天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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リトルフェアリー

 草食獣が二本足で立ち上がったような見た目。しかし草食獣と言ってしまうにはあまりに不要に見える筋骨隆々としたその肉体。プロテクターのように隆起した肉の装甲は生半可な馬力の牙や爪を通さず、獣であるというのに火や雷さえも半端な火力では機嫌を損ねるだけと言われた。野生の厳しい生存競争において、草食獣であるにも関わらずヒエラルキーの上位に位置すると言えば、どれ程そのポケモンが戦闘に特化しているか分かるだろうか。

 

 そのポケモンが、二匹。

 

 元よりガルーラというポケモンの強靭な肉体の理由とは、腹袋に入れた子供を守る為と言われた。……が、メガ進化を経て、その子供が成長した。

 

 アキラとウィルの前、威風堂々とした姿でこちらを見てくるガルーラの腹袋は空。代わりにその横に、成長途中の子ガルーラがあどけなさを残す瞳でこちらをじっと見ている。

 

「……ふん。謂れの由来はそのメガクチートとキミのチビな身体……だったかい?」

 

 そのガルーラの背に半身を隠し、ミヤベはにやりと笑ってそう零す。

 

 向かい合うアキラは肩を竦めて返した。

 

「さあ? 興味ないわ。だけど間違ってると思いますの」

「あん?」

 

 怪訝そうに見返してくる男。アキラは首を横に振って「どうでもいい」と言って捨てる。

 

 アキラの前、二本の大顎を模した角から白い煙を微かに吐き出し、好戦的に感じる唸り声をあげるポケモン。時折大顎が開いてはグチャリと音をたて、開いては閉じ。まるで身体の調子を確かめるようだった。やがて彼女は大顎から伸びる帯を手で払いつつ、軽く地団駄でも踏むように袴から出ている小さな足を上げて、下ろす――ズドン。大きな音と共にアスファルトが割れ、メガクチートの足下のそれが捲れあがる。

 

 その足を基点にして、アキラへ身体ごと向き直ってくるウィル。

 

 大顎が戦闘の為の武器であり、盾であるクチートにとって、背面を敵に向ける姿は正しい戦闘態勢と言える。振り返ってきた彼女の容姿は衣装のような体躯のカラーリングが変わり、まるで髪を縛った後に残ったもみあげのような帯は長くなり、それでいて愛らしさがそのまま残った相貌。

 

 ウィルはじっとアキラの方を見てきていた。視線を交わすアキラはこくりと頷く。

 

――ウィルが自分からちゃんとした戦闘態勢を取るなんて、珍しいわね。

 

 なんて、そう思うものの、それだけウィルが敵を危険視……ではなく、この場を即座に鎮圧しようとしているのだとアキラは悟る。

 

 

 向かい合って数秒。

 

 先に仕掛けたのはミヤベだった。

 

「ガルーラ、地震だ!」

 

 即座にウィルが相対するメガガルーラを肩越しに振り向く。その姿にアキラは叫ぶように指示を出した。

 

「わたしの事は良い。気にせず立ち回りなさい!」

 

 四股を踏むかのように振り上げられた親ガルーラの右足。その隣で子ガルーラも親に倣って足を振り上げ――二匹がアスファルトを踏み抜いたのは同時。

 

 即座に親ガルーラの足下からアスファルトが波紋するかのように隆起。それは正しく衝撃と言う形でウィルはおろか、アキラへも襲い来る。

 

 アキラは身を翻す。足元に置いていたサクラ達の荷物を掴んで、ガルーラが対象としていた筈の最も衝撃が強い位置から退く。衝撃が横を過ぎたと余波の風圧を感じると同時に、彼女の視線は相棒の方へ。

 

 ウィルは隆起する地面の波を大顎を基点にした前方宙返りで回避していた。

 

「ウィル!」

 

 即座にアキラは叫ぶ。それは名詞を使わない『第二の指示』。

 

 親ガルーラの地震を回避しきったウィルへ、子ガルーラが放った第二の衝撃が襲った。

 

 ドゴォ。と言う鈍い音が響き、およそ大地を揺らしただけの衝撃とは思えぬ程の勢いで、ウィルの身体が吹き飛ぶ。

 

 その様子を見てか、地震の影響が無いらしいガルーラの後方で男が笑い声をあげた。

 

「メガガルーラの攻撃は二段構えさぁ! 知識が足りねえなぁ、リトルフェアリーよぉお!」

 

――しかし。

 

「グォァアアア!」

 

 高らかな咆哮。

 

 その声は親ガルーラのもつ声質ではなく、子ガルーラのもつそれでもない。ましてや今しがたメガクチートが吹き飛ばされた先であがったものでもない。

 

「アイアンヘッド!!」

 

 そしてアキラの指示が続く。

 

 その場、正しく見えていたのはアキラだけだろう。きっと直接対峙している子ガルーラはおろか、親ガルーラさえも分かっていなかった。

 

 ウィルの咆哮は親ガルーラと子ガルーラのその間であがっていた。そしてその姿は既に主人からの指示を遂行せんと、両の大顎を振りかぶるように頭上で交差している。

 

 二匹のガルーラとミヤベからすれば突如現れたかのように見えただろう。そう、正しく『不意打ち』の如く。

 

「バカな!!」

 

――ズドン。

 

 その場で愛らしい体躯を勢い良く回転、交差させていた鋼鉄の大顎を一息に振り回す。二匹のガルーラを引き離すようにぶちかましてやれば、やはり二匹は逆方向へ吹き飛んだ。

 

 しかし――。

 

「ガルァァアア!」

 

 子までもが吹き飛ばされた攻撃に親ガルーラは激情を余す事なく咆哮に乗せ、受身をとって方膝を着いたその場で左肩を前にして構える。着地の衝撃で捲れ上がったアスファルトを更に踏み抜き、上がる土煙をさらに凪ぐ――。そして正しく衝動のままと言わんばかりに、その体勢のままウィルへ突撃。

 

「ガルゥ!!」

 

 そこへ更に幼い咆哮が重なる。

 

 やはり親の姿に倣うように、子ガルーラも左肩を前にしたショルダータックルの構え。

 

「ウィル!!」

 

 二匹のガルーラの構え、速度、そして鬼気迫る表情を見たアキラはそれを『捨て身タックル』と判断した。即座に先程出した声よりも、『トーン』を落とした叫び声をあげる。

 

 ウィルはその場で目を瞑り、両腕をまるで拳法家のやるような静止の構えに似た形へ。

 

「やれ! ガルーラ」

 

 ミヤベが二匹の対象になっているウィルから離れ、そう叫んだ。その姿を捨て身の二匹が確認したかは知れない、しかし男の回避と土煙をあげながら二匹の捨て身タックルが炸裂したのは殆んど同時だった。

 

 まるで鉱物同士がぶち当たったかのような、可笑しな音が鳴り響き、即座に衝撃の凄まじさを語るような余波が二人のトレーナーをも吹き飛ばす。より近かったミヤベは達磨が転ぶような形で後ろへ転がっていき、三匹より距離を置いていたアキラは足元の荷物に寄りかかるようにして膝を崩した。

 

 二匹のガルーラによる捨て身タックルがどれ程の威力か、知らしめるような現状。

 

 しかしアキラは大口を開けて喉を裂くかのような勢いで叫んだ。

 

「気合パンチ! 構えなさい!!」

 

 その指示を受けるウィルは高らかな咆哮をあげた。

 

「バカな! ガルーラの捨て身タックルを耐えたのか!!」

 

 男の反応は必然的だったろう。

 

 地震を避けた身のこなし。その後の『身代わり』を使ってからの『不意打ち』。クチートの俊敏さではないと見えた筈だ。更に先程のアイアンヘッドの火力はメガクチートらしい重火力を誇っていた。だから相性が悪くとも、ガルーラの強靭な体躯を以ってすれば捨て身タックル一発で倒せる。防御を鍛えていればもっとクチートらしい愚鈍さがあって然るべきだ。

 

 その判断は正しい。アキラは相対する男の言葉に、やはりこの男もバトルフロンティアの人間らしく見る目はあるのだと理解する。……だが、それと同時に『クチート』というポケモンの持っている本懐をこの男は知らないと悟った。

 

 土煙が晴れ、ウィルはやはり立っていた。そしてアキラの指示を実行すべく、精神統一をしていると言わんばかりに目を閉じている。

 

「クソッ。ガルーラ! ()()だけは撃たせるな!!」

 

 気合パンチ――それは技を撃つ前に精神統一をして、全ての意識を拳に乗せて放つ格闘タイプの大技だ。アイアンヘッドがあの威力なら、相性が悪いガルーラにとっては致命的なダメージになるだろう。それを態々アキラが()()()()()指示を出したのだ。男は必ず止めに来る。

 

 そしてガルーラは先程捨て身タックルを放った時に反動だけでない『ダメージ』を負っている筈だ。つまり警戒して……そう、正しくガルーラは親子揃って身を仰け反らせて、口に高温の緋色を溜めた。

 

 全てを見たアキラは目を瞑る。

 

――勝った。

 

 そう確信した。

 

 

 クチートの強みは多彩な技の種類だ。それはガルーラも同じだろう。だがアキラのウィルは違う。『メガクチート』ならば確かに火力によるごり押しだって出来るが、『クチート』ならばそんなものは端から期待さえ出来ないもの。だからこそ取得出来る技は『補助技』を含めて徹底的に研鑽していた。

 

 身代わりが目に見えない速度で入れ替わるような技ならば、不意打ちは気配さえ消して視界の盲点へと動くように鍛えてある。……ならば、鋼タイプご用達の『鉄壁』は、二段構えの捨て身タックルを軽々と耐える程。人間だって素手で鋼鉄を殴れば痛い。あんな威力の捨て身タックルなら、あの二匹への反動は捨て身の反動だけで済む筈がない。

 

 さあ、そこでウィルを止めようとするガルーラが、今正に『鋼鉄を殴って』痛む身体を使う筈があろうか。……いや、無い。持ち前の技の種類が多い分、種族的にあまり得意ではない筈の特殊技を使う為、『溜め』の動作に入る。

 

 

 しかし忘れたわけではあるまい。

 

 ウィルは技の鍛錬と同じく、彼女が得意としていた『速さ』を徹底的に磨きあげたポケモン。

 

 愚鈍な種族であるにも関わらず、だ。

 

 正に、奇襲をする為に生まれてきたような子と言えよう。

 

 

「ウィル。親だけで十分よ?」

 

 

 アキラが目を開き、そうぼやく前で、二匹のガルーラが炎タイプ最強クラスの特殊技を放つ。超高熱の炎で全てを灰燼に帰すとされたその技は、大文字。確かに当たればウィルの集中はおろか、相性の悪い鋼タイプを複合する彼女にとって致命傷となり得ただろう。

 

 そう、()()()()――。

 

「グォァァアアアア!!」

 

 咆哮と共に拳を捻り挙げる黄色と黒のポケモンは、褐色の草食獣の腰を()()から狙う。

 

 そのまま一息にぶち抜けば、鈍い音と共に、先程の捨て身タックルと同等の余波を放った。

 

「ガルーラ!!」

 

 ミヤベが悲鳴のような声をあげた。

 

 上がる土煙に、吹き付けてくる風と言う衝撃。

 

 ぶわりと宙に浮く褐色の肢体は、既にその双眸から光を無くしていた。口を大きく開き、突如として訪れた一瞬ばかりの苦悶の瞬間を、正しく表情として残しているようだった。

 

「ウィル!!」

 

 そこでアキラは再度指示を出す。

 

 それに即座に反応する少女の相棒は、空中のガルーラが地に落ちるより早く、その巨体を大顎で咥えて見せた。

 

 

 そして静寂。

 

 意識を無くした親ガルーラと、親の指示を無くして戸惑う子ガルーラ。動く気配が微塵も無いその親ガルーラを今に噛み砕く事が出来ると言わんばかりに、人質とするかのようなメガクチート。

 

 その光景を、驚愕の表情で見詰めるミヤベ。さも当然と言わんばかりなアキラ。

 

 やがて土煙が完全に晴れた頃を見計らって、唇を開いたのは男だった。

 

「……バカな。これが、これが……たかが暫定レジェンドの力か?」

「……まだ言ってますの?」

 

 そこへ呆れた風に返すアキラ。普段の調子の口調へ戻っており、もう既に尊大な態度になりつつあった。

 

 そんな少女の姿が気に食わないのか、男は歯を剥き出しにして憤怒を顕にした。

 

「バカな。在り得ない。リトルフェアリーのリーグ序列は下の方だった筈だ!!」

 

 そしてそう叫んでくる。

 

「……はぁ」

 

 アキラはうんざりとしながら足元の荷物を拾い上げた。

 

「あのねぇ……。その謂れをもらった時はわたくしメガストーンなんて()()()()()()()んですのよ? 今と力量が全然違って当然でしょう?」

 

 そう零す。

 

 それは同時に、男がリトルフェアリーがなんたるかを揶揄した発言を否定していた。

 

「そもそもわたくしの謂れも、小さなわたくしと小さなクチートのコンビ。……が、なんともちっぽけだという単なる『悪口』で、決して誉れでもありませんし」

 

 そう、だから忘れたのだ。

 

 暫定レジェンドなんて言われても、『暫定』と着けば実際にリーグ制覇をしていないと言う事ではあるし、まるで『チビ』と揶揄するかのような謂れは気に食わなかった。それにウィルだって大きくなったし。

 

 はぁ、と溜め息を零す。何とも興がそがれた気分だった。

 

 ウィルにさっさとガルーラを捨てさせて、『レオンのもとへ』行こう。

 

 もうきっとサクラ達を助けているだろう。

 

 

 と、そう思った矢先だった。

 

『脆弱な人間。愚かな守り人の優秀なる友よ。その才、()が誉れをやろう』

 

 突如輝き出すサクラの荷物。

 

 ハッとしてアキラが見れば、サクラの旅支度ではなく『お出かけ用』と言わんばかりのバッグから青白い光が漏れ出していた。

 

「……へ?」

 

 思わず唖然とする。

 

 するとそんなアキラはそっちのけと言わんばかりに、光が更に瞬いた。

 

()が守り人をあのようなうつけに決めておらねば……。まあ良い。()に肉体をくれてやったが所以は、貴様の素質故だ。直ぐに()を出すが良い』

 

 饒舌に奏でられた言葉。

 

 アキラは思わずミヤベへと視線をやって、サクラの荷物を指差す。

 

「……これ、どうしましょう?」

 

 そして苦笑いを浮かべた。


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