天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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不意の疑問

 戦闘についての考察はそこそこに、その後の予定を組む三人。

 

 出発は本日の夜半。レオンの治療が済んだ後、お互いのコンディションや作戦の最終チェックを行ってからだ。渡航手段はサクラとサキはそれぞれロロとオーダイルによる海路となり、アキラはトゲキッスが動ければ彼に、無理そうならばサクラの後ろに、と決められた。現地に着いてからルギアを出し、彼の力で渦巻き島へと潜る。そして、そこから先は残念ながら適時決めるしかないとサキ。待ち受けるヒビキを倒せたとして、その後の脱出はその時の状況に合わせる方が、『こうあるべき』という固定観念が無くて良いだろう。

 

 だが、もしもの時を考え、出来る準備は全てやっておこう。

 

 ブレーンストーミングと小さな会議の締めは、サキのそんな発言だった。

 

「アキラ、お前は寝とけ。大事をとっておくに越した事はないだろ」

「……問題は無いのですが、分かりましたわ」

 

 アキラは仕方ないと溜め息混じりに返してくる。本人にとっては寝不足等大した問題ではないのだろう。実際に以前コガネで不眠不休のままサクラ達をしごいていた事さえあったのだし。それでも納得したのは、どのみち動けないならば休んでしまってもいいかという考えか、色々と考えて対策を考えるにしてもそれは自分よりもサキが適任だと思えるからだろうか。しぶしぶと言った様子で彼女は納得した。

 

 アキラの様子に頷いて、サキは次にサクラへ視線を向ける。

 

「んで、サクラは俺と買出しな」

「うん。アキラの荷物も買い直さないとね」

「手間をお掛けしますの……」

 

 出来る準備……それはアキラの休眠だけでなく、三人分の旅支度を整える事。既に休めるだけ休んでいる自分達がアキラの休眠に合わせて整えれば、きっと無駄は少ないだろう。サキはそう提案していた。

 

 よし、と頷きあって、三人の方針は決定された。

 

 一先ず外に出たついでだと、買出しをそのまま済ませようとする二人。丁度良く日は昇っていて、あと一時間も潰せば多くのお店が開き始める頃だろう。トレーナーズショップは二四時間営業なので、先にそちらでの買出しを済ませれば、都合も良いか。

 

「では、わたくしはこのままポケセンに行きますわ。……本当でしたらゆっくりとお風呂に漬かりたかったのですが、仕方ありませんわねー」

 

 レストランを出れば、そんな風にごちて背伸びをしつつ、歩いていくアキラ。その背にサキが「ちゃんと休めよ!」と念を押せば、彼女は振り返りもせずに片手を挙げて返してきた。

 

 去っていく姿は何とも悠々自適にさえ見えて、本当にちゃんと休むのか心配になる二人だった。

 

「……まあ、なんだかんだアキラは私達よりしっかりしてるし」

「そうか? 結構抜けてる印象あるぜ? 俺」

 

 小さな背中が見えなくなれば、二人はそうごちた。

 

 サクラは「そう?」と小首を傾げて、歩き出す。続くサキは「んー」と唸ってから、「まあ、俺が比べる相手って大人ばっかだしなぁ」だなんてごちた。

 そりゃあ、シルバーさんに比べたら、ねえ……。

 と、サクラは苦笑して返した。

 

 ワカバと似て落ち着いた雰囲気のあるアサギの町。ワカバとは理由こそ違うだろうが、この町のトレーナーズショップはポケモンセンターの中にあったりはしない。……というか、よくよく考えてみれば併設してる町なんて、コガネくらいなものではないだろうか。

 

 ともあれ、二人はてくてくと歩き始め、早朝が過ぎて朝と言うにも昼が近いと思える町を行く。

 

 昼に向けて高くなっていく陽射しは徐々にきつくなっていて、ふと気がつけば少しばかり肌を刺されるような感覚を覚えた。「もう夏だねぇ」だなんて、話題を変えるようにして、サクラは続けた。そういえばアキラから気を付けろと言われ、日焼け止めを渡されていたと思い起こして、鞄をまさぐる。

 

「夏……かぁ。シロガネ山の麓じゃあ、季節なんて感じなかったからなぁ」

 

 歩きながら鞄を探り、そして中から目的の品を取り上げるサクラ。()()()()だなんて書かれた日焼け止めが、こんな時でも平常運行なアキラの洒落っ気を思わせて、微笑ましく思ってしまう。

 

 その後サキへ視線を向ければ、彼は何処か遠くを見詰めるような目をしていた。

 

「向こうは暑くないの?」

「ん~。暑い季節は暑いんだろうけど、空気は澄んでるし、住んでた環境は殆んど家ん中だったし」

 

 と、サキがそこまで話してから、サクラは「あっ」と零して、半歩後ろの彼を首だけで振り返る。

 

「家って聞いて思い出した。そういえば私、気になってた事があるんだった」

 

 唐突な物言いだった。

 

 今の自分の話から何かを彷彿し、忘れていた疑問でも思い出したと言うサクラ。

 サキはなんだよと小首を傾げて返す。歩は止めないまでも、馬鹿だ馬鹿だと揶揄されるサクラの疑問と言えば、大抵はその場その場で消化されるものばかりだ。こうして態々思い起こして、尚且つ世俗に疎いサキに聞いてくるとすれば、やはり何でもない疑問ではないだろう。

 

 そう思った。

 

 が、少女はサキの想定を微妙に逸れる。

 

「今なら聞いてもいいかな? って。前にアキラん()で悩んでたのって何かなーって、私ずっと気になってて……」

「アキラん家?」

「……ほら、フジシロさんとバトルしたあとの『なんでもない』って言って教えてくれなかったやつ。丁度私がバッジケースあげた時のことだよ」

 

 少年は記憶を辿る。

 

 悩んでた。話さなかった。その二つの要因から探れば、思い起こされる事は限られてくる。時系列までも補足されれば、すぐに思い出した。

 

「あぁ……」

「分かる?」

「おう」

 

 確かあの時は……と思い起こし、思案した記憶を明確に辿っていく。

 

 サクラが見せてきた小箱に自分と彼女の名前が刻まれていて、それが偶然なのか、何かの因果関係があるのか、敵の『ククリ』と言う名前に結びついたのだったか。だが、その記憶は次いで浮かべた自分で構築した反論によって棄却。因果関係は無いだろうと結論付けたんだ。

 

 反論は確か、『親父がククリと一度対面してるから、もしも()()()()ならば何かしらアクションがあっただろう』という事。それに一〇年以上前とはいえ、サクラの母コトネだってその人物と接触している。何のアクションも無かった事は、おそらく因果関係が無い事とイコールだろう。

 

――まあ、なんだかんだ親父もコトネさんもポーカーフェイスが得意そうだから、実際んとこわからなくって、結局話さなかったんだよなぁ。

 

 と、完全に思い出した。

 

「サキ?」

 

 そこでサクラが腰を折って前屈みになるような体勢で、顔を覗き込んでくる。「わっ」と声を上げて驚いて、サキはすぐに思い出したってと身振り手振りも交えながら示す。

 

 が、しかし、そこでふとサキは考える。

 

 仮にその思案を与太話がてらに話したとして、結論が曖昧な形で捨てた考えというのは、目の前の大して頭が良くないのに考え癖がある少女にとって、毒にしかならないのではないだろうか?

 

――ああ、毒にしかなんねえわ。

 

 すぐにそう思った。

 

「……大した事じゃなかった。本当に話してもつまんねえから言わねえでおく」

 

 そしてそう返すに至る。

 

 少女は口を大きく開けて、「えー」とさぞ憤慨したと言わんばかりにぶーたれた。日焼け止めを塗り終えたのか、鞄へと仕舞ってから、改まって抗議の視線を向けてくる。

 

「嘘ー。サキが悩んでるのって珍しいから、絶対になんかあると思ったのにぃ」

「ねえって。ほんとほんと。悩んでたのだって、裏付けができねえからだし」

 

――そう、裏付けが出来ないのだ。

 

 敵として襲って来て、ワカバの地を灰燼に変えた人物達だ。大人しく話をしてくれるだなんて、早々有り得ない。それこそサキの()()()()ならば話してくれるかもしれないが、たった一つの疑念を解消する為に面と向かうだなんて支離滅裂も良い所だ。その為にリスクを払うだなんて有り得ない。強いて言うなれば、シルバー達が敵勢を捕縛して来てからでも良い話だろう。

 

 ()()()シルバーとメイがいて、負けて帰ってくるだなんて有り得ないのだし。あの二人ならば敵が誰であれ、やる事はやって来るだろうと、そう思うし……。

 

 

「じゃあ面白い話してよー」

 

 そんな思案をしていれば、サクラの声で現実に引き戻される。

 

「ん……」と返して、年上の恋人の我侭に肩を竦めて見せた。

 

「なんだよ、面白い話って……」

 

 最近は彼女との『距離感』にも漸く慣れ始めたこの身体。サキはそれでも強くなる心音を聞きながら、成る丈平然を装って、呆れた風に返してみる。

 

 するとサクラは可笑しな事を言った。

 

「身の上話ばっかりじゃ気を使うよー」

「……え? お前に気使いなんて言葉あったの?」

「ちょっと、どういう意味よ!!」

 

 思わず茶化して返す。

 

 いやはや、()()()なら兎も角。

 考えるより衝動を優先するサクラが気を利かせる(気を使う)だなんて、サキからすればてんで可笑しな話だ。それこそ、アキラの方が余程似合いそうな言葉だ。

 

 怒ったように頬を膨らませるサクラは、今日はアキラのお迎えから直行しているので、化粧をしていないままだ。いつもより随分幼く見えて、自分の年頃に見合った少女のように見えた。

 

 サキはふんと鼻で笑って見せる。

 

 ドキドキはしているのに、いつもより色っぽさが欠けたサクラは、随分と親しみを覚えた。

 

「そのまんまの意味。やーい、バカサクー」

 

 だなんて、おちょくって見せるのだ。

 

 そんな姿が久々だったからだろうか。サクラは一瞬キョトンとした風に目を見開いて、しかしすぐにハッとすると「んもう!!」と声をあげて、サキの腕を取ってくる。

 

「このぉ、最近ずっと照れてうじうじしてるくせにー」

 

 そんな言葉と共に、サキは腕をぐいと引っ張られる形で腕組みをさせられた。

 

「って、あれ?」

 

 そこで不意に手が彼女のベルトに触れて、ハッとする。

 

 ちらりと見えた紫色のカラー。

 

 マスターボール。

 

 サクラのマスターボールの中にはルギアがいる筈だ。

 

「……サキ?」

 

 突然ハッとした表情で立ち止まるサキ。

 

 なんだかんだ話しつつも歩き続けていて、もうすぐフレンドリィショップに着こうかという頃だった。

 

 倣ってサクラも止まってサキを見てみれば、彼は目をぱちぱちと瞬かせて――。

 

「可笑しい……」

 

 そう呟いた。


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