何にも憤慨だと言わんばかりの雰囲気を醸し出す。鋭い目付きを何時もの五割増しで細め、普段は饒舌な唇は舌打ちばかりを奏でていた。

 

 少年の目の前には、如何にも恭しくと言った雰囲気で、少女が三つ指揃えて、地に頭を付け、正座していた。人間の文化、歴史において、最も誠意を表す時にする、俗に言う『土下座』である。

 

「お前は俺の言った言葉の意味を分かって、さっき謝罪したよなぁ?」

 

 少年はまだあどけなさを残す面構えとは一転し、ドスの効いた低い声色で怒りを言葉に紡ぐ。その怒り具合たるや、話ながらも頬がひきつったかのようにピクピクと震えているあたり、相当なものだ。

 

「はい。滅相もございません」

 

 返す少女は頭を上げず、そう述べる。

 

「てえことは何だ? お前は謝罪から五分後に盛大な身勝手だって、理解しながらやったのか?」

「断腸の思いでした……」

 

 そこで沈黙。

 

 やがて少年は勢い良く立ち上がると大きな怒声を響かせた。

 

「ふざっけんじゃねえええ!」

「何よ! こうなる事は分かってたでしょ!?」

 

 対する少女はそこで開き直った。少年と同じく立ち上がると、彼に向かって指を突き立てる。

 

「じゃあなに!? 私がミロカロス見捨てるのが正解だったの!?」

「分相応を弁えろつってんだよ、バカサク!」

「バカでいいもん! ちゃんと最後まで世話してあげるもの!」

「治すんじゃねえのかよ!」

「治すもん!!」

「どうやって!?」

「コガネに行けばいいの!」

 

 そこで二人は小休止。大きな声で叫んだ事を悔やみつつ、肩で息をする。

 

『すみません。回りの方に迷惑なのでお静かにー』

 

 扉をノックされ、廊下からジョーイに注意を受ける。二人は揃って「すみませーん」と間延びした声を返す。

 

「ほらみろ怒られた」

 

 サキはそう言ってまた腕と膝を組みながら、ベッドに腰を降ろす。

 

「……ごめん。本当に悪いとは思ってるけど、放っておけなかった」

 

 彼に向かい、サクラは今一度頭を下げた。

 

 先程派手な行動を慎めと言われ、謝罪したにも関わらず、その五分後には約束を違えてしまった。ジョーイの苦言を突っぱね、ミロカロスを引き取った行為は、明らかに悪目立ちが過ぎている。

 

 ふう、と溜め息ひとつ。サキは首を横に振った。

 

「死亡届けが出されてたミロカロス。死亡扱いのお前……。そう言う事だろ?」

「……うん」

 

 他人には思えなかった。例え先が短くとも、サクラは彼女の為に何かをしてあげたかったのだ。その思いを汲むサキは、やはり年齢不相応である。

 

「アテはあんのか? コガネつったけど……」

「コガネにはウツギ研究所の支所があるの」

「身分隠したまま行くつもりか?」

 

 言われて、サクラは固まる。

 

「……やっぱ考え無しじゃねえか」

「ごめんなさい」

 

 しゃあねえなあ。と、サキはそう言う。

 

 立ち上がって、PSSを取り出した。サクラが問い掛けると、サキは手だけで彼女を制する。

 

 通話画面を開き、ホログラムから『オヤジ』の項目を選び――。

 

「ちょ、サキ!?」

「良いから。どのみちいつかバレるんだし」

 

 そう言って通話ボタンを押した。

 

 少年、サキがサクラの旅に着いてきたのは、彼の父シルバーが知らぬところの話だ。留守を任された身でありながら、彼は勝手に家を空けてきているのである。

 

 サキはPSSを頬に当てて、時を待つ。サクラは彼が何をしようとするかは予想がつくものの、見守るしかなかった。

 

『……なんだ』

 

 PSSの会話音は、サクラの耳にも届いた。シルバーの低い声は、感情の読めない声色だった。

 

「親父、先に謝っとくわ……。ごめん」

『サクラについて行った事なら知っている』

「……なんだ、そうなのか」

『キキョウに入った際に連絡を受けた』

 

 予想外とも、予想内とも言える。ゲートを通った時に、サキとサクラの保護者と監督者であるシルバーに連絡が行ってもおかしくは無かった。しかしそれならばサキのPSSがこれまで沈黙していたのは、それはそれでおかしな話だ。

 

「勝手にしてごめんなさい」

『それは構わない。だが……』

 

 シルバーはひとつ忠告をするような言い方で繋ぐ。

 

 その先はサクラにとって聞きたく無い言葉が待っているだろう。当たり前だ。追っ手がついてるかもしれない少女の旅に、息子が着いていって喜ぶ親はいない。

 

――サクラとは別行動にしろ。

 

 たとえいくら親身でも、いくら助けてくれても、絶対にそう言うだろうと、サクラは思った。

 

『サクラに迷惑をかけるなよ?』

 

 しかし、違った。シルバーは薄笑いを浮かべたような声色で、そう言った。サクラは思わず「え?」と言うが、サキはサクラの反応にこそ首を傾げ、彼女が誤魔化したのを見て通話に戻った。

 

「親父、ちとサクの件で手を貸して欲しい」

『ふん。甘やかすのは好きじゃないが聞くだけ聞いてやる』

「ウツギ第二研究所の所長にサクの存命を伝えた上で、頼み事をしたい」

『……頼み事は?』

「悪性のポケルスに侵されたミロカロスの治療環境が欲しい」

『分かった。話はしておこう』

 

 そして通話は終わる。忙しい身故に、電話は手短だった。

 

「よし、話通してくれるって――お前何を泣いてんの?」

 

 サクラへ振り向いたサキは、そう言って小首を傾げた。慌てて彼女は目元を拭うと、何でもないとそっぽを向く。ただ、唇は薄く開いて。

 

「シルバーさん、サキの旅止めなかったね」

 

 と、言った。

 

「なんだかんだ信用は得てるからな」

 

 と、サキ。

 

「まだ一二歳ってのが引っ掛かってただけで、俺自身自分でもこの頭のキレが普通じゃねえのは解ってる」

 

 その声色はどうして、自慢気ではなく、自嘲するかのように聞こえた。

 

「ま、邪魔をしねえ限りは親父も協力してくれるだろ……」

 

 その意図は汲みかねながら、サクラはただ彼の言葉にうんとだけ返した。

 

 扉がノックされ、ジョーイが部屋を尋ねてきたのはそんな頃合いだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。