天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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山たるものは

 大地をしかと掴むような四本足は強靭。

 長い茶色の体毛に覆われた身体も、それでいてがっしりとした体格を思わせる。

 何よりも特徴的なのは、白、赤、金の三色のフレームで囲われた双眸。決して柔らかい目付きではないのに、悠然と佇む姿が様になる程の余裕を感じさせた。

 

 山の化身、エンテイ。

 

 相対するサキの前には、四匹のポケモン。

 先頭で半身を引いた構えを取るニューラ。その後ろに肩を並べる形でオノンド、オーダイル。そして最後尾にヒトカゲ。

 あの神と匹敵する程のポケモンに対して、十分な戦力とは言い難いだろう。むしろ心許ないと言える。

 サキはそれを素直に認めた。

 見てみぬ振りをして、蛮勇を振りかざすことこそ、愚行というものだ。

 戦力が足りていないのなら、それを策で補うのが、トレーナーとしての生業だろう。

 

 戦況は膠着状態。

 エンテイというポケモンは、悠然と佇んでいるだけで、すぐに襲い掛かってくる様子は見受けられなかった。

 しかしその双眸は、向かい立つ四匹ではなく、サキ自身に真っ直ぐ向けられている。一挙手一投足を見逃すまいという雰囲気を感じた。おそらく、サキが何らかのアクションをすれば、直ぐに対処してくることだろう。どうやらそのポケモンはかなりの知力を持っているらしい。

 

 成る程……サキは以前読んだそのポケモンに対する資料を思い起こし、その上で感嘆した。

 

 山の化身という呼ばれの由来は、火山の噴火と共に誕生するからだっただろうか。

 確か、その逸話を裏付けるように、炎タイプだった筈だ。

 しかしこうして見てみれば、まるで不動の山そのものにも見えなくはない。

 

 見た目からして小手先の攻撃で倒せる感じではないし、返し刃の攻撃もかなりの威力だと思って然るべきだろう。オーダイルならまだしも、オノンドやシャノンがそれを耐えられるとは思えない。

 ならば一撃で落とすか?

 と、考えても、オーダイルの水技一発で倒せるとは思えない。かと言って、火力を補えるオノンドの竜の舞を、何のカモフラージュも無く使わせてくれるとも思えない。

 波状攻撃を考えてみても、後の先をとろうと身構える相手は、先ずそれを警戒している筈だ。相手が何をしてくるかが具体的に分からない以上、そうなると一気に崩されて仕舞いだろう。

 足りないのは決定力。せめてもう一体、オーダイルの他に、間髪入れず畳み掛けられるポケモンがいれば、簡単なのだが……言っても仕方無い。

 

 サキはごくりと喉を鳴らした。

 

――さて、どうすっか……。

 

 数十秒間、膠着した状態。

 このまま相手が動くまで待てば、隙を突けるというものだが……どうやらそうはいかないらしい。

 相手はあくまでも、こちらが襲い掛かったところを、丁寧に一匹ずつ仕留めていくつもりだろう。

 

 サキとしてはこのまま膠着状態を保っても良いが、隣で戦っているサクラの状態が気になる。

 出来れば早いところ援護に回ってやりたい。今のままでは視線さえ向けられず、情報さえ得られない。

 

 となると……やはり妙手をとるしかない。

 

 と、そう思い至った矢先だった。

 突如、少し離れたところから、絶叫が聞こえてきた。

 それは悲鳴というよりは雄叫びで、この閉ざされた空間越しに伝わってくるのだから、相当な音量だった。

 

 思わず視線を向けそうになるが――向けずとも分かった。

 サキはそれで何度も吹っ飛ばされている。

 

 ハイパーボイス。

 おそらく使わせたのはアキラだろうが……と、思い至ったところで、ふと気がつく。

 この水底の神殿。

 外壁が崩れれば、一気に水が押し寄せてくる。そんな状況でバカみたいな衝撃を生む技を使えば……とは思うが、この神殿はびくともしていない。

 辺りを改めたい気持ちを押し殺しながら、崩落を意味する振動が無いことを理解する。

 もとい、サクラなら兎も角、アキラはそういうところを加味出来る人間だ。何かしらの確信があってやったのだと思える。

 

 成る程。

 これは朗報だ。

 

 脳の中でガチリと嵌まる何か。

 それを実感すれば、サキの脳裏には明確なビジョンが見えた。

 

「パターンB。こっちに寄せ付けるな!」

 

 そして指示を下す。

 即座に反応したのはオーダイルだった。

 横っ飛びに跳ねたかと思えば、口腔を開き、真白の光線を放つ。

 対するエンテイの反撃は早い。

 同じく口腔を開いたかと思えば、橙色の炎を……オーダイルにでも光線にでもなく、正面のニューラ目掛けて放った。

 それを認めたサキは、すぐ様理解する。

 あのポケモンは、『対処』をしようと言うのではない。確実の削げる戦力から削いでいくつもりなのだ。

 

「シャノン!」

 

 サキの声に呼応して、シャノンは跳躍。

 吐き出された火炎放射を、飛び越える形で接近戦へ。

 しかし、エンテイの反撃は尚も続く。その口腔は、空中で無防備なシャノンを捉えていた。

 

 が、そこへ着弾するオーダイルの冷凍ビーム。

 がくりと足を崩せば、エンテイは驚愕の表情を浮かべた……地面が、凍っている。

 炎は暴発し、シャノンから僅かに逸れて、天井を焼いた。

 

 そう、辺りの岩壁が見た目よりも硬く、崩落の危険性が無いのなら、そこを凍らせても問題は無い。

 それによって氷タイプのシャノンは有利になるし、対するエンテイは足を取られる。

 

 それを認めた視界の隅で、オノンドが声を上げる。

 竜の舞が完遂された。しかし、まだ一回。あと二度は使わねば、エンテイを仕留める程の火力を出すには至らないだろう。

 

 エンテイが轟と唸る。

 凍り付いた足下を一瞥し、そこを焼き払っていた。

 自身の前足もろともに焼いているが……そこは炎タイプのポケモン。自らの火で、火傷することは無い。

 その熱で氷が解けて、辺りに真白の煙が巻き上がる。

 それを認めたサキは、よしと拳を握った。

 

 無論、溶かされるのは想定内。

 次に重要になるのは、その煙だった。

 

「オーダイル! 続けろ! ヒトカゲも続け!!」

 

 再度冷凍ビームをぶっ放すオーダイル。

 しかし今度は、てんで明後日な方向を凍らせる。が、今度はヒトカゲがそれを溶かした。

 水蒸気が増える。サキの膝元に至るまで、その煙は増した。

 

 その意は――。

 

「シャア!」

 

 いつの間にか着地したシャノンが、エンテイの後ろから跳びかかる。

 その鉤爪は逞しい体躯を確かに捉えた。しかしびくともしない。

 エンテイが轟と唸る。

 即座の反撃が行われたが、その瞬間にはシャノンの姿は消えている。真白の煙を隠れ蓑に、再度の騙まし討ちが行われる……が、芳しいダメージは通らないようだ。

 

 だが、それでいい。

 

 再度唸り声を上げれば、オノンドが二回目の竜の舞を完遂した。

 シャノンの攻撃はあくまでも囮。本命はオノンドによる一撃だった。

 撹乱による陽動。

 それこそがサキの作戦だった。

 

 が、しかし。

 

「グォオオ!」

 

 エンテイが唸る。

 前足を振り上げたかと思えば、それが大地を強く打つ。

 次の瞬間、大地が揺れた。

 同時に衝撃が辺りへと伝わり、サキの身体までもがほんの僅かに宙へ浮く。

 それは、地ならしと呼ばれる技。

 普通のポケモンバトルで使われた場合、大した脅威ではない。

 しかし、現状においてそれは、予想外かつ、致命的な一撃だった。

 

――そんな技も持つのかよ!?

 

 思わずサキは、目を疑った。

 そして着地するなり、前方を認めて口を大きく開いた。

 

「シャノン!」

 

 未だ地面から浮き上がっている小さな体躯。

 間近に居たシャノンは、そのダメージが顕著だった。

 

 また、その攻撃はシャノンだけを捉えた訳ではない。

 オーダイル、オノンド、ヒトカゲが、揃ってダメージを負っていた。

 とすれば、相性が悪く、まだ十分な育成がされていないヒトカゲが、あっさりと双眸から光を失くす。

 

「くそっ!」

 

 地鳴りが響く中、足をもつれさせながらも、サキはヒトカゲの身体を抱きとめに行った。

 が、その最中、視界の端に、こちらへ真っ直ぐ向けられている視線を認める。その双眸は深紅。気高く、今尚悠然としていた。ハッとした時には、不味いと悟る。

 

 エンテイは今、この瞬間を、機と見ていた。

 間違いなく、それは分かった。

 が、ここでサキが止まれば、ヒトカゲの命は無い。

 それも分かった。

 

 だから、止まることは出来なかった。

 

 再び前足が振り上げられたタイミングで、サキはヒトカゲの体躯を身体に受け止める。

 その足が振り下ろされるまでに回避を……と、思うが、明らかに間に合わない。

 

 が、その時。

 

「シャアアア!」

 

 その足を下から受け止める小さな体躯。

 先程の一撃で煙が吹き飛んでいた為、サキの目は、確かにそれを捉えた。

 

 その体躯は光に包まれ――いつぞや、アサギで買ってやった鉤爪型のアクセサリーが、砕け散った。

 

 ぶんと振るわれる細腕。

 しかし、その見た目からは予想外にも、エンテイの巨躯を軽々といなす。

 素早く腰溜めにされたもう一方の腕がぶんと振るわれれば、彼女を覆っていた光が爆ぜた。

 

 洗練された冷凍パンチ。

 それは決して相性が良いとは言えない技だったが、エンテイの体躯を僅かに怯ませる。

 続いて足を崩すけたぐりが撃たれれば、地に着いたばかりの前足があっさりと払われた。

 驚愕の表情で低所に下りてきた頭へ、後方宙返りをしながら放たれる燕返しが決まる。

 

 そして、距離を置いた彼女は自らの長い鉤爪をちらつかせ、舌でそれを舐めずった。

 

 


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