天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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残されたチラチーノ

 ウィルとプクリンをボールに戻し、アキラは受付へとやってきた。簡単な身分証明をすれば、ジョーイはすぐにバックヤードへ向かって、トレイを持って戻ってくる。

 

「おまちどおさま。預かっていたトゲキッスはこちらです」

「どうも」

 

 トレイを差し出され、その中のクッションに埋もれたモンスターボールを取り上げた。透過部分から見てみれば、中で「出して出して」と言わんばかりに羽をばたつかせるトゲキッスの姿が映る。かなり無茶をさせたのでもっと拗ねているかと思っていたが、割りと元気な様子だった。

 

 アキラはそんなトゲキッスへ微笑みかけ、「もう少しお待ちなさいな」と零すと、今にトレイを引っ込めていたジョーイへとお礼を述べて、受付から離れた。

 

 ふと辺りを見渡してみれば、ここを訪れている人物が他に数人居るものの、サクラもサキも見当たらない。

 

 トゲキッスとレオンの治療完了時間は変わらなかった筈だ。普段ならば治療完了と聞けばすぐに受け取りに来ている筈だが……。と、そう思いつつ、正面玄関の脇にある待合用のベンチへと向かった。まだ買い物をしているとは思いがたいが、大方時間を持て余して、どこぞで夕日でも拝みながらイチャイチャしているのだろう。

 

――損な役回りですの。ほんと……。

 

 そんな風にごちて、アキラはベンチに腰掛ける。二人がけのベンチが対面するように設置され、加えて背の低い観葉植物が仕切りになっていた。それを幸いに、彼女は出せ出せと煩く震えるモンスターボールを静かに開いた。

 

 閃光と共に、少し大きめのシルエット。

 

 羽ばたきもせずに浮いている白いトゲキッスの姿。彼は出て来るなりアキラへと突っ込んできて、平らな胸に顔を埋めては羽で彼女の小柄な体躯を覆うとばかりに抱擁してきた。特に驚きもせず、少女は彼に抱き留められた。少しばかり過剰にも思える愛情表現ながらも、今朝の疲れが転じて、甘えたがっているのはよく分かる。

 

「もう、少しは落ち着きなさいな」

 

 アキラは唇を尖らせて、呆れたような様子でトゲキッスの頭を撫でてやった。それが幸いしてか、すぐにハッとした彼は翼を畳み、少女の腿の上へ頭を乗せて地に足を着ける。もう見たまんまの「もっと撫でて」と言う姿だった。

 

 このトゲキッスは人見知りだ。サクラやサキなどの中途半端に見知った人間の前だと、照れてアキラに甘えてこなかったりする。だからまあ、こういう時は為されるがまま――というより、要求のまま、甘やかしてやるのも悪くないだろう。頬を両手で撫でてやり、アキラは微笑みかけた。

 

「サクラ達が来るまで、ですのよ?」

 

 するとトゲキッスは鳴き声も無くこくりこくりと頷いて見せた。

 

 その姿を良しとして、アキラは視線を入り口や受付へと移しながら、トゲキッスを両手でゆっくり撫で続けた。

 

 

――しかし、サクラ達は三〇分経とうと現れなかった。

 

 

「……ちょっと遅すぎですわね」

 

 アキラはごちる。

 

 膝の上で満足した様子のトゲキッスに声を掛け、モンスターボールに戻すと、アキラはゆっくりと立ち上がった。仕切りとなっている観葉植物の外を見渡して見るも、やはりサクラもサキも居ない。小首を傾げながら、受付へと向かった。

 

「失礼、少しお窺いしたいのですが」

「はい。なんでしょうか?」

 

 ジョーイはいつものにっこりとした笑顔で返してくる。アキラはこくりと頷いてから再度口火を切った。

 

「シロガネサクのチラチーノはまだ預けられたままになっておいででしょうか?」

 

 そう尋ねる。

 

 するとジョーイはすぐに「少々お待ちくださいね」と言って、受付の下にあるらしい端末を弄り始めた。最近は個人情報がどうのと煩い世情があるものの、別に引き取ると言ってる訳じゃないし、ポケモン協会から希少と定められているポケモンでもない。教えてくれるだろう。

 

 やがて顔を上げたジョーイは頷いて返してきた。

 

「ええ。まだお預かりしてますね」

「わかりましたの。ありがとうございます」

「いいえ。いつでもどうぞ」

 

 どうやら知人と待ち合わせしていると察してくれたらしいジョーイは、丁寧な言葉と笑顔で返してきた。今一度会釈をして返すと、受付を横に数歩離れて、アキラは手持ちのバッグを開く。すぐにPSSを見つけて、取り上げた。

 

 電話のアプリを起動すればホログラフが立ち上がる。指で薙げばすぐにサクラの文字は見つかった。その名前を押して、更に開いた画面で『発信』の文字を押す。そして端末を耳に当てた。

 

――プルルルル。プルルルル……。

 

 呼び出し音が続く。

 

 二回、三回、四回、暫く待ってみるが、繋がる気配がなかった。

 

 やがて『留守番サービスに接続します』の言葉。そこでアキラは電話を切った。

 

「……出ない」

 

 そして小さくごちる。

 

 非常時がいつあってもおかしくない身の上だ。サクラは常に連絡がとれるように、PSSの音量は最大にしている筈。加えて彼女はPSSの通知を逐一チェックする性質で、普段から人一倍気にかけている。その彼女が電話に出ない……。

 

 嫌な予感がした。

 

 まさか……。そう思い、アキラは自身のPSSの新着通知の画面を開く。しかしそこに目立った通知は無い。

 

 仮に買い物を終え、その後サキと共に出掛けるのなら、サクラは何かしら伝言を残して行っているだろう。それはサキにも言える事だ。事実エンジュで別れた際、サクラは激怒していたにも関わらず、自分がポケモンセンターに戻っていると報せてきていた。何も伝言無く出歩くとは考え辛い。

 

「ジョーイさん、先ほど申し上げた人物は部屋に戻っておいでですか?」

 

 と、すればまさか寝ているのか? そう思ってジョーイに改めてみるが、彼女は端末をチェックするなり首を横へ振った。

 

「いえ、()()()()()()()()、戻ってきてないわ」

 

 そこでアキラは思わず「は?」と問い返す。聞き直してみても、答えは同じで、明け方に出たっきり帰ってきたという記録は無いそうだった。

 

 早朝……つまり、アキラを迎えに来た後、レストランを出て、買い物に行ったきりと言う事だ。

 

 買い物が終わってない……とは考え難いだろう。あれからもう既に半日近く経過している。出掛けるにしても普通は荷物を置きに帰って来る筈だ。そう思えば明らかに『可笑しい』。

 

「……すみません。ジョーイさん」

 

 なんらかのアクシデントがあったと見て然るべきだ。アキラはそう判断して、ジョーイに改めて声をかけた。大丈夫かと問いかけてくる彼女に、首を横に振って返す。バッグの中を手で弄って、財布を取り出すと、その中からトレーナーカードを差し出して手渡す。

 

 普段ならばこんな事はしたくないが……。アキラはそう思いながら、カードを受け取って訝しむジョーイへ会釈をした。

 

「わたくしコガネのジムリーダーの妹ですの。第一種危険ポケモンの護衛として、シロガネサクと旅をしておりまして、どうにも彼女と連絡がつきませんの。手続きの手順は問いませんので、彼女のポケモンを代わりに受け取らせて欲しいのです」

 

 するとジョーイはジッとアキラを見詰めてくる。優しそうな普段の笑顔が消え、心配するような、真面目な顔つきを浮かべて見せた。

 

「……身分の確認と、協会への報告が必要ね。そして持ち主への返還時にも事後報告が必要よ。手続きは面倒だし、もしも持ち主の手に一ヶ月以上渡らずに、ここへの返還も無ければ、窃盗の容疑で逮捕される事になるのだけど、構わないかしら?」

「ええ、承知の上ですの」

「分かったわ。じゃあ書類をとってくるわね」

 

 会釈と共にジョーイはバックヤードへ向かっていった。

 

 第一種危険ポケモン――即ちルギアの事だが、これは『ひとつの地方を滅ぼしかねないポケモン』を意味する。サクラだけではなく、メイもそうだが、こういうポケモンを連れた人間は大抵そのポケモンを手離せない理由もあったりする訳で、護衛がつく事もしばしばある。これについてはアキラがジムリーダー家系にいるからこそ知れた情報ではあるが、まあ事実上アキラはその立場にあるとも言えるだろう。

 

 法律上、ポケモンセンターに預けられたポケモンは、登録されたIDを持つトレーナーか、その親族、またはその人物が許可を出したと証明出来るものを持った人間じゃないと受け取れない。当然だろう。受け取れたらモラルもへったくれもない。しかし『已むを得ぬ事情』がある場合においては、その限りではない。その事情を図る物差しは、『所持トレーナーの危機』が関わるかどうかだ。リスクについては今しがたジョーイが危惧したもので間違いない。あとは一応、申請者が社会的に信用される立場かどうかとあるが、まあアキラの立場ならば問題はないだろう。

 

 第一種危険ポケモンの所持者が音信不通である。この事実は、それだけでトレーナーの危機を意味する。そのポケモンの重要性は語るまでもなく、狙う人物は跡を絶たないのだから。

 

 

 手続きは一〇分と経たずに済んだ。

 

 アキラはチラチーノの入ったモンスターボールを開き、ジョーイの目の前で彼の知人である証明を最後の条件として行った。

 

「レオン、あの子が危ないやもしれません。わたくしが引き取ってよろしいですか?」

「チィノ!」

 

 すぐにレオンは真面目な表情で頷く。

 

 ジョーイの差し出した書類へ最後のサインを行うと、アキラは彼を肩に乗せて、サクラのモンスターボールを鞄に仕舞った。

 

「サクラの声や匂いがしたらすぐに教えて下さいまし。良いですね?」

「チィー!」

 

 任せとけ。そう言わんばかりに、彼は高らかな鳴き声をあげた。




受付からトゲキッスを受け取った後のアキラ。

【挿絵表示】

暇つぶしに描いてみた。つまり落書き。
デフォルメ&白黒&背景無しなのはご愛嬌。

作画時間凡そ五分。
我ながら絵心は皆無。

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