天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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神の守り人

 

 空を飛ぶ。

 今はもう日も高い。

 

 ルギアは少女の命令を今一度租借し、改めて考える。

 

――あの主が、尊さに優先度を設けた……か。

 

 サキとアキラが傷つけられるくらいならと、少女は言った。

 

 当然、少女の心掛けてきた決意を知っている一同は戸惑った。……が、あの彼女にああまで言わせたこの現状。それは単に自分達の力が足りてないからだ。そう気がつけば、各々頷く他はなかったのだろう。とりたてて臆病なロロは数分迷っていたが、やがて了解していた。

 

 少女はあの後、泣きながら詫びて、その後泣き疲れて眠った。彼女の友も、未だ眠りの中だ。

 

 

 ルギアは遠目に目的の地を臨む。……と言っても大地は無く、だだっ広い水面が何の浮遊物さえなく広がっているだけだが。辿り着くまではおそらく数分といったところか。

 

――今の内、のみであるな……。

 

 ルギアは飛行を止めて、双眸を瞑る。

 

 そして小さく鳴いた。

 

『聞こえているだろう……我よ』

 

 すると背中で小さなエネルギーが呼応するように反応を返して来る。

 

『何用だ。私よ』

『……急に済まぬな。しかし今しか言えぬ事がある』

『ほう。守り人に聞かせたくないと言う事か』

『うむ……』

 

 ルギアは短く返す。

 

 先程サクラが話しかけていた時は一切反応が無かったが、どうやら休眠をしていた訳ではないらしい。

 

――成る程。つまり故意に主を無視していたか。

 

 そうなると、これから話す事についていささか話して良いか迷う心もあった。しかし、もしも自分の『予想通り』である場合、少女が宿敵に勝利した後、この世界へ甚大な被害が起こるやもしれない。そう思えた。

 

 だからルギアは敢えて問う。

 

『なあ我よ……。主を尊ぶ心はあるか?』

『否。在る訳無かろう。我としては此処で寝ているもう一人の人間の方が、余程尊い才を持つように思う』

 

 横で寝ているもう一人の人間……。と、言われてルギアは察する。

 

 ルギアとしては頭脳明晰な少年に思う所があるものの、『我』が自ら一人の人間を認め、話しかけたのは桃色の髪をした小さな少女、アキラだけだ。成る程。確かに彼女は『導き手』として実に尊い力を持っている。神の守り人としての才は、確かだろう。

 

 『我』としてはアキラを守り人とし、彼女に仕えたいのかもしれない。

 

 事実、奇特なシャツを着た男と草食獣を倒した際、彼女へ我が語りかけた言葉は、あの場にいた男はおろか、主たるサクラにさえ聞こえないものだった筈だ。

 

 こう表現するとすれば語弊があるが、あれはある種の『求愛』とも言える。

 

 自分の守り人を選び、仕える行為は、まさしく恋慕の情と良く似ているのだから。

 

 『私』の声がどれ程潜めてもサクラへ届いてしまうように、『我』はあの時アキラと言う少女を認め、その対象にしようとした。

 

――そんな事はどうでも良いのです。私がサクラのポケモンであるルギアを操れる訳が無いでしょう!?

 

 結果は無残。断られたが。

 

 已むを得ず『私』がマスターボールから強引に飛び出て、アサギを去る事になり、今に至る。

 

 

 まあつまるところ、今の返答を鑑みれば、仮に『私』のルギアが居なくなると、『我』はサクラを主として認めなくなってしまうという事だ。……()()()()()

 

『……どうすれば主を認める? 主の才は先程見ていたであろう?』

 

 ルギアは改めて問い掛ける。

 

 先程見せたサクラの才。あれは随分と稀有なものだった。

 

 ヒエラルキーの頂点と慢心を持つ人間には珍しいもの。真にポケモンと言う生物的に隔たりのあるものを自らと同列にあると認め、声に耳を貸す事が出来る事は、何とも尊い。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()、今となっては何人いるかも知れない才だ。

 

『……ふん。あのようなものが才? 下等生物と同列に身を落とす行為をか』

『否。あれは脆弱な命をも尊ぶからこそ出来る行為だ』

『其の脆弱な命を守る為、宿敵に認められし高貴な命を蔑ろにしろと宣うたではないか、あの娘は』

 

 確かに。『我』の言う事は一理ある。

 

 宿敵とは言え、神の対に当たるホウオウ。かの者が認め、これまでの時を仕えて来たとするなら、サクラの父であるヒビキの命は実に尊い。その才はきっと稀有なものだ。彼が世界にとって災厄をもたらすとて、それは人の世の話であり、ルギア自身にとって大した意味はない。有り体に言って、些事だ。

 

 尤もそれはルギアが誰にも仕えていなければの話で、少なくともサクラに仕えている『私』からすれば、ヒビキの命なんてものはサクラよりもずっと下賤なものだ。

 

 つまり、『我』はあくまでもサクラを認めていない。そういう意味でもある。

 

『……どうあってもか。我よ』

『ふん。所詮貴様は()()()()()よ。私よ』

『…………』

 

 言葉を無くす。

 

 自分が言わんとする事は、『我』にとってお見通しのようだった。

 

 ルギアは双眸を閉じ、小さく息を潜める。

 

『……ならば主が貴様の言う高貴な命に認められし時、今一度一考をしてくれ』

『ふん。其れは当然だ。我は神ぞ。神は赦し、認め、改めるが故の権利を持つ』

『で、あるか……』

 

 小さく息を吐く。

 

 全ては主たるサクラを信じるしかないようだ。そう思った。

 

 『我』は少しばかりサクラの話を誇張しているようにも感じる。彼女はトレーナーを攻撃する事を最悪の場合を想定した上で許可した訳だ。端からトレーナーを狙うような価値観の少女ではない。そして、その命まで奪おうとは、きっと考えていない事だろう。

 

 ただ、相手は間違いなくサクラの命を狙っている。差し迫った状況で彼女の理性が何処まで仲間をセーブさせるかは、その時になってみないと分からない。もしかすると勢い余って命を奪う事だって、有り得なくはない話だ。

 

 かといって今から自分がサクラに言って聞かせるのは、もしも差し迫った状況というものに陥ってしまった場合、彼女の自衛手段を極端に削る事になる。自分がホウオウと相対する事を考えれば、『神に認められしトレーナー』を相手どるにサクラのポケモンは戦力不足と言わざるを得ない。

 

 

 信じるしかない。

 否。きっと主なら正しい道に行かれる。

 

 

『……我よ。宿敵の相手は私に任せても良いのだな?』

 

 今一度問う。

 

『くどい。この戦は先刻において、優秀な導き手に免じて貴様に譲った筈。貴様自身が貴様を御せるかまでは知らぬが、貴様の好きにするが良い。但し敗北は許さぬ。聖域にて宿敵に苦戦するようであれば、我が全てを滅すると知れ』

 

 つまり敗北しない限りは、アサギで懸念したような『暴走』はせずに済む。あの時、共にサクラから叱責を受けたサキには申し訳なく思うが、『我』にそこまで言わせるアキラには感謝してもしきれない。

 

『心得た』

 

 ルギアはふうと息を吐く。

 

 

 そうだ。信じよう。

 主ならきっと理解してくれる。

 

 かつての罪を、彼女ならきっと裁いてくれる。

 

 罪悪感に苛まれるであろうが、その頃にはきっと我を御しているだろう。

 

 信じよう。

 これは良い思考放棄の筈だ。

 

 

 ルギアは曇天の空を仰ぐ。

 

 そして一鳴き。

 

 瓦礫でも崩したかのような音と共に、薄暗い雲が朝日に負けじと稲光を放つ。

 

 

「……ルギ、ア?」

 

 流石にこんな日では、珍しく寝起きが良いようだ。サクラの声がする。

 

 ルギアは僥倖と言わんばかりに再度鳴き、羽を一度だけ深く扇いだ。

 

『主よ。到着した』

 

 

 そして告げた。

 戦の始まりを。


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