――いや、待て。
サキはルギアが語る話に言葉を失いながらも、困惑してぐるぐると渦を巻いていく思考にそう鞭を振った。自ら論理立てた事を自ら否定し、そして一番無難な結論へと導いていく。
少年は片手で待ったと鈴に示しながら、自ら思考するにあたって不足している事柄を探す。以前鈴はサクラの様子を目の無いその身で確認していたと言う通り、淡く光って反応を示せば言葉を接ぐんでくれた。
――待て。おかしい。
俺が以前『シロガネ山が怪しい』と判断したのは、渦巻き列島が人の住めない地なだけじゃない。渦巻き列島は協会の目から逃れられる場所だとは思うけど、あそこは連絡船も通れば海を渡るトレーナーも少なくない筈。少なくともアサギとタンバにジムがある以上、ここいらを活動の基準にするのは目立ちすぎる。
老人やククリとか言うトレーナーはまだしも、『ヒビキさん』や、元は『コトネさん』も居た筈だ。現にアゲハは『ヒビキさん』をエンジュで見て、『ゴールドがエンジュを襲撃した』と判断したんだ。つまり有名な顔立ちは変わり無い筈なんだし、ここら辺に留まるのはハッキリ言って悪手。
ルギアの言う通り、渦巻き列島ら辺がルギアのテリトリーだっつうなら尚更じゃねえか。そんな事はホウオウのトレーナーのヒビキさんは知ってても可笑しくねえ。
――ならば。
「ルギア、ひとつ確認してえ」
『なんだ?』
「そこにいる人数は分かるか?」
『否、悲鳴が聞こえるだけ故、不確かだ』
「くそっ……」
サキは悪態を吐いて、ソファーの背凭れに凭れ掛かった。最も欲しかった情報は、残念ながら現地を確認しなくては分からない状況らしい。
――現地?
しかしそこでハッとする。
サキはPSSを鞄から取りだし、一同に少し確認を取ると告げて、ホログラムを展開した。指でなぞって操作し、やがて『アキラ』の項目を選択する。発信を押すなり、サキはPSSを耳に当てた。
二回のコール音の後、彼女は出る。
『珍しいではありませんか、貴方がわたくしに……』
いきなり苦言から始まる甲高い声に、サキは溜め息混じりになりながら少女を諌める。
「文句は後回しで頼む」
『なんですの? いきなり……』
とすれば、アキラの声はさぞ不満そうだった。『空を飛んでる最中なのですけど……』と零すのは、つまるところ急な事態なのは分かってくれているのだろうと思う。それでも苦言が漏れるのは、彼女の性分だろう。
「すまん。今渦巻き列島の近くか?」
『ええ。丁度上空を飛んでおりますの。もうタンバが見えるかと言う頃でしょうか……』
「なら、その辺りで変わった様子はあるか?」
そう尋ねる。
すると彼女は『変わった様子って……』と零しながら、辺りを見渡すかのように声が遠くなる。貧弱娘、この辺りに変わった様子はございまして? と、電話の向こうで話していた。
そしてやがて、彼女は『あっ……』と声を漏らす。
『パウワウが居ますわね。この辺りでは深海に生息しているポケモンなのですが……』
ゴクリと、サキの喉が鳴った。
「それは……辺り一帯で目立って見えてるか?」
『……そうですわね。確かに、言われてみれば野生ポケモンが海面に浮上してきている姿が目立って見える気がしますわ』
ドクン、ドクン……。心臓が徐々に早鐘を打っていくように感じる。頬を嫌な汗が伝うような気がして、サキはふうと息を吐いて心を落ち着けた。
「そうか。ありがとう」
『……これ、もしやすると』
「
『分かりましたわ』
電話の向こうでアキラは何かを察したようだった。時期や状況を考えて、おそらくは正解に近い答えに彼女も近付いた事だろう。
ともあれ欲しい情報は得たと、通話を終える。PSSを開けっぱなしの鞄に投げ入れると、サキは小さく舌打ちをした。
「シロガネ山がハズレかどうかはわかんねえな。けど、お前の言う通り、渦巻き列島に敵が潜んでいるのは間違いがなさそうだ」
『……そうか』
ふうと息を吐く。
今得た情報は、確かな確証に近い。そして自らが以前出した答えを、半ば『肯定』するかのようだった。
パウワウが深海に生息するとのアキラの言葉は、つまり渦巻き列島に生息していた事を表すだろう。そのポケモンが浮上してきているとは即ち、『避難』していると考えるのが無難だ。
水圧が大きく変わる深海と海面。それを耐える体を持つのがポケモンだが、先程ルギアが述べてみせたテリトリーと言う観念は彼らにもある。慣れ親しんだ地を捨て逃げるとは、実に急を要したのだろうと思わせた。
そして、それが『今』である事が重要だ。
もしも随分前から敵がそこいらをアジトにしていたのならば、パウワウ達はとっくの昔に新しい住処を見つけている事だろう。『今』はまさに、逃げ出したその最中だと考えるのが妥当に思う。
つまりだ。敵はつい最近渦巻き列島にやって来たと考える訳だ。そして、その敵とは――。
「おそらく渦巻き列島にいるのは、老人じゃない方のヒビキさんだ」
『何故、そう思う?』
サキが導き出した答えは、エンジュでアゲハが見掛けたヒビキ……つまりサクラの実の父を指した。同じくヒビキの名を持つ老人ではない。
「敵が最近渦巻き列島に来たって事は半ば確定だ。なら、その人物が老人やククリってトレーナーなら、態々お前のテリトリーで潜むリスクを侵す必要はねえだろ」
『……成る程』
写真や似顔絵を取って、かの二人の人物を世間一般に公表し、指名手配しているのならまだしも……と、少年は告げる。しかし唯一その顔を知る彼の父シルバーは、敵勢が『ホウオウ』を持っている事から、市民が彼らを確保しようとして撃退された際のリスクを考え、これを公表してはいない。
この事を敵が知っているとするのは、かつてフジシロが予想した『マツバも操られていたかもしれない』という考えの上だが、これは敵が待ち伏せをしている……つまりサクラの次の行程を知っていると思われるような挙動が肯定するだろう。態々『待ち伏せ』ている理由も、今はもうマツバの洗脳が解けているとすれば納得が出来る。
つまり、態々渦巻き列島に潜まなければいけない理由があるのは、『ゴールド』として顔が知れたサクラの父たるヒビキだけだ。老人やククリと言うトレーナーはそもそも居る可能性すら低い。
もしもその二人が同行しているのなら、既にアサギは襲われているとサキは思った。待ち伏せに適している『ジム』へ、既にサクラは予約を入れに行った後なのだ。数日後の襲撃の予知とやらも、渦巻き列島に留まりきれない理由……考えるに、食料が無難だろう。があり、それならば居る可能性が高いうちに襲ってしまう事を考えてかもしれない。
しかしだ。そうなるとそもそもの話が瓦解する。
「なあ、お前が身体を制御するのは完全に望み薄なんだよな?」
『ああ。平時ならばまだしも、有事においては
と、鈴は零す。どうやらサキが言わんとする事を気付いたのか、その声色は低く重いものだった。
前回、鈴の塔で操られたコトネと対峙した際、
『どうするかは、汝に任せても良いか?』
「……いや」
少年は鈴の声に首を横に振る。
「サクラに直接聞こう」
その瞬間、ガチャリと音を立てて部屋の扉が開かれた。