天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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相棒

 

『ボクが騒ぎを起こす。その間にキミはサクちゃん達のボールと荷物を回収するんだ。いいね?』

『よくありません! それでは貴方が――』

『もう一刻の猶予も無いんだ。この機を逃せばLはトウコさんの手に渡る。それがボクには()()()()

『しかし!』

『大丈夫。言ったろ? ボクにはもう――』

 

 

――()()()()()()()()

 

 

 アキラは闇夜を駆けた。道中でやり過ぎとも思える爆発音を聞くが、きっとこれしか方法が無かったんだろうと悟った。それでも他人の命ばかりは大事にするあの男の事だ。きっと死者は一人も出さないに違いない。それをあの男は出来るだろうし、間違いなく実践しているに違いない。

 

 自分の命を削ってでも、やっているに、違いない。

 

「お前達! アレを消火してこい。今すぐにだ!!」

 

 少し離れた所から聞こえてくる声によしと頷く。

 

 特徴を聞いて間違いないと思っていたが、サクラの荷物やボールを保管していたのはヒワダで会った『ミヤベ』だった。今声を聞いて確信した。全てはフジシロが『霊視』によって得た情報ながらも、それの精度は端っから疑う余地さえない。

 

 アキラはひとつ頷くと、宿舎らしき建物の裏でモンスターボールを開く。

 

「トゲちゃん。今は非常時なの。お願い、手伝って」

 

 現れたシルエットはここ数日無理をさせたトゲキッス。本来ならばきっと嫌だとごねるだろうに、アキラが普段は決して使わない()()()調()で話しかければ、二つ返事で頷いた。

 

 頭を恭しく下げて来て、背を促してくれる。

 アキラは礼をひとつ述べれば、その背に飛び乗った。

 

 そして飛翔。

 

 ミヤベの部屋は二階だった。そんな高さならあっさり辿り着ける。手が届く位置まで近寄れば、閉まっている窓を見て、アキラは息をふうと吐く。

 

 大丈夫、ガラスだ。ぶち破れば問題ない。

 

 そのガラスへ手を当て、精神を落ち着かせる。

 

「……痛いのは嫌だけど、我慢よ。()()()

 

 スッと手を引き、即座に思い切り息を吐くのに合わせて、引いた手をそのまま突き出す。ガシャンと音がなるものの、けたたましく鳴り響く警報音のもとじゃ全く問題はないだろう。

 

 代わりに手を砕いたガラスによって何箇所か切られてしまうが、そんなものを気にしている暇は無い。中に手を入れて、鍵を開ける。そして手を抜いてから窓を開いた。

 

「トゲちゃん、そこで待ってて」

 

 そして窓から室内へ侵入。荒っぽい侵入方法で傷付いた手を心配してか、トゲキッスは怯えたような鳴き声を挙げるが、振り向く事はしなかった。後で謝ろう。それで済む。

 

『ボクよりチビで太ったアロハサングラス……知ってる? ああ、知ってるか。そいつの部屋のデスクの引き出しに二人のベルト。そしてその下に荷物。……海鳴りの鈴は取り出されてないね』

 

 脳裏に蘇る男の声。その声に導かれてアキラの目はデスクを探す。即座に見つけた。

 

 それの引き出しを乱暴に出して、「あった……」と零す。

 

 モンスターボール三つにマスターボール一つのベルト。

 モンスターボール四つのベルト。

 

 間違いない。透過部分から見れば、サクラとサキの手持ちだとすぐに理解した。

 

「……お待たせ。助けに来ましたわ」

 

 見上げてくる視線に笑顔を浮かべる。

 

 その時だった。

 

――ガチャリ。

 

 音が聞こえ、アキラは慌てて振り向いた。

 

 扉を開けて唖然と口を開いた姿の男。脂肪に押しつぶされて奥目になっている双眸こそ見覚えは無かったが、出っ張った腹と短い手足だけでその人物が誰かはすぐに分かった。

 

 煩い警報音の所為で今の今まで全く物音が聞こえなかった。思わずアキラは舌打ちをする。

 

「……チッ」

「……なっ」

 

 男はアキラの姿を確かめるように目を瞬かせ、その後奥目の双眸を細める。睨まれているとはすぐに分かり、次第に彼の眉間に皺が寄って行く様を見れば、アキラが今何をしていたかを正しく理解しているようにも見える。

 

 アキラは足許を確認した。手を伸ばせば届く位置にサクラとサキの荷物があった。

 

 ちらりと視線だけで外を見てみれば、そこにはトゲキッスが佇んでいる。

 

――よし、いける……。

 

 そう思った矢先だった。

 

「……リトルフェアリー」

 

 男がそう呟いた。

 

 思わずアキラはドキリとした。

 

 その呼ばれを自ら聞かなくなって久しかったが、確かに覚えがあった。……いや、そんな事はどうでも良い。この名前を知っているという事は、目の前の男が『アキラの素性』を知っている事に他ならない。

 

「この騒ぎはお前の仕業かい? ちょいとおいたがすぎるぞ」

 

 思わず固唾を呑めば、男はそう問い掛けてきた。

 

――已むを得ない……か。

 

 アキラは首を横へ。

 

「いいえ。あくまでもわたくしは便乗したまでですの……。言っておきますが犯人はゴールドでもありませんわ」

「……おいおい、冗談はきついぜ? どういうこったい。説明しやがれ」

「お断りしますの」

 

 とりあえずさっさと退散する方が良い。

 

 自分の素性を知っているのに悠々と話しかけてくると言う事は、それ即ち相手の方が強い自信があるという事。……つまり、『レジェンドホルダー以上』である可能性が高い。

 

 アキラは足許の荷物を鷲掴みにして、身を翻した。開けっ放しにしてある窓から飛び出す――。

 

「トゲちゃん!」

「――っ!」

 

 そして外で待機していたトゲキッスの背へ。その後間髪入れずに叫んだ。

 

「離脱よ! 急いで!!」

「にゃろう。たかが()()()()()()()()()()()風情が調子に乗ってんじゃねえ!!」

 

 窓からボールを投げてくる男。

 

 Hの烙印を認める。

 やはり、その男も相応の実力者なのだろう。

 

 不味い。アキラは即座に判断して、ベルトに手を着けて――。

 

『仮に戦闘になってもメガ進化を使うのはお勧めしない。キミはその後ゴールドと戦う際にもう一度メガ進化を使うつもりだ。憔悴したウィルちゃんだと恐らく生死に関わってくる……。いや、それだけじゃない。キミの生死も関わってくる……。そうだろう? だから――』

 

 アキラは一番手前のボールを迷わず取り上げる。

 

 眼下で先に男が投擲したボールから現れる巨躯。そしてその姿は更に発光していた。

 

「ガルーラ、メガ進化だ!」

 

 そしてやはり、アキラの想定通りの指示。

 

 舌打ちひとつ。しかし毅然とした表情でアキラはボールを投げた。

 

 

『使う時は覚悟しておくべきだ。良いね、覚悟しておくべきだ』

 

 

 覚悟?

 

 そんなものはとうの昔に出来てる。

 

 愛すべきわたしのポケモンをわたしの勝手で死なせた時。

 

 そんな時が来れば、貴方が言う通り――。

 

 

「ウィル! メガ進化なさい!!」

 

 眼下に放り投げたモンスターボールから現れるクチート。そしてその姿は即座に淡い光に包まれ、小さな体躯をただただ純粋に戦闘へ特化した形態へと作り変える。

 

 トゲキッスの背を撫で、地面へ向かう。

 

 目前で男が二階から飛び降りて、大地で待つガルーラの腕に抱きとめられていた。

 

「全部台無しにしやがって。ふざけんじゃねえぞガキが!」

「それはこちらの台詞よ。あんたらの勝手な都合と思い込みで色々と台無しよ!」

 

 アキラは地面に足を着け、取り繕う事すらせずに叫ぶ。

 

 ここに至って、フジシロの想定した事が間違いないと言うのなら、アキラにとって決して譲れない思いがあった。

 

 

 サクラの覚悟。

 サキの思案。

 

 そして――フジシロの命。

 

 全部台無しにされると言うのなら、アキラは例え命懸けになったとして引く事が出来ない。

 

 まあ、メガ進化を使うと想定した相手から逃げようというバカな考えも端から無かった訳だが。

 

 

「ウィル……。酷使する事に後でどんな罰でも受けてあげるわ。……だけど、ここであの男を止めないときっとサクラの思いは踏みにじられる。わたしがそれを許せないのは理解出来るわね?」

 

 トゲキッスをボールに戻し、目の前に佇む相棒にそう問い掛ける。

 

 巨大な二本の大顎のような角を揺らし、肩越しに振り返ってくる表情は――笑顔。

 

 まるでさも『当然でしょ?』とでも言うかのように、ウィルは肩を竦めて返してきた。

 

 頼もしい相棒の姿にアキラはにやりと笑う。

 

 

 大丈夫。

 

 ウィルと一緒ならわたしは何でも出来るもの。

 

「たかが()()()()()()()かどうか……。その目に焼き付けなさい。この醜く肥えた豚野郎!」

 


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