天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

155 / 231
××××な日々。

 大嵐の中、顕現する大空の神様。

 

 七色の羽根を羽ばたく事さえなく、ホウオウは切なさを思わせるように目を細め、私の前に降り立ちます。くちばしを開き、空を恋しそうに見上げながら一鳴き。

 

 気高く、気品溢れるその声はとても澄んでいて。私のレインコートをバチバチと打つ音が、即座に鳴り止みます。

 

 開かれた翼。まるで彼を祝福するように、ホウオウに向かって一筋の光。しかしその光は先程私の家族を蒸発させた凶悪な閃光ではなく、眩いばかりの陽光。彼の声は厚い雲を断ち、大空に光を呼び戻しました。

 

 レパルダスから降ろされた私は膝を崩し、ぐしゃぐしゃになっている大地に腰を下ろして、ただただ呆然と見上げていました。その陽光が徐々に広がりを見せ、私の身体を照らした時、漸くにしてホウオウは私に向き直ります。

 

『……宿敵がいる』

「うん」

 

 その声は若さを感じる青年のような声。しかし感情を無くしたかのように、抑揚が無いものでした。

 

『あれを穿てと、そう申すか』

「……うん」

 

 聞きなれた堅い口調。私は涙を流しながら、頷きました。

 

 もう、私の脳裏には全てがどうでも良く映っていたのです。私の命や、家族の命、色んな人々の命――そんなものはもう、どうだっていい。

 

 

 皆が守ろうとしてくれたお腹の中の命さえ、救えたら……それでいい。

 

 

「殺して。あのポケモンを、殺して……」

 

 私はゆっくりと振り返りました。

 

 空高く、未だ厚い雲がどす黒く陰るヨシノの方角に、うす暗い影が見えます。ポケモンとは思えない程に巨大で、悠然と空に佇む姿。どんな色をしていて、細かい形はどんなものか、影しか拝めないので全く分かりません。

 

 ただ、頭部らしき所には二つ、目だと思われる青白い光が見えました。

 

 その光こそは、私の家族を、ワカバの大地を、穿った閃光そのものに見えます。そう、感じました。

 

 手を上げ、指を差し、私は小さく零します。

 

 私の隣で悲鳴のような声が上がりました。

 

「殺して」

『心得た』

 

 そして背後で大きな翼が羽ばたかれ、私の背をなぶるような風が巻き起こります。僅かにつんのめれば、そこで私の腕は何者かに取り押さえられました。

 

 ハッとして視線を向けます。

 

 そこにはレパルダスの姿。

 

 切ない表情で、私へ向けて鳴き声を上げます。にゃあ、にゃあ、と。血塗れの布に塞がれた左目はとても痛むだろうに、彼女は必死な形相でした。

 

――何、言ってるの?

 

 私はそんな彼女へ小首を傾げます。

 

 鳴いてないで、言いたい事があるなら喋れば良いのに。そう思うのです。しかしそんな私の表情を見るなり、レパルダスは表情を凍り付かせます。

 

 震える口を動かし、彼女は再びにゃあと鳴きました。私は理解が出来なくて再度小首を傾げます。彼女は項垂れるように、右目の視線を伏せました。

 

「ニャ!」

 

 そこへやってくる黒い影。

 

 身体をびくりと震わせて見てみれば、夫の長く連れ添った相棒が、大地に方膝を着いています。すぐに顔を上げて、私の方へにゃあにゃあと忙しなく鳴き声を挙げてきます。

 

 意味が理解出来ません。

 

 小首を傾げます。するとレパルダスが、喚くマニューラに向かって一鳴き。

 

 マニューラの目が大きく開かれ、口を僅かに開いて、唖然とした風な表情を浮かべます。私へ向き直って、今一度にゃあと鳴けば、彼女は私の手からマスターボールを引ったくります。

 

『……キが……死……。スイ……も、……め。この……じゃ、世界、滅び……』

 

 途切れ途切れの言葉。

 

『……な!……で、どうし……! 嘘……。嘘よ!』

 

 途切れ途切れの言葉。

 

『ダメは……もとよ。……ネに、やって……らうわ』

 

 そして、マニューラはその場で踵を返し――。

 

 

――リーン。

 

 

 そんな音を聞いて、足を止めるのです。振り返ってくるマニューラの顔はいかにも目をまん丸にしていて、レパルダスがにゃあにゃあと煩く喚きました。

 

 空高く、ホウオウは七色の翼を開き。

 空高く、ルギアは青白い目を煌めかせ。

 

 対峙する二匹の間に、カーテンを思わせるような、オーロラを思わせるような、美しく幻想的な光が舞い降りました。それはまるで気品溢れるシャンデリアのように、心を染める夜空の星屑のように、私と二匹のポケモンの視線を奪います。

 

 

――リーン。

 

 

 鈴の音がまるで合図となるように。

 

 七色が炎を巻き上げ。

 青白い光が閃光となり。

 

 その幻想的な光を、確かに穿ちました。

 

 

 白銀の光と七色の炎に包まれ、幻想的な光は轟と唸ります。瞬間的に膨れ上がったエネルギーを抑え込むかのように集束し、しかしとめどない光と炎に二度、三度と幻想的な光は膨れ上がります。

 

 そして五度目を迎えた肥大で、臨界を越えたと言わんばかりに破裂。キラキラとしたものを撒き散らしたかと思えば、先程見た幻想的な光が嘘のような、赤く、黒い球体となり、それが私の視界を埋め尽くしました。

 

 

 遠く、遠くに……。

 

 私に伸ばされた小さな手を見ました。

 

 その手は柔らかそうで。

 

 その手は幼そうで。

 

 赤く、黒い球体の方へ吸い上げられるように、離れていきます。私の方へ伸ばした手が名残惜しそうで、何も考える事なく、私はその手に黙って手を伸ばしました。

 

 

――タスケテ……ママ。

 

 

 そんな声が聞こえた気がしました。

 

 手は何も掴めず、私はその声に全てを悟りました。

 

 

 ああ、××××な時間は終わってしまったんだ。

 

 と……。

 

 

 

 

「……嫌だ。嫌だ。嫌だ。どこ、どこ、どこ」

 

 私はそう呟きながら、空虚になった腹を撫でるのです。そこにあった筈の膨らみを探すのです。そこにあった筈の命を捜すのです。

 

 見知らぬ地で、いえ、見知った筈の地で、私は今見ている景色に嘘っぽさを感じながら、夢見心地で喚くのです。

 

「赤ちゃん、いないの。どこ……どこ……」

 

 目の前で横たえたレパルダス。マニューラ。そして、()()()()()()。二匹と一人の目は閉じていて、しかしその胸はゆっくりと上下していて。

 

 なのに、私のお腹は平坦で。

 

「ねえ、どこにいるの……」

 

 その声に答える声は無くて。

 

――タスケテ……ママ。

 

 不意に耳に蘇る声を聞き、私は絶叫するのです。

 

「どこにいるのぉぉぉおおおお」

 

 

「――っ!?」

 

 そこで、()は身体を起こします。しかと開いた双眸で、目の前の歪んだ景色をじっと見つめます。はあ、はあと深い息を吐けば、背筋がゾクりと音を立てるような気がしました。

 

 右を見て、岩肌を拝みます。左を見て、壁掛けの松明に照らされて眠るレパルダスの背。尻の下には、岩の上に敷かれただけの布。

 

 身体を見下ろし、洋服が汗だくになっている事に気がつきました。手探りで確めたお腹は、やはり平坦です。

 

 汗で張り付いた服を気にもせず、私は自らのお腹を両手でぎゅっと鷲掴みにしました。そこに無い命を思い起こすように、ぎゅっと。

 

『……サクラ。大丈夫? とてもうなされていたわ』

 

 横で身を起こした隻眼のレパルダス。私が視線を向ければ、()()()()()には聞こえなかった声を、確かに奏でます。

 

『あの時の夢を見たのね……?』

「……うん」

 

 私は頷いて返しました。

 

 その姿にレパルダスは表情を曇らせます。そんな彼女の横に、軽やかな動作で着地するひとつの影。

 

『サクラ。敵が来たわ』

『敵?』

 

 落ちてきた影はマニューラでした。ふと頭上を見上げれば、そこにはやはり無骨な岩の壁。……ああ、そうです。ここはシロガネ山でした。

 

()()()に、こちらのサキのお父様。協定のトップに、コガネの元ジムリーダーよ』

『……あら、大層な顔ぶれね』

 

 二匹はそう交わし、私へ視線を向けました。

 

 こくりと頷きます。

 

 胸を撫で、息を整えました。未だバクバクと音を立てる心臓に、それでも私は決意を新たにする気持ちで二匹を見据えます。

 

「あっちからスイクンを連れて来てくれたなら、話は早いよ。戦力を総動員して敵を分断……。ここに連れてくるのは()()()とシルバーさんだけにして」

『ええ』

『了解よ』

 

――そう、これでいい。

 

 私は何処か遠くから()を聞きました。その声質自体は私とそっくりなものでしたが、私はその声に疑問を持つ事はありません。

 

 もう、どうだっていい。

 やり直しなんて出来ないんだ。

 あの子は私じゃない。

 全部、終わらせろ……。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 ククリ。

 ママ、頑張るね。

 

 

 胸の中で言葉を零し、私は目前を発つ二匹の姿を見送りました。その姿が見えなくなってから、小さく唇を開きます。

 

「……()()()、ごめんね。もう()()()は止まれないの。許して……」

 

――願わくば、彼女が止めてくれる事を祈ろう。

 

 私は立ち上がりました。

 

 

 ()()()()

 お母さん。

 サキ。

 ルーシー。

 ロロ。

 リンディー。

 ラヴィ。

 ()()()

 

 

 行ってきます。




誤字脱字誤用ありませんよーに!!
チェックはしたのですが、もう書いてる途中で胸が痛すぎて辛かったです。

ミニコーナーはやります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。