天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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少女は悲しげに微笑んだ

 現れた少女は、両の手で五冊の本を持っていた。その姿こそ、先程部屋を出た時に言っていた事を実行してきたようだが、顔付きはどう見ても険しい。

 

 足元をリンディーが駆け、彼が部屋に入ると、サクラも続いて後ろ手に扉を閉めた。ガチャリと、音が響く。

 

「聞こえてたか?」

「……ううん」

 

 少女の首は横に振られたと言うのに、鈴が外に出ている事に何の苦言は無く。本を机の端に置くと、彼女は心配そうに見上げるレオンとルーシーの頭を軽く撫でてからソファーにゆっくりと腰掛けた。

 

 サクラは俯きながらも、薄く笑ってから海鳴りの鈴を撫でた。

 

「あのね、ルギアのテレパシーって、私離れてても聞こえるみたいなのよ」

『何!?』

 

 鈴から驚嘆の声が漏れる。どうやら意図せずしての事らしい。つまりルギア側の声は筒抜けだった訳で。サキは思わず「あーあ……」と零す。これでは隠れて話をした意味がまるでないじゃないか。

 

「隠し事、私が嫌いなの知ってるよね?」

『……ああ』

「サク――」

「サキは黙ってて」

 

 ぴしゃりと言い放たれた言葉。しかしその声色は落ち着いていて、どうにも『事を荒立てたくないから』と言うようだった。

 

 分かったと返して、サキは溜め息を吐く。

 

 ごめん、と零してサクラは彼へ微笑む。そして再び海鳴りの鈴へ視線を寄せ、彼女は悲しそうな笑顔を浮かべてみせた。

 

「……私の事を想ってくれたのは理解する。だけどね」

 

 ぽつりと零される言葉。その次の言葉を、サキすらも予想出来なかった。

 

 ただひたすらに、少女は穏やかな声色で告げる。

 

「その隠し事のせいで、ウツギ博士が死んじゃった。私はそう思うの……」

 

 そして沈黙。

 

 サキは聞かされただけの話だが、確かにサクラはワカバタウンの崩壊に至るまで、誰からも海鳴りの鈴が何たるか……はたまた、ウツギ研究所に何が封印されていたかを知らなかった。ルギアの存在さえ、知らなかった。

 

 知っていて何が変わったかは分からない。だが、彼女のその言葉は的を外しているようで、的を得ていた。

 

「だって、私が知ってたら……。ルギアをひとりぼっちになんてさせて無かったもん」

 

 彼女はそう呟く。

 

 そしてそれが真実だった。

 

『だが、それでは主が――』

「ルギア。それは野暮ってやつだろ」

 

 もしもそうあればサクラが襲われていただろう。その事を主張する彼に、黙っててと言われながらもサキは言わずにいられなかった。

 

 事実、サクラが苦しんできた様を、サキは知っていた。知っていれば、言わずにいられなかった。どのみちサクラは苦しんで来たと認めるようで、少年の胸に熱いものが込み上げてくるものの、仕方なかったのだとさえ思う。

 

 一〇年前。コトネによれば、敵は『娘の命が惜しかったら』と告げて、ヒビキとコトネを呼び立てたのだ。つまり狙いはサクラの可能性もあった。だから彼女を守る為に、二人はルギアを残して行った。しかしその事実はサクラには伝えられなかった。今となっては憶測しか出来ないが、真実を知れば両親が帰って来ない理由を深読みして絶望すると思い、ウツギ博士は彼女に必要以上の事を伝えなかったのだろう。海鳴りの鈴を持たせたのは、もしも自分が彼女を守りきれなかった場合、ルギアが彼女を守るように――そう、正しく今はそうなっている。

 

「私ね、皆が優しくしてくれるから、すんごく甘えん坊に育っちゃった」

 

 そんな風に、サクラは穏やかに零す。

 

「だからね、ちょっとくらい罰を受けても、仕方ない事なんだよ……。ウツギ博士が死んじゃった事も、ワカバタウンがあんなになっちゃったのも、ひっくるめて全部、私が悪いんだと今でも思ってる」

 

 そして、話は飛躍するように感じた。しかしまだ続きがあると口を開く彼女に、サキと鈴は黙って言葉を聞くしかなかった。

 

「全部。アゲハさんに怒られて気が付いたよ」

 

 そこで彼女は伏せた顔を漸く上げる。目尻に涙を溜めながらも、彼女の表情は薄く微笑んでいた。

 

「……幼い頃、私はお父さんとお母さんの肩書きを言い訳にして、ポケモンから逃げた。そこから全部間違ってきたの。もう、逃げちゃ、いけないの……」

 

 頬を伝う涙は、彼女が浮かべる笑顔は、それでも後悔や懺悔を主張するようではなかった。だからと紡がれた言葉に、全てが集束する。

 

 

「この件で、私に、隠し事は、もうしないで……」

 

 

 そう、告げられた。

 

『……済まない。主よ』

「ああ。俺も……ごめんな」

 

 サキ自身は隠し事をした訳じゃない。戻れば話そうとさえ思っていた。しかし、彼女の言葉に言わずにはいられなかった。

 

「サキ、何が分かったか、全部教えてくれる?」

「……当たり前だ。少し辛いかもしんねえから、ちゃんと顔拭いて、落ち着いてからにしろ」

 

 少女が涙ながらに小首を傾げる様へ、サキは肩を竦めて返した。化粧が崩れて酷い顔だと少しばかり茶化してみせれば、彼女は大慌てで化粧落としを取り出すのだった。

 

 

 そして、一〇分程が経ち、サクラの嗚咽が落ち着いてから全てを告げる。包み隠さずに、サキは自分の予想だとほぼ確実にヒビキが居る事を告げ、攻めいるべきかどうかを悩んでいる所だと打ち明けた。とすれば、彼女は事も無げに答えてみせる。

 

「一〇年間も放ったらかしにした挙げ句、人様に迷惑かけるなんて有り得ないよ。……ぶっ飛ばしても罰は当たらないし、アサギが襲われない内にやっちゃった方が良いよね」

 

 そんな風に述べ、彼女はクスリと微笑んだ。サキは首を横に振って、()()()()()()反論を取り上げる。

 

「ヒビキさんの命に関わる。お前が仮にヒビキさんを殺した場合、お前が自棄を起こす可能性もある。それに、その場合は倒したホウオウをどうするかも考えなくちゃいけない」

 

 少年の言葉を受け、サクラはううんと首を横に振って答えた。

 

「それ、確認だよね? 私が何て言うか分かってるでしょ?」

 

 微笑む彼女の即座の返答に、サキはむっと唇を尖らせた。どうやらばれていたらしい。この返答は予想外だった。

 

 溜め息ひとつ。少年は仕方ないと続ける。

 

「……まあ、そうも言ってられないってお前は言うと思ってるよ。ホウオウについてはNの協定……だろ?」

「さっすがサキ」

 

 本来ならばこう言う返答が予想されたとする言葉を並べれば、サクラはご満悦な様子だった。まあ、アサギシティが襲われた場合の被害を考えれば、『そうも言ってられない状況』と言うのは確かだ。

 

 そしてホウオウの保護については、正しくNの協定を使えば良い。本来はルギアをそうする選択肢も用意して、メイ達は彼らに接触してきたのだ。使わない手は無い。

 

 問題は倒せるか、ではあるが……。

 

「ま、そうなりゃ死に物狂いで何とかするしかねえな」

「……巻き込んでごめんね」

「今更だろ」

 

 少女の俯きがちな顔に笑って返す。

 

 そう、何とかするしか無いのだ。

 

――その為には先ず。

 

「さて、そんじゃとりあえず渦巻き列島が沈んだ事件について調べるのと、アサギジム突破が第一の課題だな」

「……だね」

 

 そして二人は少女が持ってきた五冊の本へ向き直るのだった。

 

 

 残念ながら、この図書館では渦巻き列島が大嵐と共に沈んだと言う事実以上の事は分からなかったのだったが……。




……すみません。
本来ならばこの時点で六話ぐらいの予定でした。コトネ再会編が膨大な文字量に膨れ上がったのと、用意していた伏線の回収に思った以上の文字量を要し、結果、予定していた二部終了の構成まで届きませんでした。

尽きましては二部のサブタイを変更させて頂きます。それに伴う一部終了時のコメントと、二部の終了を示唆していたミニコーナーに注釈を入れさせて頂きます。

当二部のサブタイは
『母との再会、そして……』
とさせて頂きます。

ここで二部の終了です。

第三部こそは予定していた通りの『失われた母』です。この度は本当に申し訳ありませんm(__)m

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