食事を終え、歯磨きを終えると、サクラは荷物を小さめのトートバッグに纏めた。非常用の傷薬を幾つかと、PSS、トレーナーカード等が入ったカードケース、財布、そしてあまり使う機会は見当たらないがモンスターボール、加えて海鳴りの鈴を入れ、それでバッグの用意は整った。ベルトをつけ、レオンとルーシーをモンスターボールに入れる。アタッチメントは二匹と、一番後ろに紫色のマスターボール。その装いを隠すようにカーディガンを羽織って、髪を縛り、支度は整った。
食後の食器を持って部屋を出る。施錠をしっかりとして、隣の部屋の扉を叩いた。
「サキー、用意出来たよー」
『開いてるから入って』
言われて鍵をカーディガンのポケットにしまい、ノブを捻った。中へ入ると、サキは身支度を終えた姿で、膝の上にニューラを抱いていた。背を櫛でといていて、一目に毛繕いをしてやってるのだと理解する。
「へえ、サキって毛繕い出来るんだ」
「サクはしねえの?」
「出来るけど、レオンは自分でやっちゃうし、ルーちゃんは毛繕いいらないから」
ああ、とサキは返す。
レオンことチラチーノは綺麗好きで、自分の毛並みには拘りがある。化粧油が混じったオイルをあげれば、それで勝手に繕ってしまうのだ。むしろ下手に触ると尻尾のコーティングが剥げてしまい、途端に不機嫌になる。一応ルーシーも含め、マッサージくらいはしてあげているが、それ以上は二匹とも奔放そのものだ。
「ねえねえ、今度私にやらせてよ」
「んー、まあシャノンが良いつったらな」
「ありがと」
そのシャノンであるが、どうやらサキの毛繕いは気に入っているようで、気持ち良さそうに朗らかな表情をしていた。彼女を唸らせるには相当な腕が必要そうだろう。サクラは礼を述べたものの、半ば無理だろうなと察した。
「良し」
サキが一声出すと、シャノンは膝から飛び下り、身体を軽く揺すって解した。その動作が落ち着いてから、モンスターボールに入れる。
「じゃ、行くか」
サキはそう言って立ち上がった。ルギアが気にかけている程深刻な争いではなかったからか、二人は特に気にした様子もなくポケモンセンターを出て、予定通りアルフ遺跡へ向かった。
道のりは穏やかで、町を出て三〇分も歩けば辿り着く。その間ゲートは無く、アルフ遺跡までがキキョウシティと同じ管理を受けているようだった。
遺跡に辿り着いてすぐ、サクラは石室へとサキの腕を引いた。
「ねえねえ、ほら見てよ! これポケモンが作ったんだよ!? 信じられる!?」
石室に入ったら入ったで、サクラは息を荒くしてサキに訴えた。彼女が指差すのは幾何学的な模様が掘られた石板。整備がされた石室なので、ガラスケースに入れられた展示用だった。
朝早くから一直線に来た為、他に訪れている人は見当たらない。しかし少女の甲高い声とはやはり良く響くもので、サキはうんざりしたかのようにリフレインするサクラの声を聞き続けた。
「これがアンノーン!」
そう言ってガラスケースの中に収められた石板を指差す。今となっては有名で、形様々なアンノーンの一覧表たる石板は辺境育ちのサキでも文献で知っていた。
「これが古代人が造ったポケモン像!」
次にサクラが提示したのは半ば風化したポケモンの像の写真。現物は別所にあり、移動すると崩れてしまう恐れがある為、写真での展示との事だった。
「これが――」
そして次にサクラが指差そうとして、そこで動作を止めた。
「ん?」
半ば聞き流していたサキが、彼女の視線を追う。
両の羽根を、まるで円を描くが如く開いたポケモンの姿。神々しく描かれ、一目に神格化されているポケモンだと理解出来る。
「これが……ホウオウ。お父さんのポケモン」
「……だな。家にも資料があるよ」
「うん、見た」
そのポケモンの石板はやはりガラスケースに収められ、注釈として『古代に神として崇められたポケモン』とある。
『私の対なる存在だ』
「え?」
「うわっ」
驚いたサキが一歩後ずさる。その様子に目線で謝り、サクラは辺りに人気が無いのを確認してから『海鳴りの鈴』をバッグから取り出す。
「対って、どういう事?」
サクラはひとつ、素朴な質問をした。
『主ら人間が定めたと言えるが、天の神のホウオウ、海の神のルギアとして、彼と私は奉られていた』
ああ、と頷いてサキが横からサクラにフォローを入れる。
「珍しい事じゃない。ホウエンの『カイオーガ』と『グラードン』や、シンオウの『ディアルガ』と『パルキア』、イッシュの『レシラム』と『ゼクロム』、カロスの『ゼルネアス』と『イベルタル』。対なす神の争いがあってこそ、それぞれの大地は成り立ったって、親父の持ってた本に書いてあったな」
事も無げに、サクラが耳にした事の無い名前をサキは並べた。その様子に感嘆していると、ルギアが続ける。
『如何にも。私と彼は天と海で争い、その結果この地方には文明が誕生した』
「文明……」
『左様。私と彼が主ら人間にもたらしたのは知恵と言われている』
「ホウエンは陸と海の自然。シンオウは時間と空間の概念。イッシュは陰陽……つまりエネルギーかな。カロスは善悪の意思を司るって言われてる」
サキの博識にサクラはおお、と唸る。つまりはルギアとホウオウは人間に知恵を与え、文明をもたらしたと言う事。と、サキは補足した。
「カントーは?」
「カントーには対なる神は居ない。代わりに三匹の霊鳥が居て、炎、電気、氷を司るから、気候をもたらしたとも考えられてるな」
「三匹の霊鳥……って、スイクン達と同じ?」
「おそらくな。けどだからってカントーに伝説が無いわけじゃなくて。カントーにはカントーで、『ミュウ』が、他地方の幻のポケモンとは違って人の前に姿を現す頻度が多かったとか」
へえ、とサクラは関心する。遺跡に連れてきてから反応が薄いとは思ったが、特に古代の伝説に興味が無い訳ではないんだと思った。その博識はむしろサクラより余程マニアックだ。
『主の友よ。若い身で中々に博識であるな』
と、ルギア。どうやらサクラと同じく関心を抱いたらしい。
「別に。白銀山に居た頃はそれぐらいしか楽しみが無かっただけだよ」
「あ、ごめんね……」
「だから気にしてねえって」
事も無げにサキは言う。
「んで、そのホウオウがどうかしたのかよ」
「あ、そうだね。ルギア、どう思う?」
思い出したかのように話を振る。
『否、忘れかけていた昔話だ。だがその頃は確かに、私は主ら人間が渦巻き列島と呼ぶ海域に身を寄せていた』
なるほど。サクラはひとつ頷いて、それから? と促した。
『やはり不確かだ。その次の記憶は、主の母君に出会った時に移ろう』
「その前の事は?」
『……不確かだ』
「そっか。でも昔は渦巻き列島に居たのなら、行けば思い出せるかもね」
『痛み入る』
サクラとサキは目を合わせ、頷いた。やはり行ってみるしか無さそうだ。
その時、入口の方から人が会話する声が聞こえ、サクラは小声で「ありがと」と溢すと、鞄の中へ鈴をしまった。
・注意
サキが語る伝記内容は一部作者の妄想・過剰表現が含まれます。
追記→因みに正しい伝記については、ピクシブ大百科の『伝説のポケモン』や、『ゴキブロス』で調べれば出てきます。