天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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私達に出来る事

 アサギシティ名物、洋食レストラン。早朝で全く人気が無い二四時間営業のそんなお店に、三人は居た。

 

 すぐに向かわないのならとりあえず何か食べたいと、サクラに軽快な一撃をぶちかましたアキラはそう主張した。彼女はタンバでアゲハを降ろすなり、何の補給も無くとんぼ返りしたらしい。故に手元にあったのは一食分の携帯食料で、それを二日分に分けて食べ、そして今に至るんだとか。つまるところとても腹ペコだったそうな。ポケモンセンターにトゲキッスを預け、宿舎をひとつ借り、荷物を置けば、すぐにレストランへと向かう運びとなったわけだ。

 

 まあ、そんなアキラの前で幸せそうに呑気な顔で微睡んでいたら、そりゃあぶん殴られもする。テーブルに向かって申し訳なさそうに俯くサクラの頬には、真っ赤な紅葉がしっかりと痕を残していた。手元のジュースに口を着けながら、どんよりとした雰囲気を醸し出すのも無理はない。人の手による『目覚ましビンタ』は気分爽快な目覚めを約束したりはしないのだ。

 

「……で、Lの力がありゃあHは何とかなる。だからこっちから打って出ようって訳だ」

 

 そんなショボくれたサクラの横で、サキは事の次第を説明していた。人気が無いとは言え、一応略語を使いながら述べていく彼。その説明は端的ながらも要点をしっかりと押さえたものだった。

 

「……ん」

 

 四人掛けの席で、二人に向かい合って座るアキラ。流石にボサボサな髪は本人も不本意なのか、長い髪は纏めてサクラの白いキャスケット帽を借りてその中へ。顔付きは相変わらず疲労を思わせるものの、今の彼女は話を聞きながらも、目の前に用意されたハンバーグとパンのコンビを忙しなく口へ放り込んでいた。

 

 普段、アキラは如何なる時も見た目に気を使う。そんな彼女だから食事はスローペースで、とても丁寧な姿で食べる。しかし、今の彼女は腹が減りすぎており、加えて風呂や睡眠も取れるなら取りたいとしているからか、()()()()ような姿で料理を咀嚼していた。無論、それでいて綺麗な食べ方ではあるのだが、普段は半人前も食べない少女が、一人前の料理を何時もよりハイペースで平らげようとしているとすれば、その形相も言わずと分かると言うもの。

 

 食事の合間合間でサキの話を聞いていると主張するような声を漏らし、しかしそれでも食べる手は止まらない。その姿を見れば見る程、サクラは本当にすみませんでしたと心の中でごちるばかり。

 

「……ふう、結構食べましたわ」

 

 そして漸く一息を吐く彼女。その頃にはハンバーグを乗せた鉄板は空になり、パンが最後の一口分だけ残された状態だった。サキの話は既に聞き終えており、イエス・ノーで答える形で、二人が考えている指針に同意して見せていた。

 

 アキラは盛大に息を吐いた後、最後のパンを口に放り込む。そしてそれを呑み込んだ後、サクラ達と同じく頼んでいたジュースに口を着けた。背凭れに深く背を預けて、如何にも満足した風だった。ジュースを片手に、彼女は少し高くなった日を窓越しに見上げるように、横へ向く。

 

「……しっかし、うまくいかないものですわねー」

 

 なんて零した。

 

 言わずと分かる。彼女が揶揄するのは、サキが話した現在の状況についてだろう。明確に言及こそされなかったが、その言葉が指すとすればおそらくサクラの決意を無下にしてしまうだろうとしたルギアの言い分だろうか。

 

「……ごめんね」

 

 それを悟ったらしいサクラは、俯いたままそう告げる。

 

「別に貴女の所為ではありませんわ」

 

 彼女へ返すアキラは、ジュースを飲み干して、それを机の上に置く。ゆっくりと二人へ向き直った。

 

 その様子を見て、サキがこくりと頷く。

 

「ま、どのみち仕方無い事だ。何よりそれが先に知れたのと、打開策が講じれただけで価値がある」

「その通りですの」

 

 少年の言葉にアキラはうんと頷いた。

 

「サクラ」

 

 そして彼女は、サクラに顔を上げさせる。頬の紅葉が日差しに照らされ痛々しく映るが、それをやった当人は何も気にしちゃいない。むしろいつまでしょげてんだとさえ思っていた。

 

 クスリと微笑み、アキラは手を伸ばしてサクラの頭をわしゃわしゃと撫でる。不躾なその動作にわっと声を漏らして、彼女は目をぱちくりさせた。

 

「前に言った通り、直接対峙するのは本来なら反対ですの」

「……う、うん」

「だけど、これが()()()()になったのでしょう?」

「……うん」

「なら、胸を張りなさいな」

「うん」

 

 疲れが見える顔を綻ばせるアキラに、サクラはうっすらと笑って返した。どうしたいのかなんて聞かれるまでもないし、それがやりたくない事だとは思っていない。むしろ父を止められる立場にいる事は誇らしいとさえ思う。

 

 唯一、ある不安。それはどうしようも無い戦力的なものだったが、今目の前に居る少女は、とても頼りになる存在だ。サクラは感謝するばかりだった。

 

「一言だけごめんと謝る」

 

 そしてサクラは小さく零す。

 

 その言葉自体はアキラに言えば返し刃宜しく皮肉が返ってくるようなものだが、サクラは毅然とした表情を見せて、続けた。

 

「私に力を貸して、アキラ」

 

 何を今更……。

 

 サクラの唐突な頼みにアキラは目を丸くさせるが、しかし彼女の真面目な表情に、少しばかり気取ってやるかと微笑んで返した。

 

「……駄賃は勝利と平和で宜しく願いますわ」

 

 そんな風に言って見せる。

 引き換え条件なんて普段のアキラはしないが、おあつらえ向きだろう。

 

 当然、サクラはうんと言って頷くし、サキは当たり前だろと肩を竦めて見せた。

 

「さしあたっては……そうね、ウィルがどこまで戦えるかになるわけですが」

「だな。俺とサクラの実力じゃあ、二人合わせてお前のウィルとタメはれるかどうかってとこだし……」

 

 サキは唸るように零す。

 

 いかんとし難い実力差。その差はサクラとサキが二人合わせて漸くアキラと対等に至れるかと言う程。彼女がメガ進化を使えば、その差は更に開くとも言える。

 

 しかし、敵はおそらくヒビキ。その実力はアキラでも及ばないとは、語るまでもない。だが、サキの予想通りなら相手は一人。三人でうまく連携が取れれば、ホウオウさえルギアが無力化出来れば、何とかなるかもしれない。そうは思う。むしろそうしなければいけない。

 

「まあ、お二人の戦術はしかと見てきました。即席であってもきちんと合わせられると思いますの」

「……んー、でも相手はお父さんだよ? 仮にバクフーン持ってたら、ウィルちゃんと相性最悪だし」

 

 悠々と述べるアキラに、サクラの苦言が続く。

 それもそうですわねと相成り、アキラはふむと唸る。

 

「サクラもルーちゃんが、サキはシャノンが、それぞれ相性悪いですわね」

「……だな。だけど俺はシャノンじゃねえと足で負けると踏んでる」

「私はロロでも良いけど、シャノンとコンビネーションが良いのはルーちゃんとレオンなんだよね……」

 

 あーでもない。こーでもない。

 

 唐突に始まったブレーンストーミングで、一同は互いにしかめっ面を浮かべて見せる。

 

 と、そこで不意にサクラが気がついた。

 と言うか、思い出した。

 

「前にもあったね。こうして悩む事」

 

 促されて、サキがああと頷く。

 

「アキナさんの時だな」

「あの時も途中からアキラも混じって三人でやったっけ……」

 

 クスリ。アキラは音を立てて笑った。

 

「そうね、貴方達があまりに不甲斐ないから、プクリンで吹っ飛ばしたのですわ」

「……まだ三ヶ月経ったくらいだぜ? 懐かしむには早くねえか?」

「でも懐かしいよ……」

 

 何時ともなく、三人は笑い合う。

 

 そうだ。

 あの時だって凄まじい強敵のアキナさんを相手にしっかりと戦えたじゃないか。

 

 そう思う。

 

「大丈夫。為せばなるよ!」

「楽観視し過ぎですわよ。ほんとあの時から変わり無い駄犬っぷりですわね」

「駄犬ってサクラを揶揄してるお前も変わらねえっての」

「あらやだ。ほんとですわ」

 

 なんて、今に相応しくない笑い声を挙げてみるのだ。

 

 しかし、そんな笑い声は鼓舞となり、互いを激励するとさえ思え、三人は今まで歩んできた軌跡が決してバカに出来ないものだったと、そう自覚する。

 

 

 うん、大丈夫。

 

 きっと何とかなるよ。

 

 何度目か分からない大丈夫と何とかなるを漏らしながら、サクラは胸が熱くなっていく思いを大切に思うばかり。


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