大嵐の中、顕現する大空の神様。
七色の羽根を羽ばたく事さえなく、ホウオウは切なさを思わせるように目を細め、私の前に降り立ちます。くちばしを開き、空を恋しそうに見上げながら一鳴き。
気高く、気品溢れるその声はとても澄んでいて。私のレインコートをバチバチと打つ音が、即座に鳴り止みます。
開かれた翼。まるで彼を祝福するように、ホウオウに向かって一筋の光。しかしその光は先程私の家族を蒸発させた凶悪な閃光ではなく、眩いばかりの陽光。彼の声は厚い雲を断ち、大空に光を呼び戻しました。
レパルダスから降ろされた私は膝を崩し、ぐしゃぐしゃになっている大地に腰を下ろして、ただただ呆然と見上げていました。その陽光が徐々に広がりを見せ、私の身体を照らした時、漸くにしてホウオウは私に向き直ります。
『……宿敵がいる』
「うん」
その声は若さを感じる青年のような声。しかし感情を無くしたかのように、抑揚が無いものでした。
『あれを穿てと、そう申すか』
「……うん」
聞きなれた堅い口調。私は涙を流しながら、頷きました。
もう、私の脳裏には全てがどうでも良く映っていたのです。私の命や、家族の命、色んな人々の命――そんなものはもう、どうだっていい。
皆が守ろうとしてくれたお腹の中の命さえ、救えたら……それでいい。
「殺して。あのポケモンを、殺して……」
私はゆっくりと振り返りました。
空高く、未だ厚い雲がどす黒く陰るヨシノの方角に、うす暗い影が見えます。ポケモンとは思えない程に巨大で、悠然と空に佇む姿。どんな色をしていて、細かい形はどんなものか、影しか拝めないので全く分かりません。
ただ、頭部らしき所には二つ、目だと思われる青白い光が見えました。
その光こそは、私の家族を、ワカバの大地を、穿った閃光そのものに見えます。そう、感じました。
手を上げ、指を差し、私は小さく零します。
私の隣で悲鳴のような声が上がりました。
「殺して」
『心得た』
そして背後で大きな翼が羽ばたかれ、私の背をなぶるような風が巻き起こります。僅かにつんのめれば、そこで私の腕は何者かに取り押さえられました。
ハッとして視線を向けます。
そこにはレパルダスの姿。
切ない表情で、私へ向けて鳴き声を上げます。にゃあ、にゃあ、と。血塗れの布に塞がれた左目はとても痛むだろうに、彼女は必死な形相でした。
――何、言ってるの?
私はそんな彼女へ小首を傾げます。
鳴いてないで、言いたい事があるなら喋れば良いのに。そう思うのです。しかしそんな私の表情を見るなり、レパルダスは表情を凍り付かせます。
震える口を動かし、彼女は再びにゃあと鳴きました。私は理解が出来なくて再度小首を傾げます。彼女は項垂れるように、右目の視線を伏せました。
「ニャ!」
そこへやってくる黒い影。
身体をびくりと震わせて見てみれば、夫の長く連れ添った相棒が、大地に方膝を着いています。すぐに顔を上げて、私の方へにゃあにゃあと忙しなく鳴き声を挙げてきます。
意味が理解出来ません。
小首を傾げます。するとレパルダスが、喚くマニューラに向かって一鳴き。
マニューラの目が大きく開かれ、口を僅かに開いて、唖然とした風な表情を浮かべます。私へ向き直って、今一度にゃあと鳴けば、彼女は私の手からマスターボールを引ったくります。
『……キが……死……。スイ……も、……め。この……じゃ、世界、滅び……』
途切れ途切れの言葉。
『……な!……で、どうし……! 嘘……。嘘よ!』
途切れ途切れの言葉。
『ダメは……もとよ。……ネに、やって……らうわ』
そして、マニューラはその場で踵を返し――。
――リーン。
そんな音を聞いて、足を止めるのです。振り返ってくるマニューラの顔はいかにも目をまん丸にしていて、レパルダスがにゃあにゃあと煩く喚きました。
空高く、ホウオウは七色の翼を開き。
空高く、ルギアは青白い目を煌めかせ。
対峙する二匹の間に、カーテンを思わせるような、オーロラを思わせるような、美しく幻想的な光が舞い降りました。それはまるで気品溢れるシャンデリアのように、心を染める夜空の星屑のように、私と二匹のポケモンの視線を奪います。
――リーン。
鈴の音がまるで合図となるように。
七色が炎を巻き上げ。
青白い光が閃光となり。
その幻想的な光を、確かに穿ちました。
白銀の光と七色の炎に包まれ、幻想的な光は轟と唸ります。瞬間的に膨れ上がったエネルギーを抑え込むかのように集束し、しかしとめどない光と炎に二度、三度と幻想的な光は膨れ上がります。
そして五度目を迎えた肥大で、臨界を越えたと言わんばかりに破裂。キラキラとしたものを撒き散らしたかと思えば、先程見た幻想的な光が嘘のような、赤く、黒い球体となり、それが私の視界を埋め尽くしました。
遠く、遠くに……。
私に伸ばされた小さな手を見ました。
その手は柔らかそうで。
その手は幼そうで。
赤く、黒い球体の方へ吸い上げられるように、離れていきます。私の方へ伸ばした手が名残惜しそうで、何も考える事なく、私はその手に黙って手を伸ばしました。
――タスケテ……ママ。
そんな声が聞こえた気がしました。
手は何も掴めず、私はその声に全てを悟りました。
ああ、××××な時間は終わってしまったんだ。
と……。
※
「……嫌だ。嫌だ。嫌だ。どこ、どこ、どこ」
私はそう呟きながら、空虚になった腹を撫でるのです。そこにあった筈の膨らみを探すのです。そこにあった筈の命を捜すのです。
見知らぬ地で、いえ、見知った筈の地で、私は今見ている景色に嘘っぽさを感じながら、夢見心地で喚くのです。
「赤ちゃん、いないの。どこ……どこ……」
目の前で横たえたレパルダス。マニューラ。そして、
なのに、私のお腹は平坦で。
「ねえ、どこにいるの……」
その声に答える声は無くて。
――タスケテ……ママ。
不意に耳に蘇る声を聞き、私は絶叫するのです。
「どこにいるのぉぉぉおおおお」
「――っ!?」
そこで、
右を見て、岩肌を拝みます。左を見て、壁掛けの松明に照らされて眠るレパルダスの背。尻の下には、岩の上に敷かれただけの布。
身体を見下ろし、洋服が汗だくになっている事に気がつきました。手探りで確めたお腹は、やはり平坦です。
汗で張り付いた服を気にもせず、私は自らのお腹を両手でぎゅっと鷲掴みにしました。そこに無い命を思い起こすように、ぎゅっと。
『……サクラ。大丈夫? とてもうなされていたわ』
横で身を起こした隻眼のレパルダス。私が視線を向ければ、
『あの時の夢を見たのね……?』
「……うん」
私は頷いて返しました。
その姿にレパルダスは表情を曇らせます。そんな彼女の横に、軽やかな動作で着地するひとつの影。
『サクラ。敵が来たわ』
『敵?』
落ちてきた影はマニューラでした。ふと頭上を見上げれば、そこにはやはり無骨な岩の壁。……ああ、そうです。ここはシロガネ山でした。
『
『……あら、大層な顔ぶれね』
二匹はそう交わし、私へ視線を向けました。
こくりと頷きます。
胸を撫で、息を整えました。未だバクバクと音を立てる心臓に、それでも私は決意を新たにする気持ちで二匹を見据えます。
「あっちからスイクンを連れて来てくれたなら、話は早いよ。戦力を総動員して敵を分断……。ここに連れてくるのは
『ええ』
『了解よ』
――そう、これでいい。
私は何処か遠くから
もう、どうだっていい。
やり直しなんて出来ないんだ。
あの子は私じゃない。
全部、終わらせろ……。
ククリ。
ママ、頑張るね。
胸の中で言葉を零し、私は目前を発つ二匹の姿を見送りました。その姿が見えなくなってから、小さく唇を開きます。
「……
――願わくば、彼女が止めてくれる事を祈ろう。
私は立ち上がりました。
お母さん。
サキ。
ルーシー。
ロロ。
リンディー。
ラヴィ。
行ってきます。
誤字脱字誤用ありませんよーに!!
チェックはしたのですが、もう書いてる途中で胸が痛すぎて辛かったです。
ミニコーナーはやります。