天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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決められない女子

 アサギの町並みは美しい。港町と言う事が強く影響しているのか、コガネ程都会では無いと言うのに他地方の店が多く見られた。すれ違う住人達もコガネ弁を喋る者が居れば、カロスの格式高い貴族のような者、長らく船旅をしているらしい白いセーラー服を纏う無骨な船乗り等、如何にもそれっぽさが窺える。

 

 勿論、コガネの方が人波は多いし、異邦人も多い。しかしパッと見たサクラ達からしても、このアサギの地にいる彼らは異邦人にして異邦人のようには思えない。……つまり、そこに居て然るべき人達に見えるわけだ。コガネの如く『観光に来てます』と言う風な印象では無かった。

 

「レオン、ルーちゃん、出ておいで」

「ヒトカゲ、散歩すんぞー」

 

 ポケモンセンターを出て暫く。目的地の図書館はアサギシティの象徴たる灯台の近くにあると、ジョーイが言っていた。距離にすれば小一時間程歩けば良いらしいのだが、流石に二人っきりでは間がもたない。……いや、少年の純情な心がサクラに弄ばれて、もたない。

 

 と言う事もあり、二人は久しぶりに相棒達と町を歩く事にした。

 

「チィッ!?」

「ルー……」

 

 繰り出されたレオンは出てくるや否や、足下が潮風でざらついている事に驚き、サクラの肩までひとっとびして避難する。ルーシーはどこか眠たそうに欠伸をして、手にあたる葉で顔をごしごしと擦っていた。

 

「ちょ、レオン重くなってる……」

 

 グキッと、サクラの肩がたてちゃいけない音をたてた気がした。そんな事はお構い無しに、彼は彼女の後頭部を辿ってキャスケット帽の上にうつ伏せになる。

 

「……あのー、レオンさん。めっちゃ重いんですけど?」

「チィ、チィーノ!」

 

 サクラは苦言を呈してみるが、レオンはいきなりこんな塩まみれの地に放り出された事が余程不服らしい。彼女の額を柔らかい手でぺしぺしと叩き、『気にするな』とでも言うかのようだった。

 

 ヨシノシティからこちら、遊び相手が増えたからか、レオンはそれまで定位置だったサクラの肩や頭の上に乗る事は随分と少なくなった。こうして久しぶりに乗せてみれば、大きくなってるんだとサクラも感慨深く思う。……重いけど。

 

「ヒトカゲ、ほら、レオンみたいに乗って良いぞ」

 

 サキが繰り出したヒトカゲは出てきては暫くポカンとしており、彼がその身体を抱き抱えては肩の上に誘う。するとヒトカゲはサキが顎でしゃくって見せたレオンの様子に愛らしく鳴いて、少年の肩に上半身を預けるような形で落ち着いた。

 

「尻尾の火だけ、髪燃やしたりしないようにしてくれよ?」

「カゲッ」

 

 少年の注意にヒトカゲは愛らしく鳴く。まだ幼いが故に甘えたがりな風にも見えるが、短く鳴いた後はサクラのレオンをジーっと見詰めていた。

 

 その様子を横目でチラリと見ながら、サキはこのヒトカゲの性格がどのようなものかを考えてみる。

 

 父は確か、「俺のリザードンの子供だ」と言っていたか……。とするならばかなり好戦的で、負けず嫌いな性格をしているかもしれない。レオンに向けられた彼の眼差しは、果たして目指すべく地をもう既に見据えているのか、はたまた単なる好奇心の表れなのか。

 

 まあ、彼が活躍してくれる日はまだまだ先だろう。今はゆっくりと成長の土台を作ってやらなければいけない。そう思えば、サクラのレオンを見ているのは中々理に適っているじゃないか。

 

 サキはヒトカゲの頭を撫でて、「良い子だ」と小さく溢す。彼は突然褒められて不思議そうに小首を傾げて見せたが、視線を合わせて笑いかけてやれば、笑い返しては来ないままにまたレオンへ視線を寄せていた。

 

「よし、んじゃ行くか」

「……う、うん」

 

 レオンが予想以上に重たくなっていて、早くも首が不安になってきているサクラは、先行き不安そうにそう返した。

 

 ゆっくりと歩く町並み。所々に見受けられる様々な施設は、どうにも食堂が多いように感じる。あとはお土産屋さんだろうか、小さなアクセサリーを売っている売店が目立った。

 

 ここに来てはしゃぎ出したのはルーシーだ。キラキラと光るアクセサリーに目を輝かせ、とてとてと二人の先を行けば、売店の前で品揃えを確認。手を振ってサクラに『ねえ、これ見て見て』と告げるような様子。

 

「観光してる訳じゃないんだけど、ルーちゃん……」

 

 ぽつりとサクラは零すものの、ルーシーはお構い無しだ。あちらこちらを行き来して、キャッキャウフフとしている。

 

 別段彼女は着飾る事に関心を寄せている訳では無いだろう。その昔、ボールにシールを貼ったり、コンテスト用のアクセサリーを彼女に見せてみたりはしたが、彼女は『そんなの興味ありませーん』と言わんばかりにツンツンしていた。ドレディアは愛らしい見た目からして、コンテストやパフォーマンスにて絶大な人気を誇るのだが……と、残念に思ったのは良い思い出だったりする。

 

 つまるところそんな思い出があれば、彼女は単に見慣れないキラキラとしたものにはしゃいでいるだけだと理解出来た。ならば話は早い。

 

「……はあ。ルーちゃん、安いのなら買ってあげるよ。安いのならだよ」

「ルー!?」

 

 ほんとに!? とでも言っているようだった。

 

 両手たる葉を合わせ、彼女は感動したように目を輝かせている。頭の上でレオンが「チィー……」と溜め息を吐いたのは、きっと彼もサクラと同じ心持ちだからだろう。微笑ましい姿ではあれ、ルーシーのその姿はどう見ても『衝動買い』と言うやつだ。

 

「……大変だな」

 

 と、サクラの横で苦笑するサキ。

 

「まあ、ルーちゃん女の子だしね」

 

 こう言う時に気持ちが昂るのは同じ女子としてサクラにも分からなくはない。エンジュシティの復興に有り金の殆んどを出した為に、あまり余裕がない財布を預かるサクラ自身は、はしゃげば虚しくなるだけだと理解している訳だが。

 

「……んじゃ、俺もたまには労ってやるか」

 

 そう言って少年はモンスターボールを取り出す。辺りの人目を気にしながら、邪魔にならない所で解放した。

 

「ニャ」

 

 短く鳴いて現れるはサキのパーティで紅一点たるシャノン。出てきてすぐに横目で主をチラ見して、売店の方をチラリ。

 

 そして首を横に振った。両肩を竦めて、ルーシーの方を見ながらの溜め息。

 

 まるで『私、あの子と違ってそう言うのに興味無いんだけど?』とでも言いたげだった。

 

「まあまあ、たまにはルーシーと遊んでこいよ」

「……ニャー」

 

 彼女の様子に苦笑しながら、サキはその頭を軽く撫でる。少しばかり考える風な素振りを見せてから、彼女はてくてくと歩きだしてルーシーの横へ。

 

「ルー!」

「ニャ、ニャァ……」

「ルールー!」

 

 二人は歩を止め、二匹の様子を見守る。歩いてきたシャノンに気が付いたルーシーは、すぐにハッとしてあまり乗り気ではない彼女の手を引いた。そして葉で指して『これこれ』と示して、シャノンは首を横に振る。シャノンが顎で他を指しては、ルーシーが呆れたように肩を竦める。

 

 さながら――。

 

『これが似合いますわね!』

『ちょ、アキラ。これは流石に派手すぎるよ。あっちにしよ?』

『いいえ。これが良いのですわよ』

 

 アキラとサクラの買い物風景だった。

 

「……ま、シャノンも満更じゃないな」

「あれだね。所謂つんでれだね」

 

 巷で流行りの言葉で指し示してみる。その言葉通り、まるで懐柔されるかの如く、シャノンの表情は気だるげなものから徐々に楽しんでいる風に変わっていっていた。

 

 サキが肩を竦めて、ははっと笑う。

 

「周りが雄ばっかだから、あんま気にした様子無かったけど、あれはあれで良いもんだな」

「だね」

 

 微笑ましい光景に、しかしながらあまり悠長にはしていられない二人。暫く待ってから、『決められない女子』と化した二匹に、急ぐように言った。

 

 シャノンは鉤爪型のキーホルダー。ルーシーはなんだか可笑しな鉢巻きを持ってきて、二匹の女子力をサクラが疑うのは、その後たっぷり一〇分は無駄にしてからである。


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