天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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邂逅

 ルギアが此処から潜ると言う位置へ着いた頃。少女はハッとして身支度を整えた。

 

「サキ、アキラ。起きて!」

 

 そして叫ぶような声を上げ、未だ眠りの中にいた二人の身体を揺する。その声が珍しかったのか、サクラと違って二人の寝起きが良かったのか、すぐに二人は目を開いてゆっくりと身体を起こした。

 

「……着いたのか?」

 

 寝足りない。そう言うかのように、自分の額を片手で擦るサキ。サクラがうんと返せば、彼の隣で首を左右に傾けてゴキゴキと鈍い音を鳴らすアキラがくすりと笑う。

 

「こんな日では珍しい事もあるものね。サクラが起きているだなんて」

「仮眠とらせたからな」

 

 アキラの悪態に、サキが欠伸混じりに返事をする。すると彼女はふむと言って俯く。

 

「凶兆で無ければ良いのですが……」

 

 続く悪態に、思わずサクラは顔をしかめた。

 

「……今それは洒落になってないよ?」

「あらそれは失礼」

 

 とはいえ、眠る前の調子とは一転して、いつものように尊大な態度のアキラとは馴染み深くて安堵出来る。それに気がつくと、サクラは肩を揺らしてふっと笑った。同じ心境なのか、サキも薄らと微笑んでは肩を竦めてみせる。

 

「……準備、良い?」

 

 今一度二人を見詰め、黒いボブカットを風に靡かせながら少女は問う。

 

「聞くまでもねえだろ」

 

 赤髪の少年は大胆不敵にそう零す。

 

「端から準備なんて(そんなもの)整ってる訳ないですの」

 

 桃色の髪の少女が呆れ混じりに締める。

 

「……知ってた。もう、ほんっとヤんなっちゃうよね!」

 

 そして二人の言葉にげんなりとした表情を浮かべ、サクラは「あはは」と笑い飛ばした。

 

「ま、やる事をやるだけだ」

「やりがいあって実に僥倖ではありませんか」

 

 大胆不敵。

 

 正しくその一言に尽きる。

 

 サクラは頼もしいばかりの二人へ頷きかけると、ルギアの頭部を振り返った。

 

 そして――。

 

「ルギア! もう思いっきり突っ込んで!」

『心得た』

 

 指示を出す。

 応える翼竜は、海の神としての威厳に満ちた咆哮を上げる。

 

 ぶわりと翻る白銀の体躯。

 背中に乗る少女達は、見えない足場に戸惑ったが、海の神が彼女らを離す事は無い。

 

 バタバタと音を立てて、背中のヒレが畳まれる。

 まるでその動作に合わせるように、大きな翼も畳み、身体は水面に向けて垂直に。

 

『さあ、()こう。主よ。そしてその友よ』

 

 真っ直ぐ落ちて行く白銀の翼竜。

 その速度はそれまでのゆったりとした飛行とは比べ物にならず、不可思議なバリアで覆われた筈のサクラ達でさえ、身を仰け反らせるような加速度を感じた。

 

 やがて水面へ触れ、凄まじい飛沫を上げながら着水。

 サクラ達はバリアに覆われていたからこそ無傷で済んだが、きっと生身ならその衝撃だけで死んでいたのだろうと理解する。……これが、神の領域を誇るポケモンの動きだった。

 

 端から見るものは居ないだろう。長く雨が降っていた水面は、きっと人っ子一人居ない筈だ。しかしもしも居たとするならば、それは正しく水面を穿つ一本の矢の如くと、そう語るのではないか。

 

 その後も正しく矢の如き潜水だった。

 

 翼竜が身を僅かにうねらせる度にぐんとした加速度を感じ、身体が翻る度に凄まじい圧力を感じる。

 

 サクラ達を覆うバリアは呼吸を助けたが、きっと他の様々な衝撃からも助けてくれているのだろう。事実ルギアの潜水に、腕でしがみ付いていられる状況なんてとっくの前に過ぎていた。今はただ、慌しく身振り手振りで、彼の背に本能的にしがみ付いたような動作をしているだけだ。サキはもう既に手を放して為されるがままだったし、アキラは膝を立ててウィルを抱きしめて宙を浮遊するかのような状況。アキラを見れば実に分かり易いが、三人がルギアの背中に居られるのは、正しく彼が助けてくれているからだった。

 

「……二人共。見て」

 

 やがて不意に零されたアキラの言葉。

 

 いつもの尊大さはこの状況で取り繕う余裕が無かったのか、実にあっさりとした口調だった。ハッとしてサクラが振り返れば、彼女は細腕でウィルを抱きしめたまま、()を指差していた。

 

 倣ってサクラは視線を向ける。

 

 

 ここは深海。

 天から射す光すら届かぬ場所。

 

 

 辺りは一面暗闇だった。

 そして、何も居なかった。

 

 ただ、アキラが指差した海底。そこには――。

 

『……ふん。私が我を掌握した際に滅ぼした我が大地ぞ』

 

 海鳴りの鈴が注釈する。

 

 一寸先は闇と言う暗がりの筈の海底で、しかし時折淡く、青く、光る苔のようなものが見えた。しかしそれは無造作な形で点在し、何の形すらとっていない――瓦礫の山だった。

 

「私が我を掌握? どう言う事だ?」

 

 言葉が気になったのだろう。

 

 サキが怪訝な表情で海鳴りの鈴へ問い掛ける。

 

『其れを貴様に教授する慈悲は無し』

 

 しかし返って来た言葉は、教えてやる義理は無いと言うような言葉。

 

 サクラは不意に、深海を黙々と進むルギアの頭部へと視線をやる。すると『私』のルギアは短く応えた。

 

『……時機に分かる』

 

 そして、彼は再び身体をうねらせる。

 ぐんと更に加速して、サクラは言葉を噤んで彼の背に寄り添うようにしがみ付いた。

 

 何か、大事な事を、隠してる。

 

 そんな気がした。

 しかしそれを改めて言及する暇は無く、次にルギアが零した言葉は一同に衝撃に備えろと指示する言葉だった。

 

 口腔を大きく開き、ルギアはそこへ莫大なエネルギーを収束する。不意に羽が開かれ、それが何の動作を表すのかとサクラが気にかけた瞬間――彼は一概に人が『破壊光線』と呼称する技を放った。

 

 あまりのエネルギー量でその光線は文字通り光を放ち、辺りを照らす。

 海底の瓦礫が顕になり、『それ』がかつての『渦巻き島』であった事を、ここでサクラは察した。

 

 真っ直ぐ伸びる光は、海底へ向けて垂直に落ち、そこへ空虚な穴を開ける。

 

 反動で止まってしまった潜水を、翼で水を凪ぐ事で再開し、ルギアはその穴へ向かった。

 

 

 消えていく光。

 サクラが不意に遠方を臨めば、ここら一帯から少し外れた場所は、更に深度があるようだった。

 

 先程見た海底は、盛り上がっているこの場所のそれなだけで、本来の海底はまだずっと深くにある。そんな気がした。

 

 サクラのその直感は正しかったのか、自ら開けた空洞へと、ルギアは進む。そしてそこからは右に左にと進路をとり、やがて巨大な水のカーテンを割る。

 

「ギャシャァァアアア!」

 

 思わず耳を塞ぎたくなる咆哮。

 

 しかしサクラ達はそれすらも忘れた。

 腕に巻いた『P波装置』が静かに振動する。

 

「ショオォーッ!」

 

 まるで海の神に呼応するが如く。

 気高い鳴き声が響く。

 

 地底より深く、天より最も遠いこの場所で、天の神は待っていた。

 

 七色の羽を円を描くように広げ、そのポケモンの赤い双眸は真っ直ぐルギアを見据える。

 

 

『漸く逢えたな。宿敵よ』

『貴様を穿つ。其れのみぞ』

 

 

 二匹――いや、二柱の神が、此処に邂逅した。

 

 その声を、サクラは確かに聞いた。


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