灼熱は一瞬。
掻き消えるように終息すれば、宙を舞う三匹の体躯。
身体中に火が燃え移って、今に燃え尽きてしまいそうに見えるドレディア。
肌色の体躯がどす黒く染まり、天を仰ぐように頭を振るミロカロス。
粉々に砕け散った光の壁の破片を浴び、キラキラと輝くものを纏って、二匹と同じような状態のエーフィ。
そこでアクアリングが爆ぜた。
ぱんと弾ければ、火傷していた二匹の体躯に宿るそれを鎮火させるように見えるが……果たして、あれは役に立っているのか。もしかしたら、既に三匹とも――。
茫然と見守るサクラ。
揃って意識を失った姿を認めれば、心臓が止まったような気がした。
「い、いやぁぁあああ!!」
そして、絶叫。
こんなにも暑いのに、身も凍るような寒さを覚える。
身体中から嫌な汗が止まらない。
何も出来ず、何も成すことがないまま、三匹の家族が崩れ落ちる様を認めなければいけなかった。
自分が不甲斐ない所為だ……と思うことさえ、傲慢に思える程、圧倒的な戦力差。
『くそ……たれぇぇえっ!!』
雄叫びが上がる。
それを聞いて、サクラはハッとした。
歪んだ視界で、唯一無事な家族を探す。
白い影は、父の手前。
俊足を遺憾なく発揮した紺色の影に、行く手を阻まれていた。
「レオン! だめぇ!!」
サクラは叫ぶ。
保身も懸念も忘れて、膝を折った。
現実を認めたくなくて、目を瞑った。
もう分かった。
もう敵わないのは分かった。
分かったから――。
『甘えんな、サクラァ!!』
一喝。
ハッとして目を開けば、それを叫んだ家族は、小さな背を見せ付けていた。
翻るは白き尾。
俊敏な動きは、紺色の影が吐いた極太の橙色を、確かにかわす。
こちらを肩越しに振り返ってきて、炎がサクラの横を抜けたのを一瞥し、そのまま横に一回転。振り向き様に、尾から不可避の閃光を放った。
スピードスターがバクフーンの足許に着弾。
エネルギーが爆ぜて、微かな爆炎を起こす。
それでも動じないバクフーンへ、レオンは更に距離を詰める。
『泣くな。諦めるな。サクラのヒーローは、まだここにいる!』
零距離からの火炎放射を、避ける。
返し刃と言わんばかりに、尾がその顔を打つ。
それでも怯まないバクフーンを認め、レオンは後方に跳びながら、口内から緑色のエネルギーを連射。避けるまでもないと、片手で受け止められる。が、その着弾の僅かな煙が晴れる頃には、レオンは着地を澄ませ、辺りに散らばっている石を取り上げていた。
四本の尾を用いて、高速で繰り出されるロックブラスト。
それを――バクフーンが避けた。
『まだ戦える。まだやれる。サクラが折れない限り、ボクは戦うから――』
回避と共に接近してくるバクフーン。
半身を引いたレオンが、拳を握る。
轟と唸るような火を纏う――火炎車。
ありったけを尽くした末の渾身の一撃――とっておき。
『諦めるなよ!
ズドンという衝撃音。
二匹の渾身とも思える一撃が交わされれば、可視化出来る程の衝撃波を放つ。
それは真白の輪となり、轟と唸るかの如く、サクラの身体を撫でる風となった。
と、同時に、今一度同じような衝撃音を聞く。
それはサクラの後方から。
振り向けば、先程まで何の変哲も無かった地面が、粉塵を上げていた。
その僅かな境目に、白い体毛を認める。
ドクンと、胸が鳴った。
ハッとするまでもなく、腰が抜けて言う事を聞いてくれない身体を、懸命に動かした。
「レオン……レオン?」
問い掛ける。
ただ問い掛ける。
煙が晴れ、その下から、仰向けに眠る小さな体躯を認めた。
右手は黒く焦げ、しかし一切の力が籠もっていない。
瞼が閉じて、ぴくりと動かない。
胸が、足が、手が、耳が、動いていない。
先程まで聞こえていた彼の声が、聞こえない。
背筋が凍りついた。
煩く鳴っていた心臓の鼓動が、聞こえなくなった。
「やだ……やだよ? れおん」
手を動かして、足を動かして、漸くその傍らに辿り着く。
ゆっくりと抱き上げてみれば、開きっぱなしの口から、微かな呼吸を感じる。
しかしそれは、今に消えそうな程、か細い。
震える手で、震える身体で、その小柄な体躯を抱き締める。
力が抜けた彼を、身体全体で感じるように、ゆっくりと抱き締める。
生きている。
けど、その命の火は、今に消えそうだった。
もう間も無くと、そう言われている気がした。
脳裏に浮かぶは、この旅の始まり。
この腕の中で、その火を消した大切な人。
大切な家族だった人。
あの時と同じ。
確かな死の予感を、悟った。
「やだよ……れおん……あやまるから、もうたたかわなくていいから……」
また救えなかった。
また間違えた。
また無力だった。
「るーちゃん、ろろ、りんちゃん……やだ、やだぁぁ……」
辺りを見渡しても、大切な家族は一匹として立っていない。
誰も、声を上げていない。
ふとすれば、思考が後悔の念に埋め尽くされた。
何故、ここへ来てしまったのか。
何故、父に挑むなんて無謀なことをしてしまったのか。
何故、何故……。
とりつかれるように、そう考える。
もう、それしか考えられなかった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
こんな目に合わせて……ごめんなさい。
腕の中の家族を抱き締めて、サクラは蹲る。
視界を閉ざして、消えそうな命の火を引き止めるように、身体を強張らせた。
不甲斐ない自分が、申し訳なくて。
腕の中の灯火に消えて欲しくなくて。
だけどワカバの時とは違って、ごめんなさいしか、言えなくて……。
もう、自分の保身さえ、忘れてしまった。
『主!! 退け、宿敵!!』
「ウィル! サクラを守りなさい!!」
「シャノン! 食い止めろ!!」
遠く、遠く、大切な人達の声を聞く。
不意に気配を感じて、瞼を開いた。
すると視界の先に、死神を具現化したような影を認める。
いや、違う……その影は、サクラの背後に立っているのだ。
とても暑い。
とても怖い。
だけど同時に、とても懐かしい香りがした。
振り返れば、そこには片手を振り上げたバクフーンの姿。
その背後には、今に襲い掛からんとするメガクチートと、マニューラの姿。
間に合わない。
このバクフーンの速さなら、あまり見慣れないあの二匹がどれ程決死の覚悟でも、手を振り下ろされる方がずっと早い。
冷めた感覚で、サクラはそう悟った。
――これで、私も……。
みんなを死なせてしまうんだから、当然の報い……もう、いいや。
ゆっくりと、目を瞑り、そう思う。
涙を流しながら、その時を静かに待った。
しかし、その手は振り下ろされなかった。
先に訪れたのは、鈍い音。
ハッとして目を開けば、メガクチートのアイアンヘッドと、マニューラの冷凍パンチを、そのまま背に受けているバクフーンの姿を認めた。……が、やはりびくともしない。
ただ……表情だけは、先程まで見られなかったものになっていた。
『涙……』
そして、初老の男性のような、低いトーンの声で、そう零す。
その声は、まるで震えているようだった。
『知っている……その、涙を……あの日に、見た……』
確かめるように、彼は言う。
後ろから襲い来る追撃を受けて尚、彼は微動だにせず、目を丸くしていた。
その目が、徐々に大きく開かれる。
瞳孔がゆっくりと開き、驚愕していることを、惜しげもなく晒した。
『お前は……何故、こんなにも懐かしい匂いがするんだ』
口角が震える。
瞳が揺らぐ。
その姿を認めて、サクラは絶句した。
理屈で理解するより早く、本能的に何が起こっているかを察した。
思わず胸から這い上がってくる熱を、口からそのまま零す。
「ばく、ふーん……?」
『……サクラ? サクラなの、か?』
そして、そう問い掛けて来た。
サクラは衝動に身体を震わせながら、一度だけ頷く。
喉が詰まって何も言えない。
ただただ、頷くことでしか肯定出来なかった。
震える顔を見ていれば、視界が更に歪む。
高鳴る胸の音が押し出すように、止め処なく溢れてくる涙。
滲んで、何も見えなくなる。
『ああ……オレは、何てことを……』
バクフーンは膝を崩し、ゆっくりとサクラの頬を撫でてきた。
熱い程の手に涙を拭われ、認めるのは……自分と同じく涙を零す彼の姿。
『こんなに……こんなに、怯えさせて……』
そうだ……。
バクフーンとて、やりたくてやっていたんじゃない。大切な主人の指示だからと、盲目的にやっていたんだ。
お母さんのメガニウムだって、そうだったじゃないか。
サクラはそう悟る。
まるでそれを肯定するかのように、バクフーンは悲しげに微笑んだ。
すまなかった。
彼はそう言って、崩れた膝を、今一度真っ直ぐにした。
小さく息を吸い込み、彼は目を瞑る。
一瞬ばかりの静寂が流れ、しかし辺りの空気がゆらりゆらりと揺れはじめた。
空気がちり、ちり、と音を立てて燃えた。
目で見えない不確かなものが、緋色の火花を散らす。
そして、唐突に彼の首から巨大な炎が噴き出した。
まるで臨界点を越え、突如火柱を上げる山の頂が如く。
周囲を緋色に、高温に、染めていく。
轟と唸ったような音が響けば、後ろに居た二匹が、驚いて距離を取った。
だが、その炎が威嚇するのは、二匹ではない。
口角が裂ける程に口を歪ませ、瞳を震わせるバクフーン。
焼けるような熱を周囲に放ちながら、彼は天を仰いで、巨大な咆哮を上げた。
『どういうことだ!! ヒビキィィイイイ!!!』
――リィーン。
鈴が、鳴った。
ただのたわごと
『どういうことだ!! ヒビキィィイイイ!!!』
このシーンを書く為だけに書いてきた。
もうお察しかと思いますが、以前ミニコーナーで登場した『?』は彼です。