霊視
アキラ一人ならば五里霧中とも言えた現状。しかしフジシロはやはり有能だった。
「……パンプジン。ムウマージ。ゲンガー。頼むヨ?」
片手でアキラの背を抱き留めるように添え、男がそう呟くように指示を出す。すると二人を囲むように三つの影が現れた。
ケタケタと可笑しな笑い声をあげ、カボチャの体躯を揺らすパンプジン。音も無く笑い、その場で布のように揺らめいているムウマージ。そして二人の周囲をぐるぐると回ってから、アキラの目と鼻の先でもやと化した状態から身体を作りあげていく紫色の小鬼のようなゴーストポケモン、ゲンガー。
ゲンガーの不躾な出現の仕方に、アキラが思わず言葉を無くせば、そのポケモンは満足そうに「キヒャヒャヒャヒャ」と笑い、再びもやになって闇へ溶ける。
「チィノ!」
そこでレオンが声を上げ、アキラの足元から身体を伝って肩までよじ登ってきた。まるで『この子を脅かすな』とでも言わんばかりに彼は威嚇して見せ、その声にゲンガーの笑い声が止む。
「あァ、済まナい。ゲンガーは少々悪戯好キでネ……」
空いた手でフジシロは宙を撫でる。
いつの間にそこへ移動したのか、フジシロの手の下に身体の上部だけを実体化して撫でられるゲンガーの姿。なるほど、アキラがそのポケモンの定位置を取ってしまっていたから、驚かされたのかもしれない。そう思った。
よし、と言ってフジシロは頷いた。
「さァ、こノ子ヲ不幸にシタ奴を捜しテくレ」
そしてそこからはフジシロの一人舞台が始まる。
アキラが心配そうに見守る前で、男は三匹のゴーストポケモンを街へ解き放つ。彼らの『目』と『耳』を駆使する為に、完全な『同化』をしたと言わんばかりに不気味に
「アサギにハ居なイね。範囲ヲ広ゲよウ」
時折身体が痙攣するかのように、フジシロの肩が、首が、びくりと跳ねる。その度に大丈夫かとアキラは問い掛けそうになったが、これが『霊視』というものならば下手に集中力を欠かせる方が不都合だろう。そう思うと言葉は喉で引っ掛かり、背筋を撫で回す恐怖感に促されるまま言葉を飲み干した。でも願わずにはいられない。
――どうか、早く済ませて下さい。
きっと不器用なフジシロの事だ。『霊視』なんてものははなっから苦手なのだろうと思う。だから身体への負担だって彼の師であるマツバが同じ事をするより、ずっと大きい筈だ。ましてやいつ死ぬやもしれない身体なのだ。
それでもこうして態々自ら霊視を使って捜してくれるのは、きっとアキラが『Nの協定』を怪しんで、『Lの発信機』を協定が持っているから、その手段を端から使うつもりが無いという事だろう。無論その発信機の情報を貰えたとして、おそらく協定からは怪しまれる。仮に協定が今回の主犯ならば、それは自ら宣戦布告している事になるだろう。だからフジシロの判断は正しい。アキラにだって分かる。
だけどアキラの手が震えた。視界が滲んだ。
申し訳なくて、自分の非力さがただただ悔しかった。
思わず手を組んで、目を瞑り、まるでフジシロに祈りを捧げるような姿をする。
「大丈夫。キっト二人ハ無事ダよ」
そんな風にすれば、すぐに男は醜悪な笑みで優しい声を出す。
――違いますわよ。……バカなお人。
そう思いながら、アキラは小さく頷いた。
そしてやがて――。
「見つケた……」
フジシロは醜悪な笑みに、双眸をぎらつかせながらそう零した。その頃には彼の身体をいつともなく現れた黒いもやのようなものが覆い始めていて、アキラは今に彼がそのもやに呑まれてしまうんじゃないかとさえ思っていた。
ハッとして見上げて、喉を震わせながらアキラは男に問う。
「何処ですか!?」
するとフジシロはゆっくり頷きかけてきた。
「ちょっト、待ッテね。こノ状態じャアうマク話セないかラ」
「……ええ」
そして男は目を瞑って深呼吸をし始めた。
フジシロの言葉の意味は分かっても、理由は分からない。だが、確かに彼を覆う黒いもやのようなものは、明らかな非日常。エンジュのジムはいつも『瘴気』に覆われていると聞いた事があるが、これがそうなのだろうか。だとしたらきっと、そのもやは良くないものだ。死を目前にして、ゴーストダイブで霊界さえ通ってくる状態の彼にとって、ふとした瞬間に
そんな杞憂を胸に抱きながら、フジシロを覆うもやが地面へと溶けるように消えていく様を、アキラは何処かホッとした心地で見守った。
ゆっくりと目を開き、そしてふうと息を吐くフジシロ。
「いやぁ、済まない。同調してバトルをするのならまだしも、探索だなんて滅多にしないからね。ちょっと色々無様な姿を見せたかな。見せただろうね」
そして先程とはうってかわって、いつもの飄々とした表情で饒舌に語って見せてきた。
あまりに唐突な男の豹変ぶりに、思わずアキラは「え?」と問い返して、たっぷり数秒を彼の状態の理解につかってから、「ああ、いえ」と首を横に振る。
「……貴方がそのまま死んでしまいそうに見えて、少し心配になったぐらいですの」
「あはは……。まあ死にぞこなってるよ」
アキラが素直に心境を口にすれば、フジシロは笑って返してきた。
ブラックジョークのつもりだろうか? いや、この男にはユーモアのセンスなんて無い。だからきっと本音だ。そう思うと胸に一抹の不安を覚えるが、きっと言ったところで堪えやしない。
いや、とすぐにアキラは自分の思案を否定する。
――フジシロが堪えないのではないでしょう。わたくしが彼に酷使させているのです。
遣る瀬無い。
しかしこれについて自問自答している時間は勿体無い。フジシロが命を粗末に扱うのならば、彼が死ぬよりももっと早くに事態を収拾するだけの話だ。
心臓を鷲掴みにするかのような不安感に、アキラはそう結論付けて、首を横に振った。
「……それで、事態はどうなってますの?」
そして問い掛ける。
男はうんと頷いてから答えた。
「敵はバトルフロンティアの連中だね。間違いない」
「……バトルフロンティア? 何故?」
思わぬ敵の正体に、アキラが問い掛ければ、フジシロは「うーん」とぼやいてどう説明したものかだなんてぼやく。
「トウコさんって分かるかい?」
「……たしか、メイさんのお師匠さんですっけ」
「そうそう」
フジシロは時間が無いからと端的に要点だけ説明しようと続けて、佇まいを正す。その頃になって彼のポケモン達が帰って来た。男は真っ先に手元に擦り寄って来ているゲンガーを撫でながら、改めて説明を続けた。
トウコ。
その人は今、名前と姿を偽り、Nの協定の参謀を務めていると言う。今回の騒動における彼女の任務は主に『エンテイ』と『ライコウ』の捜索だったが、最近になってジョウト内のほぼ全ての地域を踏破し、『シロガネ山以外の地域に両伝説級ポケモンの存在は確認されなかった』と結論付けた。即ちそれはかのポケモンがサクラを狙う敵勢力に捕縛された可能性が高く、もうこれ以上の捜索に時間をかけても意味が無いという事。
それが前提だ。問題はその後。
トウコの持てる伝説級ポケモンの中に、イッシュ地方の幻ポケモンと名高い『ビクティニ』がいる。勝利を司るポケモンとして知られ、そのポケモンが笑うだけで戦況ひとつが覆るとさえ言われていた。
だが、そのビクティニが、コトネ達のシロガネ山侵攻について難色を示したそうだ。
これ即ち『勝ち目』が薄いかもしれないと言う事。しかし、『勝利』せずして『解決』する事もある。メイはこれに賭けた。
Nの協定からすればそうしてシロガネ山への侵攻を是としたという訳である。
「……して、それがどうしてバトルフロンティアに?」
話が脱線したように感じ、アキラは話の折りでフジシロへそう尋ねる。
男は双眸を細めながら、ゲンガーを愛でる手を止めた。
「……協定にとってビクティニの機嫌は物事の審判と同義なんだよ。だからトウコさんは今回のシロガネ山侵攻に対して否定的だった」
それでもメイはトウコが最も信用する人物らしい。例え否定的でも、彼女の采配をトウコが無下に扱う筈も無い。
――ならばどうするか?
答えは簡単だ。
シロガネ山侵攻が失敗しても良いようにする。
ただそれだけだ。
「……それはつまり」
「うん。多分アキラちゃんの考えで間違いはないよ。間違いない」
フジシロは頷く。
勘違いがあってはならないので、アキラは敢えて口にしてみた。
「……トウコというお方がバトルフロンティアに根回しして、今回のアサギの予知を、『アサギを見殺し』にする事によって乗り越えよう……と?」
フジシロは罰が悪そうに笑った。
「惜しい。ちょっと違う」
「ならば――」
少し違うと言われ、アキラは改めて思案を口にする。
「サクラ達をバトルフロンティアで保護。アサギを戦場に、そのトウコと言うお方が戦う……と?」
改めて出した答えは、男の頷きによって肯定された。
「あくまでもそこは予想だけどね。トウコさんならそうする」
その可能性が極めて高い。
――何故なら。
「バトルフロンティアにトウコさんが居たのを、ゲンガーが見ちゃったからね。見ちゃったから」
男は続ける。
「……トウコさんはまずいよ。メイさん以外に勝てる人が思いつかない」
そしてそう言った。
VIVA☆クチートの日(本日九月十日)
……と、喜びたかったのですが、なんだかアンニュイです。
当話については書き終えましたので、日一のペースで投下します。末のミニコーナーも今回は日一として、一日置いてからの投下です。