天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

219 / 231
最終話
ククリ


 真白の空間で、スーツ姿のサクラがふうと息を吐いた。それを切っ掛けに、辺りに広がっていた()がかき消える。

 

 やがて面を上げた彼女は、肩を竦めて見せてきた。

 

「流石に全部を見せる時間は無いから……要点だけになっちゃったけど、貴方ならこれを理解出来るでしょう?」

 

 そう言って改まってくるのは、サキの方向。

 少年は視線を伏せ、小さく頷いた。

 異世界で何があったかも、彼からすれば想像がつくのだろう。

 

「ルギアが異世界を滅ぼして、それをこの世界で防ごうとしていた結果が、回りまわって今……ってことだろ?」

 

 分かったように彼が問い掛ければ、スーツ姿の女性は頷く。

 ルギアが滅ぼしたのではなく、引き金を引いたのだと、補足された。

 

 

 サクラの両親が拉致された理由は、彼女がポケモンの声を聞く才能を持っている為。

 もしもその才能が発現すれば、彼女と同じ存在が所有していたボールにルギアが収められている以上、どんな反応を示すかが分からなかった。

 それを懸念して、サクラからポケモンを遠ざける為の処置だった。

 しかしそうすると、おそらく異世界でその才能を狙い、執拗に襲撃してきていたプラズマ団の残党が気がかりになった。サクラの傍にヒビキとコトネがいない以上、彼等の存在が第二の懸念だった。

 だから……彼等を殲滅した。

 

 しかし、時を同じくとして、老人は自分の死期を悟る。

 故に、『本当にこれで良いのか?』と見詰めなおしたのだろう――異世界のサクラが、心の奥底に隠していた欲望を、察してしまった。

 

 時間が無い。

 手段を選ぶ余裕さえ無い。

 

 老人に残された手段は、彼女自身に全てをやらせる事だけだった。

 そして、その罪を、彼女が被らなくて良いようにする事も……意図してか、そうでないのか、現にその罪はこの世界のヒビキが負おうとしていた。

 正しく今の今まで、ワカバやエンジュの事件の首謀者は、ヒビキだと思われていたのだから。

 

 それから更に何があったかは分からないが……想像に容易い。

 

 コトネが正気に返った。

 それはつまり、ヒビキが老人の言いなりにならずに済むと言う事。

 むしろエンジュを襲撃した時期の不自然さから言って、もしかするとその時点で老人は既に死んでいたのかもしれない。

 

 ともあれ、コトネが人質でなくなれば、あとは簡単だ。

 

 この世界のサクラがルギアを制すれば良い。

 

 そうすれば、ククリの悲願は達成される。

 この世界を滅ぼされる理由が無くなる。

 そして、あわよくばククリ自身までもが救われる。

 

 この世界のヒビキは、そこに賭けたのだろう。

 

 

 サキはそう解説して、拳を握って天を仰いだ。

 薄く笑って、切なげな表情を浮かべる。

 

「皮肉だな……。俺がコガネで言い当てちまったばかりに、もう異世界のサクラは居ない……救われることは、無い訳だ……」

 

 笑みは自嘲。

 声を震わせ、少年はすぐに顔を伏せる。

 クソッタレ……と、悪態を吐いた。

 

 そう……サキの解説通りなら、今しがた見せられた情景が本当なら、サクラの父はククリをも救おうとしていた。だからこそ彼女の罪を肩代わりし、間違い続ける覚悟を決めた。

 だと言うのに、この状況……もう既に、全ての決着はついたと言われた。言われてしまった。

 

 それはつまり、コトネ達の手によって、ククリは始末されたという事に、他ならないだろう……。現に目の前には、サクラと同じ顔をした人間がいる。

 

 僅かな沈黙。

 如何にバカと揶揄されがちなサクラとて、彼の心情は手にとるように分かった。

 分かるからこそ、どうしようもなく、遣る瀬無い。

 

 しかし、不意に桃色の少女が動いた。

 少年の前に歩を進めて行き……。

 

「違うでしょ?」

 

 そう言って、片手を振り上げる。

 

 パァンと、乾いた音が響いた。

 

 しなった手は、寸分の違い無く、サキの頬を打つ。

 しかし大きな音とは裏腹に、少年は顔を逸らしただけで、びくともしなかった。

 痛くなかったのだろう。彼は目をぱちぱちとさせながら、彼女へ改まる。

 

 アキラはサクラへ視線を寄越す。

 その表情は……険しい。

 今に泣きそうな程、目が潤んでいるというのに、眉間には皺が寄っている。そして、まるで歯を食いしばっているかのように、口角も歪んでいた。

 指を差されて、思わずサクラは肩を跳ねさせる。

 

「貴女も! 何を感傷に浸っているのよ! 人が死んでいる以上、その罪は万死に値する。普段の貴女ならそう考える筈。それを悔やむ事は、先程貴女のお父様から教わった事に、早速反しているじゃないの!」

 

 アキラはサキを睨む。

 彼の背を、思いっきりと言わんばかりに、叩いた。

 

「しゃんとなさい!」

 

 そして、彼女はスーツ姿のサクラを指差して――。

 

 

「あんた達の子供が、目の前に居るんでしょうが!!」

 

 

 そう言い切った。

 

「……え?」

「……は?」

 

 サクラは思わず間抜けな声を出して、サキをちらりと一瞥する。

 しかし少年も予想外だと言わんばかりに、目をまん丸にしていた。

 

 続いてスーツ姿の自分と同じ容姿をした人物を認めれば……彼女も口をぽかんと開けて、目を丸くしている。やがて不意に視線が合えば、彼女は慌てた様子で視線を逸らした。

 その反応は、否定していない……どこか悪戯がばれた子供のように、罰悪そうな姿に見えた。

 

――え?

 

 サクラは理解が進まず、尚も唖然とする。

 今一度改まってみれば、サキも同じ様子だった。

 

 すると、見かねたらしいアキラが、目に見えない床を踏み直す。

 腕に抱いたウィルを抱き直して、あからさまな溜め息を吐いた。

 

「サクラがバカなのはいつもの事ですが、サキは目先の謎に囚われすぎですの」

 

 今一度スーツ姿の女性を指差して、アキラは呆れた様子で続ける。

 

「あの子、サクラの名を出す時に、『自分』とも、『私』とも言ってません。それに……サクラの一人称は『私』。あの子、先程『あたし』と言ってましてよ?」

 

――え? そうなの?

 

 サクラは思わずサキへ視線を向ける。

 しかし彼も彼で、硬直してしまって動かない。

 

 尚もアキラは溜め息混じり。

 深く深く息を吐いて、ほとほと呆れ果てたと言わんばかりに、肩を竦めた。

 

「第一、サクラがあんな頭良さそうに見える訳がありません」

 

 そして、実に端的に言った。

 大人になっても、バカはバカの筈だ。と、彼女はそう言った。

 ついでと言わんばかりに、彼女はスーツ姿の女性の胸を指差す。

 

「胸もあんなに大きくないですの」

 

 スーツ姿の女性の胸は、確かに自己主張をしている程に、ある。

 サクラが自分の胸を見下ろせば……ぺったんこだった。自己主張の『じ』の字も無い。

 

 いや、まて!

 思わずハッとして、サクラは面を上げる。

 アキラに向かって、決死の形相で唇を開いた。

 

「そ、そこは成長す――」

「現実を認めなさい。この無乳」

 

 とすれば、ばっさりと切り捨てられる。

 貧乳すら通り越して、無乳。

 アキラの言い分は、自分を棚上げにして、辛辣過ぎる程に辛辣だった。

 

 思わず点いてはいけない火が点きそうになる。

 ムッとしてサクラが睨み返せば……アキラが件の女性へ、視線を促してきた。

 

「……ほら? 胸について弄られても、あっちは怒らないじゃない?」

 

 彼女の言い分にハッとして向き直れば、スーツ姿の女性は「あ……」と言って表情を固まらせていた。

 その顔には、どこか苦笑していたような名残が見える……。

 

『うん……ボクも匂いが変だと思う』

『僭越ながら、ボクもですね……』

 

 そこでレオンとリンディーがアキラを後押しした。

 

 再度溜め息。

 アキラがもう良いでしょうと言って、首を横に振る。

 

 彼女は改めて、スーツ姿の女性に微笑みかけた。

 

「部外者がこうして指摘せねば気付かぬバカ二人ですが……親友として、貴女を無下にする人達ではないと保証しましょう。……もう、隠す必要は無いのではないですか? ククリ」

 

 すると、スーツ姿の女性が……表情を崩す。

 切なげに目を細め、唇を震わせた。

 思わずといった様子で、口元を両手で覆い、力無く膝を折る。

 

「ごめんっ……なさい」

 

 そして、謝罪。

 蚊の鳴くような声で、そう零した。

 

 彼女は首を横に振って、「だって」と繋ぐ。

 

「今更、どんな顔をすれば良いか、分からないもん。お婆ちゃんが会って来いって言うから、こうして来たけど……あたし、何にも出来なかった。ママの事、ずっと見てたのに、何にも出来なかったんだもん!」

 

 肩を震わせ、蹲るように屈み込んでいくククリ。

 ふわりと光が覆ったかと思えば……彼女の容姿が変わる。

 サクラとそっくりだった顔が、少しだけ幼く……そう、まるで化粧を落としたかのように、若々しくなった。

 

 その顔付きは、確かにサクラと良く似ている。

 だが、サクラよりは目付きが鋭く、若干大人びて見える。それでも拭い切れない幼さは、瞳が大きい為か。

 

「ほら! しゃんとなさいと言ってるでしょう!?」

 

 思わず見とれていれば、背中を叩かれる。

 痛い程の衝撃に、たたらを踏んで振り返れば、呆れた様子のアキラが笑っていた。

 

 同じくたたらを踏んでいたサキと顔を合わせれば、彼が……頷く。

 

 前へ向き直って、足を踏み出した。





お待たせしましたm(_ _)m
最終話5ページ。連日二時に投下予定です。
番外編とエピローグはまだ完成してませんが、満足いくものが仕上がり次第、出させて頂きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。