天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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リラックス

 植物園に入れば、まるで楽園のような景色が広がっていた。

 

 円形の丘には草原が広がり、その周囲を巨大な樹木が満たした空間だった。

 建物自体は巨大なビニールハウスのようになっており、中は初夏を思わせる程に温かい。きっと冬場でも朗らかな気候を保つ為だろう。

 

 爽快な景色。

 『植物園』と言うよりは、巨大な公園に近く、丘の麓に広がる一帯は花畑のようだと言っても過言ではない。

 

 嬉しい事に、戦闘こそ厳禁であるものの、ポケモンを自由に出して良いのだとか。

 それも相まって、以前友人と行ったコガネシティの自然公園を思い起こす。無論、規模はあちらの方がずっと大きいが……。

 しかしながら、水辺のポケモンや炎タイプのポケモンには少しばかり馴染み辛い場所ではあるものの、広がる草花にはポケモン達も心癒されるだろう。そこは自然公園と変わり無さそうだ。

 

「レオン、ルーちゃん、出ておいで」

「シャノン、キバゴ、遊んでこい」

 

 二人は大きな声を上げて、モンスターボールを展開する。

 サクラの元にチラチーノとドレディアが、サキの元にニューラと、目がパッチりとした幼い恐竜のようなポケモンのキバゴが現れる。彼の持つポケモンは三匹で、あとはワニノコもいるのだが……ワニノコにとっては、少々遊び辛いのだろう。

 

 丘を昇って見晴らしの良い所へ行くと、サクラは深く息を吸い込んだ。

 鼻腔をくすぐる多種多様な花の香りは、それでいて絶妙にリラックス出来る香りだった。その効果が早速作用したらしいルーシーは、自らのテリトリーであるにも関わらず、早速眠りこけている。

 まあ、彼女の場合はどこであれど眠っている姿が良く似合うのだが……。

 

「へえ、植物園っつうからもっと堅苦しいもんだと思ったんだけど……これはこれで悪くねえな」

 

 サクラが近場のベンチに腰を降ろせば、傍らへ歩み寄ってきたサキが、そんな感想を零す。

 不意に視線を向ければ、早速と言わんばかりにじゃれあっているレオンとキバゴを、微笑ましげに見ているようだった。

 

 サクラは彼に微笑みかけ、丘の周囲にある花畑を指差した。

 

「詳しく見たいなら端っこ回ると良いんだよ。中央はこんな感じで、円周上に色んな草花やポケモンが居るの」

「そっか……。んじゃ、後でそっちも覗こうぜ」

「んだね」

 

 気に入ってくれたようで幸いだ。

 サクラはふっと笑うと、ポケモン達を見やる。

 

 レオンとキバゴは相性が良いようだし、眠りこけたルーシーの横には、腕を組んで寝転がるシャノンの姿も認められた。

 どうやらポケモン達も気に入ってくれているようだ。

 

 とすれば……サキが唐突に「しゃあねえなあ」とごちる。

 うん? と、視線を向ければ、彼は今正に降ろそうとしていた腰を、再度上げていた。そのままベルトを弄って……ボールを投げる。

 

 閃光から飛び出したワニノコは、肩越しに振り返ってきて、嬉しそうな顔をする。そのままレオンとキバゴの元へ駆けて行った。

 あまり適さない場所である筈のワニノコだが、早速と言わんばかりにキバゴとレオンに飛び付いた。そのまま三匹で、元気良くじゃれあいだす。

 

 サクラは小首を傾げて、今度こそ腰を降ろしたサキを振り向く。

 

「いいの? ワニノコ……後で大変そうだけど」

 

 そう問い掛けた。

 すると彼は、頭の後ろで腕を組んで、さぞ面倒臭そうに唇を尖らせた。

 

「だってボールカタカタ鳴ってうっせーんだもん」

「仲間外れだと思ったのかな……。花粉症とかならないと良いけど」

「少しの間なら平気だろ」

 

 サキの投げやりな返事を受け、僅かに脱力する。

 ふうと息を吐いて、昼の陽射しが射し込んできている天窓を見上げた。

 何とも良い気候だった。

 人の身体に適した気温が維持されており、草花の匂いがセラピーのように身体をリラックスさせる。おまけに外は快晴だ。

 

 ふと、サクラはワカバタウンの事を思い馳せる。

 

 あれから一週間と少し。

 サキに励まされ、レオンとルーシーに励まされ、ルギアともゆっくり話す機会があった。そのお陰か当時は辛くて仕方なかった記憶が、感情が、褪せていくのを感じた。

 

――これで良いのかなぁ。

 

 そんな風に思う。

 勿論、旅に出る事は必要だったし、そこにサキが一緒に着いてきてくれたのは嬉しい事だ。しかし、こんなほのぼのとした日々を送っていては、バチが当たりそうだと思えてしまうのだ。

 

 冷静に考えればサクラは被害者で、ルギアも昔の事はさておいて、あの場において悪い事は何もしていない。大規模テロと片付けられた一件を、恨みこそすれ、サクラが罪に思うのは、果たして傲慢な気さえする……。

 それでも思い出す度に罪悪感は蘇る。

 一人ルギアに乗ってワカバを離れたあの夜を、サクラは一生忘れられそうもない。

 

「サクラ?」

 

 不意に掛けられた声に、サクラは隣の少年を首だけで振り返る。

 どこか呆れたような表情で、少年は自分を見詰めていた。

 

「……うん?」

「難しい顔してるのはその顔に似合うけど、あんま考えすぎんのは良くねえぞ」

「……うん」

 

 彼にも心配ばかりを掛けている。

 いや、心配だけではなく、苦労まで強いているのが現状だ。

 

 彼が人一倍サクラを気に掛けてくれている事は理解しているし、感謝もしている。だが、彼をこのままずるずると巻き込んで良いものかは、ずっと悩んで、なし崩し的に今に至る。この話をすれば、彼は父を理由にするだろうが、シルバーだってこんな危険な旅に息子を巻き込まれて良い気な筈が無いだろうと思う。

 そのシルバーも……そう、何かを隠している。冷静になってあの夜を思い出せば出すほど、何かを隠しているのは良く解った。

 ルギアについて知りすぎている。それに、全てはサクラから無理矢理ルギアを取り上げて、協会で管理した方が良いに決まっている。その方がサクラ自身安全だし、ルギアの身も安全だろう。

 

 だが、それを怪しんでいいのか、疑うべきなのかさえ……。

 

――ワカラナイ。

 

 溜め息ひとつ。

 

 サクラは気だるさを覚えながら、隣の少年へと再び視線を寄せる。

 

「……ねえ、サキ?」

「ん?」

 

 ゆっくりと身を起こして、膝の上で腕を組む。

 再度ふうと息をついて、少年を見やる。

 

「ルギアって何なんだろ? 渦巻き列島の沈没に関係あるらしいけど、当時の話は私も詳しく無いし……」

 

 すると少年は、顎を撫でてしかめっ面を浮かべた。

 

「んー……。まあ俺にもわかんねえのは解ってるんだろうけど、やっぱそれは図書館や現地見て調べるっきゃねえんじゃねえの?」

「……そっかぁ」

 

 少年の回答に、落胆。

 まあ、彼が揶揄する通り、明確な()()を期待していた訳ではない。彼は察しが良いので、もしも知っているのであれば、既に教えてくれていると思えるからだ。

 

 とはいえ、サクラが知っている事なんて、本当に限られている。

 何せ生まれる前の話なのだから。

 

 過去の大水害。

 渦巻き列島が海の中へ沈み、近隣に住居をおいていた凡そ千人が命を落とした。そう知識として()()()()()

 それにルギアが関係していたとシルバーは言ったが、果たしてどういう意味かはさっぱり解らないままだった。

 一応当人に聞いては見たものの、返ってきた返事は『記憶に不確かだ』と、覚えていないと言う事だ。

 

 つまり、サキの言う通り、当時の水害を調べる事から始めるしかない……。

 随分と漠然とした目標で、それを調べたところで解答が待っているとも思えない。

 

「悩んでてもしゃあねえだろ」

 

 一頻り首を傾げていれば、サキはそう言って背伸びをした。

 改まってくる彼の表情は、どこか呆れたようにも、朗らかにも見えた。

 

 薄らと笑顔を浮かべて、少年は唇を開く。

 

「過ぎた事は取り返せねえ。でも次起こらないようには出来る。……その為には?」

 

 おまけと言わんばかりに、顔へ指を突きつけられた。

 

 瞬時に思考して、サクラは浅く頷く。

 自然と頬がほころんだ。

 

「私が強くなる事。ルギアをもっと知って原因を知る事」

 

 だな。と言って、サキは頷いた。

 中々どうして、彼は一二歳と思えない思慮深さを見せる。

 得意げに宙へ人差し指を立てて、彼は肩を竦めた。

 

「強くなるつっても力量だけじゃダメだぞ? 肩書きもいる。それはトレーナーとしての力を発揮するのに必要だ」

 

 サクラは頷いて返す。

 

「うん、そうだね。バッジ無いと入れない所もあるし」

「そう言う事」

 

 つまりはどうするか? 手近な所はキキョウシティのジムを突破するっきゃねえだろと、彼は言う。

 どこか胸の奥に暖かいものを感じながら、やはりサクラは頷いて返した。

 

「まあその前に……その考え込む癖が少しでも抜けるよう、休憩がてら少し遊ぼうぜ?」

 

 少年の存在に有り難さを感じ、サクラは薄く笑ってみせた。


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