天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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旅の始まり

 なあ、サクラ。

 旅をしよう。

 

 キキョウ、ヒワダ、コガネ、エンジュの順に回って行くんだ。

 そして最後はジムバッジ全部集めてセキエイリーグを制覇しちまおう。

 

 そうしたらお前の言うルギアだってきっと守れる。

 なんたってお前はヒビキさんの子供だぜ? ヒビキさんはルギアと同格のホウオウを使ってたじゃねえか。お前もセキエイリーグ制覇すりゃあ、それぐらいになれる。

 そうなれば、今度は、お前が自分で守れるじゃねえか。

 

 それでも不安なら……そん時はそん時で、カントーも回ってバッジ一六個集めちまおうぜ?

 何があるのってお前……。

 

 バッジ一六個集めたらシロガネ山に出入り出来るようになるんだよバーカ。

 

 そしたらさ、シロガネ山で親父と使ってた家があるからそこに行きゃあいい。そしたら誰も巻き込まないで特訓出来る。

 親父みたく強くなるまでそこで鍛えてさ、それから降りてきたらいいんじゃねーの?

 

 そうだな。

 独りじゃ寂しいだろうし、着いてってやるよ。

 

 親父には内緒だけどな!

 

 

 

 

「サキ、本当にいいの?」

 

 シルバー宅へ避難してから丁度一週間。

 もう遠慮も無くなり、サクラは少年を呼び捨てにして声を掛ける。

 

 その姿は肩までの栗色の髪に鍔が広い白のハットを被せ、同じく白色のワンピースを身に纏っている。背中には膨れ上がったリュックサックを背負い、一目に旅のトレーナーたる姿だった。

 家に鍵を掛ける赤髪の少年を、呆れた顔付きで見詰めていた。

 

「まあ親父に直接は言ってねえけど、サクの新しいトレーナーカードとPSS送られて来た時に、それっぽい返事したし……。何も言われてねえんだから平気だろ」

 

 赤髪のポニーテールはそのままに。

 しかし服装は薄手の白いパーカーに紺のジーンズと言う、如何にもそれっぽい格好。加えてこれまた膨れ上がったリュックサックを背負っているのだから、サクラより若くも旅のトレーナーに見えなくもない。

 

 飄々(ひょうひょう)と返して来る彼に、サクラは口をいの字に曲げて忠告した。

 

「それぜーったい怒られるよ?」

「だから別にいーって」

 

 それでもサキは唇を尖らせどこ吹く風だ。

 その姿がサクラの中にある小さな嗜虐心(しぎゃくしん)(くすぐ)り、自分でも悪い顔だと思えるような笑みを浮かべてしまう。

 

「うっそだー。初めて会った時シルバーさんに打たれて半泣きだったもん」

 

 それは明らかな禁句だったろう。

 サキはびくりと肩を震わせ、不服そうな顔で振り返ってくる。

 

 小さく溜め息を吐いて、彼は取り繕ったように頬を膨らませた。

 

「だーかーらー! 別にいいのー!」

 

 そして零される言葉は、誰かの真似をしたと言わんばかり。

 声もどこか上擦っていた。

 

 その『誰か』を察して、サクラは思わず破願する。

 

「えー、もしかしてそれ、私の真似?」

「似てるだろ」

「似ってなーい!」

 

 そんな会話をしつつ、二人はシルバー宅を離れる。

 少しだけサクラの方が身長は高く、それでも足並みは揃っていた。

 

 サクラの戸籍は新たに、養子としてシルバー家に迎えられ、仮の名前として『シロガネ サク』と用意された。

 その戸籍上……というか年齢上、サクラはサキの姉に近いポジションだ。勿論血縁がない為、赤の他人である事実は変わらないのだが、二人の仲はどうして、そう見えなくもないと思う。

 サクラとしても、サキのような弟がいたら……と思える訳で。

 

 そしてそのサキ少年は、半ば強引に「サクラだけじゃレオとルーが可哀想だ」と旅に同行すると言い出した。それは以前から提案されていた事とはいえ、勿論、サクラは強く反対した。

 しかしながら食器やテントを持ってやるとの言い分に加え、この数日でサクラの()()()が壊滅的に無いことがバレたりした……つまるところ、食事を作ってくれると言われて、レオンとルーシーが彼の味方になってしまったのだ。

 まあ、サクラとしても着いてきてくれてほっとしてるのは、言うまでも無いが。

 

 

 その二人、出会って一週間とは誰が信じれようか。

 

 日常を失くした少女と、普通を持たなかった少年。

 そんな不揃いな二人の旅は、そうして始まった。

 

 いつの日か名コンビとして名を馳せるのか……。

 それはいつになるやら、誰にも解らず。

 

 

「……で、早速迷った訳だが」

 

 と、地図を広げてサキは溜め息混じりにごちる。

 

「あり得ない。夜の30番道路とかあり得ない。帰りたい」

 

 彼の隣で、サクラは周囲を強く警戒していた。

 まるで繁殖期のオタチの如く、天敵の姿がいつ現れるのではないかとびくびくしていた。その様子は日が暮れてからずっと続いており、サキは溜め息を漏らして、呆れ果てていた。

 

「あのなぁ……。見た目が擬態してるポケモンなんか山程いるじゃん?」

「それでもイトマルだけは嫌」

「んじゃあ、クチートとか、ユレイドルとか、ハッサムとか、どうなのさ?」

「それでもイトマルだけは嫌」

「うへぇ……サクにも苦手なもんあるんだなぁ」

 

 如何にも態とらしく、サキは肩を竦めて見せた。

 その様子にサクラはムッとした様子で、彼の肩に指を突き立ててくる。

 

「サキが、『こっち近道なんだぜー』とか言ったんじゃないのぉ!」

「あ、イトマル」

「ひぎゃぁぁあああ!」

 

 サクラはおおよそ女子に相応しくない声を上げて、サキの背後に隠れた。

 その甲高い悲鳴に顔をしかめつつ、サキは舌を出して「あ、見間違えたー」と悪戯っぽく言う。

 

 途端に顔を赤らめ、肩を震わせ、サクラは「んもぉ、サイッテー!」と叫んで、辺りを適当に進んで行った。

 サキは不意にその先を一瞥して、「あ……」と零す。

 

「イトマルだ」

「ふーんだっ。もう信じないもー……」

 

 そう言って前を向いた少女の前には緑色の肢体があり……。

 

「ひぎゃぁぁあああああ!!」

 

 さっきの倍増しに叫んで、サキの後ろへ隠れた。

 

「……騒がしいなぁ。別に手出ししなきゃ何もして来ねーじゃん」

「それでもイトマルだけは嫌それでもイトマルだけは嫌それでもイトマルだけは嫌」

 

 さらながら念仏だ。

 

 しかしどうしたものか……。

 旅立って半日でこれでは、先が思いやられる。

 何度目になるか解らない溜め息を吐いた。

 

 後ろで震えるサクラを視線だけで振り返る。

 ガタガタと震える姿は決して微笑ましくは映らないものの、今に壊れてしまいそうな危うさは無い。

 その姿がたとえ強がりだとしても、強がれている事自体が、以前と心にあるゆとりの違いを思わせる。

 

 まあ、一週間で随分元気になったものだと思う。

 それでも夜中は夢に見るらしく、寝つきは悪い様子だが、これだけ騒がしいならば、それも時間の問題だろうと思えた。

 

 むしろ問題はサクラが方向音痴だと言う事である。

 キキョウシティまでは何度も行っていると豪語する彼女だったが、普段通らない道を通ればすぐにこの様だった。

 これで一人で旅をすると言っていたのだから、とんだお笑い種だ。

 

「サキー、イトマル追い払ってぇー」

「はいはい」

 

 呆れ混じりに頷き、心の中で謝りながらイトマルを手でシッシッと追いやる。

 温厚なもので、イトマルは何の不服も訴える事無く、糸を引いてどこかへ逃げた。

 こんなポケモンのどこが怖いのやら……。

 

 サキは溜め息を吐いて、肩越しにサクラを振り返った。

 

「ま、日が明けたら道も解るだろ」

「おねーさんにまっかせなさーい」

「そう言って、途中からお前の言う通りに進んだ結果がこれなんだが?」

「ごめんなさい……。でもサキだって近道って――」

「何か言った?」

「……いいえ、なにも」

 

 ガックリ項垂れる少女。

 最早年上とは名ばかりだ。

 色んな意味で。

 

「開けたとこならイトマルも寄り付かないだろうし、そう言うところ見っけたら野宿だなー」

「はーい」

 

 とは言うものの、サキはサクラに感心もしていた。

 彼女は野宿と言っても、全く問題がなさそうなのである。

 

 先程「風呂とか気になんねえの?」と聞いてみれば、「旅するのにそんなの気にしてらんない」と、十代半ばの少女らしからぬ返答をされた。

 それ自体は女子力の欠如を思わせるが、旅をする上での覚悟はしかと出来ている表れだろう。……方向音痴は兎も角。

 

 やがて泉の傍に開けた場所を見付けて、二人は野宿をする事にした。

 テントを張って、焚き火を炊く。その頃には月が天頂より深く傾いていた。

 

「ふあーぁ……」

 

 伸びをする彼女に、食事を用意して渡してやる。

 泉から汲んだ水を濾過(ろか)して、スープを焚いたのだ。

 彼女は受け取るなり、スプーンで掬って一口。

 

「あ、美味しい」

 

 少しばかり驚いた様子だった。

 まあ、野宿にしてはまともな食事が出てきたと思ったのだろう。

 

 サキは腕を組んでふんと笑う。

 

「だろ? 流石俺!」

「サキ料理上手だよね。()()()()()も、多分私より上手だよー」

 

 それはそれで女子としてどうなんだと言うと、煩いと言われて殴られた。

 成る程、女は中々に凶暴だとサキはごちて、スープを一口。

 

 ああ、確かに旨い。

 我ながら素晴らしいと、サキは頷いた。

 

「ふぁぁ……」

 

 ちらりと尻目で確認すれば、スープを膝の上に置いて、片手で口元を覆っているサクラの姿を認める。

 どうやら疲れたらしい。

 どうも体力はサキの方があるようだ。

 

「食べたら後やっとくから先に寝てな。朝、ちゃんと起きろよ?」

「ふぁーい」

 

 これから自分は大いに苦労しそうだ。

 と、そんな事を考えながら、サキは微笑んだ。


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