天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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少年の回答

 黒いスーツ姿のサクラが居た。

 あまり窮屈そうには見えない上着と、緩やかに弧を描くスカート。

 それが良く似合う程、垢抜けたような雰囲気を纏っている。

 

 双眸は今のサクラより僅かに細く、首は長い。

 細身の身体に対して、少しばかり胸も自己主張しているご様子。

 姿勢も彼女よりぴんとしていた。

 

 有り体に言って、一目に明らかな程、落ち着いた姿だった。

 

「……黒幕登場ってやつか」

 

 大人なサクラを認め、サキはにやりと笑う。

 その言葉は確信めいたものを思わせたが、彼女は短い笑い声を上げると、首を横に振った。

 

「もうその争いは終わったよ」

 

 彼女は俯き加減で首を横に振る。

 その言葉は、今しがた褒め称えた少年の誤りに呆れるではなく、とても穏やかな声色だった。

 微笑む様子は……まるで憑き物でも落ちたかのように、軽やかにも見える。

 

「よく話が見えませんが……では、何故?」

 

 アキラが問い掛ける。

 するとスーツ姿のサクラは、面を上げた。

 そして、にっこりと微笑む。

 

「そう。()()()はその『何故?』を解消しに来たの」

 

 実に満足げに、彼女は頷いた。

 三人へゆっくりと背を向け、後ろ手を組んで、目に見えぬ天を仰ぐ。

 

「もう分かってるでしょう? この争いの発端は……貴女達からすればパラレルワールドのサクラ。それで間違いない」

 

 その言葉に、サクラは目を丸くする。

 先の会議でそれらしい言葉は出ていたが、自分が関わっているとは初耳だった。

 思わずサキを見てみれば……彼はサクラとアキラ、二人を一瞥してきて、溜め息を吐いた。

 

「思い過ごしだと思ってたんだけどな……パラレルワールドのヒビキさんが関わっているって時点で、やっぱこれは一考の余地があったらしい」

 

 俯きながら首を横に振る少年。

 アキラが訝しげな表情を浮かべて、小首を傾げた。

 

「何か、思い当たることがあったのですね?」

 

 すると、少年はこくりと頷いて肯定。

 彼はスーツ姿のサクラを一瞥して、肩越しに振り向いている彼女が『構わない』と言うように頷く姿を認め、改まった。

 

 ゆっくりと深呼吸をして、吐き出す。

 そして唇を開いた。

 

「先ず……『やり直し』。何をやり直すのかって、ずっと気になってた」

 

 彼はそう言って、サクラへ向き直ってくる。

 

「それは、お前だよ。サクラ。お前の人生を書き換えようとしていたんだ」

「……私の、人生?」

 

 サキは頷く。

 そして懐を弄って、小さな白い小箱を取り出した。

 それは……かつてコガネで、サクラが彼にプレゼントしたバッジケースだった。

 

 意匠を施されていない真っ白なケースを両手で持ち、彼はそれを開く。

 すると、中には五つのバッジが煌いていた。

 その角度をずらして、上蓋の裏側を見せてくる。

 

 そこには『S&S』の文字。

 

「お前のこれ……『SA』を纏めて、『kura』と『ki』って書いてたよな?」

 

 問われて、頷く。

 バッグを開き、同じケースを取り上げて、それをアキラにも確認させる。

 

 サキの指摘通り、コガネで彼に見せた時と変わらぬ意匠が施されていた。

 

「……で、これが何ですの?」

 

 呆れたような彼女に、サキはこくりと頷く。

 彼はゆっくりとサクラに向き直ってきた。

 

「俺とサクラ……一つずつって、お前言ってたよな?」

 

 そして確認される。

 

 年齢が二つ離れていることから、一つずつ近づけたら良いなと思った。

 

 確かにサクラはそう言った覚えがある。

 事実、バッジケースに刻まれた文字の横には、矢印が刻まれている。

 頷いて肯定した。

 

 すると少年は、どこか物憂げにバッジケースへと視線を落とした。

 

「そう……『ki』と『ra』を一つずつ、ずらせば良いんだよ」

 

 一つずつ……ずらす?

 

 と、考えて、先ず浮かんだのは五十音だった。

 そうすれば、すぐに覚えのある単語に辿り着く。

 

――えっ? これって……。

 

 背筋を何かに撫でられたように、ゾクッとした。

 思わず目を見開いて、固まる。

 

 不意にアキラへ視線を向ければ、彼女も口元を空いた手で覆って、こちらを凝視してきていた。

 

 少年は静かに告げる。

 

 

「そうだ。単純に一文字ずらせば、『ククリ』になるんだよ」

 

 

 二人に共通している『サ』を取り除き、サキの『キ』と、サクラの『クラ』を、ちょっとしたロジックで掛け合わせる。

 実に単純だった。

 

 果たして、それは一つずつ『近付く』という意味合いからは逸れる。

 五十音で言えば、『ki』は確かに近付こうとしていたが、『ra』は離れていっていた。

 だから迷った。

 ただの偶然かもしれないと思った。

 

 サキはそう補足した。

 しかし彼は、続いて深い溜め息を吐く。

 

「……けど、仮説が正解だとするなら、俺は大事なところを見落としてたんだよ」

 

 そして、実に悲しげな視線で、サクラを認めてきた。

 

「もしもサクラなら……そんな細かいところより、ニュアンスを大事にするよな?」

 

 微笑むサキ。

 サクラはどんな表情をして良いかが分からず、唇を震わせた。

 

 つまり、それは――。

 

「つまり……ククリはサクラとサキ(あなた達)の子供だと?」

 

 サクラの思案を代弁するアキラ。

 

 パラレルワールドのヒビキは老人だと聞いた。

 年齢を考えれば、そうなる。

 

 サクラもそう思った。

 しかし、サキは首を横に振った。

 

「そこで重要になるのが『やり直し』だよ。サクラを殺してもやり直せるから構わない? もしも自分が生まれたくなかったとか、そういう理由なら、()()()()()()()()()()

 

 そして、そう言った。

 

――確かに。

 

 最も単純な理由として、浮かぶ事。

 それは『ククリが生まれたことによって、何かしらの被害があった』というような事。

 しかしその場合……ククリが生まれない世界線を創ろうと言うのなら、それはサキを殺す形でも解決する。

 

 つまり、そういう意味合いではないということだ。

 

 サキはふうと息を吐いて改まった。

 

「俺の予想だと、『やり直し』ってのは、単純にこの世界線が失敗したからってのが無難だ」

 

 そこで少年はサクラに歩み寄って来る。

 不意に身構えれば、彼はサクラの頭にぽんと手を置いてきて、実に優しく撫でられた。

 

 そして、彼は薄く微笑む。

 

「どこからどこまでがパラレルワールドの史実かが分からない以上、これ以上の考察は難しかった。……だから、話せなかったんだ」

 

 ゆっくりとアキラを振り返り、少年は「だけど」と繋ぐ。

 

「さっきのヒビキさんがサクラに説いたことは、我のルギアに認められる為のもの。そのルギアは、ヒビキさんもコトネさんも持っている筈が無いマスターボールに収められている……これらから確信を得た」

 

 悠々と語るサキへ、アキラが待ったを掛ける。

 マスターボールについて、どういう意味かと問い質した。

 

「ヒビキさんはホウオウ。コトネさんはスイクンにマスターボールを使っている。持ってる筈がねえ……普通はそうだろ?」

「し、しかし、それは不確かなことでしょう?」

 

 真実は酷だ。だからそれ以上の考察はいけない。

 まるでそう悟ったように、アキラが少年の揚げ足をとる。

 しかし、彼は首を横に振った。

 

「考えてもみろ……なら何故『私』のルギアはサクラを受け入れた? 一〇年の時間があったとはいえ、可笑しいだろ? もしもそれが普通なら、『我』のルギアだって、いずれこいつを認めて然るべきじゃないか。そんな理屈が通用するなら、メイはNの協定なんて立ち上げてねえだろ」

「そ、それはそうですが……」

 

 返す論を無くして、アキラは俯く。

 

「まあ、仮説としてでも良いんだ。ただ、この考えなら筋が通るんだ……」

 

 サキはそう言って、サクラへ向き直ってきた。

 その目は真っ直ぐ、サクラを認めてくる。

 

 彼は僅かな微笑みを浮かべ、切なげな表情で唇を開いた。

 

「そのマスターボールは……サクラ、お前のだよ。正確には異世界のお前のもんだ。そして、『私』か『我』か……そのどちらかが、パラレルワールドのルギアだ」

 

 サクラは何も言えなかった。

 どうしてそうなるのかという疑問はあったが、少年の確信めいた言葉が、ただただ漠然と胸を打った。

 

 話を戻す。

 少年はそう言って、更にもの言いたそうなアキラを制した。

 

「つまり……俺の考えが間違っていなければ、ククリはこいつ……サクラ自身だ」

 

 どういう顔をして良いかが分からない。

 そんなサクラの頭を撫でて、少年は微笑む。

 

「ククリ……多分、産めなかったんだろうな。俺もきっと、死んだんだろう……俺が生きてたら、そんな安直なネーミングはしないだろうし……なんつってな」

 

 そして――彼はやおら振り返る。

 その先には、事態を静観していたスーツ姿のサクラ。

 

「つまり、目的は娘の生存。……違うか?」

 

 少年は問いかけた。

 

 彼の予想には大きな矛盾が存在する。

 

 老人であるヒビキとククリの年齢差。

 そして、ククリがサクラであるとするのなら、私と我のルギアが混同している事実が可笑しい。少なくともホウオウは二匹存在している。

 

 だが、それだけだ。

 それらの矛盾は、『時』と『パラレルワールド』という要素で片付く。

 元々それらは、人智を超えた概念なのだから……。

 

 少年に倣ってスーツ姿の自分を認めたサクラは、彼女が頷くのを確かに認めた。

 

「流石だね。ほぼ一〇〇パーセントの正解だよ」

 

 そして、彼女はゆっくりと語り始めた。

 パラレルワールドの世界で何が起きたかを――悲劇のその先、この世界で起きたことを。


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