その日、二人は外食をした。
ポケモンセンターに戻れば無償で食事が用意されるのだが、サクラを気遣ったらしいサキが、ネオン街を指差して「あんなの初めて見た」と、態とらしくもそれっぽい事を言った為だ。
路銀はある程度シルバーが工面してくれており、加えて自活していたサクラは元の貯金――ワカバの一件以後使えるか不安だったが、シルバーが同じ額の入ったカードを用意してくれた――がある。あまり裕福には使えない物だったが、眉間に皺を寄せて倹約しなければならない程でもない。
割とリーズナブルなレストランを見つけ、二人はそこで夕食を共にした。
「すげえ、まさかこんな都会でこんな野菜が食えるとは……」
目の前に並んだサラダの大群に、いたく感動した様子のサキ。
対するサクラはパンとスープだけを目の前に置いて、サクラは溜め息混じりにサキへ呆れた視線を向ける。
「サラダばっか五皿も頼んで……」
その言葉に、サキはムッとしたような顔付きを浮かべた。
「俺が何食おうと勝手だろ? それにサラダは身体に良いんだ。文句ねえだろ」
「……そうだね」
――でも、あんたの年頃ってお肉とかが好きなんじゃないの?
と、言いかけて、サクラは改めた。
サキはあまり気にした様子を見せないが、『同じ年頃の子供』と言う言葉に良い気はしないだろう。そう思った。
そんな気遣いを知ってか知らずか、彼は野菜ばかりの皿を順番に食べていく。
その内こちらへ向き直ってくると、にっこりと笑った。
「やっぱ悩んだ時は飯だろ」
「……なにそれ」
夕方までのハイテンションはすっかり失くしてしまったサクラだが、サキの笑顔につられてくすりと笑った。
「食ったらさっさと戻ってさっさと寝ようぜ。明日はアルフ遺跡だろ?」
「うん。そうだね」
良く気遣いの出来る子供だと思う。
サクラも他人の心情を汲む事は多いが、サキのそれは年齢や普段見せる幼さとはかけ離れたものだ。人と関わりが薄い人生を送ってきた彼の筈だが、中々どうしてそれは特別気になった。
笑顔の使いどころが巧く、サクラが気にするであろう表現を自然にかわしている。それを言わずして話が進まない時は、話の最後に気分が乗るような言い回しを持ってくる。
今の語り口調も、「戻って」と、サクラにとって先の出来事を彷彿させる発言ながら、彼女が行きたがった「アルフ遺跡」をきちんと餌として置いていた。
やはり、出来すぎているようにも見える……。
「ねえ、サキ?」
いよいよ気になって、サクラは改まって声を掛けた。
「……何だよ」
今に口に放り込もうとしたサラダを目の前で止め、彼は怪訝な表情で問い返してくる。
そんな子供っぽい所作に、不意に違和感を感じながら、サクラは小首を傾げた。
「あんた……ほんとに一二歳?」
「ああ?」
少年の眉がハの字を浮かべて呆れたような表情になる。
「お前、それ……俺がチビだって馬鹿にしてんのか?」
いや、むしろ逆の意味に捉えて怒っていたらしい。
今度はサクラが呆れた。
「違うよ。サキが年相応に見えない程頑張ってるから、むしろ褒めてるの」
自分で聞いても無理矢理な言い回しだ。
褒めてるように受け取れとは、多少なりとも無理がある言い方だったろうと、サクラ自身解っていた。しかしそう言われた彼はサラダを口に放り込むと、咀嚼して飲み込んでから溜め息を一つ。
「サクが子供なだけだろ」
――前言撤回。やはりこいつは生意気なガキんちょだ。
深い、とても深い溜め息をサクラはついた。
倣って何故かサキも溜め息をついたものだから、帰路は険悪としたムードに包まれた。
※
さて、翌日である。
「いったぁーい!」
予定通り? チラチーノに叩かれてサクラは目を覚ます。寝惚け眼をすっ飛ばして瞬時に目覚めた彼女は、如何にも憤慨そうにしている彼へお礼の抱擁、朝の挨拶を済ませた。機嫌を治した彼に、もうひとりの寝坊助を「優しく起こしてあげて」と頼み、洗面所へ向かった。
ポケモンセンターの宿泊施設は基本的に風呂、トイレ共に共同だ。しかし水ポケモンのケアが必要な場合に備えて、ついでに人間も使えるような洗面所が室内に用意されている。
顔を洗ってから、寝間着を脱ぎ、新たに短いスカートとパーカーを着た。
「んー……。どうも馴れないなぁ」
普段はワンピースばかり着ている少女は、そう言って洗面所の鏡の前で身体を軽く動かして衣装チェックをする。二匹を呼んで、顔を洗わせがてら聞いてみると、理解してかしてないのか、二匹共に目を逸らした。……酷い話だ。
顔立ちに合ってないんだろうなと思いつつ、溜め息混じりにリュックサックから化粧ポーチを取り出した。因みに化粧をしたあとに改めて二匹へ「どうかな?」と聞けば、二匹共に深く頷いた。……本当に酷い話だ。
そんな茶番劇をしていると、部屋のインターフォンが鳴った。返事を返して、扉を開ける。
「おはようございます。予約された朝食を持ってきましたよ」
笑顔のジョーイが、お盆を持って立っていた。昨日、夜になって帰って来た時には別のジョーイに交代していたらしく、特に何も言われる事はなかった。しかしサクラは、今目前にいるジョーイは、おそらく昨日やりとりをした当人だと察した。
顔に違いは見当たらない。背格好も差が分からない。ただ、物腰の柔らかさが、いつも接しているジョーイ達の姿と比べると何かしら違和感を覚えた。
こう言う時、サクラは先手必勝と自分に言い聞かせる。
「昨日はすみませんでした!」
そう言って、お盆を受け取る前に彼女へ申し出た。サクラの言葉に少し驚き、彼女は首を横に振った。
「いいえ、私こそ失礼極まり無かったわ。ごめんなさいね」
そう言ってジョーイは微笑む。
罪悪感を圧し殺しながら、サクラは「とんでもないです」と告げて、彼女から盆を受け取った。
「トレーナー一人、チラチーノ、ドレディア、あとは持ち出し用の大型ポケモン用のフード。間違いないかしら?」
「はい。ありがとうございます」
一礼を交わすと、ジョーイは隣の部屋へ向かって行った。ゆっくり扉を閉め、小声で口に出してごめんなさいと告げる。
言っても仕方の無い事で、更には打ち明ける方が彼女にも迷惑をかけるだろう。それはきちんと理解出来ていた。だからこそ、罪悪感の処理はちゃんと自分自身でしなければならない。それが昨日湖畔を見ながら考えた末の結論だった。
「……さて!」
思いを払拭するように、サクラはそう言って、お盆を持ったまま振り返った。二匹の相棒が彼女を待っている。
「ご飯食べよっか」
そう言って彼女は備え付けのテーブルまで歩いて行った。
ポケモンセンターの宿泊施設は、あくまでも無償の範囲。最低限の設備しか整っていない。備え付けのテーブルはあっても、椅子は無い。つまるところベッドに腰かけて食べろと言う事である。
まあ、個室なだけで十二分なのだが。
チラチーノ用のフードをレオンの前に、ドレディア用のフードをルーシーの前に置くと、リュックサックから『海鳴りの鈴』を取り出して、テーブルの上に置く。鈴は淡く光っており、ルギアも『意識的には』目を覚ましていると教えてくれる。
「おはよう、ルギア」
『御早う、主よ』
「大丈夫? 昨日から何も食べてないけどお腹減ってない?」
『肉体は休眠にあるが故、今暫くは問題無い』
「そっか。でも出してあげられる時は限られてるから、お腹減りそうだなと思ったら言ってね?」
『心遣い、有り難く』
それじゃ、と告げて、一同の主たる少女は食事の挨拶を交わす。レオンとルーシーは一声鳴き、ルギアは形だけ挨拶に加わった。
『ところで主』
「ん?」
簡単な食事だが、ゆっくりと咀嚼しながら食べていた。その隙間を見計らってか、ルギアは彼女を呼ぶ。一度手を止めて聞きの体勢になると、ルギアは食事を進めながら聞いてくれと言う。
『主はあのサキと言うトレーナーと深い仲なのか?』
ぶっと、汚ならしく少女は吹き出した。食事を勧めたくせにこのポケモンは何て事を言うのかと、まだ口に何も含んでいなかった彼女は今度こそ手を止めて否定する。
「深い仲もなにも、まだ会ってから数日だよ!」
『その割に息が――』
「合ってません!!」
キッパリ否定する。
「……まあ、居てくれて助かっているけどね」
『成る程』
ルギアは得心いったような声色を漏らす。サクラはそれがどうかしたかと聞き返した。
『否、昨日喧嘩したと枕元でぼやいていたので、少し気になった』
「そっか、ごめんね。ありがとう」
『否、かの者へかましてやるエアロブラストはいつでも用意出来ている』
「……やめなさい」
『心得た』
何とも物騒な事を言い出した。エアロブラストがなんたるかは知らないが、おそらく今サクラはサキの命を一度救っただろう。
なるほど、どうやらこのポケモンは過保護らしい。
ふと下を見ると、レオンが真っ青な顔をして震えていた。
「あ、因みにレオンが毎朝私に『目覚ましビンタ』してるのは、起こしてくれてるんだよ?」
『……そうか、心得た』
レオンは長い長い溜め息をついた。なるほど、やはりそうだったらしい。横でクスクスと笑うルーシーも、何処かひきつった笑い方だった。
修正メモ
※
まで