天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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小さなヒーロー

 

 爆発音がしたと思えば、すぐに電気が消えた。

 

 思わずサクラは「わっ」と声をあげれば、サキが「シッ!」と言ってくる。静かにしろと言う意味だとはすぐに察したが、どういう事かと目を瞬かせれば、すぐにけたたましいサイレンの音。あまりに唐突で、倉庫内に居る所為かやたらと反響する。元より警報音は人の耳に嫌悪感を抱かせるように設計されているとテレビで言っていたが、大音量で響くそれをジッと聞かされ、耳を塞ぐ事も許されないのは拷問なんじゃないかとさえ思った。

 

『緊急事態発生。主電源システムに甚大な被害が発生。職員はただちに原因を調査、及び対処して下さい。お客様は職員の指示に従い、迅速な避難を願います』

 

 そして一頻り警報が響いたかと思えば、やはり大音量で警告が続く。それさえもこの場所では反響し、サクラは思わず身を出来る限りで縮こまらせて目をきつく瞑った。

 

 なんなのこれ。なんなのこれ。

 

 と、そう思う。

 

 それまでサキとの会話も少なかったからか、サクラの耳は静寂に慣れていたようだった。あまりに煩い警報の所為で耳鳴りがしたかと思えば、警告なんて何を言っているのかさっぱり分からなかった。これじゃ警報も警告もまるで役に立っていないじゃないか。とも思う。まあ倉庫に押し込められて警報を聞くだなんて早々ある状態じゃないだろう。仕方無いかもしれない。

 

「いち……に……さん……」

 

 そんな折、サキが突然数を数え始めた。小さくぼやく声は警報の音でサクラの耳には何と言っているかは分からなかったが、気がついたのは彼のカウントが「ご」と至った頃――。

 

『にげろぉぉぉ……』

『きゃぁぁ……』

『ば、爆発だぁ……』

 

 警報の音よりはずっと人間の耳に優しく、しかし警報の音よりもずっとくぐもって()()()()()

 

「ひ、悲鳴!?」

 

 思わずサクラは静かにしろと言われたのを忘れて言葉を零す。今しがた聞こえてきた声に対して、本当は聞かなくても分かりきった事なのだが、衝動的に身体が反応してしまった。ハッとして肩を竦ませ、後ろのサキを肩越しに振り返れば――。

 

「サク、叫べ!」

「え?」

「いいから早く!!」

 

 サキの突然の指示にサクラは困惑する。

 

 叫べ? 何を!?

 

 と、考えて、すぐにハッとする。この現状、『他に』何を叫べと言うのか。叫ぶ内容なんてひとつしかないだろう。サクラは大口を開けて、お腹にありったけの力を込めた。

 

 

「誰かたすけてぇー!!」

「誰か、倉庫で動けねえんだ! 助けてくれ!!」

 

 

 少女の叫びに少年が続く。

 

 この現状。少年はもう当然のように冷静かつ狡猾だった。

 

 警報と警告の内容。そしてそこから『反応』があるまでの秒数。

 

 少年はそれらから理解した。

 

 

 今自分が閉じ込められている倉庫には『監視』が無い。そして『ミヤベ』。……これらからここが何処かと言う疑問への回答には三種類あった。ひとつは『バトルフロンティア』。次点で『アサギから出た船』。そして『見も知りもしない場所』。だが、先ほどの警告が主電源の故障に対する()()を指示していたのなら、間違いなく船ではない。船ならば避難を推奨する筈だ。つまりこの場所は『捨てて逃げる』と言う選択肢が無い場所だろう。

 

 依然『見も知りもしない場所』である可能性は否めなかったが、たった今そこに対する反論も出来た。『警告』からの『反応』までの時間、そしてその反応の『内容』。明らかに反応したのは警告が指示を出した職員ではなく、『お客様』だろう。そしてその『お客様』が反応するよりも早く、非常事態のマニュアルを知っている筈の『職員』の反応が無かった。つまり、監視をされていないと思った時点で予想こそしていたが、やはりここに警備はおかれていないのだろう。

 

 そう、今が助けを求めるタイミングだと言う確信が出来た。

 

「お願い、助けてー!!」

 

 依然少女が叫ぶ。少年は彼女に叫ぶ事を頼み、『この先』を思案する。

 

 助けがくれば良し。しかし逃げ惑う観衆が助けてくれる事をサキは期待しちゃいなかった。

 

 監視もつけずに、防音設備を施していない場所に子供二人を残す筈が無い。客にばれたらそれはそれで施設的に問題があるだろう。時間もたっぷりあったのに移動させるような素振りもなかった。……つまり端から助けを呼んだところで客室に声が届かない場所と考える方が利口だろう。事実先程聞こえてきた悲鳴も小さなもので、間違いなくここは防音室だ。むしろさも『助けを呼べ』と言うかのようにミヤベはサキの怒りを煽るように挑発してきていたじゃないか。それ即ち、叫んで体力を消耗してくれた方が彼らにとってやりやすいだけなのだろう。だから敢えてサキは耐えてきた。

 

 なら、何故今になって叫ぶのか――。

 

 

 ズガン。

 

 と、音が鳴る。少年の目にも暗がりで見えないが、おそらく扉が外から殴られたかのように大きく凹んだんだろうと思えた。

 

「サク、もういい」

「……うん」

 

 少女も気がついたのだろう。叫ぶのを止め、身体を縮こまらせるようにしていた。その彼女に背を預け、少年はふっと笑う。心の底から安堵した。

 

 怖かったろう。不安だったろう。ずっと自分が喋らずにしていたから、いくら豪胆なサクラでも思うところはあった筈だ。……だけどそれも終わりだ。

 

 誰に聞こえる筈がないと思えた声。だけど、それは相手が『人間』ならば。でもだからと言って、ポケモンだからと誰の何の声を意識して聞き分けようとしていなければ、()はきっと騒々しくて耳に入らないだろう。そう、なら意識して聞き分けようとしているポケモンがいるとすれば……?

 

 ドガッ。と言う何かが吹き飛んだ音。次いで、バタンと何かが倒れた音が続き、何かしらの衝撃から起こった風が二人のもとへ。

 

 そして――。

 

「チィッ!!」

 

 大きく鳴き声があがる。

 

「よう。小さなヒーロー」

「……れ、レオン!?」

 

 想定していた少年と、想定していなかった少女と、二通りの反応に満足げな鳴き声が再度挙がる。

 

 そう、まさしく与えられた名前に恥じぬヒーローが、そこに現れた瞬間だった。

 

 

 レオンのアイアンテールで捕縛から脱した二人。どうやら小さな彼が単身でサクラ達を助けに来たらしく、アキラは何処にも居なかった。どういう事かとサクラは更に困惑したし、アキラが無茶をしているのではないかと気に病んだ。しかしそんな事はお構いなしと言った様子で、レオンは二人を急かすような声を上げる。

 

「……とりあえず後回しだ。今は脱出を急ぐぞ」

「うん」

 

 そこへサキがそう言うものだから、サクラはしぶしぶ納得する。

 

 そして非常灯だけが点っている通路をレオンの先導で駆けた。先ほどまで閉じ込められていた倉庫とは違い、靴が踏み鳴らす絨毯の感触は柔らかい。時折非常灯が照らす置物は一目に豪華そうに見えて、「やっぱバトルフロンティアだな」と零す少年の言葉に同意する。昔教科書で見たバトルフロンティアの資料にも、絢爛豪華な写真が載っていたっけ……なんて思う。

 

 通路を右へ、左へ。小さなヒーローの背中は二人が視界に収められるぐらいの先を、二人に合わせた程の速さで駆けて行く。やがて階段を一度上り、その後開いたままの扉が見えた。その先は月明かりで照らされているのか、とても明るく見え――。

 

「急げ。Lの保持者と協会の会長の息子だ。くれぐれも傷つけずに連れて行くんだ!!」

 

 外へ出ようとした二人と一匹を待ち構えていたのは、漸くにして二人の身を移送しようとやってきたのだろう男達だった。思わずドキリとしてサクラは息を呑むが、出口を塞いで現れた男達は目の前にサクラとサキがいるのにこちらへそのまま突っ込んでくる――。

 

 ハッとしたサキがサクラを抱きしめ、通路の端に退避した。

 

 すると男達はまるで『二人に気付かず』、二人が今しがた通ってきたばかりの階段を下っていってしまった。

 

 あれ?

 

 と、どうしようかと身構えたサクラが首を傾げ、去って行ってしまった男達を見送る。

 

『……フジシロだよ。命懸けの力なんだ。急ごう、サク』

 

 そこで可笑しな誰かの声がする。

 

「……サキ? なんか言った?」

「いや、えっと……」

 

 少年もどうやら困惑している様子だった。更にそこで、咄嗟にサクラを抱きしめた事に対してハッとしたらしく、彼は慌てて「ま、まあいいから行こうぜ」なんて早口に捲くし立ててきた。訝しいとは思いつつも、サクラは彼に続いて施設を後にする。

 

 フジシロさん?

 命懸け?

 

 サク? 私?

 

 脳裏にこだまする言葉。

 

 しかしそれもすぐに忘れてしまう事となる。

 

 

「ギャシャァァアアアアアア!!」

 

 

 かつて一度聞いた声。

 

 数えられる程だけ見たその姿。

 

 

『主よ。何処だ!!』

 

 

 遠目に天を目指さんと言うかのように上がる光の柱。そしてその中を駆ける白銀の翼竜。

 

 突如、空に陰り。どす黒く見えた空が更に曇り――大粒の雨。

 

 

 脳にフラッシュバックする光景。

 

 ワカバの、あの日――。

 

 

 サクラは思いのままに叫んだ。

 

「ルギア!! ここだよ!! 私はここに居る!!」


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