ククリ
真白の空間で、スーツ姿のサクラがふうと息を吐いた。それを切っ掛けに、辺りに広がっていた
やがて面を上げた彼女は、肩を竦めて見せてきた。
「流石に全部を見せる時間は無いから……要点だけになっちゃったけど、貴方ならこれを理解出来るでしょう?」
そう言って改まってくるのは、サキの方向。
少年は視線を伏せ、小さく頷いた。
異世界で何があったかも、彼からすれば想像がつくのだろう。
「ルギアが異世界を滅ぼして、それをこの世界で防ごうとしていた結果が、回りまわって今……ってことだろ?」
分かったように彼が問い掛ければ、スーツ姿の女性は頷く。
ルギアが滅ぼしたのではなく、引き金を引いたのだと、補足された。
サクラの両親が拉致された理由は、彼女がポケモンの声を聞く才能を持っている為。
もしもその才能が発現すれば、彼女と同じ存在が所有していたボールにルギアが収められている以上、どんな反応を示すかが分からなかった。
それを懸念して、サクラからポケモンを遠ざける為の処置だった。
しかしそうすると、おそらく異世界でその才能を狙い、執拗に襲撃してきていたプラズマ団の残党が気がかりになった。サクラの傍にヒビキとコトネがいない以上、彼等の存在が第二の懸念だった。
だから……彼等を殲滅した。
しかし、時を同じくとして、老人は自分の死期を悟る。
故に、『本当にこれで良いのか?』と見詰めなおしたのだろう――異世界のサクラが、心の奥底に隠していた欲望を、察してしまった。
時間が無い。
手段を選ぶ余裕さえ無い。
老人に残された手段は、彼女自身に全てをやらせる事だけだった。
そして、その罪を、彼女が被らなくて良いようにする事も……意図してか、そうでないのか、現にその罪はこの世界のヒビキが負おうとしていた。
正しく今の今まで、ワカバやエンジュの事件の首謀者は、ヒビキだと思われていたのだから。
それから更に何があったかは分からないが……想像に容易い。
コトネが正気に返った。
それはつまり、ヒビキが老人の言いなりにならずに済むと言う事。
むしろエンジュを襲撃した時期の不自然さから言って、もしかするとその時点で老人は既に死んでいたのかもしれない。
ともあれ、コトネが人質でなくなれば、あとは簡単だ。
この世界のサクラがルギアを制すれば良い。
そうすれば、ククリの悲願は達成される。
この世界を滅ぼされる理由が無くなる。
そして、あわよくばククリ自身までもが救われる。
この世界のヒビキは、そこに賭けたのだろう。
サキはそう解説して、拳を握って天を仰いだ。
薄く笑って、切なげな表情を浮かべる。
「皮肉だな……。俺がコガネで言い当てちまったばかりに、もう異世界のサクラは居ない……救われることは、無い訳だ……」
笑みは自嘲。
声を震わせ、少年はすぐに顔を伏せる。
クソッタレ……と、悪態を吐いた。
そう……サキの解説通りなら、今しがた見せられた情景が本当なら、サクラの父はククリをも救おうとしていた。だからこそ彼女の罪を肩代わりし、間違い続ける覚悟を決めた。
だと言うのに、この状況……もう既に、全ての決着はついたと言われた。言われてしまった。
それはつまり、コトネ達の手によって、ククリは始末されたという事に、他ならないだろう……。現に目の前には、サクラと同じ顔をした人間がいる。
僅かな沈黙。
如何にバカと揶揄されがちなサクラとて、彼の心情は手にとるように分かった。
分かるからこそ、どうしようもなく、遣る瀬無い。
しかし、不意に桃色の少女が動いた。
少年の前に歩を進めて行き……。
「違うでしょ?」
そう言って、片手を振り上げる。
パァンと、乾いた音が響いた。
しなった手は、寸分の違い無く、サキの頬を打つ。
しかし大きな音とは裏腹に、少年は顔を逸らしただけで、びくともしなかった。
痛くなかったのだろう。彼は目をぱちぱちとさせながら、彼女へ改まる。
アキラはサクラへ視線を寄越す。
その表情は……険しい。
今に泣きそうな程、目が潤んでいるというのに、眉間には皺が寄っている。そして、まるで歯を食いしばっているかのように、口角も歪んでいた。
指を差されて、思わずサクラは肩を跳ねさせる。
「貴女も! 何を感傷に浸っているのよ! 人が死んでいる以上、その罪は万死に値する。普段の貴女ならそう考える筈。それを悔やむ事は、先程貴女のお父様から教わった事に、早速反しているじゃないの!」
アキラはサキを睨む。
彼の背を、思いっきりと言わんばかりに、叩いた。
「しゃんとなさい!」
そして、彼女はスーツ姿のサクラを指差して――。
「あんた達の子供が、目の前に居るんでしょうが!!」
そう言い切った。
「……え?」
「……は?」
サクラは思わず間抜けな声を出して、サキをちらりと一瞥する。
しかし少年も予想外だと言わんばかりに、目をまん丸にしていた。
続いてスーツ姿の自分と同じ容姿をした人物を認めれば……彼女も口をぽかんと開けて、目を丸くしている。やがて不意に視線が合えば、彼女は慌てた様子で視線を逸らした。
その反応は、否定していない……どこか悪戯がばれた子供のように、罰悪そうな姿に見えた。
――え?
サクラは理解が進まず、尚も唖然とする。
今一度改まってみれば、サキも同じ様子だった。
すると、見かねたらしいアキラが、目に見えない床を踏み直す。
腕に抱いたウィルを抱き直して、あからさまな溜め息を吐いた。
「サクラがバカなのはいつもの事ですが、サキは目先の謎に囚われすぎですの」
今一度スーツ姿の女性を指差して、アキラは呆れた様子で続ける。
「あの子、サクラの名を出す時に、『自分』とも、『私』とも言ってません。それに……サクラの一人称は『私』。あの子、先程『あたし』と言ってましてよ?」
――え? そうなの?
サクラは思わずサキへ視線を向ける。
しかし彼も彼で、硬直してしまって動かない。
尚もアキラは溜め息混じり。
深く深く息を吐いて、ほとほと呆れ果てたと言わんばかりに、肩を竦めた。
「第一、サクラがあんな頭良さそうに見える訳がありません」
そして、実に端的に言った。
大人になっても、バカはバカの筈だ。と、彼女はそう言った。
ついでと言わんばかりに、彼女はスーツ姿の女性の胸を指差す。
「胸もあんなに大きくないですの」
スーツ姿の女性の胸は、確かに自己主張をしている程に、ある。
サクラが自分の胸を見下ろせば……ぺったんこだった。自己主張の『じ』の字も無い。
いや、まて!
思わずハッとして、サクラは面を上げる。
アキラに向かって、決死の形相で唇を開いた。
「そ、そこは成長す――」
「現実を認めなさい。この無乳」
とすれば、ばっさりと切り捨てられる。
貧乳すら通り越して、無乳。
アキラの言い分は、自分を棚上げにして、辛辣過ぎる程に辛辣だった。
思わず点いてはいけない火が点きそうになる。
ムッとしてサクラが睨み返せば……アキラが件の女性へ、視線を促してきた。
「……ほら? 胸について弄られても、あっちは怒らないじゃない?」
彼女の言い分にハッとして向き直れば、スーツ姿の女性は「あ……」と言って表情を固まらせていた。
その顔には、どこか苦笑していたような名残が見える……。
『うん……ボクも匂いが変だと思う』
『僭越ながら、ボクもですね……』
そこでレオンとリンディーがアキラを後押しした。
再度溜め息。
アキラがもう良いでしょうと言って、首を横に振る。
彼女は改めて、スーツ姿の女性に微笑みかけた。
「部外者がこうして指摘せねば気付かぬバカ二人ですが……親友として、貴女を無下にする人達ではないと保証しましょう。……もう、隠す必要は無いのではないですか? ククリ」
すると、スーツ姿の女性が……表情を崩す。
切なげに目を細め、唇を震わせた。
思わずといった様子で、口元を両手で覆い、力無く膝を折る。
「ごめんっ……なさい」
そして、謝罪。
蚊の鳴くような声で、そう零した。
彼女は首を横に振って、「だって」と繋ぐ。
「今更、どんな顔をすれば良いか、分からないもん。お婆ちゃんが会って来いって言うから、こうして来たけど……あたし、何にも出来なかった。ママの事、ずっと見てたのに、何にも出来なかったんだもん!」
肩を震わせ、蹲るように屈み込んでいくククリ。
ふわりと光が覆ったかと思えば……彼女の容姿が変わる。
サクラとそっくりだった顔が、少しだけ幼く……そう、まるで化粧を落としたかのように、若々しくなった。
その顔付きは、確かにサクラと良く似ている。
だが、サクラよりは目付きが鋭く、若干大人びて見える。それでも拭い切れない幼さは、瞳が大きい為か。
「ほら! しゃんとなさいと言ってるでしょう!?」
思わず見とれていれば、背中を叩かれる。
痛い程の衝撃に、たたらを踏んで振り返れば、呆れた様子のアキラが笑っていた。
同じくたたらを踏んでいたサキと顔を合わせれば、彼が……頷く。
前へ向き直って、足を踏み出した。
お待たせしましたm(_ _)m
最終話5ページ。連日二時に投下予定です。
番外編とエピローグはまだ完成してませんが、満足いくものが仕上がり次第、出させて頂きます。