天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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キキョウシティ

 翌朝、サクラはたっぷり三〇分寝坊をしてくれた。

 サキが何度声を掛けても起きず、勝手に彼女のレオンを出すのは憚られ、テントを畳む際に至って漸く無理矢理起こしたのだ。勿論、全力で起こしにかかれば何とかなるものだ。端からそれをしないのは……少女の寝顔とは、少年の身には酷なのだ。

 色んな意味で。

 

「はあ、先が思いやられる……」

「ごめんねぇ」

 

 トーストをかじりながら、纏めた荷物に腰掛けて罰が悪そうにするサクラ。

 その姿を尻目にして、全ての支度を終えたサキは、朝だというのにとても疲れた顔をした。もう溜め息ばっかりだ。

 

「そうだ……化粧、忘れんなよ?」

「うん。解ってる」

 

 そんな二人の会話は、サクラが着替えを持って茂みに向かった頃のもの。

 サキがやっかむほど少女の顔立ちは悪くないし、化粧をしなければならない年頃ではないのだが、しかしこれには別の理由があった。

 

 サクラは『サク』として、ある程度の変装を余儀無くされた。

 それはサクラが死んだという誤報を成る丈利用しつつ進む為であり、知人に出会して下手に騒ぎになって、『サクラここにあり』等と騒ぎ立てない為でもある。

 元々キキョウシティが近くなったらそこで化粧と変装を終える予定だったが、予定外に一晩野宿する羽目になったので、それなら朝のうちにしてしまおうというのだ。

 

「よし、おっけー」

 

 僅か一〇分。

 肌がまだ瑞々しい少女の化粧は、随分手早く済んだらしい。

 その実、彼女は公の場に招待される事も何度かあった為、化粧をするのは初めてではないんだとか。確か以前この話題をした際、そんな事を言っていた。

 

 茂みから出てきた彼女を振り返って、サキは思わず感嘆した。

 

「おお、すんげえ化けた」

「失礼なー」

 

 アイシャドウを濃い目に、少し大人びた雰囲気を思わせるような化粧だった。

 それは幼顔のサクラに、しかし絶妙に合わさっている。僅かながらも艶やかな雰囲気を漂わせていて、普段とは真逆の印象を抱かせた。

 ついでにシルバーがその昔使っていた眼鏡――前にPSSで連絡をとった際に、彼から使うようにと言われた――を掛け、髪を短いながら一筋に纏めてやると、その姿はまさしく別人。

 普段ののほほんとした雰囲気とは対称的に、キリッとした理知的な雰囲気と、ボーイッシュな雰囲気が合わさった姿になっていた。

 更に服装はサクラの趣味ではないらしい丈の短いチェックのスカートと、袖がない白いニット。上から薄手のカーディガンを羽織って、白いハットを被れば……最早サクラっぽさはどこへやら。

 

 馬子にも衣装とは、この事か。

 いや、別に元の姿がみすぼらしい訳ではないが……。

 

 ともあれ、サキは二度、三度と頷いて、絶賛した。

 

「なんか頭良さそう」

「えっ、ほんとに!?」

 

 サキの素直な感想に、サクラはにっこり笑った。

 照れるでもなく彼は頷き、「見た目だけな」と含み笑い。

 

「むー、サキの意地悪……」

 

 むくれたように頬を膨らませ、大人びた顔付きに幼い怒りの様子を浮かべる。

 その姿には「あざとい」と言って笑い、その日の旅は始まった。

 

 

 昨日は先の見えぬ夜道を適当に進んで来たものだが、何だかんだキキョウシティには近付いていたようだ。すぐにサクラが見知った道へ出て、昼前には街と道路を隔てるゲートに着いた。

 ヨシノやワカバと言った小さな町にはあまり見受けられないが、キキョウシティはヨシノシティよりも都会だ。その為、治安維持の意識が強く、街へ入るにはこういったゲートで、身分証明書を提示する事が義務づけられていたりする。

 空を飛ぶで街へ直接降りたとて、すぐに監視員が飛んできて身分証明書の提示を求められるんだ。と、サクラはサキへどこか自慢げに教えた。あまり街に慣れていないサキは、小さく感心した声を漏らして、二人でゲートの入口に並ぶ。

 

 身分証明書の確認にはあまり時間を要さない筈だったが……何せ今は、ワカバタウンが謎の襲撃者に壊滅させられたという、大事件のすぐ後だ。少しばかり監査が厳しくなったのか、ゲートには先客が五人程並んでいた。言うに、厳戒態勢なのだろう。

 その最後尾に並んで、サクラはふうと息を吐く。

 とすれば、不意にサキが肩を叩いてきた。

 

 振り向けば、彼は口元に手を添えて、小さな声を出した。

 

「間違っても前のトレーナーカード出すなよ?」

 

 内心ハッとしつつ、サクラは頷いて返す。

 無論、理由は言わずもがなだろう……何の為に変装までしているのか。

 しかしながら、このゲートの監視員とは軽口を叩き合う仲だったが、そう言う人とも関わりを持たないようにしなければならないのだと、ここに至って改めて自覚した。

 少しばかり寂しい気持ちにもなる。

 

「次の方どうぞー」

 

 やがて呼ばれて、先にサクラが向かう。

 

 シルバーに用意してもらったトレーナーカードを出す。

 監視員はやはり、サクラの見知った顔だった。

 いつもより少し低めな声を意識して、名乗る。

 

「シロガネサクです」

「渡航の目的は?」

「旅の道中です。ジムにもお邪魔させていただこうかと思っています」

「滞在予定は?」

「未定ですが……一週間程かと」

「わかりました。それでは特出すべき所持ポケモンはお持ちですか?」

 

 そう言われ、サクラはハッとして小さく声を漏らす。

 そう言えばそうだったと思いだし、リュックサックのポケットからカードケースを取り出す。中から厚手のプラスチックカードを一枚取り出して、それをそのまま監視員に提示した。

 

 カードを受け取って、監視員は訝しげにそれを改める。

 

「ポケモン協会認定、第一種危険ポケモン監視者……。差し支え無ければポケモンの名前をお伺いしても?」

「すみません。秘匿事項です」

「担当の方は?」

「協会会長のシルバーさんです」

 

 少し雲行きが怪しくなったが、シルバーの名を出すと監視員はカードの裏を改めた。

 そこには疑いようの無い、『Silver』の印。

 

 ふうと息を吐いて、監視員は笑顔を浮かべる。

 

「わかりました。公務の所、申し訳ありません」

 

 そう言って、頭を下げられた。

 返されたカードを受け取り、サクラも小さく会釈を返した。

 

「いえ、こちらこそ失礼しました」

「良い旅を」

「ありがとう」

 

 最後に所持ポケモンの改めとして、別の監視員の元へ行く。

 チラチーノ、ドレディア、認定ポケモンと告げ、チラチーノとドレディアだけを提示した。先のやり取りを見ていたらしい監視員は、手早く改めると、「お気をつけて」と添えて、ゲートの出口を促してくれた。

 

 後ろを振り返ると、サキがたどたどしく受け答えをしている。

 自分がきちんと抜けられた事にほっとしつつも、出口を抜けずに彼を待った。

 以前通った時よりもかなり厳しく検査されたが、サキは特に問題無いだろう。

 

 それはそうと……シルバーの用意周到さに、サクラは驚くばかりだった。

 『第一種危険ポケモン監視者』が何を表すかは知らないが、要するに『存在自体が秘匿と認定しているポケモンの証明書』だと言う事だろう。

 ジムやこう言ったゲートを通る際、所持ポケモンの提示には、このカードを提示して、ルギアを見せないようにと言われた。

 きちんと巧く手を回してくれた彼に感謝しつつ、改めて自分が恐ろしいポケモンを所持していると自覚する。

 

 因みにルギアは今、眠りについており、鈴も光と音を鎮めていた。

 当人曰くは『必要な時に目覚める』との事。

 寝ていながらそれをどうやって察知するのか……とは思うが、つまるところ普段通りにしていればいいと言う事だった。

 

「お待たせ。……かたっくるしい検査だなぁ」

「まあまあ、仕方ないって」

 

 合流した二人はそう言葉を交わしつつ、出口を抜ける。

 

 ワカバタウンが崩壊して、まだ一週間と少ししか経っていない。

 メディアが取り上げる回数こそ減ってはいるが、人の記憶にはまだまだ新しいものだ。

 きっとキキョウに限らず、どこもかしこも厳戒態勢だろう。もしかするとカントーや他の地方でも、こういった対策をとっているかもしれない。

 

 そんな事を考えつつ、ゲートを抜ける。

 視界が開けると、サキが隣で「おお」と声を上げた。

 サクラは「うん?」と、驚嘆する彼へ小首を傾げて改まる。

 

「あれ? サキってキキョウに来るの初めてなの?」

 

 するとサキは、興奮冷めやらぬ様子で振り返ってきた。

 こくりこくりと二度頷く。

 

「ヨシノで事足りるから、ゲートの手前までしか来た事無かったんだよ」

「嘘。ほんとに?」

「ああ、サクの支度もヨシノで揃えたしな」

「その節はどーも」

 

 サクラは得心いって、微笑ましいサキの様子にうんうんと頷く。

 

 キキョウシティ。

 風情溢れる『塔』があり、湖と合わせて楽しめる美しい景色には、定評がある。

 かと思えば、街の西側は都会的な風景が広がっており、そちらはそちらで近代的な景色も持っている。

 かつては『塔』が修業の地とされ、ジョウト地方における『ポケモンスクール』発祥の地としても名を馳せていたが……今では『ポケモンスクール』はコガネに本拠地を移し、『マダツボミの塔』も経年劣化から鑑賞用として残るばかり。

 昔馴染みな観光スポットが無くなっているキキョウシティだが、この地は今でも広く親しまれる土地だった。

 その理由が――。

 

「おい、サク。あっちに植物園があるってよ」

 

 サキが看板を指差して、笑顔で話し掛けてくる。

 サクラは頷いて返す。

 

「うんうん。キキョウは植物園や動物園が固まってるからね」

「へえ……面白そうだな?」

「ポケセン行ったら覗いてみよっか」

「行く行く。草タイプのポケモンとか、ここらじゃマダツボミくらいしか見ねえもんな」

 

 キキョウシティは立地上、エンジュに近いし、大都会コガネにも近い。長い道路を挟むがヒワダにも近いと言える。加えてヨシノにも近い。

 観光スポットとして栄えるには十分に恵まれた土地で、尚且つポケモンスクールがあった事から、様々なポケモンが馴染めるように改良されてきた土地だった。

 故にこうして、ジョウト中の動植物を楽しめるスポットが出来上がった。

 最近では博物館も出来るとかなんとか。

 

 勿論、それらの施設には多くのポケモンが居る。

 ポケモン図鑑が先の功労者によって完成してから、そう言った需要は激減しているものの……それでも普段見ないポケモンを知るにはとても良い機会ではあった。

 サクラはあまり使わないが、PSSには図鑑だって内蔵されている。それを用いれば、更に詳しく勉強をする事だって出来るのだから。

 

 有り体に言って、楽しみつつ勉強も出来る機会だった。

 特にサキは知識が偏っている……彼にはうってつけな施設だろう。

 

 まあ、そんな小難しい事情を抜きにしても、サクラだってそういう施設は好きだ。

 楽しめる時には存分に楽しみたいと思う。

 

 そして、ポケモンセンターの宿泊施設を予約し、荷物を預けると、二人はすぐに飛び出して行った。


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