天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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懐かしい匂い。

 灼熱は一瞬。

 掻き消えるように終息すれば、宙を舞う三匹の体躯。

 身体中に火が燃え移って、今に燃え尽きてしまいそうに見えるドレディア。

 肌色の体躯がどす黒く染まり、天を仰ぐように頭を振るミロカロス。

 粉々に砕け散った光の壁の破片を浴び、キラキラと輝くものを纏って、二匹と同じような状態のエーフィ。

 

 そこでアクアリングが爆ぜた。

 ぱんと弾ければ、火傷していた二匹の体躯に宿るそれを鎮火させるように見えるが……果たして、あれは役に立っているのか。もしかしたら、既に三匹とも――。

 

 茫然と見守るサクラ。

 揃って意識を失った姿を認めれば、心臓が止まったような気がした。

 

「い、いやぁぁあああ!!」

 

 そして、絶叫。

 こんなにも暑いのに、身も凍るような寒さを覚える。

 身体中から嫌な汗が止まらない。

 

 何も出来ず、何も成すことがないまま、三匹の家族が崩れ落ちる様を認めなければいけなかった。

 自分が不甲斐ない所為だ……と思うことさえ、傲慢に思える程、圧倒的な戦力差。

 

『くそ……たれぇぇえっ!!』

 

 雄叫びが上がる。

 それを聞いて、サクラはハッとした。

 歪んだ視界で、唯一無事な家族を探す。

 

 白い影は、父の手前。

 俊足を遺憾なく発揮した紺色の影に、行く手を阻まれていた。

 

「レオン! だめぇ!!」

 

 サクラは叫ぶ。

 保身も懸念も忘れて、膝を折った。

 現実を認めたくなくて、目を瞑った。

 

 もう分かった。

 もう敵わないのは分かった。

 分かったから――。

 

『甘えんな、サクラァ!!』

 

 一喝。

 ハッとして目を開けば、それを叫んだ家族は、小さな背を見せ付けていた。

 

 翻るは白き尾。

 俊敏な動きは、紺色の影が吐いた極太の橙色を、確かにかわす。

 こちらを肩越しに振り返ってきて、炎がサクラの横を抜けたのを一瞥し、そのまま横に一回転。振り向き様に、尾から不可避の閃光を放った。

 

 スピードスターがバクフーンの足許に着弾。

 エネルギーが爆ぜて、微かな爆炎を起こす。

 

 それでも動じないバクフーンへ、レオンは更に距離を詰める。

 

『泣くな。諦めるな。サクラのヒーローは、まだここにいる!』

 

 零距離からの火炎放射を、避ける。

 返し刃と言わんばかりに、尾がその顔を打つ。

 それでも怯まないバクフーンを認め、レオンは後方に跳びながら、口内から緑色のエネルギーを連射。避けるまでもないと、片手で受け止められる。が、その着弾の僅かな煙が晴れる頃には、レオンは着地を澄ませ、辺りに散らばっている石を取り上げていた。

 四本の尾を用いて、高速で繰り出されるロックブラスト。

 それを――バクフーンが避けた。

 

『まだ戦える。まだやれる。サクラが折れない限り、ボクは戦うから――』

 

 回避と共に接近してくるバクフーン。

 半身を引いたレオンが、拳を握る。

 

 轟と唸るような火を纏う――火炎車。

 

 ありったけを尽くした末の渾身の一撃――とっておき。

 

『諦めるなよ! ()()()がボクなら、主人公はサクラ……お前だろ!』

 

 ズドンという衝撃音。

 二匹の渾身とも思える一撃が交わされれば、可視化出来る程の衝撃波を放つ。

 それは真白の輪となり、轟と唸るかの如く、サクラの身体を撫でる風となった。

 

 と、同時に、今一度同じような衝撃音を聞く。

 それはサクラの後方から。

 振り向けば、先程まで何の変哲も無かった地面が、粉塵を上げていた。

 

 その僅かな境目に、白い体毛を認める。

 

 ドクンと、胸が鳴った。

 ハッとするまでもなく、腰が抜けて言う事を聞いてくれない身体を、懸命に動かした。

 

「レオン……レオン?」

 

 問い掛ける。

 ただ問い掛ける。

 

 煙が晴れ、その下から、仰向けに眠る小さな体躯を認めた。

 右手は黒く焦げ、しかし一切の力が籠もっていない。

 瞼が閉じて、ぴくりと動かない。

 胸が、足が、手が、耳が、動いていない。

 先程まで聞こえていた彼の声が、聞こえない。

 

 背筋が凍りついた。

 煩く鳴っていた心臓の鼓動が、聞こえなくなった。

 

「やだ……やだよ? れおん」

 

 手を動かして、足を動かして、漸くその傍らに辿り着く。

 ゆっくりと抱き上げてみれば、開きっぱなしの口から、微かな呼吸を感じる。

 しかしそれは、今に消えそうな程、か細い。

 

 震える手で、震える身体で、その小柄な体躯を抱き締める。

 力が抜けた彼を、身体全体で感じるように、ゆっくりと抱き締める。

 

 生きている。

 けど、その命の火は、今に消えそうだった。

 もう間も無くと、そう言われている気がした。

 

 脳裏に浮かぶは、この旅の始まり。

 この腕の中で、その火を消した大切な人。

 大切な家族だった人。

 

 あの時と同じ。

 確かな死の予感を、悟った。

 

「やだよ……れおん……あやまるから、もうたたかわなくていいから……」

 

 また救えなかった。

 また間違えた。

 また無力だった。

 

「るーちゃん、ろろ、りんちゃん……やだ、やだぁぁ……」

 

 辺りを見渡しても、大切な家族は一匹として立っていない。

 誰も、声を上げていない。

 

 ふとすれば、思考が後悔の念に埋め尽くされた。

 

 何故、ここへ来てしまったのか。

 何故、父に挑むなんて無謀なことをしてしまったのか。

 

 何故、何故……。

 

 とりつかれるように、そう考える。

 もう、それしか考えられなかった。

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 こんな目に合わせて……ごめんなさい。

 

 腕の中の家族を抱き締めて、サクラは蹲る。

 視界を閉ざして、消えそうな命の火を引き止めるように、身体を強張らせた。

 

 不甲斐ない自分が、申し訳なくて。

 腕の中の灯火に消えて欲しくなくて。

 

 だけどワカバの時とは違って、ごめんなさいしか、言えなくて……。

 

 もう、自分の保身さえ、忘れてしまった。

 

 

『主!! 退け、宿敵!!』

「ウィル! サクラを守りなさい!!」

「シャノン! 食い止めろ!!」

 

 遠く、遠く、大切な人達の声を聞く。

 

 不意に気配を感じて、瞼を開いた。

 すると視界の先に、死神を具現化したような影を認める。

 いや、違う……その影は、サクラの背後に立っているのだ。

 

 とても暑い。

 とても怖い。

 

 だけど同時に、とても懐かしい香りがした。

 

 振り返れば、そこには片手を振り上げたバクフーンの姿。

 その背後には、今に襲い掛からんとするメガクチートと、マニューラの姿。

 

 間に合わない。

 このバクフーンの速さなら、あまり見慣れないあの二匹がどれ程決死の覚悟でも、手を振り下ろされる方がずっと早い。

 冷めた感覚で、サクラはそう悟った。

 

――これで、私も……。

 みんなを死なせてしまうんだから、当然の報い……もう、いいや。

 

 ゆっくりと、目を瞑り、そう思う。

 涙を流しながら、その時を静かに待った。

 

 しかし、その手は振り下ろされなかった。

 

 先に訪れたのは、鈍い音。

 ハッとして目を開けば、メガクチートのアイアンヘッドと、マニューラの冷凍パンチを、そのまま背に受けているバクフーンの姿を認めた。……が、やはりびくともしない。

 

 ただ……表情だけは、先程まで見られなかったものになっていた。

 

『涙……』

 

 そして、初老の男性のような、低いトーンの声で、そう零す。

 その声は、まるで震えているようだった。

 

『知っている……その、涙を……あの日に、見た……』

 

 確かめるように、彼は言う。

 後ろから襲い来る追撃を受けて尚、彼は微動だにせず、目を丸くしていた。

 

 その目が、徐々に大きく開かれる。

 瞳孔がゆっくりと開き、驚愕していることを、惜しげもなく晒した。

 

 

『お前は……何故、こんなにも懐かしい匂いがするんだ』

 

 

 口角が震える。

 瞳が揺らぐ。

 

 その姿を認めて、サクラは絶句した。

 理屈で理解するより早く、本能的に何が起こっているかを察した。

 思わず胸から這い上がってくる熱を、口からそのまま零す。

 

「ばく、ふーん……?」

『……サクラ? サクラなの、か?』

 

 そして、そう問い掛けて来た。

 

 サクラは衝動に身体を震わせながら、一度だけ頷く。

 

 喉が詰まって何も言えない。

 ただただ、頷くことでしか肯定出来なかった。

 

 震える顔を見ていれば、視界が更に歪む。

 高鳴る胸の音が押し出すように、止め処なく溢れてくる涙。

 滲んで、何も見えなくなる。

 

『ああ……オレは、何てことを……』

 

 バクフーンは膝を崩し、ゆっくりとサクラの頬を撫でてきた。

 熱い程の手に涙を拭われ、認めるのは……自分と同じく涙を零す彼の姿。

 

『こんなに……こんなに、怯えさせて……』

 

 そうだ……。

 バクフーンとて、やりたくてやっていたんじゃない。大切な主人の指示だからと、盲目的にやっていたんだ。

 お母さんのメガニウムだって、そうだったじゃないか。

 

 サクラはそう悟る。

 まるでそれを肯定するかのように、バクフーンは悲しげに微笑んだ。

 

 すまなかった。

 

 彼はそう言って、崩れた膝を、今一度真っ直ぐにした。

 

 小さく息を吸い込み、彼は目を瞑る。

 一瞬ばかりの静寂が流れ、しかし辺りの空気がゆらりゆらりと揺れはじめた。

 

 空気がちり、ちり、と音を立てて燃えた。

 目で見えない不確かなものが、緋色の火花を散らす。

 

 そして、唐突に彼の首から巨大な炎が噴き出した。

 まるで臨界点を越え、突如火柱を上げる山の頂が如く。

 周囲を緋色に、高温に、染めていく。

 

 轟と唸ったような音が響けば、後ろに居た二匹が、驚いて距離を取った。

 だが、その炎が威嚇するのは、二匹ではない。

 

 口角が裂ける程に口を歪ませ、瞳を震わせるバクフーン。

 焼けるような熱を周囲に放ちながら、彼は天を仰いで、巨大な咆哮を上げた。

 

 

『どういうことだ!! ヒビキィィイイイ!!!』

 

 

――リィーン。

 

 鈴が、鳴った。




ただのたわごと

『どういうことだ!! ヒビキィィイイイ!!!』

このシーンを書く為だけに書いてきた。
もうお察しかと思いますが、以前ミニコーナーで登場した『?』は彼です。

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