天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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美しく醜いポケモン

 その後いくつかの観覧を終え、二人は石室を後にする。公な観覧スペースと言うと展示室の他はアンノーンが生息する大広間と、研究所の見学スペースくらいだ。まだ観光客は少ないのか、二人が展示室から出る際にすれ違った数人の学生服の少年少女ら以外に、人気はなかった。

 

「どうする?」

 

 と、サキは外の空気を掻き込むように伸びをし、サクラを臨む。んー、と唸って、彼女は先に大広間覗こうかと提案。サキは肩を竦めるようにして了解すると、二人は『アンノーン』が生息する大広間へ向かう。

 

 その入口に辿り着いた時だった。

 

『待て』

 

 人気に黙していたルギアが、二人を止める。少女は肩掛けにしているバッグを前に動かして、小声でどうかしたかと問う。外では誰が聞いているか解らない為、サキが辺りを見張るように見回した。特に人気は無い。知能の優れるルギアが、人気が無いとは言えこんな開けた場所で口を開くのは初めての事だった。ここは先程のように人が近付いて来た時にすぐに解る場所ではないからか、ルギアの声も割りと静けさがあった。

 

『主、南の方を臨めるか』

「南? 南って……」

 

 サキに助けを求めると、彼はひとつ空の日を確認し、多分あっちだと歩いて来た方とは逆を示す。と言っても大広間の入口を指差したのではなく、大広間の外壁を伝った先を差していた。

 

 サクラはうん? と小首を傾げた。

 

「あっちには湖畔があるだけだよ?」

 

 そう、サキの差した方角が間違っていなければ、その先には何もない。アルフ遺跡の石室は全て確認されたとされ、むしろ『この先行き止まり』と言う看板さえあるほどだ。

 

 しかし、ルギアは確信めいた声で、二人へ言う。

 

『声が聞こえる』

 

 僅か一歩、サクラが踏み出す。

 

『助けを求めている』

 

 ハッとした。ルギアのその言葉を聞いた途端に、少女はサキを残して駆け出した。その後を小首を傾げながら彼も追いかける。行き止まりまで少女が辿り着けば、そこには何もなく。ただ穏やかに水面を揺らす湖畔があるばかり。

 

「どこ? ルギア、どこなの?」

「……なんもねえじゃん」

 

 後ろに続いた彼が、そう言って歩を緩めてサクラの横に立つ。辺りが無人なのを確認してから、サクラは海鳴りの鈴をバッグから取り出した。

 

「ルギア? もしかしてこの先なの?」

 

 そう言って湖畔を促す。湖畔の先とあればサクラとサキに渡る術はなく、サキのワニノコにしか偵察も望めない。しかし、ルギアは『否』と言った。

 

『連れてきてくれたようだ』

 

 刹那、ザブンと大きな音をたて、湖畔の水面が大きく荒れた。飛沫が散って、思わず二人は三歩後ずさる。

 

「ウォフー」

 

 太く穏やかな声をあげ、その湖畔には凡そ似つかわしくないポケモンが、水面を割って現れた。

 

「ら、ラプラス!?」

「……嘘だろおい」

 

 その雄大な体躯。僅かに古代生物のような名残を見せる相貌には穏やかな瞳が宿り、青い身体を覆うように甲羅が――。

 

『否、彼女は呼んでいただけだ』

 

 甲羅の上に、肌色の何かが横たえていた。

 

 その姿にサクラは思わず目を見張る。

 

「な、何でこんなところに……」

 

サクラは呆然とするサキを尻目に、ラプラスへ駆け寄った。その長い首をもたげ、ラプラスは背に追うポケモンを彼女に委ねる。しかし、背に負われたポケモンは少女の力では持ち上がらない程の大きさで――。

 

「サキ! 手伝って!!」

「お、おう!」

 

 思わず檄を飛ばしてサキを呼ぶ。それでも持ち上がらず、少女はレオンとルーシーを出して、ラプラスの背中側から押させた。

 

 ザブン。

 

 少女にポケモンを引き渡すと、丁寧に一礼してからラプラスは水面の底へ帰って行った。その様子を尻目に、サクラは引き渡されたポケモンに声をかける。

 

「しっかりして。ねえ、聞こえる!?」

 

 そのポケモンは長い体躯を持ち、肌色が基調な胴に所々桃色が映えるポケモンだった。美しい鱗を持ち、相貌には長い睫毛のような触角。下半身は青い鱗で覆われ、尾には五本の巨大な鱗が映え、『世界で最も美しいポケモン』とされる身だった。少なくとも、種族的にはそうだった。

 

「ひでえ傷だ……」

「なんで、なんでこんな……」

 

 ミロカロス。サクラがワカバに居た頃には良くテレビで見ていたポケモンだった。その登場と言えば『美しさ』を競うポケモンコンテストが主で、役者や大富豪が美しく育てている気品漂うポケモンと言う印象。

 

 ジョウトには生息圏が無く、主にはホウエン地方を住みかにしているはずだ。序でに言ってしまえば進化前のヒンバスからミロカロスへ進化出来る固体はほんの一部で、人為的に半ば強制的な進化をさせる方法はあれど、野生の環境では滅多に見られない筈だ。

 

 しかし、そのポケモンは目前にいる。美しい筈の体躯に大きな傷を幾つも付け、醜い姿でそこに――。

 

『主!』

 

 水辺から上半身を出すミロカロスの目が開いたのと、ルギアが叫んだのはほとんど同時だった。

 

 飛沫をあげて水面から振り上げられた尾は、ミロカロスを介抱しようとしていたサクラとサキへ、寸分の違いなく降り下ろされる。

 

「きゃあ!」

「ってぇ!」

 

 サクラの悲鳴、サキの苦悶。

 

 目前のミロカロスは二人を尾で吹き飛ばし、悠然とその身を起こした。下半身でとぐろを巻き、上半身だけで易々と二人を見下ろす体躯は、川に生息圏を持つポケモンではかなり巨大な姿。

 

『主、無事か?』

 

 少女の手から溢れ落ちた鈴が、落ち着いた声で確認する。サクラは擦った足に痛みを覚えながらも、大丈夫と返す。

 

「ルー!」

「チィノ!!」

「てめえっ!」

 

 レオン、ルーシー、サキが三者三様に怒りを顕にした。レオンは身構え、ルーシーはサクラの前に立ちはだかり、サキはベルトのボールに手をかける。しかし、

 

「待って!」

 

 二匹と一人へ、サクラはそう言った。

 

「その子、戦えないよ」

 

 彼女は落ち着いてそう告げる。サキが「え?」と漏らし、レオンとルーシーがサクラの前まで陣を下げる。サクラは落ち着いていて、落とした鈴を拾い上げるとルギアに確認した。

 

『酷く興奮状態ではあるが、瀕死であるに違いない』

 

 ルギアは淡々と述べる。

 

「じゃあ、なんで」

「見て」

 

 サクラはミロカロスの尾を指差す。

 

 その尾は鱗を紫に染め、尾先にある筈の五枚の鱗の内一枚が無い様。そう、美しい筈のミロカロスには、あって成らない醜い姿。

 

「ロー……」

 

 ミロカロスはもたげた首を苦し気にゆらりゆらりと揺らす。その双眸もどこか朧気で、意識が朦朧としているのは一目で解る。

 

「ミロカロス、大丈夫。手当てするだけだから」

 

 そう言って近付こうとする彼女へ、しかしミロカロスは気高くももう一度、その尾を振るって少女を拒む。いや、その姿は気高くもなんともない。どう見ても怯えていた。

 

『諫めてみよう』

 

 ルギアはそう言って、鈴を淡く光らせた。サクラはこくりと頷いて、彼女の成り行きを見守る。

 

 すると少ししてから、ミロカロスは目を瞑った。

 

「……ロー」

 

 力無くそう言って、ミロカロスは崩れる。ずしんと言う音が響き、大地を揺らす。

 

『人間が怖い。そう言っていた』

「……ありがとう、ルギア」

 

 ひとつ礼を告げ、サクラは恐る恐るミロカロスへ近付いた。制止するサキへ大丈夫と告げ、万が一の為かレオンが脇に着いてきた。

 

「ミロカロス、少し凍みるけど我慢してね」

 

 傷口へ非常用に持ってきた傷薬をかけてやる。苦悶の声をあげてのたうつミロカロスだったが、しかし反撃はなかった。

 

 その後サクラは彼女をボールに収め、サキと共にキキョウシティのポケモンセンターへ急いで行った。


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