とんでもない爆弾を持ち込んでくれた男は、それを点火するだけ点火して去っていった。また来るよとの言葉に、サクラはいの字に顔を歪めて「もう来んな!」と叫んで見せた。少なくとも、彼がオフの日には二度と会いたくないと、彼女はそう思ったものだ。
対してサキは苦笑混じりに彼女へ謝罪をすれば、サキは悪くないじゃんとの言葉を受けとる。ならば何故に彼が吹っ飛ばされたのかが疑問になるわけだが、そこをついて責め立てるような野暮を少年がするわけもなかった。
かくして二人は今度こそ図書館へ入る。丁寧な態度の受付嬢がお辞儀をして迎えてくれた。
「ようこそ、アサギシティ図書館へ。入場料は五〇〇円でございます」
当たり前に告げられた金額を、二人は当たり前に支払う。とすれば、受付嬢からパンフレットを渡され、出しっぱなしの二人のポケモン達を示すように手を出される。
「申し訳ございません。当館におきまして、水、氷、炎タイプのポケモンはボール内に仕舞って頂く決まりでございます。また、個体によっても決まりがございますので、詳しくはパンフレットを御覧下さいませ」
二人は言われて直ぐ様頷き返す。ロロ、シャノン、ヒトカゲはその決まりに従ってボールへ仕舞われた。
「では、ごゆっくり御覧下さいませ。何か不明点がございましたらスタッフにお申し付け下さいませ」
そして丁寧なお辞儀を受ける。二人は礼を述べて、彼女が示してくれた順路へ向かう。
中はごくごく普通の図書館だった。港町と言う事もあって、海外の蔵書コーナーらしき一画がある事ぐらいが目立つものの限りだ。ポケモンを出してはいけない防音ルームがあり、一応個室らしきものも見てとれるのだが、これはポケモンが出入り可能な図書館ではよく見られるものだった。
「へえ、図書館ってこんな風なのか」
言わずもがな。と言う風に、来るのが初めてだったらしいサキは関心した声を漏らす。こくりと頷いて、サクラは指を差しながら説明していった。
「一応ポケモン出して良い場所だけど、防音ルームは勉強とかに使われるから静かにしなくちゃいけないからって事で出してちゃダメ。個室も防音設備があるけど、こっちはポケモン出してても良い場所だよ」
成る程、と少年は返す。彼からすれば図書館の蔵書数と言えば驚くべきものだったが、こう言う場所がある事はちゃんと知っていた。強いて言うなれば本を読むくらいで何で金を取るのかとは思ったものだが、館内は清潔感に溢れ、尚且つ空調設備もある様子。加えて防音ルームやら個室までもあるのならば、五〇〇円で時間制限無しな事は安価だとさえ感じる。
サクラは学生の頃に利用した事があったのだろう。少年は慣れた様子で辺りを見回す彼女に、「とりあえずどうする?」と尋ねてみる。
人気は疎らとは言い難い。昼下がりとはこう言う施設が賑わう時間帯で、やはりここも例に漏れずと言った所だった。
「とりあえず
少年と同じ着眼点だったらしい彼女はそう零す。わかったと頷いて、彼は彼女に先導を任せた。
小スペースだと一目に分かる部屋が並んでいる通路に入り、複数人用の部屋のうちで『空室』の看板がかかる扉を見つけ、一応のノックを挟んでから無人を確認。二人は看板を『使用中』に換えてから中へ入った。
厚い壁の中、空調設備だけが小さな音をたてる室内。テーブルを挟んでソファーが二つ。向かい合わせになるように荷物を置けば、サクラがよしと頷いた。
「んじゃ適当に探してくるから、レオンとルーちゃん見ててくれる?」
「はいよ」
部屋に鍵は無い。どちらかが残るならば、やはり図書館に慣れないサキが残るのは至って当然のような流れだった。
護衛……と言うわけでは無く、サクラは手持ちで一番思慮深いらしいリンディーだけは連れてくとして、部屋を出て行った。その姿を見送り、サキはレオンとルーシーの二匹と向かい合わせに座る。
二匹は慣れない場所にキョロキョロと視線を泳がせていたが、やがてソファーに落ち着いた。そして二匹は何やら鳴き声を交わして、サキには理解出来ない会話をし始める。
その頃になってだ。
『主の友よ』
「のわっ!?」
いきなり響いた声に、サキは肩を跳ねさせた。
『すまん。レオンとルーシーが大丈夫だと言うが故に声をかけたのだが』
「……なんだ、ルギアかよ」
落ち着いた成人男性のような声の正体を悟り、サキは深く溜め息を吐いた。レオンがサクラの鞄をまさぐり、中から真白に輝く鈴を取り上げて、机の上にゆっくりと置く。
『礼を言う。レオンよ』
「チィ」
気にするなとでも言いたげに、レオンは前足で鈴をてしてしと叩いた。
『さて、主の友よ』
そして気を取り直す風に、鈴は改まる。
主ではない自分にいきなりの声をかけてくるとは珍しい事だ。サキは改まる彼に、居住まいを正した。淡い光を放つ鈴は、まるで少年の姿に満足したかのようにリンと音を鳴らす。
『是か非で答えて欲しい。主の危機を察しているか?』
「……危機っつうと、あいつらか。だったら是だな」
サキは彼の足りない言葉を自ら補い、そして頷く。すると鈴は再びリンと音を鳴らした。
『その危機に、主を立ち向かわせるつもりか?』
そしてその鈴は問う。
サキは頷いた。
「あいつがそれを望むなら、俺は俺に出来る限りあいつの身を守るだけだ」
『そうか』
鈴は僅かに考え込むかのようにして、ふむと唸る。やがて思案を終えたらしい彼は、淡い光を瞬かせてから再び口火を切った。
『
「ん?」
『肉体に宿る
「ああ」
サキは頷いた。
以前、まだ操られていたコトネにサクラが襲われた時の事だ。鈴の塔でサクラの危機を救ったルギアは、その身に二つの精神を宿していた。
自分の事を『私』と呼ぶルギア。
自分の事を『我』と呼ぶルギア。
同じ存在ながらも、『私』のルギアはサクラに従順であれば、彼女が望む平和を守りたいと願う存在だろう。しかし『我』のルギアはサクラを単なる守り人として認識しており、彼女の身こそ守れど、その為に何が起ころうと知ったこっちゃないと言わんばかりな存在。
強いて言えば、『我』のルギアはサクラの制御下には無いと言える。彼女の意思など二の次で、単に自分を保護する器としてしか見てない。
そこまでを思い起こす。
『
「……え、ちょい待て」
少年はハッとした。思わずルギアの二の句を遮る。
「お前、自力でボールから出れんのか?」
『当然だ。造作も無い』
なんと言うことだ。少年は今、聞いてはいけない事を聞いたと、刮目して見せた。会議の時にこそ、そんな話はしなかったじゃないか。
「……それじゃアサギが襲われた時点で」
『ああ。
そう。
それはつまり、アサギシティが襲われた時点で、サクラがこの前決めた事を全て台無しにしてしまうと言う告白だった。
『済まなく思う。これを聞けば主は再び葛藤に苛まれると思ったが故に、主をよく知る汝に頼もうと至った』
鈴は再びリンと音を鳴らす。
『この地が襲われるより早く、主を渦巻き列島とやらに連れて行って欲しい』
そして彼がそう言うや否や、机の上で鈴の横に立つレオンと、ソファーに立つルーシーが、揃ってお願いをするようにお辞儀をして声を漏らした。
二匹と鈴に見据えられ、サキは双眸を鋭くする。腕を組み、「ちょい待ち」と零してから、目を閉じてふうと息を吐いた。
――考えろ。
少年は自らに言い聞かせる。
ルギアが何故このタイミングで自分にこう言ったか、そして何故渦巻き列島に向かえと言うのか……。
やがてゆっくりと目を開き、彼は口を開いた。
「前に鈴の塔でスイクンにやられたのは、不覚をとった訳じゃ無い。……ってことか?」
そして自らの思案で浮かんだ疑問を投げ掛ける。鈴はリンと音を鳴らし、淡い光を少しばかり強めてみせた。
『流石だな、主の友よ。その通りだ』
「……つまり、
『正しく』
成る程、少年は頷く。
確かに以前、会議の際に彼は鈴の塔をホウオウの『テリトリー』だと言っていた。……確か、コトネのスイクンもエンジュに起源があった筈だ。父が調べたファイルにそう書いてあった気がすると少年は更に思い起こす。つまりあの時は完全に敵陣の優勢だった訳だ。
ホウオウのテリトリーが鈴の塔ならば、ルギアのテリトリーは渦巻き列島だ。昔は焼けた塔がどうのと書いてある書物もあったが、今は渦巻き島の筈。なにせ敵を上手くそこへ誘い込めれば、そこで対峙する分にはルギアの戦力は敵にとって驚異と言う他は無いだろう。長らく封印されていたらしいルギアでも、もしかすると勝機はあるかもしれない。
――だが。
「無理だな」
少年はぼやく。
「渦巻き列島は海の底らしいじゃねえか。俺達人間は水の中じゃ息出来ねえよ」
そして当然の結果に行き着く訳だ。
鈴はリンと音を鳴らす。
『否、主の友よ。私はこれでも海神と呼ばれる存在だ。元の住処たるあの場所へ、汝らを誘う事など、訳も無い』
「じゃあ矛盾があるぜ?」
『なんだ?』
尚も食い下がる鈴へ、サキは憮然と言い放つ。
「渦巻き列島に行く理由はなんだよ? そこに避難しに行くだけなら、逃げてるだけと何ら変わりねえ。アサギが襲われて、サクラが苦しんで、それで終いじゃねえか」
そう。ルギアの力を用いて向かえるのはサクラ達一行だけ。となると、それは『避難』するだけだ。ならば何処だって変わらない筈だ。確かに渦巻き列島ならば確実に追手を振り切れるだろうが、ならば先程考察した戦力的なものを完全に無意味なものにする。
敵勢が渦巻き列島に居るとすれば話はべ――。
そこでサキはハッとした。
「まさか!」
『何故私がこの時期に汝に……』
思い至るのと同時に、鈴から僅かに落胆したような声が漏れる。とすれば、鈴は淡く光って見せ、話してみろとでも言うかのようだった。
こくり、サキは頷く。
この『時期』に、この『場所』で、この『進言』をする意味。それは――。
「今、敵は渦巻き列島に潜んで居るのか?」
荒唐無稽甚だしい。
息が出来ない筈だとは思う。しかし、そうとしか考えられなかった。
『答えは是だ。人の身に過ぎし叡知を持つ少年よ。……奴らになぶられる血肉を分けし友の声を、私はもう聞いているのだ』