天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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Don`t give up.

「スイクン!!」

 

 コトネは身体の痛みさえ忘れて、叫び声を上げた。

 その体躯は遥か頭上を舞って、後方へ飛ばされていく。

 ホウオウが制止したのを認めたコトネは、思わず振り返った。

 

 湖の化身は、赤き飛沫と共に、崖下に。

 

 ああ……と思えば、その体躯はすぐに見えなくなった。

 

「……スイ、クン」

 

 不意にその方向へにじり寄ろうとするが、ハッとすれば身体中を激痛が襲った。

 

「っつぁぁああ……」

 

 腕が、焼けるような痛みを覚えた。

 歯を食いしばりながら改めれば、安らかな顔で眠るサクラの下に、血塗れの自分の腕を認める。

 運が悪かったのか、彼女を助け出した際に、相当深く抉られていたらしい。一度頭で理解すれば、力を籠められない程の痛みを感じる。それは痺れのようにも感じて、ガクガクと痙攣しだせば、もう言う事を聞いてくれない。

 

『……此れで仕舞い。貴様等に福音は与えられぬ』

 

 スイクンが身を呈して救ってくれた現状。

 しかし、それは急場を凌いだだけだった。

 

 まるでそう知らしめるように、ホウオウは攻撃を止める。

 その場で大地に足をつけ、悠然と改まった。

 

 激痛に蹲りつつ、それでもコトネはサクラの身体を庇うように抱く。

 決して渡すものかと、歯を食いしばって、力の籠もらない身体を震わせた。

 

『退け。貴様を屠るのに、その娘まで巻き込む訳にはいかぬ』

 

 ホウオウは慈悲でもかけるかのように、静かな声色でそう言った。

 無論、彼からすれば、サクラを巻き込まずにコトネを殺すことなど、容易だろう。

 

 態々言葉にして忠告してくるのは、それが面倒だからか、はたまた母親らしいことをさせてやろうという慈悲そのものなのか……クソッタレ。コトネは唾でも吐きかけるような心地で、顔を伏せたまま、かの神を睨み上げた。

 

「退かない。死んでも、退いてやんない」

 

 そして言い切る。

 

『左様か』

 

 するとホウオウは端的に応えた。

 

 ドクン。

 コトネは胸に、嫌な感覚を覚えた。

 

 何を……と、改めても、何も見て取れない。

 しかし、脈打つような鼓動を今一度感じれば、身体中に不快感を覚える。

 背筋がゾクりとすれば、即座に全身が震え、冷や汗が流れた。

 不意に、口の中から血の味がした。

 

 いつ、どこで、そんなダメージを負ったのか……気が付けば、腹が痛い。頭が痛い。腕が痛い。足が痛い。ものの見事に全身が痛い。

 

 いや、違う。

 ホウオウが何かをしてきている。

 視界の端に、対P波装置に大きなヒビが入っているのを認めた。

 おそらくサクラを助けた時だろう……無茶はするものじゃない。

 こうなっては、ホウオウの神通力を防ぐ術も無いじゃないか。

 

 完全に手詰まり。

 崖下から援軍が来るような気配も無い。

 

 だが――。

 

『諦めるな。コトネ』

 

 不意に聞こえる、誰かの声。

 それは確かに、先程聞いたものだった。

 

――誰に、言ってんの……スイクン。

 

 コトネは不敵に笑む。

 

 諦めるのなんて、有り得ない。

 自分が死ぬその瞬間まで、諦める必要性は、まるで無い。

 

 絶望?

 敗北感?

 

 そんなものに打ちひしがれるのなら、痛みを堪えて、石の一つでもこのクソッタレな神に投げつけてやれ。

 

 コトネはホウオウを再度睨み上げた。

 噛み締めた歯の間から熱い息を吐くと、全身を震わせながら言葉を紡ぐ。

 

「そっちのヒビキが、あんたに何て指示を出したのかは、知らない」

 

 血が流れる。

 不意に喉が震えれば、胸の奥から熱い塊がこみ上げてきた。

 咳と共に吐き出せば、抱えたサクラの頬にコトネの血がかかる。

 

 それでも、尚もコトネは神へ向き直る。

 

「だけどねぇ……」

 

 胸に宿る塊は、血だけにあらず。

 滾る思いは、まだ吐き出されちゃいない。

 

 視界の先、ホウオウが背を向ける瓦礫が、ガタリと動いた。

 が、コトネの視界はそれをまともに理解してはいない。

 ただただ、衝動のまま、言葉を吐き出すので精一杯だった。

 

「家族()()()を大事にするのが……ヒビキでしょ。それが出来ないなら――」

 

 瓦礫が、割れる。

 

 食い入るように聞くホウオウも、激情するコトネも、気付かない。

 

 

「そんな奴……私達のヒビキじゃねえっ!!」

 

 

 ズガン!

 コトネの怒号に呼応するように、ホウオウの背後で、瓦礫が吹っ飛んだ。

 そして、その中から一筋の紫電。

 

『なっ!?』

 

 二度目の驚愕。

 しかし、三度目は無い。

 

 驚くホウオウ。

 コトネも我が目を疑った。

 

「ゼクロム――」

 

 そこに居たのは、黒き雷を従えた若い英雄の姿。

 茶色い髪を真白に凍てつかせ、ぼろのように汚れた衣服を纏い、それでも見栄えする美しき女性。

 

 指が差され、それに従う雷は、既に紫電と化す。

 

 

「雷撃ーっ!!」

 

 

 身体中を真白に染めて尚、その英雄は気高く叫んだ。

 身体中に癒えぬような傷を負って尚、紫電は気高く応えた。

 

 目にも留まらぬ速さで消えたと思えば、つんざくような悲鳴が上がる。

 

 ハッとすれば、コトネの頭上を七色が吹き飛んでいった。

 

 遅れて来る、旋風。

 音さえ、遅すぎる程に遅れて聞こえた。

 

 振り返れば、大空に打ち上げられたホウオウの姿。

 そして、未だその体躯を突き上げ続ける紫電の姿。

 

 空が轟と唸る。

 バチバチと音を立てれば、曇天の空がどす黒く染まった。

 

 その空へ。

 

 空へ。

 

 遥か高き、空へ。

 

『おのれ、おのれ……っ』

 

 そして――閃光。

 

 大地を揺らす程の爆音と共に、巨大な雷が、神と紫電へ降り注いだ。

 

 

『ヒビキ……ヒビキィィィーッ!!』

 

 

 爆発音に似た何かで、聴覚が失われる中。それでも、絶叫するようなその声が、コトネの耳に確かに届いた。

 そこで、何が起きたか認め直すより早く、コトネは理解した。

 

 それが、天の神の最期だったのだ。

 

 

――リィーン。

 

 

 鈴が、鳴った。




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