天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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いつかきっと。

 紺色の体躯。

 そのしなやかな体格は以前と変わることはない。しかし、上へ伸びていた筈の耳が下へ垂れ、頭上には扇状の赤い鶏冠が目立つ。首元には同色の襟巻きのようなものがあり、元より強靭だった鉤爪が、両手共に二本から三本に増えていた。

 

 その姿は、明らかにニューラの姿ではない。

 だが、サキがその姿を知らぬ筈が無い。ずっと傍で見ていた父が、愛用していたポケモンなのだ。

 

 いつか、いつかきっと……その姿のシャノンと肩を並べたい。

 そう思ってきていたのだ。

 

 見間違おうものか。

 目の前の彼女は、『マニューラ』に進化していた。

 

「シャア!」

 

 彼女は気高く鳴く。

 サキの脳裏は、対して何故――という感覚を覚えた。

 ニューラの進化は、夜に起こるものだった筈。今は、朝じゃないか。

 そう思った。

 

 だが、肩越しにちらりと振り返ってきた彼女の視線を見て、その疑問をすぐに捨てる。

 

――指示を。

 

 彼女の目は、父が従えるマニューラと同じく、従順だった。

 そう思えば、指示を出す自分が、要らぬことを考え、それを放棄してはならないと思い直す。今、それを悩む必要なんて、どこにも無い。

 

 ただ、一言。

 サキは前へ向き直った彼女の背に、言葉を投げかけた。

 

「ありがとな。シャノン」

 

――お蔭で確かな勝機が見えた。

 

 未だ悠然と頭を振り、体勢を立て直すエンテイを見据える。

 ゆっくりと立ち上がり、ヒトカゲをボールの中へ。

 辺りを素早く確認すれば、オノンドとオーダイルも、ゆっくりと身を起こしている。

 

 一匹欠けてしまったが、元よりこの三匹はずっと共に育ってきたのだ。

 連携に支障は無いだろう。

 

 ふうと息を吐く。

 視線こそはエンテイから逸らさず、今一度頭の中で思考する。

 

 進化したとはいえ、シャノンはダメージを負っている。

 オノンドとオーダイルも、そこまで余裕は無いだろう。

 

 だからこそ――。

 

「もう一回やるぞ」

 

 作戦は継続。

 

「シャノン、お前の速さに懸ける」

 

 ヒトカゲの抜けた穴は、オーダイルの援護と、シャノンの速さで埋める。

 視線だけでこちらを一瞥してくる三匹は、一様にこくりと頷いた。

 

 対するエンテイが、轟と唸る。

 

 ここに至って、もう後の先をとるつもりはないらしい。

 ヒトカゲが抜けたのを機と見たか、マニューラの速さを危惧すべしと見たか、山の化身は大地を駆った。

 氷が溶けて僅かに濡れた地面を踏み鳴らし、正面のマニューラへ突っ込んでくる。

 

 頭部から突っ込んでくる様子は、一見して無防備に見える。

 しかし、技の多様さは先程思い知った。

 知恵に富んでいるらしいあのポケモンが、無策に突っ込んでくる筈も無い。

 

「オーダイル!」

 

 サキは名を呼ぶ。

 すると突っ込んでくるエンテイの顔面目掛けて、彼は高圧の水砲をぶっ放した。

 

 その水を――弾く。

 

 アイアンヘッドか!

 サキは当たりをつけた。ただの頭突きや突進なら、相性の悪い技を浴びせられれば流石に怯む。

 頭部を鋼鉄化し、突っ込んでくる技だからこそ、その足は止まらない。

 

 その足は見かけより随分と速く、既にシャノンの目前に迫っている。

 声を出しての指示は、到底間に合わない。

 しかし、そこでサキはシャノンから目を逸らし、オノンドへ目を向けた。すると彼は、既に三度目の竜の舞をしている最中。

 

 シャノンは大丈夫だ。

 ずる賢いと言えば聞こえは悪いが、マニューラは知力と速さに富んでいる。ならば、サキが気付いたことを、気付かぬ筈が無い。

 自分がするべきは、彼女が翻弄して生み出した隙を的確に突く為に動くことだ。

 

「オノンド! 挑発だ」

 

 応と応えるように、オノンドは雄叫びを上げる。

 それを認めて正面へ視線を戻せば、苦悶の表情を浮かべるエンテイの姿。

 その体躯の懐に潜り込んで、突き上げるように冷凍パンチをぶっ放しているシャノン。

 やはり彼女はもう明確な指示を必要としていない。そして、その速さはあの山の化身をも圧倒している。

 

 足りないのは、やはり決定力。

 それも今、整った。

 

 オノンドが馬鹿でかい声を上げてエンテイの視線を引き寄せる。

 自らの首を掻いて、『掛かって来い』と不遜甚だしい動作を見せ付けた。

 口腔を開いて、橙色を溜めるエンテイ。

 しかしそこへ、ずしんずしんと大地を踏み鳴らし、勇み寄るオーダイル。逞しい両腕で顔面を覆って、オノンドとエンテイの間に割って入る。身を呈したその動作の裏で、エンテイの頭上へ飛び上がるシャノン。

 

 轟と火炎放射が放たれれば、即座に上空から電光石火の一撃が頭の頂点を穿つ。

 ガチンと音を立てて口腔が閉じれば、シャノンはすぐに離脱。エンテイの口内で暴発した炎が、明後日の方向へ吐き出される。それはダメージが認められるものではなかったが、明らかに大きな隙が出来た。

 

 炎から身を呈して庇ったオーダイルの背を踏んで、オノンドが跳躍する。

 視界の端で認めたらしいエンテイは、すぐに彼へ向き直ってくるが、その横っ面に向かってまたも冷凍パンチが襲い掛かる。

 ハッとして飛び退くエンテイ。

 そこへの追撃は――。

 

「オーダイル!!」

 

 炎を耐え凌いだオーダイルが、口腔から冷凍ビームをぶっ放す。

 それはエンテイの足下に着弾。

 再度足を崩す。

 

 そして、気高い鳴き声。

 

「シャア!」

 

 マニューラがオノンドへ向け、鉤爪を返した一撃を打つ。

 その峰打ちに合わせ、オノンドは再度の跳躍。

 

 体勢を崩し、未だ向き直ることさえ出来ていないエンテイへと、突っ込む。

 

「決めろ! オノンド!!」

 

 拳を構え、サキが叫ぶ。

 それに応えるオノンドは甲高い雄叫びと共に、右手を高く振り上げる。

 

 跳躍の勢い、竜の舞による鼓舞を全て乗せ、その手に生えた短い爪がどす黒く染まる。

 黒いエネルギーを放ち、それが綺麗な弧を描いた。

 

 振り下ろされるドラゴンクローの一撃。

 鈍い音を上げて、体勢を整えんとしていたエンテイの額を強かに打つ。

 決して切り裂くまでには至らず――しかし、それで終わりではない。

 

 目にも留まらぬ速さで、再度懐に潜り込んだシャノンが、腹を突き上げる。

 着地したオノンドが、ダブルチョップで更に繋ぐ。

 

 そして、僅かに浮いたその体躯へ、二匹が口腔を開いて微かな溜めの動作。

 

 竜の怒りと、凍える風が同時に炸裂する。

 

 エンテイは驚愕の表情を浮かべていた。

 

 その体躯を覆う氷の粒と、黒い煙。

 これだけの連撃。

 ダメージは相当だった。

 しかし、まだその意識は消えていない。

 

「ダメ押しだ。ぶちかませ、オーダイル!!」

 

 そこへサキの指示を受け、オーダイルが口腔を向ける。

 

 シャノンとオノンドが素早く離脱した。

 そのタイミングを狙い澄まして、かつて見たことが無い程の極太の水砲をぶっ放す。

 

 それは、確かにハイドロポンプ。

 いつの間にか水タイプ最高峰の技を扱える程になっていたのか。

 

 サキがそう見送った先で、その水砲を一身に浴びるエンテイ。

 野太い悲鳴が上がった。

 

 そして、その砲撃の一瞬が終わった瞬間。

 

「……はぁ。やっぱお前、すげえな」

 

 四本の足でしかと大地を踏む、エンテイの姿。

 しかし、それを認めたサキは絶望するでもなく、肩から力を抜いて、素直に評した。

 シャノン達もふうと息をつく。

 

 大地に立ったままのエンテイ。

 その双眸は真白に染まり、確かに意識を失っていた。

 

 あれ程のダメージを負って、流石に意識は保てなかったらしい。

 それでも尚、倒れること無き姿は、山の化身たるやと言ったところだろう。

 サキはそう思った。

 

 

 そして、辺りを囲っていたリフレクターが、ガシャンと音を立てて砕け散った。


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