天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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軽口な悪態と本音の悪態

 どうしましょう……。

 

 アキラはそう呟いて俯く。フジシロが現れる前からそのままにしておいたバッグへ腰を掛けて、両肘を膝に立てて額を押さえた。空いた内股の下でレオンがワンピースの裾を引っ張って、心配そうに縋ってくる。その様子に申し訳無く思いながら、溜め息をひとつ吐いた。

 

 考えるよりも行動を。それがアキラの行動理念だ。だが、フジシロはアキラの力をよく知っている。そしてフジシロはおそらくアキラよりも強い。その彼がまるで判断に困ると言う様に、顎を撫でて固まってしまった。そうなると考えざるを得ないのだ。行動の余地が無い。

 

 そのトウコと言う人物が本当に今回の件に関わっているか。改めてアキラはフジシロに問い掛けたが、彼は「そうじゃなきゃバトルフロンティアなんて場所に居る訳無いじゃないか」と言う。彼女が発起人かどうかについては判断をしかねるが、その可能性も十二分だと言えた。状況的に考えて、Nの協定がバトルフロンティアに協力を要請し、サクラとサキを『保護』した。とするのが一番無難な答えだろう。でなければそもそもバトルフロンティアがサクラの持つルギアについて知り得る事は無いだろうし、ルギアについてノーマークであればサクラを拉致する意図が分からない。仮に想定外を想定して、サキが理由だとすれば、今アキラがいる路地に『リンディー』や『オノンド』が出された形跡がある事も可笑しいだろう。サキは元よりバトルフロンティアをスポンサーにしているのだから、もっと穏便に済ませる方法がいくらでもある。

 

 となれば、やはり動き辛い。そもそもはアキラに追っ手が掛かっていない現状。これはおそらくアキラがそのトウコと言う人物と面識が無い為だろう。更に言及したフジシロ曰く、サクラとサキはキキョウで彼女と会っているそうなので、敵にとってアキラは『想定外』の存在と言える。つまりむやみやたらに動いて、『サクラの仲間が貴女達の計画を台無しにしに来ましたの!』なんてやってしまえば、唯一と言えるイニシアティブを完全に無駄にしてしまう。

 

――ならば……。

 

「夜襲……ですわね」

 

 アキラは顔を伏せたまま呟いた。

 

「だね。ボクの力が一番発揮されて、尚且つバトルフロンティアの警備が比較的手薄な状況で仕掛けるのが良いだろう。うまくいけばトウコさんに出くわさずに済む。そう、まさしく夜襲だ」

 

 何もそこまで頼んでいないと言うのに、了承さえなくフジシロは手伝ってくれるらしい。

 

 クスリと微笑んで、アキラは顔を上げた。

 

「良いのですか? バレたらただでは済まないのでは?」

 

 そう問えば、フジシロはきょとんとした表情で肩を竦めて返してきた。

 

「死後の世界まで追ってこられるのならゾッとするね」

「……もう。粗末にするなと言ってるでしょう」

 

 投げやりな言葉に思わずアキラは唇をすぼめて返す。

 

 そこで男がふっと笑って、やはり肩を竦めて返してくるものだから、アキラも続く言葉を失った。そのままじっと見詰め合って、三〇秒程流れただろうか。

 

 どちらからともなく声をあげて笑った。

 

「ほんと……泣いてるのがバカらしいですの。心配してるというのに!」

「いやいやそれは半分こちらの台詞だよ。今から泣いてバカを見そうなんだから」

「……どういう意味ですの?」

「トウコさんもメイさんもサクちゃんも、そしてキミも。女の子はみんな怖いから逆らうなってサキに遺言残しておかなきゃってね」

「今現在命を粗末にするなって言ってるでしょう?」

「あはは」

「笑って誤魔化すなゴラァ!!」

 

 そうして会話を交わすうち、やがてフジシロが笑うのを止めて、最後に問い掛けてきた。

 

「トウコさんの『保護』はいらないんだね?」

 

 アキラは男をじっと見詰めかえし、足元のレオンを撫でながらクスリと微笑んだ。

 

「ええ。もう三人で決めましたから。余計なお世話ですの」

「はは。手厳しいね」

「……ええ。()()()()()限りですわ」

 

 そう零して、アキラは立ち上がった。

 

「深夜までまだ時間もありますし、ご飯でもいかがですか?」

「そうだね。腹が減ってはなんとやらだしね」

 

 そして二人は肩を並べて歩き始めた。

 

 

――……ああ。

 フジシロとこうして歩くのは、多分これがきっと最後なのでしょうね。

 

 

 そんな風に思いながら、アキラは精一杯強がって、笑みを崩さないようにした。

 

 

 

 

 今、何時だろう。

 

 まどろみから抜け、少女はぽつりと零した。「さあな」と返って来て、後ろ手を繋ぐ形で背中合わせに拘束された少年が、まだ起きている事に気がついた。

 

 閉じた瞼を開く。そして見えた景色が眠る前と比べて全く代わり映えの無い事に、思わず溜め息を吐いた。

 

 ここは倉庫……だろう。

 

 目の前には段ボールが並んでいた。単体で蓋が少し開いた状態のまま放り捨てられているものや、角を揃えずに雑な形で二段、三段と積み重ねられているもの。それがサクラから見て目と鼻の先の視界を埋めているのだから、いつこの段ボールが転がり落ちてくるんじゃないかと不安にもなる。

 

「……なまじ電気が点いてるから時間がわかんねえな。消えてりゃ分かるってわけでもねぇけど」

「うん」

 

 後ろで愚痴る少年に同意する。

 

 眠る前に聞いたところ、サキの側からは扉が見えているらしい。とは言っても二人して手だけでなく、ご丁寧に足まで各々縛られている為、「なんとかして近付ける場所じゃない」らしい。もみくちゃになりながらだけど転がって近寄れないかと聞いてみれば、彼は「無理」と端的に返してきた。この倉庫らしき場所はロフトになっていて、サクラ達の居場所は丁度その上側らしい。つまり転がっていけば階段を転げ落ちる事になるとの事だ。それは危ないだろう。

 

 にしてもここは何処だろう。

 

 サキ曰く、ミヤベが話に関わっているのならバトルフロンティアではないかとの事だが、確証は無い。

 

 二人はアサギでその男に襲われた後、結局あっさり負けた。その後目隠しをされて縛られ、更にボールが着いたベルトを取られた挙句、ここに放り込まれた。

 

 その後暫くして目隠しをとられたと思ったら、目の前にはやはり件の男が居たわけだ。

 

『まぁ、これが協定とウチらの結論だねぇ。ボクの目から見ても貧乳の嬢ちゃんはLを扱いきれないと思える。……そんな危険な人間にこれからアサギで起こる()()にうろちょろされたくないって訳さ』

 

 そしてそう言われた。

 

 タバコをくゆらせ、紫煙を吐き出しながら、男は歯をむき出しにするようにして笑う。

 

『……ガキはガキらしく、守られておくべきだろうよ。兄弟』

 

 ふうと、挑発でもするかのようにサキに紫煙を吐き掛けたらしい男。サキの後ろに居るサクラにまで臭い匂いが漂ってきて、なんとなくサクラは察した。

 

『言ったろ? バトルフロンティアではカリスマ性だけじゃやってけねぇ……。兄弟が弱いから、こうして切り捨てられる。……まぁ、今回君達は切り捨てられたと言うより、保護されたって感じだけどね』

 

 

――今思い出しただけでイライラしてきた。

 

 内からこみ上げてくる熱。当時横目に見たあの男の事を思い起こすだけで、サクラは吐き気を覚える程に身体が震えた。思わず拳を握り締めて、それを震わせる。……まあ、縛られているので何を出来る訳ではないのだが。

 

「……しっかし不味いな。どうしようもねえじゃねえかこれ」

 

 あの男に罵られていた時は、「ぐうの音も出ない正論で言い返してやれ!」と思うサクラを他所に、終始無言を貫いていた少年。何故かあの男が去ってからも暫く考え込むような様子を見せていて話しかけ辛く、時折現状確認と言わんばかりにサクラの視界で見える事を聞いてきたりもしたが、特に会話らしい会話は出来ずのままだった。挙句サクラに「後を考えて今の内軽く寝とけ」だなんて小声で言ってきたりもしていた。その彼が今になってそうぼやく。

 

 まあサキの事だ。きっと何か打開策をずっと考えていたのだろう。サクラはそう思って、別段現状を嘆く素振りはしなかったし、彼を急かしたりする事もしなかった。だが、あれから何時間経ったか分からない今になって諦めたような言葉。思わずサクラは首だけで出来る限り振り返って、背中合わせの少年の赤髪を僅かに視界に捉える。

 

「……何も思いつかないの?」

「あぁ……。一応これだけ無言通してるのに見張りが確認に来ないところを見ると、俺達は監視されてねえんじゃねえかと思うけど……」

「……うん」

 

 少年の言葉をじっくり反芻する。確か場所を確認した時にカメラが無いかとも聞かれたか。成る程、彼は監視されている事を懸念して無駄に情報を漏らさないようにしていたらしい。……つまり、その情報はと考えれば、サクラにだって分かる。

 

 少女は背中合わせの少年にしか聞こえない程の小声で漏らした。

 

――アキラ?

 

 するとサクラの手へ、少年からの反応。指を軽く叩かれた。

 

 つまりアキラについてはノータッチの方が良いと言う事だろう。サクラはそう理解した。

 

 サクラが敢えて喚かずにじっとしてきたのは、実際のところアキラが捕まっていない事が大きな理由だ。助けてくれるだなんて他力本願な考えで良いのかは分からないし、この現状に彼女がちゃんと気付いてくれるかも分からないけれど、ここで騒いで「アキラ助けて!」なんて言ってしまえば間違いなく彼女も捕縛される。それぐらいはサクラにだって分かった。

 

 どうしようもない現状かもしれない。特にポケモン達が拉致されている事が、抗う気力さえ奪う気がした。だが、そう思い至ればアサギのポケモンセンターに残してきたレオンの存在を思い起こし、彼がきっとアキラと共に何とかしてくれるような気になった。

 

 何はともあれ、今現状サクラに打つ手は無い。

 

 アサギの路地であのクソヤロウに出会った瞬間に、こうなってしまう事は必然的だったのだ。

 

 

 だが、あの男達は知らない。

 

 ルギアが自分からボールを出られる事を。

 

 そして『我』のルギアがどういう感性をしているかを。

 

 

――ごめん、アキラ。助けて……。

 

 

 サクラがそう思ったその時だった。

 

 遠くから爆音のようなものが聞こえてきたのは。


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